二人目、葵 渚。
(side: 葵 渚)
わたしは善一くんのことが好きです。
物心ついたときから、その気持ちは変わっていません。
でも「どこが?」と聞かれたら少し考えてしまいます。顔が格好いいからとか、背が高くてスポーツが得意だからだとか、ありきたりなことはすぐに言えますが、どれも途中で頭にハテナが浮かんでしまいます。
だって、そんなの、誰にでも言えることだと思うから……。
【見て呉れの恋なんて、本当の愛じゃない】
これは親友の茜ちゃんが教えてくれた言葉です。そんな茜ちゃんですが、今はイケメン俳優のおっかけにハマっていると言ってました。
特にお気に入りなのが松坂桃梨くんらしくて、スマホの画面も一色に染まっていました。オススメポイントは笑顔だそうです。
自分はあんまり俳優さんに詳しくなかったので、写真を見せてもらって、はじめてどんな人なのかを知りました。確かに「かっこいいなぁ」とは感じましたが、茜ちゃんが絶賛するほど夢中にはならなかったです。
あれなら、善一くんのほうがいいです。……絶対に。
たぶんわたし達はすごく好きだからこそ、好意フィルターみたいなのが掛かってしまって、普通の人の何十倍もカッコ良く見えてしまうんだと思います。
『あのね、なぎさ。松坂くんには見た目の格好よさ以外にもたくさん良いところがあるの。外見が一番好きだなんて、ただのミーハーじゃん? そんなのはダメ!』
『う、うんっ……?』
『だからね、好きな人の見た目じゃなくて、もっと他の良さに目を向けられたらなーって。たくさん良いところを知っていたら、それだけその人を好きになれると思わない?』
茜ちゃんはすごく良いことを言います。
『じゃあ、茜ちゃんは松坂くんのどこが一番好きなのっ……?』
『んー? えっとね、とにかく顔がカッコいいの!』
『??』
茜ちゃんはよく素っ頓狂なことを言います……。
だから少しだけ書き出してみることにしました。これがわたしの知ってるいいなぁと感じる部分です。
[善一くんの好きなところ]
・優しいところ。
・真面目なところ。
・不器用なところ。
・家族想いなところ。
・一生懸命なところ。
・誰にでも親切なところ。
・子供っぽくて可愛いところ。
・わたしを守ってくれたところ。
・冷たくみえて本当は優しいところ。
・笑顔で挨拶を返してくれるところ。
・消しカスを手で集めて捨てるところ。
・美味しいミルクを作ってくれるところ。
・横断歩道で待ってくれている車の為に小走りするところ。
・好奇心旺盛で人から貰う物に異常なほどに興味を示すところ。
・常に世界への感謝の気持ちを持って日々の生活を過ごしているところ。
・少し変なところ。
今はこれくらいしか思いつかなかったけれど、もっともーっと善一くんのいいところを見つけられたらなと思います。たくさん知って、たくさん好きになりたいです。
わたしを助けてくれた善一くんと──。
いつか“結婚の約束”を果たすためにも。
※ ※ ※ ※ ※
『好きなんでしょ? 彼のこと』
『……えっ?』
『新垣 善一くんのこと。いつ告白するの?』
茜 穂乃果ちゃんと出会ったのは、六年生のときでした。同じ中学に進んで、一緒にテニス部に入りました。もう四年もの付き合いになります。
『……ムリだよ、わたしには』
『ホントに? 渚可愛いと思うけどなぁー』
わたしがあまりにも小学生の頃の想い出話をするものですから、善一くんのことを好きだってのは、完全にバレていました。その頃は再会できるなんて夢にも思っていなかったからです。
宗くんから唐突に連絡が来たことがきっかけで、ハゲダニ高校入学を決意しました。わたしが先に受験すると報告すると、茜ちゃんも合わせてくれました。
成績が足りなかったのに、わたしと一緒に行きたいからって、すごく頑張って勉強をしていました。
『新垣くんも意識してると思うよ?』
『それはないよ……』
『じゃあ、意識させちゃえばいいじゃん。好き好き光線出しちゃおーよ』
細眉でろれつの足りない話し方をする天然パーマの女の子。最初は怖かったです。あんまりお喋りが得意じゃないわたしと一緒にいても、楽しくないんじゃないかって。
