僕はわりと料理上手なハーレム高校生。
「えー、本日はここまで。明日は午前中授業のみなので、ちゃんとテスト勉強に時間を割くように。以上」
「起立、気をつけ、礼!」
「「「ありがとうございました!!!(一斉唱和)(大音響により校舎が震える)(窓ガラスにヒビが入る)(次元崩壊)」」」
今日最後のHRが終了した。誰よりも早く教室から出ていく西田担任教師を目で追いながら、荷物を片手に彼女の元へと向かう。
少し連絡はギリギリになってしまったが、宣言通り勉強会を実施する為の最低限の人数を集めることが出来たのだ。これで廃部は免れたに違いない。
二列目の前の席。教科書を広げたまま、ぬぼっーと座っている彼女の肩に、触れる。
「あのさ、安穏。明日のことなんだけど」
「……あした?」
クラスメイトの安穏 のどかがこちらを見る。さっきまでうつ伏せて寝ていたからか、おでこの辺りが赤く腫れていた。
僕は周囲を気にしながら、声を潜めた。
「この前言っていた勉強会だよ。明日することにしたんだ。ちゃんと菜月、渚、柳葉も呼んでおいたぞ」
「……うーん」
瞼を擦りながら、彼女は曖昧な返事をする。まだ眠そうだ。
そこで一瞬、教室から出て行こうとする宗と目が合った。特にリアクションはしていなかったが、一番見られたくないヤツに見られてしまったのが悔しい。
安穏は再び教科書に目を向ける。机上のノートには幾つかの公式が記載されていた。隅の方には落書きも。これは、西田先生が担当だった六限目授業の残骸だろう。安穏ちゃん寝すぎィ! でもそこが可愛い!!
「どこ、集合?」
「場所は僕の家だ。ウチは両親の帰宅が遅いから、19時までなら利用可能なんだよ。住所も既に菜月には伝えてある。別々で来るのなら、今からLINEで……」
ここでチャイムが鳴った。校内中に鐘の音色が響いてゆく。同時に意識が覚醒したのか、安穏はようやく顔を上げた。
「え、明日は善一くんのおうちにお邪魔しちゃってもいいの?」
ポケットからLINEのIDをメモした紙を取り出そうして、手が止まる。そういえば何処で開催するのかを伝え忘れていたっけ。
「お、おう。構わないぞ。それで場所なんだけど……」
「ガッキー!! 緊急ミーティングあるから行くよーーー! 先輩に怒られるから、はやくはやくーー!!」
後ろの方から柳葉に呼びかけられて、思わず苦笑してしまう。タイミングが悪い。せめて、あと少しだけ待っていて欲しいものだ。
「えっと、連絡先の」
「はーやーくーーーーーー!!!!!」
「呼んでいるよ?」
「……」
こう何度も呼びかけられては仕方ない。連絡先の交換は次回に持ち越しとしよう。
「そ、そうだな。それじゃまた明日……!」
「うん、また今度ね。ばいばい」
安穏が教科書を鞄に入れ始めたので、僕は踵を返し、教室を後にした。
※ ※ ※ ※ ※
サッカー部の部室は中庭を抜けた先にある。桜の見える校庭からはちょうど校舎を挟んだ反対側に位置しており、そこには運動部のみが利用できる寮が存在していた。
柳葉と共に歩いていると、部室の前に先輩がひとり立っていた。キャップを被った女の人がこちらに手を振っている。
「柳ちゃ〜ん、新垣くぅ〜ん。テスト前なのにごめんねぇ〜〜」
「お疲れ様です。小泉マネージャー」
「あれー? 先輩だけですかー?」
この語尾を伸ばすクセのある話し方をする人は、三年生の小泉 千斗さんだ。二個上のマネージャーなので、柳葉からしてみれば直属の上司にあたる。
「そうなのぉ〜。“ちーちゃん”まだ来てないみたいでぇ〜〜」
「むむむ、これは事件の予感……!」
二人の会話に登場した“ちーちゃん”とはもう一人のマネージャーのことだ。ハゲダニ高校サッカー部には三人のマネージャーがいて、それぞれ学年が異なっている。
柳葉が先輩と談笑を始めたので、僕は荷物を置く為に、先に部室へ入った。
ガタガタと震える扉を開くと、部室の全容が見えてくる。既に何名かの部員たちが中で待機しており、僕に視線を向けてくる。先輩は誰もいないようで、真っ先に話しかけてきたのは、同級生の一人だった。
「お、期待の新エースのご登場やんけ!」
