表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「三十と一夜の短篇」

物真似師(三十と一夜の短篇第19回)

作者: 錫 蒔隆

 これまでずっと、他人さまの物真似を生業としてまいりました。さも卑しい職業と、さんざん言われてまいりました。みなさまがたのおっしゃられるとおりでございます。わたくしは由緒ただしい河原乞食の家系。幼いころより芸をしこまれ、これ以外に生きる術を知りませぬ。

 物真似するかたを好きになる。そのかたになりきるためには、そのかたへの愛がなければなりません。父祖代々伝えられてきた基礎で、物真似師の矜持であります。わたくしはこれまで、いろいろなかたになりきってまいりました。芸能人、俳優。歌手、政治家。ありがたいことにわたくしの芸が世間さまに認められ、テレビに出させていただくようになりました。父母はそれはもう、わたくしの活躍をよろこんでくれました。

 テレビで物真似を披露する以上、ご本人さまのゆるしを得なければなりません。ほかの物真似をやられるかたがたはどうかわかりませんが、それがわたくしのプロ意識と申しましょうか。ご本人さまのゆるしもなくそれをやるのは、プロとしてどうかと思うのです。わたくしどもの芸は、みなさまがたにたのしんでいただくためのものでございます。不快に思われるかたがあってはならないのです。ご本人さまに不快な思いをさせてしまったら、もう意義はなくなるのです。

 わたくしの芸はまづ、ご本人さまとの交友関係を築くことから始まります。ご本人さまとじかに接し、研鑽研究いたします。モニターごしに見るより、生の感触が必要なのです。肉感を伴わないものは、紛いものでしかありません。それはわたくしの志向するものではありません。ご本人さまの友誼を得て研鑽を積み、ゆるしを得てようやく披露できるのです。この行程だけは、惜しむことができません。

 ご本人さまのゆるしが得られなかった物真似は、そのまま封印いたします。外に出すことはありません。それは外に出さないというだけのことで、わたくしの蓄積としてストックされるのです。無駄になるということはありません。わたくしの血肉となって、あたらしい芸に繋がってゆくのです。

 ご本人さまのゆるしを得た物真似を披露し、金銭をいただいております。わたくしの手帖は、千にとどこうとするかたがたの名鑑となっております。テレビで披露させていただく芸と、おゆるしをいただけずに封印した芸。どちらも隔てなく記録し、箪笥にしまってあります。

 手帖の中身はすべて、わたくしの脳のうち......いいえ、血肉となっております。備忘のために見かえすのではなく、書くという行為によって定着させたわたくしの血肉でございます。だから箪笥をあけて、中身をたしかめるまでもございません。わたくしが積みあげてきたレパートリーは、即座に引きだして再生することができます。


 わたくしはいったい、何者なのでしょうか? 親からもらった名と顔があって、みなさまがたに周知していただいております。わたくしはわたくしであって「わたくし」以外の何者でもありませんが、わたくしには「わたくし」というものがちっともわかっていないのです。

 幼時より物真似をしこまれ、物真似とともにありつづけた三十余年でございます。寝ても醒めても、物真似物真似......他人さまを演じつづけるうちに、わけがわからなくなってしまいました。「わたくし」だけ、レパートリーにないのです。千ちかい引きだしのなかで、それだけがすっぽり欠落しているのです。わたくしはいったい、何者であるのか......そんなことを考えるいとまもなく、三十余年を生きてまいりました。いまこうしてこの疑問に、わたくしは憑かれてしまいました。寝ても醒めても、埒もない自問自答......こたえはいっこうに出てまいりません。懊悩は混迷を窮め、深まるばかりでございます。

 いまこうしてお話させていただいているわたくしは、「わたくし」ではないのか......そうおっしゃられるのは、わかります。苦悩するわたくし自身が、「わたくし」そのものなのではないかと。ちがうのです。わたくしのと言いましょうか、ベースと言いましょうか......これすらも最初に真似た父の特徴でありまして、「わたくし」ではないのです。代々受けつがれてきたペルソナなのでございます。虚無であるのです。

 わたくしはどなたにも擬態できるのです。虚無だからこそと言うべきなのでしょうか。苦悩するさまもまた、ポーズにすぎません。ほんとうは、なにも感じておりません。ただ物真似をつづけ、飯を食って糞をひりだす。ただそれだけの、虚体なのでございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] しずかな。時間を積み重ねた先にある狂気を感じました。 主人公のストイックさ好きです。じんじんと伝わってくるプロ意識に憧れます。ここまでの高みまで上り詰めての「狂」ならば、それは造りてとしての…
[良い点] 例えばわかりやすいものでなくとも、虚無という独白をする中にこそオリジナルがあるのかもしれないと思いますが、おそらくは望むべく答えではないのかもしれませんし、他者に答えなど求めてもいないのか…
2017/11/05 01:44 退会済み
管理
[良い点] 物真似という擬態を繰り返した結果の虚ろ。狂ってはいるのでしょうが、ここまでくると哀しく映ります。短い作品なのに物真似師の印象がとても良い深かったです。 [一言] 零、無、虚。これらこそ、こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