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僕は気配りができるハーレム高校生。



 明朗快活、天真爛漫、自由奔放、奇想天外、花顔雪膚(かがんせっぷ)八面玲瓏(はちめんれいろう)、柳葉明希。


 数々の四字熟語を束ねる我らのマネージャーがそこにはいた。本日は灰色のパーカーに緑のレインコートを羽織り、紺のスニーカーにリュックサックを背負っていた。雨天日の登山を彷彿とさせるようなラフな格好だ。



「えへへ、来ちゃった」


「お、おう。来てたのなら、インターホン鳴らしてくれよ」



 柳葉はまるで[彼氏の家にお忍びで訪問しに来た彼女]みたいな素振りで、はにかんでいた。



「というか、全身ビショ濡れじゃないか。傘はどうした?」



 服装を眺めつつ、そう指摘する。彼女の全身は仄暗い水の底からやって来たかのように、貞子状態と化していた。手には何も持っていない。外は大雨なハズなのに。



「あるよー!」



 柳葉が元気よく答えて、リュックに手を突っ込んだ。中から《水玉模様の折り畳み傘》を取り出してくる。使用した形跡はなく、新品同然。女性が好みそうなデザインだ。



「いいでしょー! これオキニなの。普通のを忘れちゃってさー。迷ったんだけど使いたくないじゃん? ほら、折り畳みって風強いとすぐ壊れちゃうし! じゃあ、いいよねって」



「いいのか……」



 つまり、柳葉はこの傘をムリに使いたくないが為に、濡れてきたという事らしい。使わないのなら、一体何故それを持ってきたのかという話になってくる。



 ……つくづく思うが、女性というのはよくわからない生き物だな。突然機嫌が悪くなったり、冬場に生脚を曝け出したりと、同じ人類と思えぬくらいに不可解だぞ。これは太宰治も同じ事を言っておりました。



「駅前でビニール傘を買えば良かったじゃないか……。風邪でも引いたら本末転倒だろ。ほら、拭いてあげるからこっちへおいで」


「うぃー」



 柳葉がフードを剥ぐ。案の定、雨の影響をモロに受けたようで、濡れ髪が筆で描かれた水墨画のように光沢を帯びていた。もうビショビショである。ビッショビショ。



 洗面所からタオルを二枚取り出してきて、一枚を床に敷いた。そこにレインコートを脱いだ柳葉をしゃがませて、膝を付いてグシャグシャになった髪をもう一枚でゴジゴシと拭く。気分は一流美容師。



「ふふーふーふーんふん♪」


「なんだかご機嫌だな」


「今夜は甘えたい気分なの」


「……どういうキャラ?」



 彼女が「うぇへへへ」と笑いながら、目を瞑っている。首元にいつものリボンはなく、代わりに白い紐が二本伸びていた。柔肌のうなじも見える。


 そういえば、以前にもこういうシチュエーションがあったな。オリエン合宿の遊園地。あの時は僕が柳葉に拭いて貰っていたっけ。



「あ。」


「どうしたの、ガッキーはん」


「い、いや」



 ふと、記憶が蘇る。借りていたパンダ柄のタオルを、まだこの子に返していなかった事を思い出してしまったからだ。


 ……そういや、あれ肝試しの時にレンに渡したままだった。また返して貰わないと。



「よいしょ。ありがと、ガッキー。後は自然乾燥で大丈V! あ、でも、服だけはちょっと着替えたいかも。洗面所借りてもいーい?」


「か、構わないぞ。シャワーとか浴びなくて平気か?」


「へいきーへいきー。そんなの悪いよ。それにお風呂なんか入ったら、どこかの誰かさんに覗かれちゃう危険だってあるしー」


「誰が覗くか」



 僕は変態じゃない!!!!!!



