9. 未明。
帰宅したばかりの僕を意外にも瑠美は咎めることはしなかった。それどころかむしろ機嫌は良い方で、自分の当番でもないのに、合挽きハンバーグとシーザーサラダを作ってくれていた。何か良いことでもあったのかな。
きちんと完食して、お風呂に入ったのち、自室へと向かう。ベッドに仰向けになりながら、スマホを開いた。
LINEの受信欄を見ると、三件もの通知が届いていた。それぞれ別の人物からのメッセージである。渚はわかるけど、他は誰だ?
ぼんやりと、まず最初のメッセージに目を通す。相手は今日連絡先を交換したばかりの、櫻木先輩からであった。
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《差出人: HARUKA》
今、何してますか? 忙しいですか? 手伝ってもらってもいいですか?
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「……え?」
読み上げると、リアルな声が出てしまう。
なんだこれ? なんなんだこれ? 全ての文に疑問符がついてるぞ? 週末何してますか? 忙しいですか? 遊びに行ってもいいですか? とでも言いだけだな???
……いやいや、でも、これってなんか妙だぞ。LINEを乗っ取られていないか?
心配になったので『登録ありがとうございます。どうしたんですか?』と送ってみた。びっくりすることに相手もトーク欄を開いていたようで、速攻で既読が付いた。
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《差出人: HARUKA》
近くのコンビニで“菓子パン”と“ケーキ”を買うのを手伝ってもらえますか? よろしければ、私の家に届けてくれたら嬉しいです。できれば、22時までにお願いします。
届け先の住所はこちら→××市〇〇町△△
勿論、報酬も差し上げます。二人で朝まで楽しいことをしましょう。
〈注意事項〉
このメールに返信をしなかったり、時間内に私の家に来なければ【貴方を酷い目】に合わせます。くれぐれも気をつけるように。
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「……なんだこれ」
またしてもリアルな声が出てしまった。どうやら本当に乗っ取られているらしい。
部屋の時計を見る。既に時刻は21時半を過ぎている。書いてある住所には電車で向かったとしても、20分はかかる。いや、これ無理ゲーだな!
【酷い目】に合わされるのはイヤだが、残念ながら、お応えすることはできなかった。謝罪のスタンプを送って、次なるメッセージに移行する。
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《差出人: ☆AKI☆》
ひゃっほぉおおおwwwww*:.。..。.:*・\(@⌒▽⌒@)ノワーイ!・*:.。. .。.:*・゜゜・*ガッキー!こんちくわ~♪♪♪
今日は雨だったけど、ガッキーにとっては良い日だったよね???(きらきら)
あたしは知ってます(どん!)
だって、のどちゃんと帰っているのをちょっとだけみてたのです……|ェ¬=)チラッ
いやー、すごくいいふいんき(変換できry)だったねぇ!!キャー♪ o(>▽<*)(*>▽<)o キャー♪
またその時のお話を聞かしてほしいでゴワス!((o(○`ε´○)o))ワクワク
じゃあ、またね~~!!(=⌒ー⌒=)ノ~~
あなたの愛人、明希ちゃん(はーと)より。
愛を込めて(p♪q☆∀☆`)ピロロローン
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「…………」
メッセージを閉じて、眉間を指で押す。
どうしたことか。頭が痛い。
……例えるならば異次元の領域に足を踏み込んだ感覚である。これは未来の文章だ。人間が宇宙人と初対面する時って、きっとこんな感じなのだろう。
冷静さを取り戻しながら、もう一度読み返してみる。勿論、内容はなんらアハ体験することなく綴られている。
夥しい数の絵文字と顔文字が画面を交差していた。全ての文が装飾に帯びて、煌びやかな輝きを放っている。どこを縦読み?
「よ、読めない」
解読は諦めた。ひとまず置いておいて、三通目のメッセージへと逃げる。
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《差出人: 海島 菜月》
のどかと、どうだった??
