僕は極めて異常なハーレム高校生。
「はっはっはっ!! 僕の時代が来たぞ!!」
昼休み。食堂で麺を食していた宗と井口君に向けて、意気揚々と胸を張る。あまりにテンションが上がってしまって、普段は口にしないような発言をしてしまった。反省はしているが、後悔はしていない。
なんて言ったって、安穏を勉強会に誘うことに成功したのだから!
「新垣くん。気でも狂いました?」
「元からイカれてるだろ、コイツは」
スーパーウルトラハイパーミラクルハイテンションな僕とは違い、友人たちの反応は冷ややかであった。幼馴染みの宗なんて、始めたての冷やし中華に必死で、こちらには目もくれない。冷たい奴だ。冷やし中華だけに。
【報告・連絡・相談】が大事だと教えてくれたのに、今や中華にトッピングされた《ほうれん草》に夢中になっている。まあ、いい。今日の成果は上々なんだしな。
「何かあったのですか?」
テーブルの向かい側に座っていたヨッシーが尋ねてくる。井口 義雄、彼はコン研部の代理主将であり、学園一の情報通だ。探究心と好奇心が旺盛なのだろう。
「よくぞ聞いてくれた。実は、安穏とテスト期間に勉強会をすることにしたんだ」
簡潔に説明すると、うどんの汁を飲んでいた井口君の手が止まった。大量の七味が注がれていた器をテーブルに置いて、こちらに顔を向けてくる。特徴的な眼鏡は白いモヤに包まれていた。
「ふむふむ、なるほど。意中の女性を誘う事に成功したのですね。おめでとうございます。で、それを我々に自慢したかったと」
「あぁ、端的に言えばそうだな」
「玉櫛さん。鋭利な刃物はお持ちですか?」
曇った眼鏡の奥で、ヨッシーの瞳が静かに光る。彼は非・リア充の代表らしく、この手の話題を持ち出すと殺意を抑えられなくなると以前に語っていた。リア充に対する憎悪が半端なくて、中学時代には人を殺したこともあるとか(※デマです)
「刃物はないが、割り箸ならあるぜ」
「それをお尻に刺してやりましょう。挿花の完成です」
「……物騒な話はやめてくれ」
拷問計画を手で制する。勿論、そんな自慢をしたかっただけではない。相談を持ち掛けたのにはそれなりの理由があった。
そばの食券を見つめながら、僕は数時間前の出来事を回想する。
× × ×
『じゃあさ。今度一緒に勉強会しないか?』
しばらく返答を待った。安穏が首を傾げて、聞き返してくるその時まで。
『私なんかでいいの?』
いいの? ではなく、アナタでないといけないのである。逆にこちらがいいの? だ。
『もちろんだよ! ウェルカムだぞ』
『なら、他には誰か来るの?』
『……ん?』
『誰も来ないの?』
このパターンは想定外であった。しかしながら、考えてみれば当然のことであった。“勉強会”なのだから、複数人いなければ変だ。勉強なんてものは個人で出来ることだしな。
それに安穏だけとなると集中出来ない可能性もある。人数が多い方が問題を解くには効率がいい。
『あ……えっと、今は色々と誘っている最中で! とりあえず呼べるだけ呼んでおこうかなって』
『そうなんだ。じゃあ決まったらまた連絡してね』
『う、うっす!』
× × ×
「というわけだ。だから二人には是非、勉強会に参加して貰いたい」
事情を話し終えて、僕はコップに注がれた水を口にする。もう一度だけ言っておくが、反省はしている。後悔はしていない。
「……どういうワケですか?」
「いや、意味がわからん」
ようやく二人が言葉を発した。うどんを食べ終わった眼鏡の彼は唖然と言わんばかりに口を開き、もう一人は未だに冷やし中華を食事中だった。また随分と冷めた反応だな。冷やし中華だ(ry
「宗、なんでも否定から入るのは良くないぞ」
「別に入ってねーだろ」
「入っているじゃないか」
ふむ、反応があまりよろしくない。今回の実績は完璧だったハズなのに。
誰かを誘わなくてはいけないというルールは忘れてはいたが、そもそも僕が言い出さなければ企画すら存在していなかった。それならば、むしろプラスであろう。