 柳葉が立ち上がって、犬みたいに頭をブルブルと振った。飛沫が顔に掛かる。ちなみにこういった行動をカーミングシグナルと言います。



「こ、こら! やったな!?」


「えへへー、ガッキーのばーか! あーほ! すけこまし! のぞきま! へんたーい!」


「お、おい。あんまり走るな!」



 口汚い言葉で僕を罵って、柳葉が脱走犯のように逃走を始めた。わざとらしく胸を隠している。おいおい、僕はこれでも警察官の息子だぞ?


 刑務所から逃げた輩は必ず取り締まる。そんな正義感と共に立ち上がると、唐突に背後で声がした。



「……随分と楽しそうね、善一」



 現れし菜月メドゥーサの視線に、身体が石化する。そういえば今の今まで、気まずい雰囲気にあったことを、すっかり忘れていた僕であった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 腕組みをした海島菜月が中ボスのように待ち構えていた。野獣の目つきに、大迫力の殺意まで醸し出して。美女の野獣だ。お、悍ましい……。



「別にいいんじゃない? あたし達のことなんて気にせずに、そうやってイチャついていたら。結局、アンタはのどかにさえ会えれば、それで満足なんでしょ?」



 無機質な対応。諦められたらしく、目も合わせてくれない。火に油を注いでしまった。



「ええっと、これはその……」



 上手く言い訳が出てこない。ついに見破られてしまったようだ。



「『もう協力しない』って、あたしが言ったから、こんな手を使ったんでしょ。……違う? こうやって利用して、騙して、勘違いさせて! ホント──バッカみたいっ!!」



「…………」



 何も言い返すことは出来なかった。全て菜月の言う通りだからだ。あぁ、最初からわかっていた。多分、それが怒らせた原因なんだろうって。


 ただ、騙すつもりはなかった。


 それに“利用”なんて嫌な言い方をしないで欲しいものである。みんなで勉強会をしたかったのは事実だ。強いて言い換えるなら、そうだな。



 ……利用か。



 遠くの方で雷鳴が轟いた。カミナリ様もお怒りらしい。おヘソを生贄にして、許してくれればいいけれど。



「──あたし、帰る」



 張り詰めた空気の中で、菜月が動く。既に荷物を纏めていたのか、肩に斜め掛けの鞄を下げていた。言葉の槍で胸を貫かれた僕には、それを引き止める力も残っていない。



 ……せっかく仲良くなれたのに、またコレで振り出しに戻りか。




『……さよなら』




 何度も反復するその言葉は、まるで呪詛だ。お前なんぞに誰も救えない。人を騙し、利用し、最期には棄てゆく卑怯者なのだと、いつまでも告げられているようで──。




「ええええ! ツッキー帰るの? こんなに雨降ってるのにぃ!?」




 結局、誰かの助け無しでは生きられずにいる。


 ※ ※ ※ ※ ※



 柳葉が居てくれて、本当に良かったと心から思う。もし彼女がいなかったらどうなっていたのか、考えただけでも恐ろしい。


 ムードメーカー。それは、その場に存在するだけで、空気を好転させる力を持つ人のことを指す。現代では貴重な人材だ。



「ダメダメ! それは断固として反対でーす!! 事情はよくわからないけど、なっつんが帰るのだけは、あたしが許しませーん」



 柳葉 明希にはその力があった。相手がどれだけ不機嫌であろうとも、関係ナシに自分の勢いとノリを持って突き進められるのだ。



「は?」



 一方の菜月。困惑したのか、立ち止まったまま。これは機会(チャンス)なのかもしれない。どうせ許して貰えないんだから、助け舟に乗ったつもりでいこう。


 せっかくなので、僕も柳葉のノリに付き合うことにした。この助け舟がタイタニック号になるかもしれないけどな!



