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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【雨空。ーrainy dayー】
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3. 日中。



 キーーーンコーーンカーーンコーーン。



 一学期の全ての授業が終わった。チャイムの音を背に、生徒たちが教室から出ていく。明日の終業式を迎えれば、次に皆と会うのは夏休み明けの新学期という事になる。それまで暫しのお別れだな。グッバイ、アディオス。



「のどか。部室、寄っていくでしょ?」


「うん、いく」



 帰宅グループの中には安穏と菜月の姿もあった。足並みを揃えて去っていく。一度たりともこちらに目をくれることはなかった。



『じゃあねー!』『ばいばーい』



 クラスメイト達の別れの挨拶も、どこか遠く感じる。今、聴こえているのは、自らの心音だけだ。高血圧でもないのにバクバクしてる。心拍数がビートを刻み、ハートが震えていた。燃え尽きるほどのヒートだッッッ!!



 息を吸って、また吐く。

 口の中は酷く乾いていた。



 昼休みを終えてから既に数時間あまり経過しているというのに、未だ脳は冷静を保てていなかった。手足と脳が震えている。


 授業内容は全くと言っていいほど頭に入ってこなかったし、休み時間に入る度に、動悸が激しくなっていた。もうじき、心不全で死ぬかもしれない。グッバイ、アディオス。


 勿論、僕はなんの病気も発症していない、至って健康的で低血圧なだけの人間である。それならば、何故こうなってしまったのか、僕の身にこれから一体何が降りかかるのか。簡潔にお答えしよう。



 理由はただ一つ。



 ……あとで、安穏と一緒に帰るからだ。



 ※ ※ ※ ※ ※



「イッチー。んじゃ、また明日」

「新垣さん、お疲れ様です」


「おう」



 早々に帰路に着く友人達を見送る。一人、また一人とデスゲームばりに教室から人が消えていく中、僕はまだ机から動けずにいた。



 遂に、来てしまったのかと。



 昼休み。安穏に『一緒に帰ろうよ』と提案した結果『いいよ』の三文字を受け取ることができたのである。希望通りの結果に、緊張しまくっている。



「ふう」



 荷物をまとめながら、息を吐く。

 呼吸を整えて、ひと段落しよう。



 ……冷静になれよ、新垣 善一。幾らなんでも焦り過ぎだ。確かに平均的な高校生男子なら誰でも舞い上がるに決まっているかもしれないけど、単純に帰宅するだけじゃないか。付き合いたてのカップルじゃあるまいし。



 そう、普段通りの行動をするだけ。それ以外に何も起こることはない。



 安穏が傘を忘れて、二人で相合傘をする羽目になっちゃって、濡れた僕を彼女が心配して『今から私の家に来る?』的な誘いをする。そんな超展開は恐らく起きないのだ。


 帰り道にたまたま《隠れ家レストラン》的な喫茶店を発見して、デートのような熱いお茶を交わす。こんな良展開も来る訳がない。


 異性の家に単身で上がりこむなんて不健全だし[寄り道せずに帰れ]というのが学校の規則で決められている。傘も余分に持参しているし、雨だって降っている。風邪をひかないためにも、パッと行って、パッと帰るのがベストだろう。



 ──期待は捨てる。現実は甘くない。



「よし」



 席を立つ。やっと気持ちが落ち着いてきた。


 ひとまず一旦部室へと向かおう。先輩に顔見せだけしておかなくては。



 待ち合わせは三十分後の校門前。時間的余裕はかなりある。



 鞄を背負って、廊下へと向かう。すると、誰かが背中越しに声をかけてきた。



「善一くんっ……!」



 ※ ※ ※ ※ ※



「どうかしたのか、渚」



 声の主は、幼馴染みの葵 渚だった。小さな身体で上目遣いをしながら、いつもみたいに自身の両手をギュッと握りしめていた。これは彼女のクセだ。気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。



「い、今から帰りっ……?」


「うん、帰りだ。ちょっとだけ部室に寄っては行くけど」



 本日は各自個人練習だとマネージャーの柳葉が言っていた。参加不参加は自由意思を尊重してくれるのだとか。雨の日はまともに練習できないしな。



「そ、そうなんだ……」


「なにか用事でもあるのか?」



 渚が瞳を曇らせている。どうも言い出し辛い要件があるらしい。言葉が詰まっており、中々吐き出してはくれなかった。言いたい事があるなら、ハッキリと伝えて欲しいものである。