「来ないのか? 女子と勉強会なんて、またとない機会だぞ」
「あ? そこまで飢えてないっての」
「私達を一体なんだと思っているんですか」
互いにメリットがあることを提示したのに、説得は逆効果だった。今日は一段と不機嫌な宗よりも先に、隣のヨッシーが口を開く。
「新垣くん。貴方は何も分かっていませんね……!」
箸をテーブルに置いて、ティッシュで口を拭く。その仕草はとてもスタイリッシュではあったが、あまり格好良くはなかった。
「無知にも程がありますよ。何故それを受け入れたのか、理解に苦しみます。せっかくのチャンスを棒に振り、他の人を呼ぼうなんて……アナタは極めて異常です!!!」
メガネを拭いて、ビシッと指を突き付けてくる。どこかの剛腕検察官みたいだ。その様子はどこかスタイリッシュだったけれど、やっぱり格好良くはなかった。
「ぼ、僕がおかしかったのか?」
「ええ、疑う余地もなく」
まるで被告人の気分である。
確かに多少な変だとは思ったが、ここまで言われるとは思ってもいなかった。結果的に安穏が参加してくれるのなら、それで全部オッケーなんだけどな……。
「まさに井口の言う通り。奥手なヘタレ野郎が勇気を出して誘ったところで、根本は変わってねーんだよ。結局は同じ事の繰り返し。低いレベルで満足してるだけ」
検事の意見を受けて、裁判官の宗が動き出す。食べ掛けの冷やし中華を一旦置いて、ヤツは指を組んだ。その様子はどこかスタイリッシュで妙にサマになっていた。
「つーか、お前の目的は“夜の勉強会”だろ? なんで、お友達同士の仲良し勉強会なんて開催しようとしてんだよ。あのな、てめぇが何をしようと勝手だが、俺らを巻き込むな」
これなら遊園地の二番煎じだと、僕の甘い考えを宗は打ち砕いていく。いよいよ判決の時らしい。
「悪いが、俺もヨッシーも馴れ合い勉強会なんざには参加するつもりは一切ねえ。今回ばかりは、自力でなんとかしてみせろ」
えぇ、、、
ハッキリと拒絶される。自分で蒔いた種は、自らの手で開花させるしかないようだ。
※ ※ ※ ※ ※
誰かさんは“夜の勉強会”なんて卑猥な表現を用いていたが、僕はそんなつもりは全く無かった。ふつうに安穏と勉強会をしたかっただけである。
ともあれ、このままだと企画自体が中止になってしまう危険が大アリだ。
誰かを誘わなくては……。
実はと言うと、僕は友達が少ない。なので、宗とヨッシーが断った時点で、他の同性メンバーを募集することは不可能になってしまった。となると、残りは女子だけである。
安穏と接点があって、尚且つある程度仲が良い人。それでいて、僕の連絡帳にも登録されている人と言えば……彼女達以外に他はいない。
スマホを開く。基本的に自分から遊びに誘う経験が少なかったので、文の構成には悩んだ。長ったらしいのは苦手なので、簡潔な文章を意識した。
慣れない手つきで操作をしながら、LINEを送る。内容は以下の通りである。
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《送信者:新垣 善一》
《相手:海島 菜月》
《相手:葵 渚》
明後日の放課後、ウチに来ないか?
歓迎するから、是非来て欲しい。
一緒に勉強しようよ。
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グループとか、一斉送信とか、そういうのはよく分からなかったので、とりあえず個人個人に送ってみることにした。ひとまずはこれで返事待ちかな。
日程は調節中だが、曖昧な事を言うと来てくれる確率が下がるので、自分勝手に決めておいた。時間は放課後以外に無いだろう。
場所を自宅にしたのも、公共の施設(主に図書館等)だと人が集まりやすいと思ったからだ。僕の家ならば、姉貴も両親も遅くまで帰って来ないし、瑠美に頼めばリビングを使わせて貰えるしな。
さてさて、どうなることやら……。