僕は八方美人なハーレム高校生。
勉強会という名の“戦争”は、大敗した。
指揮官である僕のミスのせいで。
情報の伝達不足、連絡の行き違い、天気予報の確認忘れ、失敗を挙げるとキリがない。どうしてあの時、連絡先を交換しておかなかったのか。二日前の自分を懲らしめたい。
彼女はなんらかの事件や事故に巻き込まれたワケでも、悪天候に嫌気がさし土壇場でキャンセルをしたワケでもなかった。《呼ばれなかったから来なかった》それだけである。
「はぁ、呆れる。勉強は無駄に出来るクセに、なんでそういう事はわからないのよ!? のどかに嫌われても、あたしのせいじゃないんだからねっ!」
「……返す言葉もございません」
「どれだけマヌケなのよっ」
菜月の目が『あんた、バカぁ〜?』を訴えていた。あぁ、わかっている。自分が粗忽者なのだと。『あたしって、ほんとバカ…』だな。奇跡も、魔法も、へったくれもない。
「のどかちゃん、電話も出られないみたいっ……! ぜ、善一くんから連絡してみる?」
「なら、あたしが送っとくねー!」
柳葉が手を上げる。
少しすると、LINEを交換したばかりの《☆AKI☆》からメッセージが届いた。犬のアイコンに《のどか》と書かれたユーザー名。間違いない。彼女の物だ。
本人になんの許可もなく、一方的に登録してもいいのか少し迷ったが、ここは素直に折れることにした。
謝罪LINEを送るべく《のどか》を友達リストに追加する。アイコンをタッチして、新規トーク作成へと飛ぶ
「ん?」
しかし、表示されたのは別の画面。タイムラインという所だった。手元がブレたか。
すぐに戻ろうとして、そこで見つけてしまう。
『隠し事』
──画面の隅に貼られた謎の一言を。
「……」
思い止まるより、好奇心が強かった。本当は見ちゃいけないモノなのに、ついつい覗きたくなってしまった。てか、ここに秘密を書いちゃダメだろ。絶対見られるって。
安穏の『隠し事』をタッチする。表示されたのは白い背景に、英数字の羅列だった。これはどういう意味なのだろうか。暗号文?
【s,Andonoka,1231】
※ ※ ※ ※ ※
18時を過ぎると集中力は途切れて、僕らは他愛もない話に華を咲かせていた。
「善一、アンタって誕生日いつよ?」
「僕か? 僕は4月11日だ」
「ふーん」
菜月がピーナッツを貪り食べている。アップテンポの曲でも聴いているのか、片耳のイヤホンから音漏れしていた。
「菜月はいつなんだ?」
「8月31日。夏の終わりよ」
「もう少しなんだな」
「そうね、二ヶ月後。覚えてて」
言ってちょっぴり笑う。いかにも何かを企んでいそうだ。プレゼントか? プレゼントだな? プレゼントですね? プレゼントだろ?
「わかった。覚えておくよ」
「期待しているからっ」
期待されてしまった。確定事項らしい。プレゼントかぁ……。
「ちなみに、安穏はいつなんだ?」
「のどかは大晦日。【12月31日】」
「へぇ、珍しいな。ありがとう」
先ほどの暗号文にあった【1231】とは誕生日のことなのだろうか。年末年始とは二つの意味で記念日だ。うし、覚えた。
こんな話をしていたからか、残りの二人も食い付いてくる。
「ガッキー! あたしの誕生日は前に言ったよね? ヒントはハッピーハロウィン!」
「ぜ、善一くんっ……! わたしはメリークリスマスですっ……!」
机から身体を乗り出してアピールしてくるが、それは杞憂だった。僕はこれでも人の誕生日を覚えるのは得意なんだぞ。
「二人共、大丈夫だ。柳葉は10月31日。渚は12月25日だろ? ちゃんと覚えているよ」
この世に「生」を受けた特別な日。それが誕生日だ。友達のハッピーデーをお祝いしないなんてあり得ない。出来る限り、感謝の想いを伝える。当然の道理だろう。
……ふっふっふ、期待されてしまったのならば、本気を出すしかあるまいな。驚きと感動の入り混じる最高の日にしてみせよう。楽しみにしているがよい。
[心のメモ]
・海島 菜月、8月31日、夏休み最終日。
・柳葉 明希、10月31日、ハロウィン。
・葵 渚、12月25日、クリスマス。
・安穏 のどか、12月31日、大晦日。
彼女たちの生誕の日を、僕は胸に刻み込んだ。決して忘れることはない。
×××
「いいのか? 駅まで送るけど」
「う、うんっ……! 大丈夫ですっ!」
渚は先に帰ることに。玄関先でレインシューズを履きながら、あっさりと提案を断る。
いいのか? 夜道は危ないぞ。特にこの時間帯はヤバいぞ。クールビューティーとかいう変質者が出るからな。
「わかった。でも、なにかあればすぐに連絡してくれよ」
「うん……」
両手をギュッと握りしめて頷いてくれる。本日は後半から口数が少なく、あまり元気がなかった。集団は苦手なのだろう。
「色々とごめんな。またいつでも来てくれ。渚だったら大歓迎だ!」
玄関先から渚を見送った。外は雨が止み、日が傾いていた。ヨーグルトのような空の切れ間からは、太陽が顔を出している。終わり良ければ全て良しだな。天晴れ。
扉を閉めて、すぐにリビングへと戻る。
門限ならば仕方ない。
居間のテーブルには柳葉と菜月がくつろいでいた。花柄エプロンを手に、僕はその場でお辞儀をする。ピアニストが演奏前に観客へ挨拶するみたいに。
新垣レストラン、最後のゲストには当店の看板メニューでいこう。下準備も済ませてある。そう、安穏用とは言わないけれど、とっておきのサプライズを用意していた──。
今日一日疲れたよな。
ならばこれを食べるといい。
新垣家に来てくれたほんのお礼だ。
〆に相応しい最高の手料理だぞ。
お姫様たちが座るテーブルに両手をつき、僕はニヤリと笑う。
「エッグベネディクト、食べていくか?」と。
※ ※ ※ ※ ※
彼女らが帰宅して、勉強会がこれにて終結した。長い長い一日だった。心も体も満腹である。ハラァ……いっぱいだ。
まさか自分の作った料理を、人に「美味しい」と喜んでもらえるだなんて、夢みたいだ。「ごちそうさま」の笑顔まで見れて、僕はなんて幸せ者なんだろう!!
