僕は常識外れなハーレム高校生。
突如とした予想外の事態に、肝試しは中断となる。参加者たちが続々と出口へと案内される中、僕は姉貴に大事な話があった。
「今から探しにいく!」
「ダメだ。大人しくしておけ」
「なんでだ!?」
「また迷子になりたいのか? 渚ちゃんと一緒にいてやれ。心配するな。ここは私に任せろ。すぐに捜索隊を派遣させる」
せっかくの提案も聞き入れられることはなく、即座に棄却されてしまう。姉貴は額の汗を拭って、先生に電話を掛け続けている。そこに普段の余裕は見えない。
焦るのも当然だ。生徒二人が森で行方不明だなんて、学校のメンツに関わる大事件。もし何かあれば、ワイドショーに連日取り上げられるハメになるのだから。
「くそッ」
己の不甲斐なさにムカッ腹が立ってきて、親指を噛んだ。口寄せの術が発動しそうな痛みが走る。
姉貴の言うことは正しい。正論すぎて吐きそうなくらいに。……あぁ、わかっている。迷子経験者の自分が単独で動いた所で、事を荒立てるだけってことは。
「……善一くん」
渚はギュッと両手を握りしめて、胸の前で震わせていた。この子の側にいることが最善策か。
「二人が、心配っ……?」
「うん」
夜の森なんてどれだけ恐ろしいか。飢えた獣の出没情報だってあるというのに。誘拐事件や神隠し、雛見沢症候群の可能性だってあるんだぞ。
「なら、一緒に探そっ!」
「わかっ……え?」
「わたしは行きたいっ……!」
とても冗談を言ってる風には思えない。どうやら真剣らしい。本気と書いてマジと読む。本気モード。
「本気、なんだな?」
「も、もちろん」
「バレないように?」
「ば、バレないようにっ……!」
真面目に聞くと、真剣に頷かれる。本当かよ。利害の一致だな。
「了解だ。すぐに二人を探しに行こう」
×××
二人の捜索は困難を極めた。暗中模索とはこの事なのだろう。
物的証拠の一つや二つくらい落ちていればいいものを、道なき道さんはそこまで親切でもなかった。進めば進むだけ、迷宮に囚われたミノタウロスの気分になってくる。
森の規模、彼らの所在、帰り道。全てを曖昧にした状態で動いているものだから無謀と言わざるを得ない。せめて、通った道にパンをばら撒いて道標にする、ヘンゼルとグレーテル方式を取り入れておけば良かった。
「安穏……何処にいるんだよ」
不安と苛立ちが募っていく。姉貴は捜索隊を既に派遣しただろうか。これで僕らも迷子になったら元も子もないぞ。
伸び切った髪のように視界を覆う枝葉を手で薙ぎ払って、足元の太い根を踏みつける。光を阻む闇の底、そこから星影は見えない。
「のどかちゃんっ……! どこぉっ……?」
「安穏ーっ!! はやく出てきてくれーーっ!!!!」
絶体絶命の状況下で救世主の助けを求める脇役のように叫んでみるが、反応はなし。代わりに小虫が鼻をくすぐった。お前……安穏、なのか……?
もし僕が輪廻転生を信じていたら、安穏が小虫になっていても違和感を覚えないのかもしれない。……いや、覚えるよ!! 安穏を勝手に殺すなし!!!
