Side:D
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──雨はしんしんと。しんしんと。
汚れたガラス窓を雫が乱暴に叩いている。垂れた液体が地面に落下して、雑草たちの栄養分となっていく。成長した花や根は虫の餌となり、昆虫達は動物の餌食となる。自然界の法則よね。
そんな食物連鎖の頂点に立っているのが、我らが人間様。牛や豚を殺して食べているのだって、人間様が一番偉いからなのよ。
それにしても、どうやって屠殺しているのかしらね。見た事無いから、興味深いわ。
書類を抱えながら、廊下を歩く。
モノクロームなセカイに私はひとり。
『うわ〜櫻木先輩だ〜! すっげー!』
『相変わらず、綺麗だよなぁ……』
『今回もテスト一番だったんだろ?』
『才色兼備とか最高かよ!!』
『あ〜! あんな彼女いたらなぁ〜〜』
教室を横切る度に、下卑たノイズが聴こえてくる。あら、また際限なく騒ぎ立ててくれているの? 飽きないわね。
廊下の隅で、歳下のオトコ達が肩を寄せ合って、コチラを視姦している。どうして頭が悪いヒト達は、本人が近くにいるのに、聴こえる声で噂話をするのかしら。
まあでも、つい目で追いたくなる気持ちは分からなくもないわ。だって、私ってこんなに美しいのだから。見なきゃ損よね。注目して欲しいから、アピールしているのでしょう? ……うふふ、可愛い所もあるじゃない。
でも、ごめんなさいね。質が低すぎて、私とは釣り合わないわ。不出来な顔面、フケだらけの髪の毛、体臭、身長、体重、知能、その他諸々を改善してから出直してきて頂戴。そうね、一度転生する事をお薦めするわ。
【二年生成績(男女総合)】
・学年1位 櫻木 晴香(二年連続)
「うふふ」
嘲笑を堪えながら、ゆっくりと左右に手を振る。どうぞ、お受け取りなさい。ニキビ面の哀れな小童共。その極めて矮小な脳に覚え込ませておくといいわ。
『おい! こっち見たぞ!』
『え、マジ!?』
『目配せしてくれた……』
『それお前に気があるんじゃねーの!?』
『んなワケあるかよ!……マジで?』
反応は上々のようでした。
オトコって、憧れの先輩にこんな態度を取られたら、やっぱり興奮しちゃうのかしら。妄想の中でなら、好きにしてくれても構わない。
「……んふっ」
責められるのも、悪くないわね。
渡り廊下を通って、生徒会室へと向かう。途中で、掲示板を発見した。真ん中に堂々と新聞が貼られてある。興味は全く無かったけれど、稚拙なタイトルに目を惹かれてしまう。
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【まさかまさかの!?】【殿堂入り】【一体、どこまで記録を伸ばすんだ!】
・学年1位A氏(三年連続、殿堂入り)
『この結果を見て、読者の皆さんはどう感じるだろうか? 我々の捏造を疑うことよりも、事実に目を向けて欲しい物だ。彼女は入学して以降、学年一位以外の成績を取ったことがない。一時期はカンニングも疑われたが、テストで毎度満点に近い点数を叩き出して、アンチを跳ね除けてトップに君臨し続けている。秀才どころではない。彼女こそ、真の天才と呼ぶべきだろう──』
(中略)
『もうひとり、同様の成績を収めている者がいる。二年生のS氏だ。彼女もまた生徒会に所属して、天才の背中を追っている。しかし、どうだろうか? 懸命な読者様なら御察しの通りだが、どうも秀才止まりの気がしてならない。それは我々が前述者の残した伝説と無意識に比べてしまい、下位互換としか見れていないからではないだろうか。そもそも、S氏にカリスマ性は無く(以下略』
ーー新聞部便り。
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「ッ……」
思わず、舌打ちが出てしまう。
気付いた時には、画鋲を外して、その場でビリビリに引き裂いていた。普段は感情的にはならないように工夫をしているのだけれど、今日はムリでした。
大体、非力な下賤が自己満足で綴った記事なんて目に毒なのよ。書いた奴を名誉毀損で訴えてやろうかしら。文無しにしてあげる。
匿名だからって、好き勝手している連中は本当に気持ち悪いわね。新聞部といえば、あの盆暗共の集まりかしら? まだ存在していたのね。部室を燃やしておけば良かったわ。
そうよ。私が会長になった暁には、あそこの予算をゼロにするように検討しましょう。誰かの共感を得られないと意見に自信が持てないなんて、本当に哀れね。うふふ……。
「死ねばいいのに」
ゴミ箱に記事を放り投げる。私からしてみれば、アナタ達がやっている事なんて、全ておままごとよ。秀才と天才。その間に、幾千光年もの距離があるのか、分からないでしょう。理解して貰おうとも思わないけれど。
退屈な日々。色のないセカイ。
──ほーんと、つまんない。全てを滅茶苦茶にしてあげたい。
食物連鎖と同様に、学校にも階級制度が存在している。そのピラミッドの頂上に君臨しているのが、生徒会長。私はそこに立って、低脳共を見下すのが夢なの。
無能な愚図なんて、社会に不必要でしょ?
みーんな、みーんな、朽ち果ててしまいなさい。地球を蝕む寄生獣共、アナタ達が滅んでもセカイになんの影響もないわ。即座に自害なさい。
もし私が吸血鬼だったなら、首筋に牙を突き立てて、みーんな噛み殺しているわね。臭い血を吸いながら、高笑いをして、屍の上に生きた証を刻み込むの。ご馳走様ってね。
「あら?」
ムシャクシャしていたせいもあって、道を間違えてしまっていたわ。生徒会室に行くつもりだったのに、階段を降りて、帰ろうとするなんて。私って、ドジっ子ね。
元の道に戻ろうとして、そこで発見する。見覚えのある姿を──。
ピンと立てた背筋。まだ綺麗な制服。あどけない横顔。整えられた短髪。長い睫毛。口付けしたくなる艶々のお肌。ゴツゴツとした身体つき。良い匂いがしそうな雰囲気。完璧に近いオトコ。
遺伝子が囁いている。『彼と接触なさい』と。
「ふふ」
私は口元の笑みを隠しながら、少しずつ近付いていく。悟られないように、逃げられないように。背後からゆっくりと、忍び足で捕まえる。
第一声は何にしようかなと、そんな事を考えながら。
六月、とある日の午後。
無機質なセカイが、セピアへと色づく。
雨はしんしんと。ただ、しんしんと。