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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【春編ーオリエン合宿(下)】
49/279

ハーレム高校生とオレ様系男子。

 足先から徐々にお湯の中に浸していく。


 指、足裏、踵、足首、脛、と心臓から遠い順番に。まずは右足、それから左足だ。


 真っ直ぐ床に立つことが出来れば、湯口の近くまで進む。湯口というのはお湯が出てくるマーライオンの口みたいな所だ。あそこから新鮮なお湯が流れ出てきているので、肩から浴びなきゃ損だろう。


 湯口まで到達すると壁に背を向けて腰を下ろす。膝を折り曲げて足を伸ばすのが一番楽なポージングである。


 細胞が活性化を始めたように、急激に身体の温度を上げていた。熱が全身を伝わっていく。自然と声を漏らした。



「……ふぅ。やっぱり最高だ」



 タオルを頭に置いて休息する。今日も一日お疲れ様でした。



   ×××


 身体を洗い、露天風呂を満喫して、それからサウナに向かった。

 中を覗くとレンと宗の二人が入っていたので、続けて僕も入室する。


 温度が80°の蒸し暑い部屋。もしこんなところでデスゲームを行ったのなら、間違いなく自分は被害者第一号であろう。低血圧気味なもので。


 熱した蒸気の中では思うように呼吸ができない。テレビが見えやすい真ん中の壇上に座って、頭に巻いていたタオルを敷いた。



「……おっ、きた。耐久レースでもするか?」


「今はやめておく。レンに話があってさ」



 宗の言葉を振り切って一番上の段を眺める。そこには胡坐をかく源 蓮十郎がいた。セットしてあった髪型も崩れている。現在この空間に他に人はいない。



「話……?」


「うん。実は言うべきなのかずっと悩んでいた。でもやっと口に出す覚悟が決まったよ」


「……だから何?」



 流石のレンもサウナ室の中ではいつものテンションは出せないようだった。ギラギラとした瞳に焦りが見える。あぁそれでいい。真面目な話なのだから、ふざけられても困る。


 僕はテレビに向き直る。設置されたテレビの中で芸人が騒いでいた。どうやら世界の過酷なお祭りに潜入する企画らしい。暑苦しい環境の中で、こんな暑苦しい番組を観ることになるとは。……たまにはそれも悪くない。



「レンはこれから安穏と二人で肝試しに行くんだろ。今日会ったばかりなのに」


「まぁ、そうだけど。なんか文句あんの?」



 言葉に棘を感じる。強めの口調だ。今のアイツはどちらの状態なのだろう。これだけ喧嘩腰なのだから、きっとオレ様モードなんだろうな。


 ふぅと息を吐く。呼吸が少しきつくなってきた。全身からありとあらゆる水分が抜かれている気持ちになる。干からびたミイラだ。


 死後にも魂が永遠に生き続けられるようにと、古代の人々はミイラにそんな願いを込めた。本当は臓物すらも何もない、空っぽな存在であるのに。


 僕もまた死人同然だ。こうして敵意を向けられると、まともに目も合わせられなくなる。例えばレンと喧嘩になったとしても、即座に負けを認めるのだろう。それほどまでに、自分は弱い。


 喧嘩の一つも出来ない。拳で語り合うことも出来やしない。



 こんな情けない男に、一体何が守れるというのか。




「実は、僕も安穏さんが好きなんだ」




 震える唇を嚙み締めて、僕は言葉を絞り出す。


 