「い、いや。あ、でも……ごめん。引き止めちゃって。い、急いでいるんだよねっ……? 気にしないでっ」



 曖昧な笑顔を振りまいて、渚が口をつぐんだ。両の手に力を込めていることから、言いたい事を我慢しているのは理解できた。


 小さい頃から渚はワガママを言わない優しい女の子だった。そのせいで本音を押し殺すのに慣れてしまっているのだろう。悪いクセだよな。クセ者だぞ。



「急いでないさ。遠慮なんてしなくていいから、話をしてくれ。どうかしたのか? 言ってくれないとわからないぞ」



 笑いながら緊張を解くように励む。全く、今更なにを遠慮しているというのか。裸の付き合いもした仲だろ? 余計な気なんて遣わないでくれ。



 ちょっとの間だけ、渚は目線を泳がせていたが、その後固まっていた両手を解いた。恒例の前振りも飛び出してくる。



「善一くんに“お願い”がありますっ……!」


「ほう。なんだ言ってみよ」



 普段からワガママを言わない渚は、僕にだけこの“お願い”を用いてワガママを言ってきていた。茶化すような口調で問うと、渚が周囲を見回した。



「えと、えっと……。今からっ」



 気持ちを落ち着かせているのか、タイミングを見計らっているのか、それとも素数でも数えているのか。それは定かではない。


 僕も釣られて周囲を見回す。教室には僕ら以外、他に誰もいなかった。さっきまで皆、談笑していたハズなのに。



 唾をゴクリと飲み込む。

 隙間風が頬を撫でる。




「一緒に帰っても、いいですかっ……?」




 ごめん、渚。それは無理だ。



 ※ ※ ※ ※ ※



「……」



 何も言えなくなる。タイミングが合わないと呼ぶべきなのか、単純に運が悪いというべきなのか、どちらにせよ叶わない“お願い”だというのは明白に理解できた。


 もしも、昼休みに安穏と約束していなければ、きっとこの場で僕は即座に『いいよ』と言っていただろう。しかし、もう先約がいる以上、それを変えることは出来ない。申し訳ないけど、絶対に無理なのだ。



「えっと」


「うんっ!」



 渚はようやく言えてスッキリしたのか、大きく頷いている。本当のことを言える訳がなかった。渚の気持ちを無下にして、ウソをつくのは心が痛むけれど、やるしかない。



「や、約束をしていて」


「約束っ……?」


「そうそう。サッカー部の先輩とちょっとな……。ミーティングとか何かで……」



 頭を掻きながら、とぼける。さっきまでの余裕ぶった態度はどこへやら。あまりにも酷いウソである。自らの身を守る為についた、自己防衛の虚言。都合のいい言い訳。


 約束なんてしていないし、先輩とも別に仲良くなんかない。全ては真実を捻じ曲げる為に創作された、真っ赤な嘘だというのに。



「そ、そうなんだ。それなら、遅くなっちゃうのかなっ……?」


「あぁ、そうだ。本当に申し訳ない。せっかく誘ってくれたってのに……」


「ううん、大丈夫だよっ? 気にしないでっ……! 急に誘っちゃったのが悪いから」



 再び彼女がギュッと両手を握りしめた。今度は緊張ではない。不安の合図だ。ムリをして笑って、期待を裏切られたショックを隠しているのだろう。


 誰も悪くはない。運が悪いだけなのだ。



「次回はどう? 今度、一緒に帰ろうよ……! 部活が休みの日を合わせて、その時にさ」


「……うん」



 俯く渚に、くだらない社交辞令なんて必要なかったのかもしれない。今度とは具体的にいつになるというのか。明日は終業式で、そこからすぐに夏休みに突入するというのに。


 新学期? 二ヶ月先?


 今度にしては遠すぎる約束だな。



「ごめん……。じゃあ、ちょっと急いでるから行くな? また明日!」



 小さく笑って、手を振る。廊下へ向けて踵を返そうとすると、再び渚が背中越しに呼びかけてきた。



「ぜ、善一くんっ……!」


「は、はい! なんでしょうか?」



 発進しかけた新垣特急電車に急ブレーキをかける。渚が顔を上げて、胸に手を当てた。唇をグッと結んで、述べる。




「今日も、LINEするねっ……!」




 たった一言。小さな言葉。それは彼女なりの決意表明だったのかもしれない。



「お、おう。わかった! 待っているよ」



 手を上げて、軽く返事をする。そのまま、そそくさと教室を後にする。



 去りゆく直前、彼女の方へと向く。



 ひとり取り残された教室の中で、ため息をついている幼なじみの姿を見て。



 僕は逃げるようにまた、前へ向き直った。



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