彼はハーレム高校生の親友。
「玉櫛くんは最低ですね。分かってはいましたがここまでとは」
「……ちょっと待て。さっきまで散々悪口を言ってたお前がそれを言うのかよ。手のひら返し半端ねぇなオイ」
「私は人の不幸を喜ぶような浅ましい人間ではありませんので。確かに彼には酷い辱めを受けましたが、今は気にしていません。過ぎたことです」
「嘘つけ! 腹の底では笑っているクセに。『帰って来たらガツンと言う』とか抜かしていたのは何処のどいつだ? おぉん?」
ヨッシーと宗が不毛な言い争いを始め出したので、その間に僕は洗面所へと向かった。巻き込まれたら大変だ。
自宅から持参したマイ歯ブラシを手に取り、先端にチューブを絞る。寝る前にちゃんと歯を磨いておかなきゃな。ハ・ミ・ガ・キ・じょうずかな?
「だって彼が帰って来ないのですから仕方ないでしょうよ(笑)」
「しっかり喜んでいるじゃねぇか! やっぱりヲタクってキモいわ……」
歯にブラシを当てて擦る。それが終われば水を口に含んでの、うがいだ。猫が喉を鳴らす姿を意識しよう。これが風邪予防に良き。
「はい? どうしてそこでヲタクが? 全くの無関係じゃないですか? あり得ないですねぇ! 我々の集う[ヲタク界隈]をコケにするなんて。最悪の場合【制裁】を与えられる可能性もあるというのに。命がある内に謝罪をした方が身のためですよ?」
「うるせえ。なーにが【制裁】だ。そういう言動が避けられる要因だってなんで理解しねーの。どーせ、女児向けアニメにも鼻息荒くしてるんだろ? あー、気持ち悪ぃ……」
「ヲタをバカにするなぁあああああ!!!」
……やかましいなぁ。
欠伸をして、洗面所から出て行く。暴れ過ぎだろ。これ以上の騒ぎは体育教師に叱られそうだし、やめて頂きたいものだ。止めるのは億劫だけど。
「フン……! まぁいいでしょう! いずれ玉櫛くんとは決着を付けないといけないと思っていましたので。この際、ハッキリさせませんか!?」
「おーおー、いいぜ。こっちはお前の言動を全て保存している機械を持っているからな。裁判でもなんでもやってやらぁ」
「くっ、外道め……! しかし、今回は法的手続きは取りません。正真正銘の“決闘”でどうです?」
「ほう、いいねえ……!」
ベッドに寝転んで枕に頭を預ける。
さっきまで互いの枕を投げ合う勢いだったのに、今はテーブルにトランプを広げて、なんかはしゃいでいた。まだ眠らないのか。君ら、深夜でも元気だな。
「賭けは?」
「まずは缶ジュース一本でいきませんか」
「うし。なら、ゲームを始めよう……!」
「「──盟約に誓ってッッ!!!」」
彼らの宣言をよそに、そのまま眠りにつく。
※ ※ ※ ※ ※
二人の騒ぎ声が消えた深夜に、僕は唐突に目を覚ます。《家の枕じゃないと熟睡出来ない体質》だという事をすっかり忘れていた。
手元にあった携帯を覗く。時刻は2時過ぎ、シンデレラタイムど真ん中だ。ふむ、勿体無い。お肌のスキンケアだけは毎日行っているというのに。
気を取り直して、布団を被り直す。枕の位置を変えたり、体勢を変えたりしてみたが、一度意識が覚醒してしまうとなかなか眠れなかった。尿意も感じてしまったので、気分転換にトイレへと発つ。
「随分と早起きなんだな」
寝室に戻った時、宗と目があった。どうやら水を流す音で起こしてしまったようだ。
「悪い。起こしたか?」
「いーや、起きてた。ちょいと考え事をしててな」
枕と頭の間に両手を入れている。部屋の奥のテーブル上にはトランプが乱雑していて、ついさっきまで遊んでいたであろう形跡が残っていた。
「変な類の妄想じゃないのか」
「残念。エロいことなら四六時中考えている。もっと別のこと」
「別のことって?」