「フ~フンフンフンフ~ン♪」
洗い物を終えて、ステップを踏む。エッグベネディクトの残りは冷蔵庫に入れて置いた。これで晩ご飯の準備も完了と。
花柄のエプロンを畳んでいると、玄関から物音がした。どうやら“例のあの人”が帰還したらしい。玄関のドアには鍵をかけていなかったので、その人物はすぐにリビングへと侵入してきた。
「はぁ……はぁ……ふぅ」
全身ピッチピッチのトレーニングウェアに、髪をゴムで結んだ変質者。我が姉、新垣 奈々美である。
帰宅するや否や、息切れしている。また全力疾走ランニングを10キロしてきたようだった。それで汗まみれなのか。アポクリン汗腺がシュールストレミング!
「姉貴、風呂は湧かせてある。臭うから早く入って来てくれ」
「善一、お前は余裕というものを持て」
「姉貴はもう少し恥じらいを持ってくれ」
床に座り込んで、開脚のストレッチをしていたので、すぐに追い払うことに。そうやって前屈みしたら、色々と視界に入ってくるからやめてほしい。
「恥じらいなんてくだらん。プライドを捨てた方が賢く生きられるぞ」
「人としての尊厳を捨てる気か」
「我々は高尚な生き物ではない」
姉貴がスポーツウェアに手を掛ける。え? もしかして、ココで着替えようとしてる? ちょっと! 一体なにが始まるんです!?
もう少しで白い布切れが見えるところだった。え、見えてるって? 気のせいだ!
「お、おい! 服を脱ぐならあっちで」
「服は枷だ。人は本来生まれ持った姿で暮らすべきだろう。久々に一緒にどうだ?」
「入るわけないだろ! お断りだ!」
「つまらん」
世界一不毛なレスバトルにより、世界一不必要なお色気をなんとか防ぐことに成功した。誰かノーベル平和賞を与えてくれ。
「あっ、奈美ねぇーだ。おかえり!」
声を聞きつけて、瑠美が上から降りてきた。犬みたいに尻尾を振って、出迎えている。僕と態度が全然違うのは、この子がお姉ちゃんっ子だからだ。
「聞いて! 善にぃーがさぁ、女の子をいっぱい連れてきたんだよ! テスト前なのに勉強もせずに気持ち悪いことばっかりしてさ……もうマジであり得ない!」
姉貴が辺りを見回す。机上の片付けは済んでいなかったので、残骸が散らばっていた。
「それは事実か?」
「否定したいところだが、ほぼ事実だ」
ゆっくりと頷くと、姉貴は「ふむ」と顎を撫でた。瞳を閉じて、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「気配は……一、二、全部で三人か。渚ちゃんも来ていたようだな」
「そ、そうだな」
ネタバレでも見たかのような口調だった。匂いでわかるのか……。
「私に内緒で女の子を沢山連れてくるとは、いい度胸じゃないか」
目を「ギロッ」と見開いて、覇王色を纏った新垣家の女帝が、ゆっくりと歩み寄ってくる。その迫力に思わず白目を剥いて、泡を吹き出しそうになった。
姉貴は自分にも他人にも厳しい人だ。僕のような若輩者が、年頃の女子高生を自宅に招くなど許しちゃおけんのだろう。こんな遅くまで滞在させた大罪は重い。
「えっと、これはその」
ゴゴゴゴという効果音を発生させていたので声が震えてしまう。やばい、怒られるのだろうか……。叱られちゃうのだろうか……!
「善一」
肩を強く握りしめられる。目を瞑ると、耳元で諭すような声がした。
「次も、呼んでくれ」
「…………」