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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【雨空。ーrainy dayー】
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2. 真昼。



「久しぶりだな、レン」



 咄嗟に声をかけてしまう。


 レンの首元に見覚えのあるタオルを発見したからだ。アレは柳葉から借りていた物である。色々とあって、今は彼の手元にあるのだが、そろそろ返して貰わなくてはならない。


 こうやって会って話すのは、オリエン合宿以来の出来事だろうか。


 気まずさと緊張はそりゃ少しはあったけれど、一度踏み出してみれば意外と大したことではなかったと気が付く。相手の目を見て話せるほどに、今はリラックスしていた。




「おぉーー! 誰かと思えば、善ちゃんじゃねェか!? 久々だな! 元気そうで何よりだぜ」




 ガタリと席を避けて、源 蓮十郎がこちらに近付く。不敵な笑みを浮かべている。



「脚の調子はどうだ?」


「ガッハッハ!! 完全復活とは言わねーけど、そこそこ調子は良い方だぜェーー!?」



 怒鳴るような声で叫んで、レンが包帯で包まれた膝を曲げる。


 結構な怪我だと思っていたが、もう随分と動けるらしい。驚異の回復力である。これなら来シーズンも活躍してくれそうだ。



「そうか」



 僕がスポーツトレーナー感覚で怪我の経過を見守っている間にも、食堂の列はどんどんと進んでいた。


 ここで話すのは邪魔になると判断して、一旦離脱する。後ろの宗は何も言わず付いてきたが、前の井口くんは顔を合わせるのも嫌なのか、知らん顔で一人列に並び続けていた。



「それは良かったな」



 列から外れて、パーテンションポールのギリギリに立つ。長方形のテーブルに集まる男たち。真ん中に着席するレン以外は全員先輩なのだろう。見覚えがない。こちらに『誰、コイツ?』的な視線を送ってきている。


 あるよな。友達の友達と会う時の、気まずい空気感みたいなもの。コミュ力があれば平気なのだが、僕は生憎そこまでの段階まで達していなかった。ここでやっと緊張してしまう。あわわ……人がいっぱいだよぉ……。



「部活も復帰したのか?」


「んやぁ、バスケなら辞めたぜ。監督が口うるさくてよぉ!」


「……え?」



 ほうれい線を強調するような形で、表情筋を釣り上げ、歯を見せる。バスケ部期待の新エースと呼ばれていたのに、そんなに簡単に辞めて大丈夫なのだろうか。



「もうやるつもりはないのか?」


「ねェな!! つーか、そこまでのやる気はなかったし! ほら、生徒会長だって『青春を謳歌しろ』って言ってただろォ!?」



 両手を大っぴらに広げて笑う。確かに姉貴は入学式の時にそう語っていた。捉え方によれば、部活に入らず遊び惚けるのもまた青春と呼べるのだろう。



「やっべぇー! クールビューティ、ちょーカッケーこと言ってんじゃん! ウケるわー」


「ぎゃーはっはっは! サイコー!!」



 レンに同調して騒ぎ立てる先輩たち。さっきから何がそんなに可笑しいのだろうか。こんな囃し立てられると、真面目な話も出来ない。TPOをわきまえるべきだぞ。


 とは言えども、真っ昼間の食堂で《怪我の原因》について聞こうとしている僕もまた、TPOをわきまえていないとも言える。



「そ、そうか」



 聞きたいことは沢山あるハズなのに。



「あ、それでそのタオルなんだが……」



 本題に切り込む。レンは首元に巻かれていた白黒のタオルを見て「おっ?」と口をタコみたいに開いた。今にも墨を吐きそうだ。



「おぉ、これか! これだな!? 借りモンだと知らなくて、勝手に使ってたぜ!! ガッハッハ! オレこんな可愛らしいの持ってたっけかと、ずっと気になっていたんだけどよぉー! やっぱ善ちゃんのだったか!!」



