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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【雨空。ーrainy dayー】
77/279

Side:C


ーーーー



 ──この雨だって、いつかは止むから。



「ジーっ……」


「ど、どうしたのっ……? 茜ちゃん」


「んー? いや〜、渚がすごくおいしそうに食べてるなぁと思って!」



 半袖だと少し冷える教室の中、わたしたちは机をくっつけてお昼を共にしていました。


 両腕に顎を乗せたお友達の茜ちゃんが、こちらを直視しています。そんなにジロジロと見られると、なんだかとっても恥ずかしくなってきます……。


 お箸を持つ手が震えましたが、なんとか卵焼きを掴むことに成功します。頑張って口に運ぶと、ほんのりとしょっぱい味がしました。



「おいしっ?」


「うんっ……!」


「だったら、一個ちょうだい!」



 茜ちゃんはわたしのお母さんが作るお弁当が大好きで、時々こうやっておかずたちをおねだりしていました。最初からそれが目的だったようです。



「ど、どうぞっ!」



 くねくねと身体を動かしていたので、お弁当箱を差し出すと、飛んで喜んでいました。



「ひゃっほー! 気前いいね! さんきゅー。なら、ミートボールを貰おっかなぁ? いや、ココはたこさんウインナーにしとこうっ」



 迷子になっていた割り箸がウインナーに狙いを定めます。目にも留まらぬ速さでぱくりと一口で平らげます。茜ちゃんは本当に美味しかったみたいで「ほぉ〜ん」と頬を緩ませていました。



「ふふっ……」



 子供みたいな反応だったから、わたしも頬を緩ませてしまいます。きっと食べられたウィンナーさんも、作ってくれたお母さんも、みんなみんな喜んでいると思います。


 わたしも将来はこうやって自分の子供にお弁当を作ったりするのかな。



「ごちそうさま! 渚のママが作るお弁当はやっぱりサイコーだね。今度『美味しかった』って言っといて!」


「か、必ずっ……!」


「うし。では、これで等価交換だ」



 茜ちゃんが鞄からクリームプリンを取り出します。今、話題になっている人気店の限定商品でした。机上にプラスチックのスプーンと一緒に置いて、手渡してきます。



「い、いいのっ……?」


「もちろん。自分用に一個あるし」


「で、でも」


「遠慮はしないの! ほら、受け取って」



 茜ちゃんがわたしの手にプリンを押し付けてきます。しぶしぶ受け取ると、ニッコリと微笑んでくれました。


 食後のデザートにしようと思います。


 ×××



「……甘くて、おいしいね」


「ね」



 舌先で生地が溶けています。もっちりとした食感が、キャラメルとマッチしていて、口の中に幸せが広がるような味わいでした。作り手の優しさが、すごくすっごく伝わってきています。



「そーいや、渚。テストはどーだった? 良かったんだっけ?」


「テストは……うーん」


「……ダメだったんだね」



 廊下に貼られていた学年順位表を思い出します。自分では出来たつもりだったのですが、あんまり良いとも、悪いとも言えない……微妙な順位でした。



【一年生成績(男女総合)】


・学年5位 玉櫛 宗

・学年10位 海島 菜月

・学年17位 新垣 善一

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年89位 安穏 のどか

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年152位 葵 渚

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年241位 井口 義雄

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年389位 源 蓮十郎

・学年390位 茜 穂乃果(ほのか)(全400人中)



「ま、でも次があるよ! 過ぎたことは気にせずに、今を楽しもっ?」


「そ、そうだねっ……!」



 ……茜ちゃんはもう少し気にした方が良いと思います。



「そーいや、どうだったの勉強会。新垣くんにお呼ばれされてたよね?」



 プリンの容器の底が見え始めた頃、茜ちゃんが顔を上げました。ちょうど、同じことを考えていたせいか、手が止まります。なんて言えばいいのか、言葉が抜け落ちたみたいに、出てこなくなります。


