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僕はホットビューティで毒舌な妹を持つ高校生。



 緑のカーペットの裏には髪の毛が付着してあった。六人掛けのテーブルと椅子の下には食べ残しが落ちてある。五〇インチのTVにはホコリ。天井から吊し上げている照明にもホコリ。ソファー下の僅かな空間にもホコリ。


ホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホコリホリホココホホリコ


 新垣家、一戸建て、築二十年のリビングルーム。どこもかしこもホコリまみれ。よく今までこんな家で、吞気に生活していたモノである。



「これから安穏たちが来るって言うのに……ったく」



 そう。本日はハゲダニガールズが家に訪れる勉強会当日だった。なのに、肝心のリビングダイニングは現状の有様。もしこのハウスダストが原因で、彼女たちが何らかの病気になってしまったらどうするつもりなのか。



「よし……」



 思い立ってからが早かった。


 僕は掃除機、ハタキ、雑巾二枚、モップを用意して、マスクを装着する。手ぬぐいはなかったので、お風呂にあったシャワーキャップを代用した。


 目標は全てのホコリの除去。掃除方法は上から下だ。ハタキで家具のホコリを落として、掃除機で吸い取る。床はモップをかけた後に、雑巾がけだ。乾拭きも忘れていない。



「ただいまー。……なにやってんの?」


「おう、おかえり。清掃中だ」


「それは見ればわかる。じゃなくて、なんで瑠美のシャワーキャップを勝手に被ってるの?」


「」



 クルックルゥーワイパーを置いて、一旦空気の管理を行う。網戸の汚れを気にしつつ窓を開くと、雨の香りがした。



 ……今日は随分と冷えるみたいだ。

 天気も悪そうだし、一雨来るかもな。



 ※ ※ ※ ※ ※



 掃除を済ませて、一息つく。冷蔵庫を開きプリンを取ると、吹き抜けの階段上に瑠美が座っているのが見えた。アイスを木のスプーンで食べながら、こちらを見下ろしている。



「なーんか掃除とかしちゃってるけどさぁ。どうせクソおにぃーの事だから、ただ勉強するだけで終わりでしょ? 普段以上に張り切っちゃって、バッカみたい」



 人を小馬鹿にしたような態度で、薄ら笑いを浮かべている。昨夜からずっとこの調子だ。何をしようとこちらの自由だろう。


 大体、これは勉強会ではない。勉強会という名の戦争だ。そう、これは安穏との仲を深める為の戦い。敗北は決して許されない。



「勉強会だから勉強するだけで終わるのは当たり前だろ。というか、自室にいるんじゃなかったのか? もうすぐお客さん来るぞ」


「掃除機の音がうるさいって、クレームを言いに来たんですぅー。それにクソおにぃーがどんな子を連れてくるか、一目見たいし」


「見るのは自由だが、これから来る相手には失礼のないように振る舞えよ。お前はいつも偉そうな口調で喋っているんだから」


「……ブーメランなんですけど」



 新垣家はそういう遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。



 プリンに手を付けようとした時、カラー液晶のドアホンが唐突に音を立てた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「──!?」



 チャイムの音に反応して、身体が硬直してしまう。急いで時計を確認した。時刻は13時過ぎ。思っていたよりも早い。き、来やがったか……!


 プリンをひとまず置いておいて、咄嗟に鏡で自分の姿を確認する。髪型オッケー、服装バッチリ。よーーーし、今日もカッコいい!



「クソおにぃー。どうせいつも通りなんだから、さっさと出なよ」


「いや、待て。セールスや宗教勧誘の可能性だってある」


「……ないって」



 わかってはいる。しかし、それでもまだ心の準備は出来ていなかった。


 きちんと掃除もしたし、シャワーも浴びたし、勉強会に必要なお菓子やジュースも購入したけれど、まだ何かが足りていない気もする。冷静に考えてみよう。


 お菓子はチョコやスナック系。ジュースもコーラやサイダー等の炭酸類が中心だ。デザートはプリンにアイス。ん? ちょっと待てよ……。


 今、思えば安穏って『甘いものあんまり好きじゃない』とか言ってたような……。ということは、このデザートはミスチョイス!?



「プリンじゃない……! プリンはミスだ……!! プリン如きではッ……安穏を満足させる事なんて到底出来ないッ……!!!」


「……このヒトは何と戦っているの?」


「僕は絶望したぞ!!」


「はいはい。今、瑠美が出まーす」



 再び玄関のインターホンが鳴ったので、妹が階段を降り始めた。どうしよう……安穏プリン大丈夫かなぁ?


