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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【雨空。ーrainy dayー】
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1. 早朝。



 降り続いた雨はいつの間にか止んでいた。



今泉(いまいずみ)です。本日は一日中、雨となるでしょう。西から北へ雨雲が押し寄せており、北半島から東は大雨。南側は日中は晴れですが、所々でにわか雨が降るでしょう。雷の心配はありません。続いて関西ですが……』



 気象予報士、今泉さんの話によれば、今日は一日中雨だという。ただ現在、窓の外の景色は曇り同然である。資格を得るのに苦節十年、それだけの年月を費やした今泉さんでも、巷では[よく予報を外す人]として主婦層からの反感を買っていた。


 ただ、皆が今泉さんを信用していなくても、僕だけは彼のことを信じていた。なんなら、No.1予報士と持ち上げてもいい。



「今日も爽やかな朝だ。今を生きていることに大いなる感謝をしよう」



 自室のカーテンを開き《恒例の挨拶》をする。外は乱層雲がバームクーヘンの如く積み重なり『北風と太陽』の北風役でも任されたかのように、出番を今か今かと待っていた。


 今朝は瑠美の姿が見えない。


 最近は、僕が勝手に目覚めるのを知ったからか、起こしに来なくなってしまった。母さん曰く、誰かと一緒に登校するとかで早めに出ているとか。なんだか寂しいな。



「……さて、と」



 起き上がって、一階のリビングへと足を運ぶ。元気過ぎる寝癖を手で押さえて、部屋の扉を閉めた。時刻は7時前。いつもより遅め。


 今日もまた、変わらない日常が始まる。


 ※ ※ ※ ※ ※



「うわ、童貞臭ぇ……。童貞臭プンプンしてんな。なんかこの辺に童貞混じっているだろ。オイ、ヨッシー。お前か?」


「いえ、私はこう見えても経験者です。ヤリまくりですよ。恐らく、こちらの方では?」


「こっちを見るな」



 トイレから帰り、一年B組の教室に戻ると、イキリ玉次郎こと玉櫛 宗が、こちらを見ながら嘲笑を浮かべていた。隣の嘘吐き井口くんと一緒になって、僕を虐めてきている。そろそろ教育委員会に訴えるぞ。



「なぁ、ヨッシー。【怖い話】を聞きたくねーか?」


「【怖い話】ですか? いいですね。夏にピッタリです」


「よし。ええっとな」



 半袖のシャツを肩までめくっていた、イキリ櫛三郎が机から足を下ろす。いつもの腐れゲストークとは違うようだ。



「これはとある俺の友人の話なんだが……」



 宗は薄目をして、語り出す。僕も話半分で耳を傾けることにした。


 ちなみにだが、コイツの話をあまり真剣に聞くものではない。この前も『“面白い”話がある』と前置きをしておいて『ウサギは“尾も白い”』とか言い出したくらいである。だから、今回もそんな感じだろう。



「ある所にな、クソ童貞がいたんだ……。ソイツには気になっている女の子がいたんだが、ウジウジとした性格のせいで連絡先すらも交換できずにいた……。そこで、勉強会と称して自宅に招く作戦を考えたんだが、それもヘタレて上手くいかなかった……。計画が失敗したソイツは一体どうしたと思う……? なんと! 憂さ晴らしで、他の女子を何人も自宅に連れ込んだんだ! 所謂()()パーティさ……。これめっちゃ怖いだろ……?」



「こ、こんなの恐れ慄きますよ……! 怖すぎて、怖すぎて、ガクブルです!」



「…………」



 二人が、あからさまに身体を震わせている。ほら、見ろ。やはり、大した話では無かった。



「……続きはまだある。実はそこでもソイツは童貞を卒業できなかったんだ……。変なプライドのせいか、チャンスをドブに捨てて、本当にただの“馴れ合いお勉強”だけして、解散……。しかも、本命の女の子を誘うのを忘れてた、とかいう意味不明なドジをやらかす始末……。最終的にはお情けで本命の連絡先を手に入れるも、ここでもビビって、挨拶メールすらも送れない……。結局は何も得ずに今まで通りっつーわけだ……。もう、とんでもなく怖くね? クソ童貞怖すぎるだろ……」



「ひえええーー!!」




 今すぐ殺せよ!!! 僕を!!!!