「思春期特有の悩みだよ。色々あんの」
ソファーに座って、片付けられていないカードを箱に詰めていく。質問をはぐらかす宗は薄暗い天井を眺めている。
思えば、宗の悩みというのを僕は聞いたことがない。コイツはいつだってお惚けた口調で本心を隠したがる。それが彼なりの処世術なのだろう。
「なーんか修学旅行の夜を思い出すな。そうだ! 恋バナでもするか?」
「しない。明日も朝から早いんだぞ」
「釣れねぇなオイ。ヒンバスかよ。いいからやろーぜ! どうせ退屈な夜だし」
「……寝るという選択肢はないんだな」
トランプを箱に詰め終えて、机に置いておく。これは確かヨッシーの私物だったハズ。ならここでいいか。
ベッドへと戻る。宗は謎の深夜テンション状態に陥っているのか、声のボリュームが徐々に大きくなってきていた。
「なぁなぁ、イッチーはさ! 気になっている女子とかいんの?」
「……知ってるだろ」
「うわ、やっぱりいるんだー。え、誰!? 誰なんだよー、教えてくれよー!」
「同じクラスの安穏さん。はい、これでいいか? 寝るぞ」
この手のノリは一方的な尋問になるだと知っている。コイツは聞いても答える気はないようだし、おふざけに付き合う元気もない。
目覚ましのアラームがセットされている事を確認して、布団に入る。あと四時間後か。明日は登山だけど、体調大丈夫かしら。
「えー、マジ!? 安穏さんが好きだったの? へー、意外だな! そうかー、好きだったのか。ならさぁ」
「おやすみ」
置かれていたスタンドライトの照明に手を伸ばす。茶番だな、と思った。
「──なんでお前、諦めようとしたの?」
明度がゼロになる、瞬間までは。
※ ※ ※ ※ ※
「え?」
スイッチがOFFからONへと入れ替わるように親友の真剣顔が見えた。
「な、なにを言って」
「だってそうだろ? じゃあ今度俺が『安穏を好きだから諦めてくれ』と言ったら同意してくれんのか? 俺じゃなくてもいい。ヨッシーだったり、他の奴でもだ」
「それは……」
その時になってみないと分からない。ただ宗に強く頼まれたら、もしかしたら同意してしまうかもしれない。
……今の自分から、多分、きっと。
強い眼差しでこちらを睨む親友が怖くて、僕の視線は天井へと逃げて行く。
狭い空間。なんて空虚なんだろうか。
「今回てめぇのやった事はたまたまラッキーな方向に転がっただけ。アイツらが迷子にならなかったら、二人は付き合う事になっていたってのによ」
「……」
「結局、お前も井口と同類。レンが失敗した事を内心喜んでいるんだろ? まー、良かったじゃねぇか。ライバルが一人消えてくれて。これで心置きなくリスタートを切れるな」
攻撃的な言動で畳み込んでくる。
ピクリと一瞬だけ、井口くんの身体が動いた。名前を呼ばれて目覚めたのかと思ったが、寝返りをうっただけであった。すーすーと寝息を立てている。
宗の言う通りなのかもしれない。
ただ、一つだけ否定させてほしい。
「宗、僕はレンの不幸を喜んでなんていないよ。やめてくれ」
それは断じて『違う』と言い切れる。
「……ただ、怖かっただけなんだ。誰かの気持ちと向き合うのが」
僕は呟く。薄暗い天井に向かって。抱えていた本心を打ち明ける。
本当に怖くてしょうがないんだ。人の気持ちに踏み込むのが何よりも恐ろしい。誰かに嫌われたらすぐにでも心が折れてしまう。
わかっている。わかっていた。色々な理由を付けて、逃げようとしていたのは。
本当はこんなにも好きなのに、拒否されたらどうしようとか、考えただけで頭がいっぱいになってくる。なんでも気楽に考えられたらどれだけラクか。
どんなに小さな事でも、すぐにウジウジと考え過ぎてしまう。