 瑠美が呆れたようにテレビモニターを覗く。ここからでは誰が来ているのか確認できない。液晶が表示された瞬間、彼女は唐突に発声する。




「はぁーい! 新垣でーす♪ 善一お兄ちゃんのお友達さんですかぁー?^☆ ちょっと待ってくださいねっー! ↑↑↑」



「へ?」




 僕は思わず顔を上げた。瑠美が糊で貼り付けたような取ってつけた笑顔を振りまいて、声のトーンを8オクターブくらい上げていたからだ。明らかな余所行きモードである。


 いや、これは余所行きモードと呼べるのか……? それとも。



「早く行って。誰か来たから」



 振り向いた時、瑠美は既に笑っていなかった。首を動かし、乱暴に指示してきている。



 ……なんだかとても怖かったので、僕は何も見ていなかった事にした。新垣さんは裏表のない素敵な人です。



 ※ ※ ※ ※ ※



「あぁ、渚か」


「あ。こ、こんにちはっ……!」



 玄関には幼馴染みの葵 渚が立っていた。どうやら彼女が一番手らしい。


 引っ越しして家が遠くなったのにも関わらず、やはりこの地域については元々住んでいたので詳しいのだろう。一番最初に来るのは、よく考えてみれば当然か。


 渚は制服ではなく、私服姿でキョロキョロと辺りを見渡していた。普段見慣れていない新鮮な格好に、思わず息を呑む。



 襟付き長そでシャツに、紺のノースリーブのワンピースを着たスタイル。ショート丈のレインシューズに、手にはトートバックも。



「おおー!」



 これは俗に言う『シャレオツ』というヤツではないのかぁ!?



 正直、僕はファッションには疎かった。今、着ている長袖のシャツとチノパンだって、前々から持っていた物だし、服なんて着れるならなんでもいいとも思っている。


 でも、身近な人の変貌ぶりを見ていると、多少は意識も変わるんだなと知る。



「ど、どうしたの……?」



 マジマジと見つめてしまったからか、渚が照れ臭そうに両手を握った。トートバックの隙間からはピンクの折り畳み傘も見える。



「ん? あぁ……すまん。素敵な格好だなぁと思って。特にそのワンピースが最高に良い」


「え? ほ、ほんとぉっ……?」


「うん。すごく可愛いと思うよ」



 上目遣いで尋ねてくる彼女にきちんと答える。どこで売っているのだろうか。僕が女の子だったとしても絶対に買っているぞ。



「か、可愛くなんかないですっ……!」



 僕がそう褒めたからか、渚は急な敬語になって玄関先でしゃがみ込んだ。目の前でピンクの折り畳み傘を振って、こちらに表情を悟らせないように上手く誤魔化そうとしている。とは言っても、顔が真っ赤になっていることは丸わかりなんだけどな……。


 相変わらず渚は照れ屋であった。何時になく可愛く思えたのも、やはり嘘ではない。


 ※ ※ ※ ※ ※



「じゃあ、上がって。お菓子もあるぞ」


 

 中々靴を脱いで上がろうとしない渚を促して、スリッパの準備を始める。[客人を大いに歓迎しましょう]これは新垣家のルールである。嘘だ。僕が今作った。



「で、でも……いいの?」



 ここまで来ておいて、どこか遠慮気味の渚ちゃん。流石に今から『ダメだ。帰りたまえ』なんて言えるハズもない。どこの頑固オヤジなんだ。



「いいぞ。渚ならお泊まりも可能だ」


「お、お泊まりも……!?」


「あぁ、遠慮するなよ。よく昔は一緒にお風呂にも入っただろ?」


「ぜ、善一くんっ!? そ、それは小学生の頃の話でっ……!」



 顔を赤らめている渚の反応が可愛くて、ついからかいたくなってしまった。


 ちなみに弁明しておくが、僕は年頃の女の子を平気で自室に泊めるようなチャラ男ではない。男は全員オオカミだと言う方もいるが、オオカミだって羊と仲良くしたりもする。僕は羊と友達になれる《紳士オオカミ》なのだから。



「悪い、渚。ほんの冗談だ。大体『家に泊まっていきなよ?』だなんて言ってくる男の事を信用しちゃダメだぞ。これはしっかりと心に留めておいてくれ」


「う、うん? わかった。善一くんがそう言うのなら、気をつけるねっ……!」


 

 貞操観念はしっかりと持つべきと語ると、渚は素直に頷いてくれた。



「その意気だ。じゃあ、入って。ごめんよ、寒い所で立たせちゃって」


「ううん……平気だよぉ? この格好すっごく暖かいからっ……」


「機能性もバッチリか。流石だな」


「あ、ありがと。お邪魔しますっ……!」



 靴を脱いだ渚と共に、リビングへと侵入していく。足先には柄付きの白いソックスが見える。ホント女子力高いな。後で善一特製のホットミルクを振舞ってあげよう。



「……だから、ブーメランじゃん」



 階段の上からそんな声がしたが、別に気にもならなかった。新垣ハウス、一人目のご予約様がご来店です。はい!! どうぞ!!! いらっしゃいませ!!!!

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