善一と明希③
「ん〜〜! 美味しい〜!」
「おお、いい食べっぷり!」
ホットドッグを平らげて、彼女が身体をプルプルと震わせた。さながら漁船に釣り上げられたマグロのようだ。
お尻を浮かせて、二・三回ガタガタと席を揺らしていたからだろうか。周囲の人達が一瞬僕らに視線を向けた。店員さんとも目が合う。すいません、自重します……。
柳葉 明希。ウチのマネージャー。先ほどまでは少しお疲れ気味で元気がなかった様子だったけれど、ようやく復活を遂げたらしい。大物YouTuberのように平成最後の伝説を残してほしいものである。
「いやー、ありがたく頂戴させて貰ったぜ……へっへっ」
悪代官のように笑う彼女。そう、これは全部僕の奢りなのである。紳士アラガキはレディーに気前が良い。
「なにか他に食べたい物があったら、言ってくれよ」
「ま、まだ奢ってくれるんですかい!?」
そりゃ当然だ、と頷く。
日頃お世話になっている以上、こういうところで恩返ししなくてはな。
「で、でも。ガッキーお金の方は……」
僕のお財布事情を心配してくれているような口ぶりではあったが、既に目線はメニューの方へと向かっていた。欲望に忠実だな。
「気にしなくていい。これでも貯金はある方だ」
決して自慢するわけではなかったのに、なんか年収をベラベラと人に話したがる見栄っ張りなヤツになってしまった。
でも、貯金があるのは事実だ。お年玉だって毎年貯めているし、お小遣いも今までの分をコツコツと取って置いている。人と交流するとき以外、無駄遣いもしていない。
「はい、これで何か買っておいでよ」
財布から五百円玉を取り出す。すると、今度はトビウオのようにピチピチと飛び跳ねていた。
「やったー!ありがとっ!ガッキー!大好きっ! えへへ!!」
腕にも抱きつかれて、物凄く喜ばれる。なんかめちゃくちゃ懐かれた。餌を与えたら寄ってくるハトみたいだった。かねのちからってすげー!
らったったったと颯爽にレジへと駆けてゆく彼女の背中を見つめながら、女性はほんとお金が好きなんだなぁと気付いてしまう僕であった。お金っておっかねぇなぁー!
※ ※ ※ ※ ※
「提督ゥー! 只今、帰還しましたー!」
元気よく敬礼しながら、艦娘が戻ってくる。彼女の手にはストロベリーのシェイクとソフトクリームが握られていた。
マックドのデザートといえば、この二品が有名だ。特にソフトのアイスなんかは夏場にはもってこいである。あぁ、いいっすね。
「ご苦労。怪我は無かったかね?」
新垣ジョークで問うと、柳葉は何も言わずに、ソフトクリームを差し出した。一体、どうしたんだ?
「要らないのか?」
聞くも、答えない。一口食べたけど、美味しくなかったからあげるということか? 残飯処理係かよ。
「……貰うけど」
困惑しつつも、ソフトを受け取る。見るとまだ巻かれたてで、食べた形跡はない。
彼女を見ると、うんうんと頷いていた。
「おうよ! あたしからの奢りさ! たーんと受け取りな!」
言って、ストロベリーシェイクをテーブルに置く。続いて、ポケットから五百円玉を取り出してきた。それはさっき僕があげたものだ。え、使わなかったのか?
「ど、どういう……」
「だからあたしの奢りだってば! シェイクも自腹で買ったの! さっきホットドッグ奢ってくれたでしょー? そのお返し!」
ぴーす、ぴーす、と指を折り曲げて、五百円を僕の前に置く。そのまま「ほらほら、お食べなしゃい!」と手に持ったソフトを食べるように促した。
「……奢るって言ったのに」
「ふふふ、ガッキーよ。あたしを舐めないでよねっ! お金如きに支配などされぬさ!!」
やだ……! ステキ……!!
「なら、お言葉に甘えて」
奢るつもりが、奢られるとは面白い話である。そんな好意なら無下には出来ぬ。
眼前に聳え立つエベレスト山脈。薄氷が降りかった白き大地を食す為に、僕は顔を近付ける。一発で登頂してやろう。
「う、うまい!」
一気に口内へ放り込むと、途端に雪が降った。甘さ控えのクリームが舌先に溶けてゆく。とても冷え冷えとしていた。鼻先からバニラの香りが抜けてゆく。言葉だけでは言い表せられない感動がそこにはあった。
「あたしにも一口ちょーだい!」
「ん?」
僕が感想を述べた直後だった。
不意に、隣に立っていた柳葉が僕の持っていたソフトに顔を近付けた。そして。
「いただきっ!」
と、遠慮なく、喰らいついた。
「あ、間接……」
戸惑う僕に彼女はペロリと舌を出す。口周りを白く染めながら「うまっ」と笑っている。おいおいおい……死ぬわコイツ。
不意打ちな攻撃とあざとい仕草によって、心臓が早鐘を打っていく。潔癖症じゃなくて良かった。でもこれ二口目はどうしよう。食べにくいな。てか、なんだ今の……。
かなり躊躇はしたが、その後は残らず完食できた。もちろん彼女は僕のことなどまるで気にしていないようで、既にストロベリー味のシェイクに手をつけていたけれど。
※ ※ ※ ※ ※
「ごちそうさま!」
「ご馳走さまでした」
手を合わせて、食材たちに感謝の意を述べる。我々が栄養を補給し、日々の生活を過ごせているのも、人間以外の生き物の命を頂いているからこそなのである。その事を忘れてはならない。フォーエバー感謝、永遠に。
「……げぷ」
近くで小さくガスを吐く音がしたが、聞こえてなかったことにした。マックドはボリューミーだし、病み付きになるからね。仕方ないね。
僕もオリエン合宿以来、久々のマックド訪問だったせいか、つい食べ過ぎてしまった。結局、あの後ポッテトも頼んでしまう始末である。財布の紐がゆっるゆる。ゆっるゆり。
「あ、タオル返すよ!」
「ふぇ??」
オリエン合宿というフレーズで思い出す。そうだった! アレ、いい加減に返却しないと! 延滞料金半端ないことになってる!