「柳葉、感謝する! とりあえず、菜月の動きを止めてくれないか? なんなら、捕まえてくれると助かる!」


「捕まえればいいの? 了解でありんす!」



「はぁ!?」



 菜月が物凄い眉間にシワを寄せて、大口を開く。その間に柳葉が菜月の背後に回り込んで、腰から手を回して、両腕を掴んだ。すこぶる素早い。



「ちょっ、なに!? 離しなさいよっ! このバカ!」


「へへーん、離さないよーん。うみなつ可愛いから、このまま家に持って帰って、部屋に飾るんだー。置物にするべ」


「なによそれ!? てか、アンタ汗臭いっ!」



 抵抗するも、ガッチリと固定されているからか、中々に身動きが取れずにいた。咄嗟に考えた作戦だったが、こんなに上手く行くとは予想外だ。


 僕は腕まくりをして近付く。一歩ずつ、ゆっくりと前に進む。ボーダーのTシャツを着た彼女の元へ。


 さて、どうしてくれようか。

 ここはひとつ《お仕置き》なんてどうだろう?



「……フフッ、菜月。君を拘束した。もう逃げられないぞ。ここには助けも来ない。つまり、これから僕がお前になにをしても良いという事だ」



 煽るように宣言したのち、目の前でわざとらしく両指を動かして見せた。菜月の顔がどんどん青ざめていく。どうやら何をするか、理解したらしい。



「は? え? ちょっ……それはダメでしょ! 待って! け、蹴るわよ!? 本当に蹴るから! やめてよ! ねぇ!?」


「はっはっは」



 長い脚が蹴りを放とうとするも、バランスが崩れるだけで上手く繰り出すことが出来ずに終わった。その様子をジッと眺めながら、お代官のような薄ら笑いを浮かべる。哀れよのう。


 たわわな桃がたぷりたぷりと動いている。ふむ、そろそろ収穫時かな……!




「覚悟はいいな? 菜月。それじゃあ、いくぞっ!!!」



「あ、アンタ!身体目的とかサイテーだから!! セクハラで訴えるわよ? 絶対訴えるからね!? 慰謝料用意してなさいよっ!こ、来ないでって! ほんと! い……いやぁあああああ!!!!!」



