善一と明希⑤
「……」
口を結んで、眼前の二人を睨みつける。
気付かれていないのか、そういう顔だと思われたのか、反応はなかった。慣れないことはするもんじゃない。
「なんなの、明希。こんなイイ男と仲良しこよししてるとか、マジでイキリ過ぎじゃね? あり得ないんだけど。どういう関係?」
「えっと……。部活が同じでね」
「は? 部活? アンタ部活とかやってんの? 頭悪いのにそんなことしてんの?」
「キャハハ!! キモすぎィ〜〜!!」
頭が悪くても部活くらいはできると思うし、その質問自体がとても頭が悪いと思ったが、黙っておいた。ごめんな、これは知能レベルの問題だ。ごめんな。
「う、うん……サッカー部のマネージャーを今はしてて」
答えなくてもいい質問に、柳葉がわざわざ丁寧に回答すると、二人は腹を抱えて笑いだした。テーブルをバンバンと叩いている。ここを公共の場ってことを忘れてないか?
「え、ええ!? さ、サッカー部ぅ!? アンタが……? ウソでしょ〜」
「キャハハ!! 今年イチ、ウケた〜!!」
笑いが止まらないご様子。ブレーキが完全にブッ壊れているようだ。歯止めが効かなくなっている。
「さ、サッカー部って!! 明希、アンタそんなに男に飢えてたワケ!? どうせアレでしょ? ミニスカ履きながら、ケツでも振って、男に媚びているんでしょ? 運動部のマネージャーなんて、それ目的じゃん。……ねぇ?」
「ほんそれぇ〜〜!! 下品〜〜!!」
「だよねぇ〜〜!! 女としての格が下がるっつーの。マジ、クソビッチ。あ! だから髪とか切って、イキってんだ!?」
「点と線が繋がるぅとかぁ〜〜! ウケまくりんぐなんですけどぉ〜〜!!」
唾でも吐き散らすような顔で、女たちは続ける。へー、髪切っただけで調子に乗るってことになるのか。というか柳葉は中学時代髪が長かったんだな、知らなかった。
拳をグッと握りながら、無理やり別のことを考える。だが、身体中の水分は既に沸騰寸前であった。後はタイミングの問題である。
「…………」
周囲を確認する。店員さん同士が、キッチン内で会話をしている。注意するか迷っているのだろう。店長さんとかお休みなのかな。
敵意を剥き出しにしながら、思考する。
柳葉を一刻も早くこの場から遠ざけなければならない。それが一番優先すべきことだ。しかし、相手に圧倒されている以上、自分からは動けずにいる。となると、僕から何か行動しなくては。
「う、うん! 髪は切ったけど……そういうのじゃなくて……」
怒りを貯金し続けていると、隣の柳葉が静かに動いた。自主的に発言しようとしている。胸に手を当てたまま、顔を上げる。
「サッカー部に入りたかったのもね……。お兄ちゃんがやってたのが大きくて! それでね、やるよりも見るのが好きだから……なんとか助けになれたらなって。高校に入ったら、何かを始めようと思って、それで……」
先ほど聞きそびれた解答を、彼女が真面目に語り始めている。やられ放題になると思いきや、反撃をしていたから、驚いてしまう。
……なるほど。そういうことだったのか。
相手側の主張から察するに、柳葉 明希は元々暗い人間だったのだろう。あまり自己主張することなく、相手の後ろを付いていく、渚のようなタイプだったに違いない。
それが高校入学をキッカケに己を変えたくて、髪を切って、運動部に入部した。それは過去との自分との決別というのもあるのだろう。イキってる、というのは恐らく[高校デビュー]をしているように思われたからだ。
彼女が二人とどのような接点があったかなんて知りたくもない。だが、パシリ的な扱いをされていたのは予想できる。下に見ていた人間が自分らの手から離れて、別の振る舞いをしているから、ムカついているのか。
「ご、ごめんね! 調子に乗っちゃって……。じゃあ、あたしはコレで……」
意外にも、柳葉の方から逃げ出そうとする。だが、そう簡単に行くハズもなかった。
「待てよ。まだソイツの話聞いてないんだけど? こっちのイイ男は誰?」
※ ※ ※ ※ ※
エミさんとやらが、僕を親指でさしている。どうやらご指名のようだ。有り難い。
「あ、どうも。初めまして。新垣 善一と申します。ハゲダニ高校サッカー部所属、一年B組。好きな食べ物はカレーライスです」
煽るような口調で自己紹介をする。柳葉のターンを一旦終了させて、標的をこちらに戻す。一応は初対面だったのできちんと挨拶をしておいた。
皺を寄せていた眉間を緩める。怒りを持続させてはいるが、表情には出さないようにしておいた。
「え。ホントに、イイ感じじゃね? めっちゃこっち見てるし……」
「……イケてるよね。イケイケだよね」
「……アタシ的にはガチアリなんだけど。アリ寄りのアリなんだけど。つーかぁ、アリなんだけど」
