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僕の級友と幼なじみがハーレムすぎる。



【待ち焦がれるや ラムネ雲の 乱れ雨ぞ】



 外の景色を眺めながら、今の心境を詩で詠んでみた。テーマは[ 六月のとある約束 ]だ。我ながら納得の出来栄えである。



「……」



 沈黙が落ちたリビングには、頭上の換気扇の振動音が響いていた。部屋の隅から隅を一周して、僕の鼓膜を終始ノックし続けている。ガタガタと脳髄を揺らして。



 窓の外では、ラムネ色の雲が自宅前の道路を濡らし始めていた。小雨とは違うガッツリとした横殴りのスコールが、ザーザーと住宅地を鳴らして猛進している。


 急な、どしゃ降り。


 激しい雨の雫が屋根を叩き、庭の土の色を変えている。強い通り雨らしい。



「安穏たち、大丈夫かなぁ」



 何の気ナシに声を発してみるが、誰にも触れられずに空気の中へと溶けてゆく。ココには自分以外にも人がいる筈なのに。



「すぐに止んでくれればいいが……」



 二人はもう自宅を出発したのだろうか。もし道中なら急な温度変化に、体調を崩してしまうかもしれない。心配だ。


 天候の影響のせいか、身体が妙な寒さを覚えた。もう一度ミルクを作ろうかと思い、彼女らへと問いかける。



「渚、ホットミルクのお代わりいるか? チョコフレークやシナモンパウダーver.もあるぞ」


「……」



 椅子に座っていた渚に声をかけるが返事はない。少女は飲み終えたカップとお皿をテーブルの前の方に押し出し、一人先に勉強を開始させていた。



「菜月。ホットミ」


「要らない」



 今度はソファーにてスマホを触っていた菜月に声をかけてみたが、即答で拒否された。高校生クイズでもここまで問題文の途中で解答したりはしない。



「…………」


「…………」



 居間には“静寂”が訪れている。さっきから渚と菜月はずっとこの調子だ。二人とも不機嫌になったように、口を一の字にして黙り込んでいる。


 数分前まではノリノリで僕のお遊びに付き合ってくれたというのに、突然飽きてしまったのか、この変動っぷりだ。株価でも暴落したのだろうか。



 〜〜〜〜〜〜〜回想〜〜〜〜〜〜〜




『る、瑠美はそろそろ試験勉強でもしよっかなー(棒読み)』




 〜〜〜〜〜〜回想終了〜〜〜〜〜〜



 頼りになるホットビューティは既にいない。そそくさと自室に避難してしまった。アイツは全然ホットじゃない。冷たいヤツだ。


 残っているのは寡黙な少女たちと、安穏たちが来るのを待ち焦がれている僕だけ。外は大雨、テンションはダダ下がる一方。



「うむ」



 ホームパーティみたいなのを想像していた《第一回新垣主催の勉強会イベント》。このままだと雨天中止になってしまう。



 ……さてさて、打開策を見出さなくては。



 ※ ※ ※ ※ ※



「…………」「…………」



 ……気まずい。実に気まずい。例えるなら【お年寄りに席を譲ろうとして立ち上がってみたものの、先に他の人に譲られてしまった時】くらいに気まずいぞ。


 女心はリーマン予想ぐらい難しいと聞いた事があった。全世界の数学者が匙を投げる程に難問だと。まさにその通りかもしれない。


 余計な事を言ってしまえば、速攻で首を刈り取られるほどの空気の重さをヒシヒシと感じる。答えは沈黙!、ではない。



「ったく……」



 ため息をつく。安穏たち用の作り置き小鍋に蓋を置いて、火を止めた。きっと彼女らはウェイターごっこをした事に怒っているのだろう。確かにアレは調子に乗り過ぎたしな。



「菜月、渚、ごめん!! 僕が悪かった。気分を害してしまって、本当に申し訳ないと思ってる……。流石におふざけが過ぎたよ。もうしないから、許してくれないか?」



 キッチンを出たリビングの中央。シーリングファンの下で、しっかりと頭を下げた。こういう場合は誠心誠意、きちんと謝罪するのが大事だ。心から反省しよう。



「悪い! 許してくれだなんて、一言は余計だった。それは取り消すよ。ただ、僕は皆と楽しく勉強会をしたかっただけなんだ……! 確かに調子には乗ったけど、それも二人に喜んでもらう為にやっただけであって──」



「ふざけないで」



 凍てつく波動・マヒャデドス。氷魔法系の呪文を一気にぶっ放してきたかのようで、背筋が凍りついた。菜月がスマホから目を離して、殺意をぶつけてきている。メラゾーマだ。



「ふ、ふざけてはいないよ。大真面目に言ってるぞ。さっきの行動は、ちょっと頭が混乱していただけなんだ。だからその」


「ふざけないで、って言ってるのっ! そんなことじゃない! あんなので本気で怒っているように見えるワケ!?」


「……見えるけど」



 菜月が立ち上がって、ザラキを唱える準備をしている。……何をそんなにイキリ立っているのだろうか。あんまりカリカリしないで欲しいものである。黒豆せんべいかっての。


 横目で渚を見ると、手元に置いてあった文庫本のページをめくっていた。こちらを気にもしていないご様子。



「へー、見えるの? 見えるんだ。すっごく頭が良いのね、アンタって! まるで天才じゃない!? バカもここまで来たら、どうしようもないわね!」


「バカと天才は紙一重とも言うぞ」


「……ホントにムカつくから黙ってて」


「ムカつくから黙れってのは暴論だろ。大体、先に黙っていたのはどっちだ」



 スーパーイオナズンを放つも、MPが足りていない!



