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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【春編ーオリエン合宿(下)】
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僕はちょっぴりシャイなハーレム高校生。



 安穏は今頃なにをしているんだろう。



 誰もいない山奥で独り、心細くて泣いていたりするのかな。

 それとも何事もなかったかのように、平然と星でも眺めているのかな。



 ごめん、君が大変な時に傍にいてあげられなくて。先に誘っておけば良かったね。



 僕は逃げたんだ。勝負する土俵から降りて、やる前から諦めた。アイツの方がすごくて、カッコいいだなんて、嘯いて。




『……ごめ……んッ……な……ぁ』




レンも普通の人間だってのに、笑うだろう。



 『二人はお似合いだ』『自分はシャイだから』『喧嘩にならないのが一番』『彼女の幸せを願って身を引こう』『あの子もそれを望んでいる』『恋愛だけが全てじゃない』



 いつだって己を守る言い訳に必死で、傷つくことを避け、卑下してばかり。


 争いたくないなら、負け惜しみみたいに【譲る】だなんて言ってさ。わざわざ言わなくてもいいのに。どう見ても、敵対心メラメラなのが丸わかりだよな。



 奥手でメンタル豆腐だからさ。やっぱりまだまだ自分を好きになれずにいるんだ。



 ……でも、いつかは皆に誇れる僕になれたらって思う。悔しいのはもうウンザリで。



 だから待っていて。



 どうしようもない臆病者が、精一杯の勇気を絞り出して、君に会いに行くから。



 ───せめて、あと少しだけでも。



 ※ ※ ※ ※ ※



「……ハァ……ゼェ……」



 駆ける。駆ける。夢中で駆け抜ける。


 腕を振り上げて、葉を踏みしめ、陽の当たらぬ雑木林を一心不乱にひた走る。


 前方に道などない。狭い木々の間を、半身の体勢で通り抜けるのがやっとだ。速度を維持したまま走れているのは、自分がサッカー部だからであろう。


 FWである以上、トップスピードでDFを避けていくのは得意中の得意。こちとらハゲダニ高校サッカー部一年生エースだ。そう舐めて貰っちゃあ困る。



「……ッ」



 と、不意に鋭い刺激が走った。


 掌を見ると、幹に触れてしまったからか木片が刺さっていた。こういう場合、爪で引っ掻いても中々取れない。



「あぁ……もうッ!」



 続けざまに目の下を枝で引っ掻かれる。幸い血などは出ていないが、思わず舌打ちが出てしまう。次から次へとなんなんだ!


 どうやら森の主は僕が先に進むのをお気に召していないらしい。囚われの姫を助けに行く邪魔をするかのように、刺客達を送り込んで来ている。ったく、マンマミーヤだよ。



 ……この程度の妨害で今更止まるわけがないってのに。



 雑草を蹴り上げるように直進すると、前方に傾斜が見えてきた。どことなく土が荒らされた形跡も見える。上か。



「うむ」



 歯をくいしばって、登っていく。


 暗いし、危ないし、虫も多い。うわ、蜘蛛の巣に引っかかった! 言ってるそばから!


 ヌチョヌチョとした感触を皮膚で感じながら、急な斜面を上がる。近くにあった竹を掴んで、足に力を込める。おむすびころりんしてしまっては大変だ。


 道中、布の切れ端が付いた血の滲む大きな岩があった。レンは上から滑ってここに膝をぶつけたのだろうか。



「……ふぅ」



 登りきって一息つく。辺りを見渡すと、かなり道が開けているのが分かった。裸眼でも見える明るさだったので、ポケットに懐中電灯を入れる。


 と、そこで足を止めた。




「おや?」




 ふと、髪に妙な違和感を感じたのである。つむじの上に何かが乗っている気が……。



 気になったので、左手の親指と人差し指を駆使して掴んでみた。確認できたのは、長い羽に触覚を持つ、脚をバタバタと暴れさせている茶色の生き物。



 えっと、これはまさか、本日二度目の……。





「蛾だな?」






 蛾だった。






「しつこい!!」





 払いのけて、再び走り出す。悪いがお前と戯れている時間はない。



 × × ×



 【草木の生い茂る長い森のトンネルを抜けると、そこは山道であった】



 雪国ならぬ森国だな、と近現代の名作家風に詩を詠みつつ、そこで一旦足を止めた。


 僕の前方には整備された道が現れていた。両端に杭が何箇所も打ち込まれた階段。近くには看板があって《この先、広場》と書かれてある。登山の際に使用される、ハイキングコースなのだろう。