「……………………」




 友人たちの辛辣な言葉に僕のメンタルは崩壊寸前である。いつか財布でも落とせばいいんだ……チクショウ。


 あれから安穏と何度か会うものの、お互いになんだか気まずくて、会話すらもままならない状態であった。言い訳をさせて頂くと、テストに集中していたってのが大きかった。


 それに、メールが出来ないというよりかは、面と向かってきちんと謝りたかったから送らなかっただけである。……まぁ、でも、それも結局は同義なんだけど。


 まさに驚異のヘタレっぷり。[ヘタレ]と広辞苑で意味を調べると、項目事項の所に僕の名前が載っているんじゃないかと思えるほどに。



「あー、怖かった。ま、でもクソ童貞にも明るい未来はあるさ。ピュアつーのは、女子から可愛いと思われる要素の一つだしな。俺も実はという童貞だ」


「ほ、ほんとか?」


「おう。だから心配すんなよ、相棒! 俺はお前のことを応援したいんだぜ?」



 急に腕を回して、宗がニッコリと微笑んできた。し、シュウらぁ……!


 なんだかんだで、冗談だったらしい。そうだよな……。僕のことを誇りだって、オリエン合宿の時に言ってくれてたもんな……。ありがとう! 宗!


 こちらこそ、という気持ちで腕を回し返すと、宗はそれを乱暴に振り笑った。いつものしたり顔へと戻り、肩を叩いてくる。



「そう、イッチーはそのままでいい! それがお前の良さだ! そうやって、一生ヘタレのまんま、生涯童貞を貫いてくれたまえッ!!」


「……」



 上げて、落とす。宗、定番のやり口だった。やられた、嵌められた。ぐぬぬ……。



「LINEくらいなら、簡単だとは思いますけどね。適当な相槌に絵文字を付けて、会話を引き出すことを意識すればいいんですよ」



 井口くんがスマホを開いている。誰かとやり取りをしているのだろうか。いや、でも、彼女はずっと居ないって言っていたような……。



「私くらいになると、逆に吹っ切れてアニメの話題で女の子と盛り上がれるんですが、新垣くんじゃ無理ですか。童貞ですものね」


「……関係ないだろ」



 周囲の女性陣にドン引きされないように、制しておく。いい加減、直接的な表現はやめて貰いたい物だぞ。というか、童貞、童貞って。別に童貞でもいいじゃないか……。なんの優越感だよ、くだらない。


 いつの間にか、弄られキャラのポジションを獲得していた僕である。


 ※ ※ ※ ※ ※


 勉強会から早くも二週間が経過していた。


 テスト期間を無事に終え、これからの結果発表を済ませると、明後日は終業式。来週からは夏休み本番だ。


 クラスメイトたちも、テストの重圧から解放され、肩の荷が降りたようで、目前に迫る長期休暇に向けてのプランを語り合っていた。ほら、すぐそこでも。



「いやはや、ようやく“夏コミ”の季節がやって来ましたか。この“コミケ”が来るのを、どれだけ待ち望んでいたことか……!!」



 メガネをクイと上げて、ヨッシーが机をバシバシと叩く。


 コミケとはコミックマーケットが主催の日本最大規模の同人誌即売会のことだ。年に二回開催され、八月の部を夏コミ、一二月の部が冬コミと呼ばれていた。地方各地から全国のヲタクが集う、一種の祭典なのである。



「上半期はまさに“神作”揃いの“豊作”シーズンでしたからね〜。このご時世にここまで“円盤”が売れるだなんて、あり得ないことですよ……!? まだまだヲタク文化は衰えることを知りませんね」



 ヨッシーが恍惚な表情を浮かべる。熱中できるモノがあると人は輝くとよく聞く。井口くんの心も煌めいているぞ!



「……くだらねぇ。キモヲタ文化なんざ滅んじまえばいいんだよ。あんなのは害悪だ、害悪。そんなモンに無駄金を注ぎ込むくらいなら、バイトでもしてた方が幾分かマシだ」



 一方の宗。アニメなどのコンテンツを毛嫌いしているようで、苦虫を噛み潰したように首を振っていた。


 ちなみに彼は夏の間は、短期のバイトをすると語っていた。場所は未定のようで、リゾートバイトか、派遣で祭りの準備をするかで、まだ悩んでいるとか。



「なんですと!?」


「あ? やんのかゴラ」



「……なんで喧嘩になっているんだ。小学生のオモチャの奪い合いか」



 互いの喉元を握り潰そうとする友人達を引き離す。仲が良いのか、悪いのか、ホントよくわからない。



 しかし、もう夏休みか……。



 夏の予定となると、一番は部活動だ。特にサッカー部では三年生の引退を賭けた【全高選】が控えている。遊ぶ時間はほとんど取れないだろう。



「謝って下さい! 全国の勤勉なヲタクたちに、誠意ある謝罪を!!」


「なら、その全国の勤勉なヲタクとやらをココへ連れて来いよ。そしたら土下座でもなんでもしてやるから。おら、どうした? 出来ねぇのか、オイ」



「やってやりますけどぉ!!??」



 そして、もう一つがオリエン合宿の遊園地メンバーで約束した【桜さんの別荘に遊びに行く】というものだ。こちらは続報が入ってきていない。未だに計画段階なのだろう。期待して待っておこう。