「エミってば……マジ面食い」
言うと、急にコソコソと会話を始めだした。さっきまでの調子はどこへやら、なんか『ほー』とか『へぇ……』とかよくわからない声で観察され出す。品定めとかやめてください。気持ち悪いですから。
「……うっさいし。シンジ基準で考えてみ」
「……シンジくん基準はウケるからやめて」
「……アイツ、魚人だしね」
「……エミ、ウケる」
またしても虐げられているシンジくん。いつの間にか自分たちだけの世界に入っているようだった。こうやって空間を遮断されると、何も言えなくなってしまう。
「……ッ」
舌打ちを打つ。一石投じるのもバカらしくなってきた。言うだけ無駄かもしれない。時間が勿体無い。幾ら言ってもわからない人間には、何も教えないのがベストだ。
隣の彼女を見つめる。警戒はしているが、目が合うと苦笑していた。今にも泣きそうになっている。後で愚痴は聞いてあげるから、もうちょっと我慢してて。大丈夫だから。
静かに手を差し出して、彼女を引き連れて外に出ようとしたとき、僕は見てしまった。
「新垣くんだっけ? 君さぁー、遊ぶ相手は選んだ方がいいよぉーー!? ガチで。この子、高校生にもなって、こんなダッサいリボン付けてる、マジで痛い子なんだからぁ〜!!」
眼前の女の顔が、静かに歪んでいくのを。
※ ※ ※ ※ ※
「それって、どういう意味ですか?」
気がつけば、僕は声に出して、問いかけていた。積もり積もった鬱憤が、そろそろ爆発しかけていた、というのもある。
わりと柔らかな口調で聞いたお陰か、目の前のエミとやらは余計に饒舌になる。
「えー、言葉通りの意味なんですけどぉ〜。だって、普通に考えてみ? 高校生にもなって、こんな首元にリボン付けてるとか、マジでヤバい女でしょ!?」
「あ〜、それは言えてるぅ〜〜!!」
「明希、もうやめなって! それ! 今すぐ外しなって! これはマジで言ってるんだからね? 冗談抜きで!」
「そうそう。友達としての助言〜〜!!」
コイツらの口から[友達]という単語が出てきたのは驚きだった。僕にはどう見えて主従関係にしか思えなかったからである。
柳葉が首元のリボンに触れる。店内のライトに照らされて、栗色が霞んで映っている。
「は、外した方が、いいかな?」
「……外さなくていい」
聞き返す彼女を手で制する。何を言ってるんだ。おばあちゃんがくれた大切なリボンなんだろ? 付けていればいいさ。こんな連中の意見なんてほっとけ。
彼女の手を掴んで、静かに下ろす。
本来ならばそこで掴んで逃げるべきだったのだろう。だが、そうはしなかった。ちゃんと決着をつけたかったから。
「これって、ダサいですか? 僕は可愛いと思いますけど」
まずは第一石を投じる。だが、これはあんまり効果はなかった。二人して顔を合わせながら「まぁ〜、個人の感想だし〜」と話を流される。非常にやりにくい。
「リボンもそうだけどー、なんか明希ってよく意味わかんないことばっかり言ってんじゃん。それが一番ヤバタニエン?」
「あ〜、言ってる言ってる。『〜だべ!』とかイミフな言葉チョー使ってるよねぇ〜!」
「そうそう! 痛すぎるっしょ。普通に喋れって感じ。ヒトとして非常識だわ」
「わかるぅ〜〜! そんでウケるぅ〜〜!!」
彼女達は止まる気配がない。指が潰れるんじゃないかと思うほどに、拳をギュッと握りしめる。
「……お前らがそれを言うのか」
目を閉じて、第二石を投下するも、今度は声があまり出なくて、失敗してしまう。怒りが湧き出し過ぎて、言葉にもならなくなってきている。拳も震えていた。
「だからさぁ、新垣くん。アタシらと一緒に遊ぼない? どうせ、付き合ってないんでしょ? つーか、明希にオトコなんて出来るわけねーし。モテるはずねーし」
「釣り合ってないもんねぇ〜〜」
「イケてる女の子いっぱい紹介すっし? もちろん、明希みたいな陰気臭いのは一人もいないから安心して!!」
「パリピ楽しんじゃおーよぉ〜〜!?」
目を閉じる。やめろ、やめてくれ。もうホントに黙ってくれ。鬱陶しいから。
よくそこまで人を不快にさせる言葉が出てくるよな。なにが非常識だ。人をコケにするのも大概にしろよ……。
「──いい加減に」
怒りのピーク。穏やかな心から、激しい怒りに目覚めるサイヤ人みたく、戦闘力をフルマックスに、怒声を発しようとして、直前で止められる。誰かに手を掴まれていた。
「……ガッキー」
小柄な体格の少女が、目を赤くしながら首を横に振っている。必死で訴えかけていた。
「……だめ、落ち着いて。喧嘩はやだよ」
小さな小さな言葉を連ねている。
拳を撫でながら、作り笑いを浮かべている。
「あたしは平気だから……」