目を丸くしている柳葉の前で、鞄を広げる。テーブルの上に白黒柄のタオルを取り出すと、彼女は「おー」と声をあげた。思い出してくれたみたいだ。そう、これは色々あって借りて、色々あって返すのに遅れたモノだ。すごく色々あったなぁ……。
「ガッキーに貸していたのすっかり忘れていたよ! 大切に持っててくれたんだ……」
「悪い、遅くなって」
お詫びになにか奢ろうと思ったが、流石にしつこいのでやめておいた。
柳葉がタオルを広げている。三ヶ月前に借りたモノだが、傷とかほつれはないので安心してほしい。
「……いいにおい、する」
「柔軟剤を使ってるからな」
当然ながら洗濯済み。レンの汗や血が滲み込んでるかもしれないが、そこもしっかりお湯で流しておいた。万全の状態さ。
うっとりとタオルを見つめている彼女。穏やかに語り始める。
「これね。実はおばあちゃんに買ってもらったんだ。『明希は頑張り屋さんだから持っておきなさい』って言われてね」
「おばあちゃん?」
「うんっ。二年前に亡くなっちゃったんだけど、すっごく好きだったの! このリボンだって、おばあちゃんが『絶対それが似合う』って推してくれて……。子供っぽいのはわかってるんだけど、外したくなくて」
「……そんな大切なモノだったのか」
柳葉が首元に触れる。今日はモンブランのような栗色だった。いつも付けているのに、そんな思いがあったんだな。
昔を懐かしんでいるのか、そのまま目を瞑る彼女。僕も感傷にふけてしまう。
少女が再び目を開けて、タオルを折り畳むとき、そこにはもうさっきまでのおふざけはなかった。センチメンタルな気分の二人。真面目な話をしてしまったな。
柳葉が鞄にタオルを詰める。
だが、直前で、手を止めた。
「あ、違う! これは自分で買ったやつだ」
「……」
僕の感傷を返せ。
※ ※ ※ ※ ※
テーブルの上を片付ける。ポッテトの残骸をきちんと処理してトレーを二つ重ねた。帰る準備は万端だ。
スマホを開き、時刻を確認。
「20時前か……。ちょうどいいな」
これ以上の長居は厳禁だろう。柳葉の元気も取り戻せたみたいだし、彼女の両親が捜索届けを提出する前に、そろそろ撤退するか。
「えええええ!? もう帰るのーー!」
僕が時間を呟いてしまったからだろうか。柳葉がバッと席を立つ。え? 逆にまだ帰らないのか?
「あとちょっとだけお喋りしよーよ! 全然喋ってないじゃん! もっとコイバナしたい!」
「こ、こいばなぁ……?」
「そう! だって、ガッキーってば、のどちゃんと付き合ってるんでしょー?」
「へ?」
思わず、手に持っていたスマホを落としてしまう。スマホを落としただけなのに、視線が平泳ぎしてしまう。
水を口に含んでいなくて良かった。もし飲んでいたら、ブーーと吹き出していただろうから。
「の、のどちゃん? 誰……?」
「もーー、トボけないでいいからーー!」
のどちゃんという名前に聞き覚えはない。のどっちなら知ってる。完全理論派の子だ。のどちゃんは知らない。誰のことだろう?
「誰と勘違いしてるのかわからないけど、僕は誰とも付き合ってないぞ。気のせいじゃないのか?」
Why? とわざとらしく両手を広げて、唇を横に突き出す。林修先生を意識した。
「ウソだぁー! 二人で仲睦まじく帰ってたクセに〜。あたし、見てたもんねー」
「なんのことかな?」
「おてて繋いで、相合い傘しながら、いっぱいちゅーしてたとこ、見てたもんねー」
「それは本当にしてないぞ!?」
「ってことは、帰ったのは認めるんだー?」
席を座り直して、彼女が両ひじをつく。ニヤニヤとした顔が僕の真正面に向けられる。
……くっ、嵌められた。記憶の捏造も作戦の内だったのか!! くそぅ、中々に頭が回りよる……!! 柳葉 明希。この子、実は勉強できるな……!? 地頭いいな……!!??
そういえば以前、LINEにて、僕と安穏が一緒に帰っていたのを目撃したと言っていたな。だから、そういう風に勘違いしてしまったのだろう。付き合ってないっての。
「ほらほら〜、早く話しゃんかい! 証拠はあるんだ! とっとと自供したまえ!」
どこに証拠があるんだというツッコミはさておき、ここまで追い詰められてしまったら、もう逃げられることは出来なそうだ。
……正直に話すか。
「……わかった、降参だ。認めるよ。一緒には帰った。でも、付き合ってはない」
手を広げて、お手上げポーズしておく。
すると、バンと机を叩き、こちらに身を乗り出してきた。近い近い近いです柳葉さん。距離感詰めすぎです。
「ええー、告白はー? まだしてないのー?」
エネルギー補給を済ませたからか、ボルテージが上昇している。喋る速度もどんどん増してきているぞ。テンション上がり過ぎだ。
「えっと、告白はだな……」
赤面させつつも、答えようとした次の瞬間──。
「えっ、マジ? タケシくん別れたの? ウソぉー、狙いどきじゃん!」
「それ最低すぎー! キャハハ」
突如として来店してきた二人の女子高生によって、会話はそこで打ち止められてしまう。




