善一と明希⑦
勇ましく、雄々しく、気高き闘志を燃やしながら宣言した。『柳葉 明希は僕の彼女なのだから、バカにしないで欲しい』と。
こんなデマカセを言ったのには理由があった。一つは彼女たちが「明希にオトコなんて出来ない」と見下した言い方をしたのが気に食わなかったこと。もう一つは僕が彼女を助ける理由付けが欲しかったからだ。
ただのクラスメイトでチームメイトだけだと説得力に欠けてしまう。なので、この方法を取った。最愛の人は少し言い過ぎたけど。
「は?」「……え?」
「ふぇ??」
バチボコにやり合う覚悟の僕と、一驚している三人。温度差がすごい。バリッと張り詰めていた空気が緩和されたようだ。部屋でエアコンをつけていたら、急に窓を開けられてしまった時みたいな。
「……どういうこと?」
「……付き合ってるの? 明希なんかと?」
エミさんとサッちゃんさんが、状況の整理に追いついていないようで、お互いの顔を見つめている。
その二人のテーブル前に立っているのが、僕と僕のマイハニーである柳葉 明希だ。彼女の反応なんて、それはそれは凄かった。人一倍ビビり倒していた。
「あ、明希って……ええっ!?」
口を大きく開けて、頭に置いていた手を振り払ってきた。これはつい渚によくやってしまうクセなので、振り払われたのは初めての経験だった。ちょっとショック。
胸をガードするかのように腕の十字架を張って、距離を取られる。かなりイヤがられていた。めちゃくちゃショック。
「がががががガッキー!? つつつつつ付き合ってないじゃん!! なななななにいってんのっっっ!!??」
呂律が回っていないレベルで焦りに焦っている。事前に打ち合わせくらいしておけばよかったかな。
ともあれ、ここで嘘だとバレてしまっては元も子もない。最後までやり通そう。偽の恋人を演じるんだ。錠と鍵の準備はいい?
「付き合っています」
パッション屋良のようにガンと胸を叩き、心臓を捧げる。マイハニー明希はこれに即座に反応していた。
「付き合ってないって!」
拒否が早い。手と首を大きく左右に振っている。車のワイパーかな?
「いいえ、付き合っているんです!!」
「付き合っていません!!!!」
……ぐぬぬ、負けんぞ。
「明希さんとは長らくお付き合いをさせて頂いております!」
「ガッキーくんとそういう仲になった事は、一度たりともございません!!」
「実は付き合いかけなんです」
「なにそれ!?」
……よし、勝った。
はい、ガッツポーズ。マイスィートハニー明希ちゃん敗れたり。
「は? どういうこと?」「イミフなんですけどー」「りかいふのうー」「……明希はこう言ってるけど?」
変な言い争いをしてしまったものだから、ギャルおふたりも困惑気味のご様子。これには柳葉もフォローを入れてきていた。
「エミちゃん! ち、違うの!? これはね! ガッキーが勝手に言ってるだけで! ホントはそういう仲でもなんでもないの! 一緒の部活ってだけで、恋愛感情とかはお互いに全然なくて!そ、そうだよね? ガッキー……?」
ハニーが顔を真っ赤にして同意を求めてくる。ええい! その手には乗るか!!