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「おっ、まともだ」
菜月である。神速の星こと、海島 菜月である。ウチの副委員長だ。連絡をくれるなんて、珍しいな。渚かと思ったぞ。
正直、自分としては菜月に酷く嫌われていると思っていた。しかし、この内容を見る限り、気にかけてくれているようだ。嬉しい。
ともあれ、全てを事細かく、説明していると時間がかかってしまう。それならば──。
──プルルルルルルルルル
──プルルルルルルルルル
──プルルルルルルルルル
猫のアイコンをタップして、即座に通話を開始させる。数回のコールがして、それからブツリと音が消えた。
「もしもし」
「『……なによ』」
第一声からイラついたような声のトーンである。あまり機嫌は宜しくないらしい。
「メールありがとう。今、時間あるか?」
「『ない』」
「いや、ちょっとだけ話がしたくてさ。菜月の声が聞きたくなったっていうか」
「『あたしはアンタの声なんて聞きたくないんだけど?』」
要件を先に伝えると、喧嘩するような口調で言われてしまう。そんなにカリカリしないで欲しいものだ。ベーコンエッグかっての。
「そう言わないで話を聞いてくれ。頼むよ」
強くお願いすると、ザッザッと布が擦れる音がした。自室に移動を開始してくれているみたいだ。おや? おやおや?
しばらく待機していると、菜月は「『はぁ』」と大きなため息をしたあとで。
「『……今回だけ特別よ。なに?』」
と、返事をしてくれた。
※ ※ ※ ※ ※
それから僕は菜月に今日の出来事についてお話しした。安穏と帰っていて、最初は気まずかったこと。テストの話、あの子が菜月のことを昔話をしてことなど、色々と話題を展開させていった。
彼女自身も適当に相槌を打って「『バッカじゃないの?』」と煽っていたけど、途中からは徐々に口数も多くなっていった。後半なんて、語り手と聞き手が逆転してしまって、菜月が自分の話をするのがが殆どだった。
あまりにも盛り上がってしまったもんだから、随分と長らくお喋りを続けてしまった。そんなわけで、もう夜の23時半である。すっかり深夜だぞ。
「『いや、ホントそうなのよっ? にゃーすけって、ホントそういう所あるのよ!』」
「いいなぁ、にゃーすけ。良いキャラしてるなぁ。一度お会いしてみたいよ!」
「『あー、笑った。涙出てきそう……』」
海島家で飼われている猫の[にゃーすけ]の話題がメインになってきたとき、唐突に菜月が欠伸をした。流石に長話し過ぎてしまったな。二時間は喋ったか。軽い映画くらいなら一本は観れそうだ。
「そろそろ潮時だな。菜月と話していると時間を忘れてしまいそうだ。ありがとう、色々と聞いてくれて。楽しかったぞ」
素直にお礼を告げる。菜月は眠いのか、返事はしなかった。
「あ、そうだ! 夏休みの最終日が誕生日って前に言ってたよな? その日、誕生日会を開催しようよ。みんなでお祝いしないか?」
「『覚えててくれたの?』」
「当然だ」
そう、菜月の誕生日は8月31日。あと二ヶ月後だ。せっかくだから、ちゃんとお祝いすべきだろう。大切な生誕の日である。
「『……誕生日会なんていいわよ、別に』」
「遠慮するなって! 安穏だって、きっと協力してくれると思うぞ?」
「『いいって! それより、アンタのどかにLINEを送るんじゃなかったの? ほら、早くしないと、あの子寝ちゃうわよ?』」
「あ、しまった!」
菜月に言われて、気がつく。すっかり忘れていた。ヤバい、送るって約束したのに時間配分を間違えた! 内容もまだ考えついてないというのに!
「『わかった? あたしのことなんて気にしなくていいの。アンタはのどかのことだけを考えてなさい。それに、協力はもうしないって言ったでしょ?』」
諭すような口調でそう言われる。苦笑混じりの声が本心のように思えなくて。
「そうだな。でも、お祝いくらいはさせてくれよ? プレゼントを期待しているって、言ってたじゃないか。その期待に応えたいんだ」
そんなお節介を焼いてしまう。
言うと、菜月は静かに笑った。
ただ静かに、少しだけ笑った。
「『……りょーかい。なら、応えてみせないよ? あたしのハードルは高いんだからっ』」
「そんなの余裕だ。僕を誰だと思ってる」
PRESENT MASTER、新垣 善一だぞ?