でも、そんなことはないみたいで、茜ちゃんはいつもわたしと一緒に過ごしてくれました。二人で部活帰りによくプリクラを撮りに行くこともありました。
『好きな人にさ、好きって二文字を伝えるのってとても難しいことだよね。でもね、ちゃんと言葉にしないと伝わらないの。うん、わかるよ。渚の気持ちは』
怖がりで臆病な自分を、いつも奮い立たせてくれます。優しすぎるくらいです。
『子供の頃から憧れた男の子。家が近くだった幼なじみ。十年もの片想い。そんなの、辛いに決まってるよね……』
いくつも、いくつも、思い出が駆け巡ってきます。
善一くん達と初めて出会った初夏の日のことも。裏山の秘密基地で一緒に過ごした夏休みのことも。夜遅くに三人で遊んだ大貧民のことも。地元の小さな遊園地、手を繋いで石を蹴って歩いた帰り道のことも。勝手にお別れしたのがあまりにも辛くて、授業中に泣き出してしまった転校初日のことも。駅前で再会した日のことも……全部、全部。
どれも、わたしにとっては、宝石箱に詰められた輝かしい思い出の数々です。今でもずっとキラキラと光っていて、色褪せることはありません。
『でもね、きっと振り向いてもらえるチャンスはあるよ。だから、負けないで! 今は辛いかもしれないけど、大好きって気持ちを忘れないでいれば、幸せはきっと巡り巡って、いつかは返ってくるよ。こんなにも好きなのに、ハッピーエンドになれないなんて、割に合わないじゃん?』
転校して善一くんたちと離れたのはとても辛かったけど、茜ちゃんと出会ったことがわたしにとっての一番の幸せでした。
『幸せを見つけにゆこう。あの虹の向こうへ。願いは叶う。信じるものは報われる』
『……茜ちゃんポエマーみたいだね』
『こら! まじめに言ってるのに!』
目の奥がツンとします。わさびを口にしたような気分です。
……幸せに、なれるのかなぁ。
……好きに、なってくれるのかなぁ。
……いつか、振り向いてもらえるの?
……もう少しだけ、頑張ってみようかな。
あの日の読書感想文はまだ書けずにいます。ひとりぼっちで泣いてばかりの自分が、勇気を振り絞ってもいいのでしょうか。
どんなに届かなくても。
どんなに離れていても。
どんなに心が痛くても。
前に進んでも、いいのでしょうか……?
※ ※ ※ ※ ※
「…………」
雨が降り続いています。雨が、雨が。
スカートの丈をギュッと握りしめながら、私は立ち尽くしています。そこから一歩も動くことができませんでした。
「…………っ……」
わかってはいたんです。そんなことなんだろうなぁって……。やっぱりそうだったんですね。なら、言ってくれれば良かったのに。
茜ちゃんは頑張って励ましてくれましたけど、自分は幸せにはなれない存在なんです。いつまで経っても、花は咲かずに、枯れるのを待つだけ。ただの邪魔者。
「僕は、安穏のそれも可愛いと思うけどな」
「……ありがと」
二人の声が遠くで聞こえます。図書館になんか寄らなきゃ良かった。そうすれば、見なくて済んだのに。
赤い傘と、透明の傘が、並んで歩いていました。サッカー部の先輩との約束だなんて、真っ赤なウソでした。最初からのどかちゃんと帰る予定だったんですね。
どれだけ歳月を重ねようとも、脇役は所詮脇役です。お姫様はひとり。ほら、また、舞台袖で泣くだけ。誰か、教えてください。幸せってどこにあるんですか?
私の方が先に好きになって、誰よりも彼のことを好きだというのに、どうしてこんなにも届かないものなのでしょうか。
「…………ぅ……っ…………」
茜ちゃん、ごめんなさい。
わたし、もう、ムリだよっ…………!!
ピンクの傘をその場に落とします。心臓が痛みます。雨が髪を濡らしていきます。遠くで並んで歩く二人の姿が、徐々に徐々に見えなくなります。涙が止まりません。
眼鏡をやめてコンタクトにしても、
短い髪の毛を伸ばしても、
オシャレな服を買ってきたとしても、
彼は振り向いてはくれません。
だって彼が好きなのは、
──のどかちゃんだけ、なんですから。