地面に胡座をかいて、特徴的な関西弁で話しかけてくる細っそりとした男。目の下にホクロがある彼は、サッカー部員の安田 元久くんだ。確かクラスは一年C組である。
「……その弄りはやめてくれ」
スパイクを磨いている安田くんにそう告げて、自分の名札のついたロッカールームを開く。中にはお気に入りのスパイクとユニフォームが入れられてあった。
……しかし、部室に入った時から分かってはいたのだが、相変わらずここはスゴい臭いだな。窓もないので、運動部特有の汗の香りが充満している。妙に、蒸し暑いし。
地面にはスパイクの泥で、ホコリと砂がそこら辺に散らばっていた。両脇には空気の抜けたボールや、ボロボロになったビブスが置かれてある。ザ・男の空間だ。
「というか、今日はなんの集まりなんだ?」
「なんや新ちゃん、聞いてへんのか。アレや“全高選”の相手が強豪【雲仙高校】に決まったんや。だから、多分それ関連の話やろ」
「え? 僕たちが大会初戦で闘う相手が、あの【雲山】に決まったというのかい?」
「せや。……てか、なんやその説明口調」
即座に突っ込んできてくれる安田くん。流石、ノリが良い。ちなみに僕は【雲仙高校】なんて聞いたこともなかった。よく知らないが、強いらしい。へー。
安田くんはサッカーマニアである。小学生の頃からよくJリーグを観戦しているとも語っていた。海外サッカーやW杯がメインの僕とは大違いだった。
「それにしても、東キャプテンも西先輩も遅いわ。なんや茶でもしばいてるんか?」
「ち、茶をしばく……?」
たまに安田くんの訛りが強すぎて、何を言ってるのか理解出来ない事が多々あった。お茶をしばく? 三角絞めにして、エルボー・ドロップを喰らわせたりでもするのか?
と、ここで部室の扉が乱暴に開かれる。外に立っていたのは、目つきの悪い男。副キャプテンの西先輩だ。
先輩は自分の鞄を放り投げて、舌打ちを鳴らした。生まれつき茶色だという髪を掻きあげて、僕らを睨みつける。
「──部室で呑気にお喋りかァ……? さっさと来やがれ、一年坊主」
先輩はそれだけを告げて、扉を開けっぱなしで去って行った。ちなみに説明は無かったが、この時残りの部員は空教室に集まっていたらしい。部室集合ではなかったとか。
「なんでキレられなあかんねん……」
安田くんの愚痴に内心同意しつつ、一年生ズは移動を開始する。部室の外に出るまで、自分が汗臭い空間にいたことを、すっかり忘れていた僕であった。ちゃんちゃん。
※ ※ ※ ※ ※
「ただいま、瑠美。僕が帰ったぞ」
「あっそ。帰ってこなけりゃ良かったのに」
本日は早めの帰宅。玄関からリビングに向かって声かけをすると、妹の瑠美は毒のあるおかえりを言ってくれた。朝は機嫌が悪いと思っていたが、今はそうでもないらしい。
それにしても、まだ帰宅して四十秒も経っていないというのに、なんというレスポンスの速さなのだろうか。四十秒で何でも支度できそうだぞ。うーん、これはバルス!w
「今日はわりと早いんだね、帰ってくるの」
服を着替えていると、キッチンから白いエプロン姿の瑠美がそう尋ねてきた。
新垣家は両親が共働きの為、夕食の準備等は僕ら兄妹が役割として担っていた。というのも、これも全部あの姉貴が『お惣菜は健康に悪い』とか言い出したせいである。
当初は瑠美も僕も乗り気ではなかったが、今ではそれがすっかり定着してしまった。
……まあ、言いだしっぺの姉貴は生徒会業務とやらで忙しくて最近は手伝ってくれていないがな。前は瑠美・僕・姉貴とローテーション体制を組めるほど余裕があったのに。
「あぁ、今日からテスト期間で」
「ふーん、なーんだ」
不機嫌な視線を一瞬だけこちらに向けて、作業を続ける瑠美。やはり興味はなかったらしい。
「瑠美はテストないのか?」
「テストは再来週から。ま、テストなんていつも通りやればいいだけだし」
そう淡々と告げる妹を見て、そういや、この妹も学校では優秀だったかと悟る。
新垣 瑠美。中学二年生の彼女は【ホットビューティ】なんて呼ばれ方をされていた。どこがどうホットなのか。
「ん? この香りは……」
リビングに入ると、刺激のあるスパイスの香りが鼻腔をくすぐった。
ま、まさか、今日の晩ご飯は”カレーライス”なのか……!?