不安からか、普段より余計な思考が増えてきている。ダメだな、これじゃ。
「えっ……!?」
そんな時だった。渚が手に持っていた懐中電灯を、とある一点に向けたのは。
「どうした?」
聞くも答えず、声を出さないようにと合図をされる。僕も同意して口を閉じると、彼女の伸ばした人差し指が光の先を差した。懐中電灯が何かを捉えたらしい。
目を見張ると、茂みがゆっくりと動いているのが分かった。
「ッ……ッ……ぁ…………ぁ……ぅ」
茂みの向こうに動く気配がする。うめき声らしきものも聞こえた。
もしや野生のクマさんか? しかし、こんな鳴き声だっけ。いや、お会いしたことないから知らないけれど。
渚と無言で見つめ合う。確認するしかない。
僕は頷いて、懐中電灯を受け取り、茂みへと向かった。不思議とそこに恐怖はない。
「安穏? そこにいるのか?」
「ぅぅ………ぁ…………ぅ」
乾いた喉の奥に唾を飲み込む。もし野生のクマなら、全力で死んだフリをしてやろうと心に決めつつ、決死の一歩を踏み出す。
身を小さくして、葉を掻き分けると、そいつは現れた。
「ぅぅ……ぁ……ッ……」
木陰に座り込んだ人物。髪はボサボサで、着ていたポロシャツも乱れている。鼻が高くて、彫りが深い、筋肉質な男。
首には指輪のネックレス、腕には数珠。如何にも遊び人の風貌が、今は見る影もなく崩れている。ズボンは血で滲んで、頬にも擦り傷が多数あった。
僕は彼のことをイヤでも知っている。
「レン……?」
幽鬼の如く泣きじゃくる──源 蓮十郎がそこにはいた。
※ ※ ※ ※ ※
「……ぅぅ……ッ…」
「な、なんで? 一体、なにがあったんだよ!? どうしてそんな……」
呆気に取られて、言葉は出てこなかった。あの強靭な男が、ボロボロになった姿で倒れている。まるで襲撃でもされたかのように。
周囲には彼以外に誰もいない。
……そう、他の誰も。
「レン、安穏はどこだ?」
「……ッ……ぅぅ……」
「あの子はどこにいる!?」
興奮して尋ねてみるが、泣きじゃくるだけで答えない。血だらけの脚に触れたまま、途切れ途切れの息を吐いていた。
……この様子だと、もしかしたら膝の皿が折れているのかもしれない。おいおい、大怪我じゃないか。
怪我人相手に酷く怒鳴ってしまったことを反省しながら、どうすればいいのかを考える。その間、渚は自分の鞄を探っていた。
「絆創膏なら一枚だけ……」
「一枚じゃ厳しいかな。おい、レン。立ち上がれるのか?」
またしても、返事はない。
渚の絆創膏はレンの頬にでも貼っておくとして、問題はこの膝の怪我だ。一人じゃ歩けない程のダメージ量である。
「多分、歩けないんだと思う。僕たち二人じゃ厳しいな……。人手が必要だ。とりあえず、簡単な応急処置だけでもしておこう」
「わ、わかった! 手伝うねっ……!」
レンの膝を抱えて、頭に巻いていた布を巻き付ける。強く縛って、一応の止血は完了と。このタオル万能品だな。柳葉の借り物だけど。
……さて、どうしよう。レンのことは心配だが、安穏のことはもっと心配である。せめて、姉貴の捜索隊に連絡ができれば。
「……ぅぐ……」
頭を悩ませていると、袖を引っ張られた。振り向くと、レンが汗で濡れた前髪からこちらを覗かせている。強い意志のある瞳。
「……な……ぁ……」
「なんだ?」
独り言を呟いているのか唇が震えている。
最期の灯を託すかのようで、僕は急いで片耳を近づけた。
「……ごめ……んッ……な……ぁ」
大きな身体に似付かない、消えそうな謝罪。あのレンが僕に謝っている。信じられない。自尊心の塊である彼が、弱々しい言葉を並べていた。
……死ぬなよ、レン。
「謝らなくていいよ。それで、安穏は?」
「……ぁ……っ……ち……」
「ありがとう。ゆっくり休んでくれ。助けは必ず来るから」
僕は立ち上がる。近くの少女に目を向けると、彼女は全てを理解したように頷いた。着ていたパーカーを脱ぎ、荷物を手渡す。懐中電灯一つあればいい。
渚は言ってくれた。「私の好きな善一くんは逃げたりなんかしない」と。
あぁ、そうだな。もう逃げないさ。
きちんと向かい合おう。
失敗するのを恐れて、やる前からずっと諦めていた。こんなの出来るわけがないと、自分を見限って、後悔を重ね続けてきた。
そんな時でも、渚は励ましてくれた。誰よりも凄いんだって。自分を責めないでと奮い立たせてくれた。
歩き疲れて足は痛い。今日一日中、走り回って体力は限界に近い。眠気だってピークに達している。
だけど、君が信じてくれるのなら、僕はまだ頑張れる。何度だって、立ち上がれる。
──これがいつもの新垣 善一だ。
「渚、レンを頼んだ。ちょっと行ってくる」
指差した方向へと、僕は無心になって駆け出す。そこにもう迷いはなかった。