 それからしばらくの間、僕のくすぐり攻撃によって、菜月の笑い声が新垣家全体に響き渡ったという。めでたしめでたし。



 ※ ※ ※ ※ ※



「……はぁ……はぁ……。善一、アンタ覚えておきなさいよ! か弱い乙女の柔肌を蹂躙したこと、あたしは忘れないからっ……!」



 玄関にうなだれた菜月は涙目になっていた。完全勝利UCだ。僕の脇腹くすぐり攻撃に耐えられなかった者などいない。



「いぇーい! うみちゃん撃破!」


「協力ありがとう! 柳葉!」



 僕らはハイタッチを交わす。二人でなくては決して成し遂げられなかった。二人ならN(菜月)に並べる。二人ならN(菜月)を超えられる。



「じゃあ、菜月。柳葉も来たことだし、部屋に戻るぞ」



 僕はその場に座り込んでいる菜月に手を伸ばす。これこそ《なんだかんだでごまかし作戦》である。


 ほら、と手を伸ばしたが、菜月は僕の手を振り払った。



「……ごまかさないでっ!帰るって言ってるの!あたしは!」



 まだ怒り新党の菜月。あれだけ笑っていたのに、急に怒りだすなんて喜怒哀楽が激しいものだ。



「ごめんって、菜月。その事は謝るから。だから機嫌をなおして、部屋に戻ってくれよ。チョコもあるぞ」


「そんなのいらないわよっ!」



 せっかくの提案も拒否。菜月はチョコは嫌いなのだろうか。チョコっとだけあるというのに。


 一連の流れを見ていた柳葉、ふと僕の耳元に囁く。



「……ガッキー、何があったの?」



 流石にやはり気になったらしい。いつにもなくまともな言葉に、僕は一瞬答えるのを躊躇してしまった。



 ……情けない。どうでもいい事ばかりはすぐに浮かぶのに、肝心な事は何も浮かばない。



 僕が黙ったからか、柳葉は指で僕の裾を掴んでいた。ちょいちょいと引っ張ってくる。


 寂しそうな瞳が、こちらへ向けられる。




「喧嘩はよくないよ……」




 彼女はそんな事を告げた。


 何とも言えない表情を浮かべて、柳葉は菜月と僕を交互に見返す。



「ダメだよ、言い争いは……」



 静寂の中で響く柳葉の言葉。


 そう、これは楽しい勉強会なのだから。僕も仲良くしたいに決まってる。



「仲直りして? お願い!」



 目の前の柳葉が辛そうな顔で僕たちを見た。その瞳の奥に見えたほんの少しの雫が、僕を揺れ動かしたに違いない。



「菜月」



 名前を呼んで、座り込む彼女に声をかける。菜月も悟ったように、立ち上がり、僕を見つめ返す。



「なんて言うか、誤解させて……」


「いいわよ、もう」


「えっ?」



 菜月は僕の言葉を遮る。



「あたしも……悪かった。意地張っちゃって。なんか、ちょっとイライラして。ごめん……」



 ぺこりと謝る。どこかぎこちない。


 

 菜月はそう言って、僕の前で手を伸ばしてくる。あぁ、なるほど。仲直りのしるしか。



「僕こそ、ごめん。今度からは気をつけるよ」



 伸ばされた手を掴み、力を込める。仲直りの握手、これで円満解決だ。



「……へへへ、めでたし、めでたしだね」



 目を擦って柳葉は笑ってくれた。その様子に僕は笑う。



「明希、ごめんね。気を遣わせて。じゃ、ちょっと」



 靴を脱いで、菜月がお手洗いに走る。あぁ、良かった。機嫌直してくれたみたいだ。



「ほんと、ありがとう。柳葉。僕一人じゃ、何もできなかった」



 僕は隣の柳葉にお礼を言う。


 これは全部柳葉のお陰だから。ちゃんと言っておかないといけない。あぁやって心に訴えてくれたから、菜月も穏やかになったのだろう。


 柳葉はにこにこにーと目を細めて笑った。子供のような無邪気な笑顔を浮かべている。



「いいってことよん。せっかくの勉強会だしね、楽しくいきましょい!」


「あぁ、その通りだ。盛り上がっていこうか、柳葉!」


「あいよー!楽しくなってきましたねぇ」



 和気藹々とそんなやりとりをしながら、この一件は終了する。



 ×××



「……ところで、ガッキー。あたしって、そんなに汗臭い?」



 クンクンと腕の匂いを嗅ぐ柳葉。確かに嗅覚に意識を集中させると臭わないこともない。



「うーん……どうかな。気になるようなら、シャワー借りるか?」


「やっぱ借りることにする……。ごめんね……?」


「大丈夫、気にしないで。バスタオルとドライヤーは自由に使ってくれ。ゆっくり入ってきな」



 俯いたまま頷く。柳葉もこう見えて乙女なのである。臭いとか傷つくからデリカシーのない発言は控えましょう。



 優しいおてんば娘がシャワー、天邪鬼副委員長がトイレ、ひとり残された僕は、最後のお拗ねシャイガールと対峙すべくリビングへと向かった。


 部屋には渚が待っている。さっきと変わらず、教科書類を広げたまま、独り寂しく勉強に勤しんでいる。


 しかし、さっきと違う部分もあった。少女は机に身体を突っ伏して、眠っていたのだ。ほっぺをくっ付け、横顔を見せながら、寝息を立てていた。



「……ふーっ……ひゅーっ」



 玄関であれだけ騒いでいたというのに眠れるということは、相当疲れていたに違いない。ずっと拗ねていたし、あんまり体調が良くなかったのかもな……。



「わざわざ来てくれたのに、構ってあげられなくごめん……。また二人きりの機会は必ず作るから。どうかこんな僕を許してくれ」



 ブランケットを掛けながら、自らの罪を自白する。こんな醜い言い訳を、何度口にすれば気が済むのだろうか。

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