こうでもしないと、自分は自分を保ち続けられないのだろう。
それくらい、新垣 善一は脆い生命体だ。
「だから、正直まだ迷ってる。レンにあぁやって告げておいて、また僕がそういうことをするのは……」
卑怯だと思うから。
最後まで言い終わる前に言葉を切ったので、宗は黙った。部屋の中が別空間に来たみたいに静けさが漂っている。とてもさっきまで皆で遊んでいた場所とは思えない。
「……馬鹿野郎。自分ルールに縛られすぎだ」
しばらくして、ため息と共に威圧したような声が聞こえてくる。
「あのな、例えばの話だ。もし、安穏に好きな人がいたとして、それがイッチーだったらどうするんだよ。それでも諦めるとかほざきやがるのか?」
「えっ、安穏は僕のことが好きなのか?」
「いや、例えばの話だって……。どれだけ都合良いの、お前の耳」
「わ、悪い……」
素で返答してしまった。恥ずかしい、申し訳ない。
「しないだろ? それがお前の気持ちじゃねーか。いい加減素直になれってんだ」
「……そうだな」
安穏と僕が両想いだなんて希望的観測かもしれないけど、確かにそうなれば諦める可能性は低いと思う。
「なぁ、イッチーよ。親友だからこそ教えておくが、俺はお前を勿体ないと思っているぜ?」
ゴソゴソと隣のベッドが動く。見ると、宗が立ち上がってこちらを見下ろしていた。僕も布団を払いのけて、近くに座る。
「てめぇはさ。ドジでバカでヘタレなビビりの童貞丸出し格好つけたがりな変人生徒会長の弟で、その上たまに暴走する大便うんこクソ野郎だけど」
……いや、言い過ぎじゃない?
「だけど、だけどな……ぷっ」
「おい、笑ったよな? 堪え切れなくなって笑ったよな?」
すごくカッコいい事を言うのかなと期待していたら、大事な場面で台無しであるこの男。てか、誰が大便うんこクソ野郎だ! それ意味同じだし!
「だけど……ぷぷっ……ゴホッ、エホッ、ゴッホンッ!」
……落ち着け、落ち着け。
ツボにハマった宗は何回か咳払いをしていたが、ようやく落ち着いたのか顔を上げる。
「だけどな」
両肩を強く握り、言う。
「何事も一所懸命になれる友達想いの良いヤツ……俺の誇りなんだ」
力強い言葉に、力強い握力だった。
「お前を見てたらさ、不思議と応援したくなるんだよ。だから自分はダメだなんて考えるな。俺に見る目がないと思われちまうじゃねえか」
……見る目、ないかもな。
これまで自分が友人にそんな風に思われていたなんて、思ってもいなかった。どれだけ僕は周りの人に恵まれているのだろうか。
宗の言うことは過大評価だし、自分ではなんの才能もない”極めて普通の高校生”だと思っている。思い続けている。
親友は肩から手を離す。頬の片口角を上げて、両手を広げている。眉をひそめながら、奇妙な笑みを浮かべて、声高らかに宣言した。
「本気で好きなら、諦める必要一切ナシ! 振られたら盛大に笑ってやるから安心しろ。当たって砕け散ってズタボロの布切れになるまで! ひたすらに闘い抜いてこいッッ!!!」
強く奮い立たせるような声援に煽られて、僕もベッドから立ち上がる。
幼なじみ達は言ってくれた。逃げたりするな、闘えと。
よし。そろそろ決意を固めようか。
ちゃんと気持ちも伝えよう。
あの返事も、まだ貰えていないのだから。
『僕と友達になってくれないか』
『いや』
胸を張る。両脚にいっぱいに力を込めて。後ろには仲間達が付いている。みんないる。僕は独りじゃない。
「わかった。ありがとう、宗。元気が出た。もう諦めるだなんて言わないよ」
怨嗟の声も今は遠い。あと数時間後には陽が昇り、新しい朝が来る。夜が明けるぜよ。
我が成す事は、我のみぞ知る。
「決めたよ。明日だ。安穏に告白するのは」
──勝負の刻は、明日。