「ムキィーーーー!!!!」

「ウキィーーーー!!!!」



「おっ」



 啀み合うモンキーたちをよそに、僕は先に席へと戻った。教科書を机に出す。四限目は担任の西田教員が数学のテスト用紙返却する、ただそれだけの時間だった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 昼休み。廊下にて張り出された、学年順位表を見て、思わず目を疑う。



【一年生成績(男女総合)】


・学年5位 玉櫛 宗

・学年17位 新垣 善一

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年241位 井口 義雄

 〜 〜 〜 〜 〜

・学年389位 源 蓮十郎(400人中)



「なん、だと……?」



 ……悪い意味で予想外だった。こんな酷い順位はこれまで獲ったことがない。



 中学時代では常に一桁クラスだった僕。ハゲダニはレベルが高いのか、それとも単に油断したのか、宗相手にも圧倒的に完敗していた。迂闊だった。ニケタなんてあり得ない。



「いやー、おっかしいなー。全然勉強してなかったのになー。どうして勝てたんだろうー。うわー、疑問だわー。5位とか過去最高成績だわ。っべー」



 宗がまるで『全然寝てねーわ。二時間しか寝てねー。やっべー』と、どうでもいいことをさぞかし凄いことのように自慢し出す中学生みたいな言動で、煽り倒してくる。



「まさかイッチーに勝てるとは思ってなかったわー。どうして勝てたんだろうー。なんでだと思う? 井口氏」


「異性にうつつを抜かしていたからでしょう。童貞の分際でチョーシに乗るからいけないんです」



「……その弄りはマジでやめてくれ」



 渡り廊下を通って、階段を降りてゆく。これから食堂にて反省会だ。というか、241位の井口くんには言われたくない。



「ってことで、今日はイッチーの奢りな。俺はトンカツ大盛りで」


「そんな約束してないだろ!?」


「けっ、ノリ悪い」



 一階へと到着した。食堂は校舎の裏側にある。一度、外に出なくちゃいけないから一年生からすれば随分と遠回りだ。


 庭の桜の木を横目で見て、再び校舎に侵入する。ここから先は二年生や三年生のゾーンなので、単独で行くのはちとキツい。


 入り口付近ですら、既に人が混雑していた。[今日のおススメ]と書かれた札と食品サンプルを通り越して、先へと急ぐ。やけに賑わっているな。



「人、多いな……」


「冷えますからね。温かいモノを食べたいのでしょう」



 井口くんがトレーを手渡してきた。それを受け取って、食券の列に並ぶ。ここの看板メニューは格安のきつねうどんだ。吉岡里帆がCMやってるヤツな。


 ポケットの財布の小銭を確認しながら、順番を待つ。パーテンションポールで区切られた行列の中で立ち止まっていると、近くのテーブルからこんな会話が飛び込んできた。



「おめぇー、ウソだろ!? いくら頭悪くても、389位はねぇーだろ! アホすぎ!」


「ありぇねー! 下に11人しかいねぇーのは流石にやべぇーわ」


「ぎゃーはっはっは! もうマジサイコー!!」



 周囲を気にせず、バカ騒ぎしている連中。スマホを片手に、大股を開いて、テーブルを汚している。顔つきから見る限り、先輩だろう。



「ガッハッハ!! 成績なんてどうだっていい!! それより、夏休みは海にいこうぜ!? ナンパして、サーフィンとかやりてェよーー!! ガオーーーー!!!!」



「お前その足だと無理だろー」



 突然、中心にいた男が聞き覚えのある雄叫びを放った。立ち上がって、高らかに笑っている。勿論、彼のことは存じ上げている。


 長い襟足。鋭い目。筋骨隆々な肉体。膝に巻いた包帯。首にはパンダのタオル。俳優やモデルをやっていてもおかしくない、超絶カッコいい彫りの深い顔。野生児溢れる姿。



 間違いない──源 蓮十郎、その人だ。




「久しぶりだな、レン」




 咄嗟に声をかけてしまう。同時に、窓の外では雫が落下し始めた。雨雲が唸り、これより活動を再開させる。



 やはり今泉さんの予報に嘘はなかった。

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