「おめぇー、それ借りてたヤツかよー!」


「ほんと、似合わねぇー!」



 レンがテーブルから身体を乗り出して手渡してきたので、片手で受け取った。


 結構日にちが経っていたので、ボロボロになっていると思ったが、割と品質は良いままだった。



「ほい、サンキューな。それにしても、善ちゃんは可愛いの持ってるんだな!」


「え、いや、これは僕のじゃなくて」


「あぁ、()()()のか。なら、お礼を言っといてくれ」


「アイツ?」



 受け取った直後、また不敵な笑みを浮かべてきた。誰かと勘違いしていないか? これは柳葉のだぞ。


 隣を見る。宗はポケットに手を突っ込んだまま、真顔で立ち竦んでいた。



「うっし。メシも食ったし、そろそろ行くか!! んじゃな、善ちゃん!!」


「あ。う、うん……」



 ヤツの指示に六人が立ち上がった。たわいもない世間話を終わらせて、先を行こうとする。


 だが、そこで初めて宗が動いた。




「……逃げんのか? 負け犬。子分を従えて大物気取りとは、随分と堕ちたな。牙を抜かれた腑抜けに成り下がりやがって。ダッセェ」




 挑発的な態度でレンに向かって、堂々と喧嘩を吹っ掛ける。あまりにも突然の事だったので、僕はビックリして目玉が飛び出るかと思ってしまった。


 汚れたテーブルを見つめながら、ポケットに手を突っ込んだイキリ宗乃介は続ける。



「お得意芸はどうした? やめたのか? それとも、周りに女が居ないと、いつもの調子を出せねぇつっーのか? 答えろよ、この半端者」



「あ?」



 レンが振り向く。口を半開きにさせている。


 確かに今日は一度も、あのオレ様モードとやらを見ていない。封印でもしたのか、それとも本当に周囲に異性がいないと出来ないのか、それは定かではない。



「……」「……」



 ガンを飛ばし合う両者。無言の攻防は続く。さっきまで喚いて、ツッコミを入れていた先輩たちも、付け入る隙もないのか、固唾を呑んでその光景を見つめていた。



「……うるせェよ、バカ野郎」



 しばらくの交戦の後、レンがため息をついた。呆れたように苦笑して、背を向ける。



「オイオイ、それが捨て台詞か? ダセェなオイ。それとな、自分らが使ったテーブルくらい綺麗に片付けていけよ、クソ童貞共」



 宗がポケットから手を出して、親指で下をさす。だが、レン一行はこちらを見向きもせずに立ち去ってゆく。急遽勃発したイキリ合戦は刃を交えることなく終結する。


 心無しか、源 蓮十郎という男と今後関わりを持つことは少ないだろうと感じた。決別というべきか、お互いにこの先は別の道を歩んでいくことになるのだろう。


 トレーを握り直す。あれだけ券売機の前に溜まっていた行列は既に解消されており、井口くんの姿も既に見えなくなっていた。



 ※ ※ ※ ※ ※


 レンたちの使ったテーブルと椅子を片付けて、食券を購入し終えると、出口付近に井口くんが着席しているのが見えた。一人先に蕎麦を啜っている。ネズミ並みの逃げ足だ。


 四人掛けのテーブル席。ヨッシーの隣に宗が座り、その前を僕が陣取る。今回購入したのはミニラーメンとカツ丼だ。腹が減っては戦はできぬ。



「あのなぁ……ヨッシー。あんな見た目だけの連中にビビることはねーんだよ。ヲタクって人種は、ネット内でしか相手を攻撃できねぇのか?」


「び、ビビってなんかいませんよ!? 多勢に無勢だなと判断したまでであって、これは戦略的撤退です……!! 同じ状況でしたらあの“諸葛亮孔明”でさえも、そのような作戦を使ったに違いありません!」


「はいはい、そうかいそうかい」



 諸葛亮孔明だなんて、すごい。


 井口くんがお汁を飲んで、ちくわを食べている。割り箸を置いて、曇った眼鏡を拭く。



「ところで、玉櫛さん。先週食堂で財布忘れたか何かで、お金を少々貸しましたよね? 早く返して下さいよ」


「チッ、踏み倒そうと思ったのに。180円くらいまけろってんだ」


「心の声がダダ漏れじゃないですか……。ダメです」



 宗が革財布を開く。僕には『金銭のやり取りはトラブルしか産まない』とか語っていたクセに、ヨッシーにはお金を借りているとは流石の問題児である。ダメだぞ。


 そういやコイツは、小学生の運動会の時でも、玉入れ競技の際に、相手側のチームに玉を投げつけて、妨害行為をした事でPTAの人たちから目を付けられていたっけ……。あの頃から何も変わってないな。クズ的な面で。



「すまん。いま十円しか持ってねーわ! これで勘弁!」


「……しょうがないですね」


「よし、手ぇ出してくれ。十八数える」



 宗が『一、二、三……』と声に出して、手の中に小銭を落としていく。数字が十一まで来た時、途中で辺りを見渡した。



「今、何時(なんどき)だい?」


「時間ですか? 十二時です」


「十三、十四、十五……」



 時そばかよ!!



 僕だけが宗の悪戯行為に気付いてしまう。十円程度をケチるなんて狡いなぁ。皆さんは絶対に真似をしないように! 時そば!!



「……」



 彼らのやり取りを眺めながら、一人物思いに耽る。


 ラーメンを胃の中に入れて乗り切るも、まだレンのことが頭を掠めていた。今夜は眠る前までアイツのことを考えていることだろう。これはきっと恋かな?