「僕の一方的な片想いとも言えます」
「そうなの!?」
違うんだけどな。
古風なラーメン屋の店主のようにドンと構えながら、ウソを突き通す。ちょっとくらいは協力してくれ。流石の僕もそれだけイヤがられると傷つくぞ。
戯れ合う僕らをよそに、テーブルを親指でトントンと何度も叩いている女性がいた。さっきから僕に侮蔑の視線を送ってきているエミさんである。肘をつき、こちらを睨みつけていた。
「まあ、なんでもいいけどさ……。つまり、明希はアタシらに嘘をついて腹の底で笑っていたってワケだよね〜。いい度胸してんじゃん? お前の分際で……」
嘘をつかれたことに相当苛立っているのか、また柳葉に暴言をぶつけてくる。懲りないな。
「ち、違くて! えっと、笑ってるとかはしてないよ? これはね、ガッキーが……」
問われた柳葉の目線が宙を舞っている。彼女は機転が利かないのか、嘘を言えない正直者なのか、詰められると頭がフリーズしてしまうタイプらしい。
ならば、と彼女をどかして、前へ出る。
男子便所に貼られてあるポスターを眺めるかのように、一歩先に進む。汚いけど踏み出すしかない。酷く汚くて、穢らわしいけど、ちゃんと向き合う。
「バカにしないでって言いましたよね。彼女が嫌がっているのがわからないんですか。迷惑なんですよ。色々と」
「は? 迷惑なのはそっちっしょ!! 楽しい会話に水を差して、アタシらに偉そうな説教しないでくれる!? つーかさぁ! あんなの単なる“お遊び”だし。部外者がしゃしゃり出てくんなよ! 鬱陶しいから!!」
「僕の明希をくだらない遊びに巻き込まないでくれませんか。鬱陶しいのはどっちだ」
「ぼぼぼぼぼくのっっ!!!???」
ちょっと隣の人、静かにしてて!! 今は大事なところだから!!
ヒートアップしていく口論戦。渦中の本人も混乱状態に入っている。僕の、は少し言い過ぎたか。
「ちょ、ちょっと……エミ。ヤバいって」
これにはサッちゃんさんが止めに入ったが、エミさんとやらに止まる気はない。顔を歪めさせ、歯を出しながら、激しい嫌悪感を前面に押し出してきている。激情に駆られながら、僕を何度も罵倒してきた。
「何様なの、アンタ……。キモすぎなんですけどぉーー!? 全然カッコよくないし、その上束縛激しいとか、マジで超絶キモい!! 死ねっ!! 明希みたいなゴミの味方をするな! ウゼェから黙れ!!」
「他人様です。そして、黙りません。大体、大切な人をコケにされて、黙っているヤツがいると思います?」
僕は恋人でも彼氏でもないけれど、きっと彼女を好きになった人は同じことを言うと思う。誰であろうとも、大切な人を侮辱されて、大人しくなんて出来るモノか。
自分が正しいだなんて一ミリも思っちゃいない。柳葉が望まないお節介な行動であることに違いないだろう。それが原因でこの人たちとの仲が拗れて、ますます嫌がらせをされる可能性だってある。ハイリスクノーリターンだ。
だが、そんなのはどうだっていい。誰かが上から目線でもなんとかしてあげないと、現状の変化は見込めないのだから。この子の為ではない。これは僕自身の為の行動だ。
なにが遊びだ。こんなのはただの『イジメ』だろ。それを黙認しろと? ふざけるな。馬鹿も休み休み言え!
全部をぶっ壊してやる。コイツらとの関係を断ち切ってやる。偉そうな口調で、部外者として、全力でしゃしゃり出てきてやる。
優しく諭すことはもうやめた。言っても聞かないだろうから。どんなに言葉を柔らかくしていても、怒りの感情は抑えられない。僕もまだまだ子供だな。
息を飲んで、じわじわと前へと動く。
テーブルに両手を置き、脅しをかける。
「この子に二度と関わるな」
※ ※ ※ ※ ※
『ーーー!! 〜〜〜!!?』
『……エミ、いいから。こんな奴らほっといて、いこっ?』
二人のギャルがお店から出て行ったのは、それからすぐの出来事であった。声にならない怒声をあげるエミさんを連れて、揃って退店していく。結局、彼女たちは最後まで何も口にはしていなかった。
『これ以上、お店で騒ぐようでしたら、警察の方を呼びますよ?』