 安穏のことは本当に好きだった。大好きだった。


 はじめて人を好きになった。その相手が彼女だった。



「だけど」



 少女漫画などでは、いつだって軽薄で強引なオレ様男が勝つ。それがセオリーだ。彼女をいくら好きだと思えど、行動できない人は絶対に敗北する。邪魔をする資格すらない。


 それならば分相応に。



 魂すらも───今は捨て置くべきだ。




「だけど……」




 柳葉は言った。叶わない恋なんてしないと。ならば、自分もそうしようと思う。




「手を引こうと思う。レンを応援するよ!」




 ───あぁ、やっと言えた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……」



 レンはしばらく何も言わなかった。振り向いて様子を確認するも、額に手を当てたまま俯いている。体調でも悪いのだろうか。



「悪ィ……先に出るわ」



 そう言って段差を降りてゆく。通り過ぎる直前に見えた姿。全身が水でも浴びたように、汗でダラダラになっていた。


 最後までレンは何も言わなかった。口を堅く結んだまま部屋から出ていく。開いた扉の隙間風から酸素が入ってきた。一瞬だけ、意識が回復する。



「……はぁ、緊張した。でもやっと言えたよ。聞いていただろ? 宗」



 奥に向かって言うが返事がない。黙ったまま、腕を組んでいる。



「……ったり前だろ。この距離で聞こえてないとか、どこの難聴系主人公だ」



 眉間を抑えながら、ずっと目を閉じている。大丈夫か?



「……ハァ……。イッチーがそこまで情けない奴だとは思わなかった。やるときはやってくれると期待していた俺がバカだったようだな……」


「なにがだ?」



 宗は乱暴に髪を掻き分けた。息が途切れ途切れになっている。いつからサウナに入っていたのだろうか。もう限界ならば我慢せずに出ればいいのに。



「……さっきまでレンと二人きりで話をしていたんだが、アイツは別に安穏を好きでもなんでもないぜ。彼女が欲しいだけだ。単なる女好きに……最愛の人を譲っていいのか?」



 急に何を言い出したかと思えばこの男は。レンが安穏を好きじゃない? いや、それはないだろう。



「え、でもハンドボールの時には真剣に怒ってきたし」


「それはお前をライバルだと思っているだけだ……! ヨッシーとイッチーは俺が班に誘ったと思ってやがるが、実際は違ぇーよ……。レンの方だからな……。班に入れて欲しいと頼んできやがったのは!」



 呆れたように宗は真実を語る。掻き分けた髪からはこちらを覗く瞳が現れる。



「……ほんの出来心だったんだとよ。噂に聞くモテ男がどんな奴か知りたくて、お前と仲の良い女をわざとからかったんだ。知ってるか? アイツは女子と絡む時にテンパっているんだぜ? しかも喧嘩すらした事ねぇときた」



「ど、どういう……?」



「男ばかりの環境で生きてきて女との絡み方が分からなくて、モテたいと俺に相談してきた事もある。異性相手だと上手に喋れないから、あぁやって誤魔化してんだよ。それがレンの“本性”だ……」



 頭がクラクラしてきた。宗の言ってることが理解できない。僕もそろそろ部屋から出て行きたくなってきた。



「で、でもレンはいっぱい女子に囲まれていたし……」


「言っただろ。演技だ……演技。周りに合わせてパフォーマンスをしてるだけ。……ゼェ……。女子の求める理想の自分を演じてんの。あんな急変する人間がいるかよ」



 宗は遂に我慢できなくなったのか、立ち上がった。段差を降りて僕の方に近付いてくる。乱暴に髪まで掴んできた。



「それなのにっ……! そんな相手に、お前は見た目だけでビビってヘタレやがって……!それでも俺の親友か? なーにが、手を引くだ。なーにが、応援するだ。思ってもねーことばっかり言いやがってクソがッ!!」



 唾の吐き捨てられそうな距離で怒鳴られる。ふざけてばかりの悪友がここまで熱い人間だとは、僕はこれまで思ってもいなかった。



「安穏を奪われてもいいのなら、ずっとそうやってウジウジとヘタレてろ! 今後二度と俺に恋愛相談してくるんじゃねーぞ!? このクソチェリー野郎が」



 髪から手を離して、宗は去って行く。部屋から出て行く直前に一瞬こちらに視線を送ってきたが、僕は逸らしてしまう。



 ……素直にキッパリと負けを認めよう。レンがどういう人間なんて今更関係ない。もう答えは出ているのだ。



 一人残された部屋で顔を上げる。部屋に貼り付けられた時計。その短い針が10の数字を指している事に気付き、僕も遅れて外に出た。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 風呂上がり、身体はまだ熱い。


 調子に乗ってサウナ室に長居してしまって、逆に疲れてしまった。お陰で皮膚が赤くなっている。無理は禁物です。


 

