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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【雨空。ーrainy dayー】
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5. 夕景。



 闇をも切り裂く双眸が、剥き出しの敵意を放っている。狡猾な愚弄者が仕掛けた罠に、まんまと嵌められたような気分である。相手が獲物を食い漁る獰猛な猛獣であれば、此方は逃げ場を失った草食動物と言った所か。


 背筋が凍えるのを感じて、二、三歩後ずさりする。金属のドアが背に触れる。光を取り入れようと、ドアノブに手を伸ばしたが、開閉するまでには至らなかった。



 ……この人の事はよく知っている。



 サッカー部、副キャプテンの西先輩だ。チーム内では守備の要としてCB(センターバック)を任されている。粗っぽい性格と、乱暴な振る舞いから、後輩である僕らからは《畏怖べき存在》として知られていた。


 チームメイトの安田くんからも【破壊者】【ハゲダニのバロテッリ】【人間性をドブに捨てた男】【パワハラ上司】などと陰であだ名を付けられている。要注意人物だ。




「──オイ、クソガキ。シカトこいてんじゃねェぞ……? 付け上がりやがって」




 舌を巻いて、スパイクでも拭いているのか手を動かしている先輩。間違いない、この人には『スゴ味』があるッ!


 恫喝、脅迫、カツアゲ、ありとあらゆる想定をしながら、思考する。こういう状況下の場合は、なんと言うのが正解なんだろう。



「……」



 恐らく、監督から僕が全高選でレギュラー入りを果たすことを聞いたに違いない。だから怒っているのだ。元々、僕ら一年生を入部当初から毛嫌いしていたから。


 学校も会社にも年功序列がある。出る杭が打たれるように、出世スピードが速い後輩は、先輩から疎まれるのが定番だ。目立つ人間ほど、その分反感を買う可能性も高い。



 あの菜月でさえも、こういった悪意に耐えられなくなって、心を病んでしまった時期もあったのだから。



「すみません……。今日はとても大事な用事があるので、先に帰らせて下さい」



 運動部に所属している以上、先輩の命令は絶対だ。本来ならば指示通り、自主練をすべきなのだろう。そうした方が余計な恨みを買わずに済む。


 しかし、僕はそうはしなかった。礼儀知らずの大馬鹿者だと思われるかもしれない。でも、本当に大事な用事があったのである。



「ハッ、余裕だなァ……!」


「お疲れ様です」



 ドアノブを発見したので、火に油を注がないようにして、こっそりと部室を後にする。


 天狗になっていたのは事実だった。慢心であることを見抜かれていたのだろう。すぐに浮かれてしまうのは、僕の悪いクセである。……反省しよう。



 傘を差して、水分を多く含んだ土を横切っていく。意外にも、そこまで雨は降っていなくて、比較的歩きやすい道になっていた。


 あがっていた気持ちの熱も、雨に煽られて、徐々に沈静してゆく。



 こんな経験をしたのは、初めてだ。



 中学時代はまだ歳も若かったというのもあってか、そこまで厳しい上下関係ルールは無かったようにも思える。先輩後輩の垣根なく、和気藹々とプレイが出来ていた。


 それは地元の友人関係がある、というのが大きかったのかもしれない。高校だと環境も人間関係も全然違うというのに、甘く見積もり過ぎていたな。



 ……ともあれ、深く悩んでも仕方ない。気持ちを引き締めて、努力を重ねる以外に方法はないのだ。チームの勝利にさえ貢献できれば、後は『野となれ山となれ』である。


 先輩に認められることばかりを気にしてはならない。重要すべきは【全高選】で結果を出すことだ。活躍が期待に変わり、期待が信用と信頼を産むのだから。



「……頑張ろう」



 握り拳を作り、気持ちを引き締める。

 調子に乗らない事を信条としよう。




「あ」




 歩き出して、ある場所で立ち止まる。




 ───だけど、今からの帰り道は少しくらい浮かれてもいいだろうか。




 校門前で佇む彼女の姿に、僕はそんなことを思うのだった。



 ※ ※ ※ ※ ※



 午後17時を告げるサイレンが街全体に響き渡った。上空を覆う灰色の雲は、勢いを弱めながらも、雨を降らし続けている。


 この笛の音色がサッカー部練習の合図だった。授業開始のチャイムみたいなもので、これが聴こえると、グラウンドの整備を終えて、監督を職員室へ呼びに行く。それがいつもの日課でもあった。