 あの日は、ダメダメでした。



「…………」



 最初からわかってはいたんです。うまくいかないだろうなって。でも、実際に肌で感じてしまうと、胸が詰まりそうになります。とてもとても苦しいです。


 善一くんはどうして私を呼んだんだろう。私のことなんてどうでもいいのなら、ムリに呼んでくれなくてもいいのに……。



『僕は、安穏が好きなんだ』



 肝試しの日。勇気を出したわたしに待ち受けていたのは、ただの非情な現実でした。突きつけられた答えを、到底信じたくはありませんでした。


 断ってくれない善一くんはずっと上の空で、わたしと一緒にいても全然楽しくなさそうで、きっとなにかあったんだろうなというのは薄々勘付いていました。


 悔いだけが募っています。


 本当は諦めて欲しかった。でも、そんなこと言えるはずがありません。気が変われば、振り向いて貰えるだなんて、愚かな考えをしてしまった時点で、結果は見えていました。



 自分を責める善一くんなんて見たくなかった。でも、立ち直って、のどかちゃんと楽しそうに喋っている善一くんの方が……もっと見たくなかった。


 わたしに出来たのは、傷ついた彼を励まして、後ろから背中を押すことだけでした。いつもそうしてくれたから、ほんの恩返しをしたかった。そうすれば少しでもわたしを見てくれるかなって。


 隣に立てない脇役の、他愛もない演技に過ぎないというのに。


 いくら芸を磨いて、監督にアピールをしたとしても、主役に立てるお姫様はひとりだけと決まっています。選ばれてしまえば、王子様はその人しか見ることはありません。


 後に残るのは当人たちだけのハッピーエンド。脇役が舞台袖で泣いていたとしても、観客は誰も気が付かないのです。



 わかっているのに。

 わかっていたのに……。



 髪を伸ばして、オシャレをしても、善一くんは『似合ってるね』っていつもみたいに言うだけで、特別な感情なんて、そこにないことは明白でした。


 いつも『可愛いね』とは言ってくれるけど、絶対に『好きだよ』とは言ってくれません。だって好きじゃないから。心に決めたひとがいるから。そんなの、振り向いてもらえないに決まっています。



 だって彼が好きなのは──のどかちゃんだけなんですから。



 ※ ※ ※ ※ ※



「どーしたの、渚。……大丈夫?」


「えっ……? う、うんっ」


「テスト、そんなに悪かったの?」



 ぼんやりとひとりで考え事をしていたせいか、茜ちゃんがわたしの手を握っていました。天然パーマがくるくると揺れています。



「大丈夫だよぉっ……? ちょっとだけ眠くて……」


「なーんだ。びっくりした」


「そ、それにしてもこのプリン。ほんとに美味しいねっ……!?」


「でしょー。好きなの」



 ムリに笑うと辛くなるので、プリンを食べてなんとか堪えます。甘みがとってもとっても優しくて、胸が熱くなります。


 ギュッと両手を握ると、茜ちゃんが手を重ねて微笑みかけてくれました。



「そんなに落ち込まないで。少しずつ頑張ればいいの。焦っちゃだめ」


「う、うんっ……」



 顔は上げられませんでした。今にも泣き出しそうになったからです。



「進学するんでしょ? ちゃんとした大学に入って、素敵な家庭を築いて、渚は幸せになるの。大学で離れ離れになっちゃうけど、それまではずーっと仲良しだから安心して」



 茜ちゃんは高校を卒業したら、就職すると言ってました。それは成績が悪いからとかではなくて、家庭の事情が絡んでいることをわたしは知っていました。



「……泣かないで。渚は強い子だから。いい? 止まない雨はないの。この雨だっていつかは晴れるから」



 赤くなった眼で外を見ると、本格的な本降りになったようで、ざーっと降り続いていました。ずっと、ずーっと。


 

「……っ……っ!」


「どしたの。甘えたい気分なの? しょーがないなぁ、渚は。おいで」



 男の子みたいにゴツゴツはしてなかったし、強くも大きくもなかったけど、お母さんみたいにほんのり温もりのある手のひらでした。


 そんなお手てで茜ちゃんが頭を撫でてくれます。ちょっとだけ泣いてしまいました。


 視界がぼやけるわたしに、茜ちゃんはなにも言わず、寄り添ってくれました。大好きって感情を伝えてくれているみたいで、とーっても胸がいっぱいになりました。



「……」「……」



 しばらくそうやって、二人で雨の音を聴いて時間を過ごしました。包まれた掌を返して、指と指を絡めます。手を握りあうと、なんだか恥ずかしくなって、不思議と笑ってしまいます。



 茜ちゃんのことが大好きです。


 善一くんと、同じくらいに。



 星はいつだって輝いています。どんなに暗い闇もいつかは晴れます。陽は昇り、また明日が来るように。この雨だってきっと──。



 六月、とある梅雨の日。



 どこからか吹いた春風は、私を見守ってくれているようでした。

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