「あたし達が悪いって言いたいワケ!? 勝手に誘ってきたのは、そっちのクセに!」


「そんな事は言ってないだろ。僕はただ、事を穏便に解決させたいだけだ。なのに、二人とも目すら合わせてくれないじゃないか」


「ほら、やっぱりその場しのぎで謝っているだけじゃない!」


「ちゃんと話をしようよ。なあ、渚」



 感情論丸出しの菜月は一旦無視して、本を読み進めている渚の方を見遣った。彼女は読書用の黒縁メガネをかけたまま、前髪で表情を隠している。ページをめくる手が僅かに震えていた。



「……」



 渚がまだ無言を貫いている。壊れたロボットのように動きを止めて、ジッと肩で呼吸をしている。


 僕は頭を抱えて、二度目のため息をつく。目を閉じて深く俯いた。


 耳を澄ませると、篠突く雨の叫びが聴こえてきた。どうやら本降りだったらしく、未だに降り続けていた。


 この天気だともう安穏は来ないかも知れない。菜月も渚も帰れないし、ずっとこのまま待機だ。ずっとこのまま。



 いつになれば、この雨は止むのだろうか。



 ※ ※ ※ ※ ※



 リビングから離れて、お手洗いを済ませる。洗面所にて顔を洗い、水気をタオルで拭き取っていると、鏡越しに背後から白い手が現れた。手先を上下に振り、こちらへ来るように合図を送っている。もののけではない。



「どうした、瑠美」



 部屋の外で手招きしていた妹にそう尋ねると、呆れたように笑われた。



「どうしたって、こっちが聞きたいくらいなんですけど……」



 こっちも聞きたいくらいだ。



「あのさぁ、瑠美が口出しする気なんてさらさらないけど、生ゴミにぃーがどーせ余計なヘマしたんでしょ? さっさと謝ってきたらいいじゃん」



 気付かない内に、また経験値を積んでいた。生ゴミ扱いって。



「謝ったぞ。土下座する勢いだった」


「誠意が足りていなかったんじゃない?」


「そうかな。なら、次は土下座してくるよ」


「どうぞ、ご勝手に。ただ二度と瑠美の兄とは名乗らないでね」



 相変わらず瑠美さんは思春期でつめたいな。きっと昔は「パパと結婚するー!」とか言っていたのに、いずれは歳を重ねて「アイツと同じで下着を洗わないで!」と毛嫌いするようになるのだろう。男はつらいよ。



「しかし、瑠美。この場合はどうしたらいいんだ? 僕は二人とも好きだから、このまま嫌われ続けるだなんて、耐えられないぞ」


「二股するからいけないんでしょ。粗大ゴミにぃー」


「そんな事はしていません」



 トイレの前に座り込む瑠美にハッキリと伝えておく。断じて不倫なんてしないと。僕は至らぬ痴情で芸能界を活動休止するような人間ではないのだ。


 そして、菜月と渚の両方と関係を継続したいのは事実である。二人共、僕にとって大切な友達。幼馴染みも、クラス委員仲間も、失うワケにはいかない。



「頼む。何か力を貸してくれないか」



 黙り込んで、瑠美の助言を待った。彼女はホットビューティ。心がホットする言葉をご教示願えるだろうか。




「知らないしっ! 瑠美を巻き込まないで」




 ……はい、駄目でした。



 放棄された粗大ゴミには目もくれずに、我が妹は階段を上っていく。やっぱりアイツはホットじゃないな。身内に優しくないし。



「はぁ……」



 体操座りをしながら、三度目のため息をつく。自分がやらかしたという認識はあったのだが、まさかここまで酷いことになるとは思ってもいなかった。



 ……楽しいハズの勉強会。どうしてこんなことになってしまったのか。



 リビングに戻りたくない。きっと戻ったとしても、菜月に怒鳴られるだけだから。だからと言って、ここでグダグダするのも。



 さて、どうしたものか……。



 ぼんやりとうなだれる。すると、誰もいないはずの玄関のドアに黒いモノが映っているのを発見した。なんなんだと目を凝らすと、人影のように見える。え? なんだ?



「?」



 気になって、近付く。そこに恐怖はなかった。ぼぎわん、でも訪ねてきたのだろうか。



 覗き穴に片目をくっつける。壊れているのか、向こう側が確認できない。いや、流石に壊れているというのはないだろう。


 ということは、つまり。



 ……誰かがドアの前に立っているということらしい。




「ゴクリ……!」




 薄ら不気味さを感じて、唾液を飲み込む。



 足の震えを我慢しながら、鍵を解錠する。

 勇気を出して、ドアを開く。





「がっきー……ぬれたから、ふいてー!」





 扉の前にはフードを被った柳葉が、ビショビショになった状態で突っ立っていた。

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