「『はいはい。……おやすみ』」
「おう、おやすみ。また話そうな!」
別れの挨拶をして、通話を終了させる。菜月とまさかこんなに腹を割って話せるだなんて思いもしなかった。人生って、よくわからないもんだな。
「……さて、と」
安穏にLINEを送らなくては。
※ ※ ※ ※ ※
「これで、よし」
作成に45分、送信までに15分。計一時間もの時間をかけた超大作を眺めながら、一息つく。結局、日を跨いでしまったぞ。もう0時に半だ。
《のどか》のトーク欄を開いてみるが、既読はつかない。流石に眠っていることであろう。健全な高校生ならば、おやすみプンプン丸だ。明日の返信を期待しよう。
ともあれ、いくら僕でも今日は疲れた。明日は終業式だし、さっさと寝よう。起きれなくなるぞ。
電気を消す。瞼を閉じると、なぜか渚の顔が浮かんできた。そういや、あの子。結局、連絡くれなかったな。
横になりながら、意識を落としていく。
「!」
と、ピロンと近くで通知音が鳴った。メッセージが一件届いたようである。しまった、電源を切り忘れていたぞ。
しかし、誰だろう? こんな時間に。
眠ろうとしたが、どうしても気になってしまう。もしかしたら相手が安穏かもしれないしな。既読はつけずに確認してみるか。
「?」
眠気まなこを擦りながら、開く。差出人は残念ながら《のどか》ではなかった。
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《差出人: HARUKA 》
買ってきて。買ってきて。買ってきて。
買ってきて。買ってきて。買ってきて。
買ってきて。買ってきて。買ってきて。
買ってきて。買ってきて。買ってきて。
買ってきて。買ってきて。すぐ買ってきて。買ってきて。すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。買ってきて。
すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。
すぐ買ってきてすぐ買ってきて。買ってきて。
すぐ買ってきて。買ってきて。すぐ買ってきて。
すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。
すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。
すぐ買ってきて。すぐ買ってきて。買ってきて。買ってきて。さっさと買ってこい。
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「……ひっ!?」
思わず、携帯を投げてしまう。なんだこの唐突なホラー!? いや、怖っ!!
あまりにも急なことでびっくらこいてしまった。なんだこの人!? 確かに注意事項を破ったら【貴方を酷い目に合わせる】とは言ったけど、この時間にこの内容はナシだろ!?
きっと先ほどのLINEを無視したことへの腹いせで悪戯を仕掛けているのだろう。画面の向こうでヘラヘラ笑っている姿が想像つく。こ れ は ひ ど い。
あまりにも怖かったので、蒸し蒸ししているのにも関わらず、布団にくるまってしまった。背筋が凍える。怖い、怖い。いつもなら気にもならない勉強机の下が気になる。雨の音がやけにうるさい。
「…………」
ね、眠れない……。
結局その後、二時間は意識を保つこととなる。
×××
午前、六時。目覚ましのアラームと共に、僕は起床する。
普段なら寝起きは快適で、世界に《恒例の挨拶》をしていたのだが、今日は睡眠時間が足りていないせいもあってか、そんな元気は残っていなかった。
全ては桜さんのメッセージのせいである。……くそぅ、酷い目にあった。
「あ、LINE……」
ショボショボお目目をパチパチさせながら、携帯に手を伸ばす。何件かのメッセージが受信されている。
その中には、安穏のも。
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《差出人: のどか》
朝早くにごめんなさい…。
おはよ。昨日は一緒に帰れて、すごく楽しかった。また色々と話そうね!
善一くんと友達になれてよかった(^^*)♪
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スマホを片手に、カーテンを開く。
昨日、一日中降り続いた雨はいつの間にか止んでいた。朝の光が僕を包み込むように照らしている。意識が徐々に覚醒していく。
今日は、良い天気だな。
うーんと背伸びをして、僕は立ち上がる。さっきまでの苛々も、どこか遠くへ行ってしまった。しぜんのちからってすげー!
──もうすぐ、夏が来る。
安穏からのメッセージをスクリーンショットで保存してから、僕はいつものように一階へと足を進めるのだった。