「……」



 安穏のどかが、目を閉じて、耳を澄ませている。頭上で紅い傘を差しながら、雨の中をたったひとりで突っ立っている。一体、何を考えているのだろうか。


 足を止める。そこから一歩も動けない。

 遠目から、その光景を眺めている。



 まるで彼女は──花のようだった。



 頭上を覆う赤い雨傘は、植木鉢に咲いたアマリリスだ。日光を浴びて育っていくこのお花は、温室育ちのお姫様のお気に入り。日に二回、こうやって水浴びをするのだろう。


 ビニール傘の持ち手に力を込める。何故、こんな一般的で凡庸な面白くもない種類を選んでしまったのか。美々しく可憐なアマリリスの隣に、ネコジャラシなんて似合わない。



「あ」



 彼女が目を開けて、僕を見る。心無しか、強張っていた表情が和らいだ気がした。


 僕は彼女の元に歩き出す。


 本当はもう少しだけ、自分を待ってくれているその姿を目に焼き付けておきかった。流石にそれは出来なかったけれど。



「ごめん、待った?」


「ううん。いま来たとこ」



 安穏が首を横に振る。それが彼女の優しい嘘であることは、すぐに理解した。



「じゃあ、帰ろっか」


「うんっ」



 肩を並べ、歩調を合わせて、帰路につく。



 僕が知らない内に、サイレンの音は鳴り止んでいた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「……」「……」



 さあさあ! ドキドキ青春劇と行きたい所ではありますが、そうならないのが世の常でありまして! 理由をつけて《渚のお願い》や《先輩のイビリ》を断っておいて、計画性もなくバカの一つ覚えで帰宅イベントを優先した結果、ろくに会話も出来ずに、このような状況に陥ってしまうアカウントがこちらです。



 ……というわけで、早速ではあるが、いきなり会話に困っている。誰か助けてほしい。ヤホー知恵袋に相談するべきだろうか。



 まだ校門を出てから、数分程度しか経過していない。なのに、開幕クライマックスシリーズである。先頭打者ホームランを喰らわされたようなものだ。


 グループで行動している時は、容易に会話できるというのに、二人きりになるとダメになるのはどうしてなのだろう。意識してるから? それとも雨だから? ……雨だからだな!


 授業中にぼんやりと考えていた会話のネタも、全部宇宙の彼方に消え去ってしまった。雨の奴め……! 綺麗サッパリ洗い流してくれよって……!!




「…………」「…………」




 ……いや、冗談を言っているヒマはない。これはマジでヤバいぞ。



 確かに僕も彼女もあまり口数が多い方ではない。どちらかというとお互いに受け身で、聞き手側に回る方だ。しかし、だからと言って、無言で帰らせるというのはナシだろう。自分から誘っておきながらコレだなんて、勉強会の二の舞じゃないか!?



 よーーーし、決めた。適当でもいい。可能な限り、会話の切り口を見つけるんだ! 話題なんてどこにでも転がっている! 例えばこれなんてどうだ?



「よく、雨降っているよな」



 片手をポケットに突っ込みながら、わざとらしく上を見る。雑談の基本は共通体験だ。何を感じているのかを考えて話をする。そこで無難な所で言えば【天気ネタ】だろう。



「だね」


「梅雨だからか。あ、でも、夏が来たら晴れが続くと思うよ。今泉(いまいずみ)さんも言っていたし」


「そうなの?」



 ふむふむ、順調ではないだろうか。会話に対して、質問が来るということは、相手もそれなりに話題に興味を持っているということである。やはりお天気ネタは鉄板か。



 安穏と共に、長い長い坂道を下っていく。彼女はペンギンみたいによちよち歩きをしていた。可愛すぎる。



「みたいだぞ。それに、今年の夏は例年より暑いから、気をつけた方がいいんだって」


「へー」


「毎年なにか熱中症対策とかしてる?」


「んー、特には」



「そ、そうか」



 ……あ、これダメなパターンだ。



 食い付いているのに、食い付いていない。これは竿が振動していたから、リールを引いてみたものの、餌だけ奪われて、魚には逃げられている、というヤツだな。


 今泉(いまいずみ)さん、貴方に責任はありませんからね……。ええい、次だ!!



「安穏はテストどうだった?」



 当たり障りのない会話でクッションを置いて、次のステップへ。【テスト】の話ならば、大丈夫なハズ!



「うーん、ぼちぼちかな」



 坂道を下り終えた彼女が答える。無難な解答であった。……なんか、食い付き悪くないか? 餌が大き過ぎたのかな。



「善一くんはどうだったの?」


「ぼ、僕か?」


「うん。なっちゃんたちと勉強会したんだよね。成績良かった?」



 マンホールの蓋の上に立った安穏が、顔を見せることなく、その場でステップを踏む。相手側からの初めての質問だった。


 なるほど、安穏は自分の成績があまり良くなかったから言いたくなかっただけだったんだな! 食い付いていないように見せかけて、実は食い付いていたと! 驚異のどんでん返しだな。エスターかよ。



「テストか……」



 道路の脇。立ち止まって返答を考える。



 17位という微妙な順位を公表してもいいのだろうか。中途半端だとか思われない? あんまり言うべきじゃない気もするな。どんな反応になるか、目に見えているし……。



「ぼちぼち、だな……」



 結局出てきたのは、彼女と同様の曖昧な解答だけであった。


 勿論、そんなぶっきらぼうな反応で、安穏が話題を広げてくれるワケもなくて。



「そっか」



 たった三文字の言葉で、会話は打ち切られてしまう。




 ……あぁ、もう。なんて情けないんだ。





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