「高っ」



 随分と長い階段である。ゴールが見えない。SASUKEの競技なら、30秒で登れとか言われそう。


 ヘソの下から風を送り込む為に、パタパタと扇ぐ。既にTシャツが肌にベッタリと張り付いてて、前髪からは頻繁に汗の雫が垂れてきている。ジーパンの膝裏もベトベトだ。


 夜風もなく無風。蛾の再来で諦めたと思いきや、森の主は中々に意地悪だな。でも知ってるぞ。神は乗り越えられる試練しか与えないって。


 ……余裕だよ、こんなもの。部活後のシャトルランに比べればどうってことない。安穏がこの先に待っているんだぞ。もたもたしてられるか。



 ──よし、ラストスパートと行こう。



 何段も何十段も何百段も駆け上がる。僕はふと日中の遊園地のことを思い起こしていた。


 一番楽しかったのは言わずもがなだけど、印象に残ったのは最後に見た【シャーク】かな。人によっては大した劇ではないと思うかもしれないけど、主演のパトリシアさんが最高だった。


 後はお化け屋敷か。まさか本物の幽霊に出くわすとは思いもしなかったし。渚をおんぶして逃げられてなかったら、今頃どうなっていたか。



 振り返ると、ジェットコースターのような一日だった。まさかそこからレンに会って、今こんな事になるなんて思いもしなかったし。人生って思い通りに行かないから、面白いのかもしれない。



 安穏に会ったらなんて声を掛けようか。

 君はきっと酷く驚くだろうな。



 階段を登り終える。顔を上げると、あぜ道が広がっていた。ここ山頂かしら。よく空が見える。今宵は満月か。




 人の気配がして、視線を向ける。近くにはベンチ。髪の長い少女が一人。




 木影の端に星の粒が昇っている。浸食された森の闇を押し阻んで、一筋の光が射す。




 月明かりに照らされる──安穏 のどかがそこにはいた。




 ※ ※ ※ ※ ※



「え、誰ですか?」



 彼女の第一声はそれだった。思わず笑いそうになる。おいおい、こっちはかなり苦労して探したんだぞ。


 安穏はジッとこちらを見つめていた。鞄を胸に抱いて、今にも立ち上がろうとしている。何があったか知らないけれど、元気そうでなによりです。


 僕は息を整えて、ゆっくりと近づく。


 彼女は目を凝らしているのか、首を前のめりにさせていた。まだまだ警戒は行なっていないご様子。……大丈夫だぞ。不審な行動はするけど、不審者じゃないから。



「やあ、お嬢さん。こんばんは」



 警戒を解くために挨拶をしてみる。逆に不自然だったのかもしれない。



「え、え、まさか、善一くん……? なんで? どうして、ここに」



 変な声掛けではあったが、気付いて貰えて嬉しい。だけど、安穏は幻覚でも見ているのかと到底信じられないとばかりに、数回ほど目を擦っていた。



「なんでって、探していたんだよ。肝試しはもう終わったぞ」


「で、でもっ、道なんてないし……。どうやって、ここにいるって」


「ただの直感かな」



 第六感が働いたということにしておこう。




「ごめん、遅くなって。──迎えに来たよ」




 僕はゆっくりと手を差し伸べる。

 安穏の瞳が僅かに潤んだ。感情が溢れ、声が震えてきている。



「か、帰りたくない」


「どうしてだ?」


「……みんなに迷惑かけて」


「誰も怒っていないさ」



 安穏は表情を隠すように俯いていた。きっと寂しかったのだろう。本当は誰かに見つけてほしかった。幽霊よりも孤独なのが一番怖いから。


 大体、事の顛末は理解した。この子は肝試しの途中でレンから逃げたんだ。そして、レンは追いかけている最中に怪我をした。だから酷く負い目を感じているんだ。アイツが謝っていたのは多分そのせい。



「大丈夫、僕も一緒に謝るから。もし疲れて歩きたくないなら、背中くらい貸すぞ。遠慮なんてしなくていい」



 安穏の前にしゃがみ込んで、手のひらを見せる。予め言っておいたよな、お化け屋敷の時に。新垣バスは24時間無料運行中だって。



 ちょっぴりシャイな自分は自信に満ち溢れた行動なんて出来やしない。だから、カッコいい自分になれるようにゆっくり努力することにしよう。一歩ずつ、一歩ずつ。


 よし、今の目標はあの人にしておこう。




『困った時にはオレの名前を呼べ。そしたらまた迎えに来てやる。オレはパトリシア・マーティン! 無敵の男だぜ?』




 自尊心に満ち溢れ、仲間の窮地には必ず駆け付ける無敵の男。タオルをバンダナ風に巻いていたのも、自然と憧れていたからかもしれない。



 困った時には名前を呼んでくれ。

 そしたら、また助けに来てやる。



 僕は新垣 善一。君に頼られたい男だぜ。




 「ほら、帰ろう。皆の所へ」





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