 柳葉と休憩したお土産さん付近の自動販売機に戻ってきて、缶コーヒーを購入する。蓋を開けて喉に流し込むが、あまり美味しくはなかった。ミスった……ブラックだコレ。


 コーヒー牛乳が売り切れていたので代わりに買ってみたのだが、チャレンジするにはまだ早かった。げぇ……苦い。どうしよう……。



 時刻はもう22時を廻っている。いよいよ肝試しが開幕なのだろう。参加希望を出していないので無関係のイベントだが、ほんの少しどんなモノなのか興味があった。


 近くにあった椅子に座って、恐る恐る出口付近を確認してみる。数名のカップルと生徒会メンバーは集まってきているようで、後は時間が来るのを待つだけのようだ。安穏の姿はまだ見えない。



 ……って、違うだろ。なんで無意識に二人を探しているんだ。



 ──迷いは捨てると決めたハズ。

 ──全てはレンに託したこと。

 ──応援すると決めたのは自分だぞ。



 立ち上がって部屋に戻ろうとエレベーターの方に歩くが、途中で踵を返す。不機嫌な宗、そしてレンに会えばどんな顔をすればいいのかわからない。笑えないっての。



「……はぁ」



 ため息を零して、再び椅子に座ろうとする。と、そこで不意に声が聞こえてきた。



「あ、いたよ! 渚!」


「どこっ……?」


「あっちあっち! おーい、イケメンくんー!」


「ぜ、善一くんっ……!」



 呼びかけられて振り向くと、女子二人がこちらに向かって駆け寄ってきた。あれは幼馴染みの渚と、もう一人はええっと……誰だっけ?


   ×××


「ちーっす、新垣くん! 渚とずっと探していたんだよ?」


「も、もうっ……茜ちゃん! 余計なこと言わなくていいよぉっ……!」



 あ、そうだ。茜さんだ。前に一回だけデパートで会ったな。


 渚が引き連れてやって来たのは、肌の黒い天然パーマの女の子だった。二人ともジャージ姿なので風呂上がりなのだろう。そりゃそうか。



「お二方、こんばんは」


「こんばんは〜。相変わらずキミはカッコいいねー。渚には勿体ないくらい!」


「だ、だからっ……!」



 じゃれ合う様子を見る限り仲良しみたいだ。渚にもお友達ができたんだな……お父さん嬉しい。


 挨拶を交わすと、なにやら二人がコソコソと話をしている。こっちを見てニヤニヤする茜さんに、顔を赤面させて肩を叩く渚。ところで探したって言ってなかった?



「ええっと、茜さん。何か用事でも?」


「ゴメン、ちょっと待ってね新垣くん。渚のヤツが照れて全然喋れないみたいだから、少し時間を頂くよ。あぁそれと『さん』は要らないから気楽に茜って呼んでね」



 渚の攻撃をかわしながら茜さんは言う。下の名前か。女子を呼ぶのって若干抵抗があるんだよな……。菜月や渚なら平気なんだけどさ。


 ともあれ、フリには誠心誠意応えなくては。



「わかった。茜……さん」


「照れてるー照れてるー。かわいー」



 ……ダメだこれ。流石に恥ずかしいな。



 大爆笑してる茜……さん。その様子を見ている渚はどこか不機嫌そうだった。



「ほらほら、新垣くん待ってくれているよ。いつ言うのさ? 今でしょ!?」


「わ、わかってるよぉ……」



 茜……さんに背中を押されて、渚が僕の前に出てくる。手にはビニール袋を握っていた。プレゼントでもくれるのかな。



「ぜ、善一くんっ……! “お願い”があります」



 前髪を触りながら、渚は胸に手を当てる。両手はいつものようにギュッと握られていた。この仕草をする時は緊張している証だ。



「うんうん。いい感じ!」


「ち、ちょっとだけ静かにしてて」



 背後で頷く茜さんを手で制して、渚は呼吸を整える。ここでようやく僕と目を合わせた。




「わ、わたしと肝試しのペアになってくださいっ……!」




 いつにもなく真剣な表情で。

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