真の脅しというものはこういうものだ。
キッチンからフロアへと出てきたふっくらとした体型の男性によって、僕らは注意を受けてしまう。危機察知能力に長けていたサッちゃんさんがエミさんを連れて逃げるように退店したのは、店長の姿が見えたからであった。決して脅しが効いた訳ではなかった。
もしもこれが創作ツイートの世界だったならば『その人たちは悪くない!』『むしろ、二人を注意しようとしていた!』『そうだー!』などと擁護する声が上がり、拍手喝采でスカッとする展開になっていただろう。
だが、現実はそんなに都合良くはない。
同じ土俵に立ってしまった時点で僕らも同罪。騒いでいたと勘違いされたほどだった。どちらにせよ、他のお客様の迷惑になっていたことに違いはないのだから、謝ることしか出来なかった。
『ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございませんでした……』
頭を下げて、その場を離れる。幸いにも出禁にならなかった。
周囲に白い目で見られていることを知りながら、そそくさと退散する。楽しいハズの放課後寄り道マックドも、またしても後味の悪い結果で終わってしまう。
※ ※ ※ ※ ※
「……」「……」
僕らは無言のまま、店を出る。街の街灯を頼りにして、駅へと向かう。遠くの方の人影すらも見えないほどに、外は闇に包まれていた。
……イキってしまった後は虚しさだけが残る。僕はなんてことをしてしまったのか。
調子に乗って『二度と関わるな』とか『明希は僕の彼女です』とか言ってしまった。恥ずかしい。柳葉に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ぷつぷつと後悔ばかりが浮かび上がってくる。
感情的にならず、軽率な行動を控えるように普段から心掛けていたのに、失敗してしまった。かつての同級生の縁を無理やり切らせるとか、どこの彼氏気取りなんだ。
「……ごめん、柳葉。友達を傷つけて、喧嘩してしまった。本当にごめんなさい」
立ち止まって、前を歩いている彼女に謝罪をする。友達を傷つける輩は許せないとか言っておいて、僕の方が傷つけているじゃないか。惨めすぎる。
しばらくの間、柳葉 明希は俯いていた。閉店している薬局前で考えた素ぶりを浮かべてから、振り返る。呆れたように苦笑する。
「もー、ガッキーってば、やってくれましたな。急にあんなことを言い出すもんだから、あたしゃおったまげたよ……。意外と大胆なんだね?」
「悪い。……嫌だったか?」
「イヤだったっていうか、うーん……。初めて、下の名前で呼ばれたから、びっくりしちゃったかな。気にしないって言ったのにー。これから会うの気まずくなっちゃうじゃんか〜」
「申し訳ない……」
何度も何度も謝る。嫌われることは覚悟していた。
「謝るくらいならやらなきゃよかったのに〜。なにさ! 彼女って! あたしのことそんなに好きだったの?」
「ああ、まあ……好きだ」
「うへへ。嬉しいこと言ってくれるじゃないのー。のどちゃんを好きなフリをして、このうわきものー」
いつもの調子で柳葉が僕を弄ってくる。元気はあまりないご様子。こちらとしても、そんなにはしゃげるテンションではなかった。
「……」「……」
二人して夜道を進んでいく。駅前まで辿り着くと、近くに自動販売機があるのがみえた。財布を取り出して、お札を入れる。
冷たい缶コーヒーを一つ。ブラックではなく、ちょっぴり甘いのを。ボタンを押すとガタンと音を立てて、取り出し口へと落下した。反響音を聞いてから、もう一度点灯しているボタンを再度押す。
「……彼氏ヅラをしたお詫びと言ったらなんだが」
「おおー! ガッキー太もも! 悪いね〜。奢ってもらってばかりで!」
お詫びの冷た〜いりんごジュースだ。流石に缶コーヒーは違うかな? と思ったので、こちらにしておいた。蓋を開けてから手渡す。
柳葉が時計台の下のベンチに向かう。僕も彼女の隣に並んで座る。時刻は既に21時を回っていた。
※ ※ ※ ※ ※