先に言っておく。僕はカレーが大好物だ。この世における最高峰の料理であると信じて疑わない。ちなみに次点がハンバーグ、続いてとろふわオムライスが並ぶ。
凡庸性の高い白米。幅広く味を調節するルー。柔らかな牛肉。彼らのハーモニーが奏でる絶妙なダンスに、人はどこまでも魅了され続ける。これは、お口の中が超大作ハリウッド映画になる予感……!!
「カレーライスだと言うのかい……」
「いいよね。食べるだけの人はラクそうで」
キッチンから薔薇のエプロンを着た妹が睨んでくる。カレー好きな僕の為にわざわざ作ってくれるだなんて、なんていい子なんだ。瑠美の料理は美味しいんだよなぁ……。
「大体さぁ、なんで瑠美がいつもご飯を作らなくちゃいけないの? いっつもじゃん。いっつも、瑠美ばっーかり」
瑠美が不満を垂れ流し始める。爆弾が爆発する前に、僕は自前の花柄エプロンを持ってキッチンへと向かった。久々に兄妹揃ってのお料理教室である。
「悪いな、負担を押し付けちゃって。いつもありがとう。僕も何か手伝うよ」
手伝う前にきちんとお礼を告げる。ちなみに僕はわりと料理上手だ。得意料理はエッグベネディクトです。
言うと、妹は鋭利な目線を向けた。
「いや、手伝って貰って当然だから。なんで『手伝おうとする自分カッコいい』みたいな雰囲気出してるの。本当そういうのやめて」
「……すいません。手伝わせて下さい」
毎度毎度、瑠美さんには頭が上がらない。毎朝起こしに来てくれるし、料理上手だし、おまけに成績も優秀。生徒会にだって、所属しているらしいしな。
流石は姉貴と並ぶ《新垣家のビューティーシスターズ》だ。
※ ※ ※ ※ ※
結局、僕は食後の洗い物を任された。
カレーは美味しいけど、汚れが厄介だ。激しく擦るとスポンジが黄色く濁ってしまうことがある。だからお湯を溜めて、素手で一気に洗い流す方法が良い。
「あぁ、そういや明日家に人いれてもいいか?」
洗い物を終えてから、僕はそう声をかける。ホットビューティはソファーに寝転びながら雑誌を読んでいた。
シャツがめくれ上がって、おへそが露わになっている。なんて破廉恥なのかしら。ある意味“ホット”ね。
「……別にいいけど。瑠美、部屋でゆっくりしとくだけだし。ただご飯の支度はしといてね」
ちゃっかりご飯の支度を任された。やはり、準備は嫌だったか。
「それはわかった、任せとけ」
「何で偉そうなの。いや、別にどうだっていいけど」
瑠美は不満そうな顔を見せて、ソファーから起き上がる。テーブルに置かれていたテレビのリモコンに手を伸ばす。
「で、誰が来るの。彼女?」
「んー、渚とかだな」
「えっ!?」
渚の名前を出した途端、瑠美が急にソファーから立ち上がって声をあげた。
「ウソ!? 渚ちゃん遊びに来るの? うわー、久々〜って感じ」
思ったより、食いつきが良い。じゃあ、じゃあ、と続けて声を張り上げている。何を興奮しているんだ。
「じゃあ、あの人も来るの!?タマちゃん!」
「タマちゃん?」
誰だ、そのアザラシのようなあだ名。そんなヤツいたっけ。アザラシのように可愛い人という事だろうか。
「うん、玉櫛さん! 来るの!? 来ちゃうの!?」
……なんだ宗の事か。あいつタマちゃんって呼ばれてるのか。そんな可愛いらしいものじゃないぞ。
「タマちゃんまた会いたいなー。カッコいいし、良い人だし」
すごくウチの妹に気に入られているじゃないかタマちゃん。どんな魔法をかけたんだ。惚れ薬か。惚れ薬なのか。
しかし、何の薬を使っているにしろ、ここはちゃんと説明しておかないといけない。
「タマちゃんは、宗は来ないな」
言うと瑠美はため息をついて、またソファーに寝転んだ。『使えないクソおにぃー』とまで言われる。……使えないって。
ただその代わり、本物のアザラシなんかよりはよっぽど見ごたえがあるぞ。なんていったって、ハゲダニを代表する絶世の美女達が一堂に会するんだからな。ははは、見える! 見えるぞ! 瑠美が酷く驚き、腰を抜かして、慌てふためくその姿が……!!
これは当日が楽しみだ。