 急に降り始めた雨のように、不安が次から次へと落ちていく。


 心のモヤモヤが、この雨のように晴れない。 レンが言った()()()とは柳葉ことではないのだろう。それは確かだ。ならば、該当の人物は一人だけに絞られる。




 ……二人はどういう関係性なんだろうか。




「…………」



 すっかり伸び切った麺を箸で掻き回す。過去を思い返すと、ネガティブな感情が湧き上がってくる。



 しかし、時に現実というのは喜劇に似た出来事も発生する。絶望に打ちひしがれた時にこそ、希望はやってくるのだ。


 落語には必ずサゲがあるように、たった一つの言葉で、これまでの状況が一転したりもする。偶然の奇跡が魅せる魔法のように。




「こんにちは、善一くん。ちょっといい?」




 ──時の流れがまた、加速してゆく。



 ※ ※ ※ ※ ※



「……安穏」



 僕の肩を叩いてきたのは、安穏であった。普段からあちらから話しかけられることはなかったので、酷く驚いてしまう。ビックリしすぎて、舌が飛び出しそうになった。



「この子がアンタに話したいことがあるんだって」



 隣には菜月が寄り添っている。まさか安穏のことを考えているときに、彼女がやって来るとは思わなかった。思考は現実化する、って本当だったのか……。



「……ブホッ」



 突如として参上した美少女たちに、ヨッシーは蕎麦を吹き出しそうになっていた。なんかもう散々だな。



「お、おう。今なら大丈夫だけど……」



 偶然という名のデスティニー。話とは一体なんなのかしら。もしや告白!?



「おら、立て。クソメガネ。空気読め」


「え? しかし、まだ蕎麦が残って……」


「んなもん、いつでも食えるだろ。行くぞ」



 自称スーパー空気の読める男、玉櫛 宗。悪ふざけを片付けて、ヨッシーを促し、早々に席を立つ。ナイスな対応である。


 宗と井口くんが踵を返したので、菜月と安穏は向かい側に座った。……なんだろうか。ドキがムネムネするな。



「で、話というのは?」



 お水を三つスタンバイして尋ねる。安穏の様子がいつもと違って見えた。どこかおどおどしている。『おや、安穏のようすが……?』ではない。『おめでとう! アンノンはアンノーンに進化したぞ!』でもない。



「えっと、なっちゃんからこの前の勉強会のことを聞いたんだけど」



 水の入ったコップを両手で抱きしめながら、彼女は言う。うん! わかってた! そうじゃないかと思ってた! 誰だ? 告白とか言った奴は。あ、僕か。



「……ごめんね、来れなくて。せっかく誘ってくれたのに」


「え?」



 安穏が顔を俯いて、謝罪している。どうして貴女様が謝っているのか、ワタクシには理解できません。悪いのは連絡ミスをした僕の方なのに。



「なっちゃんに聞こうとは思ったんだけど、できなくて」



 菜月に目を向ける。彼女は銅像のように腕を組んで、座っていた。ウンともスンとも言わない。人間国宝らしくなってきたな。



「ちょ、ちょっと待ってくれ。違うんだ! あれは菜月にちゃんと伝えていなかったのがこちら側のミスであって、安穏は悪くないぞ? だから、その、謝らないでいい」



 席を立つ。LINE等で謝るチャンスはあったのに、テストを言い訳にして、先延ばしにしてしまっていた。それを含めて、改めてごめんなさいしよう。



「安穏。僕の方こそ、悪かった! 予定とかあったのかもしれないのに、急に誘ってしまって。本当にごめん、ムリを言ってしまったみたいだな……」



 ずっと彼女自身も気にしていたのだろう。安穏からしてみれば、誘われたのにドタキャンしたみたいになっているし。


 ただし、この件で彼女に責任は一切ない。これだけは知って欲しかった。明らかにこれは10:0で僕が悪い。



「…………」


「…………」



 通算何度目かの新垣謝罪会見を終えて、席につく。安穏も仏像になったようで、ウンともスンとも言わなくなった。先ほどの高揚も、冷水を浴びたように静かになっていく。



 ……ふむ、なんだかとても申し訳ないな。



 考えてみると、勉強会では安穏と会えずじまいだし、このままだとなんの進展もないまま、夏休みを迎えることになってしまう。


 部活の大会も控えているというのに、一体どうするつもりなんだ?


 現状、メールすらもビビって送れていない。なのに、どうやって会う機会まで得るというのか。新学期まで我慢しろって? ……いやいやいやいや!



 勇気を出して、頑張っていこうと決めただろ、新垣 善一。なにをヘタレている。ライバルはもういない。ここでやらないといつやるのか? ナウでしょ!?



 顔を上げる。覚悟の扉を、今開こう。



「あのさ、安穏。僕からお願いが一つあるんだけど、聞いてくれないか?」


「お願い?」



 拳を固める。大丈夫だ。なんとかなる。僕らは友達。朋友だ。愛と勇気の仲間たち、オラに力をわけとくれ。



「うん。お詫びの気持ちというか、時間があればでいいんだけど」



 小さな自分の小さな一歩。踏み出して大きな進歩に変えよう。



 震える心を堪えて、僕は告げる。




「今日、一緒に帰ろうよ」




 外は雨模様。だけど、たまにはこんな天気も、悪くない。

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