特に会話をすることもなく、黙って缶コーヒーを喉に流す。美味だ。疲れた身体には心地よい。
隣の柳葉は座ったまま、オレンジの缶を手に抱いている。首元には未だにモンブランカラーのリボンが光っていた。
「……リボン、僕は可愛いと思うぞ」
ぶっきらぼうに言う。言ってから恥ずかしくなったので、コーヒーを飲んで誤魔化した。中身はあまり入っていなかった。
「ありがと。なら、付けておくね」
ニッと明るい笑みをこちらにくれる。感情が読めない。あれだけ暴言を吐かれて一時は泣きそうになっていたのに、今はもう復活したのだろうか。わからない。女性は難しい。
「エミちゃんとサッちゃんとはね、小学校が一緒だったから、昔はよく一緒に遊んでたんだ。その時は仲良かったし、あんな感じじゃなかったんだけどね……」
唇を噛んで、静かに語り始める。ジッと聞くことに専念した。
「ガッキー、あたしって調子に乗ってるかなぁ……」
柳葉が弱々しく述べる。小柄な肉体が震えている。
「乗ってると思う」
「のってるの!?」
「ノリに乗りまくってる」
「……なにそれ〜。旬の芸能人?」
思っていた解答と違ったのか、どこか不満げに足をバタバタと動かしている。調子に乗る乗らない議論は今はしたくない。誰よりも調子に乗っていた僕が言える立場ではないからだ。
「もっと優しくしてよー。あたしは傷心なんだぞー?」
そう、言われましても。
「別に調子に乗ってもいいだろ。むしろ、柳葉らしくて素敵だ」
「それはダメ! 愛が足りない!」
「愛!?」
「れっすんつー、いってみようカドー!」
なんかショートコントみたいなのが始まっていた。なんだこれ?
「了解。じゃあ、こんなのはどうだ?『おいで。マイハニー。ギュッと抱きしめてあげる。泣かないでおくれ。いつもみたいに笑っていてよ』」
「……いや、それはなんだか気持ちが悪い」
「えぇ……」
励ますって、難しいなぁ。
「もうやめないか、柳葉……」
一応部活帰りなのだ。そろそろ眠気のピークである。カフェインが全然効いてない。
「なにぃー? 彼氏が何を言ってんだ! それに明希って呼んでよ! さっきまで呼んでいたじゃん。『明希は僕のものだ。手を出すな(キリッ』って」
「そんなことまで言ってないぞ!?」
「身を呈して守ってくれたクセに〜。大切にしておくれよー!」
「ぐぬぬ……」
言葉責めにやられてしまう。手元にハンカチがあったら噛んでいることだろう。くそぉ、イキリおって……今に見てろよ。
「うへへへへ!! かれしー。かれしー」
楽しそうに僕の腕を叩きながら、彼女は笑う。全く、いつ彼氏になったんだか。
思わず笑みがこぼれてしまう。こんなので少女が元気になってくれるのなら、それでいいや。さっきまでの辛そうな表情は二度と見たくはないからな。
何の変哲もない。中身のない会話。くだらない馬鹿話で二人笑いあう時間。これこそが、明希が寄り道してまで望んだモノだったのかもしれない。
街灯の光るベンチの上には月が昇っている。夜の月が照らす夏空の下。僕らはずっとたわいもないお喋りを続けていた。
時刻が21時半を過ぎて、流石に帰らなきゃいけなくなる。22時をオーバーするのは禁物だ。立ち上がって、缶を捨てる。会話は部活の話になっていた。
「あ、そうだ。スパイクを買わないといけないんだった……。次の部活休みって、週末だったよな?」
「そうだっけ?」
「全高選前だからそうだったはず」
携帯でカレンダーを確認しようとするが、先に明希が鞄からスケジュール帳を出してきた。オリエン合宿の時に購入したやつだろうか。どこかで見覚えがあった。
開いて「あ、ホントだね」と納得する。
「大会前の貴重なお休みじゃん〜。久々に街に遊びに行こっかなー。誰か予定空いてる人いないかなー」
と、そこで何かに気付いたのか、鼻歌交じりでスケジュール帳を閉じて「そうだ!」と顔を上げた。両手を合わせてスリスリと擦っている。
「ちょうどよかった! ガッキーさんよ〜。彼氏だったらさ」
「はい?」
聞き返す僕の方に、ちらりと向き直りながら、明希は唐突にこんなことを告げるのだった。
「今度の週末、あたしとデートしてよ」