僕は細マッチョなハーレム高校生。
個人的な話になるが、僕は銭湯が大好きだ。
露天風呂が好きだ。
泡風呂が好きだ。
電気風呂が好きだ。
足湯が好きだ。
岩風呂が好きだ。
釜風呂が好きだ。
蒸し風呂が好きだ。
水風呂が好きだ。
岩盤浴も好きだ。
風呂上りに扇風機を浴びて身体を乾かしながら、コーヒー牛乳を飲むと心が踊る。
休憩所のリクライニングシートで寝転がりながら、漫画を読めたときなど感動すら覚える。
疲 れ た 身 体 を ほ ぐ す マ ッ サ ー ジ チ ェ ア。
床 の 濡 れ た 更 衣 室。
自 分 の お 尻 を 叩 く 老 人。
謎 の ホ ッ ト ヨ ガ 勧 誘。
切 ら し た 百 円 玉。
閉 ま ら な い ロ ッ カ ー。
自 販 機 は リ ス ト バ ン ド 購 入 の み。
お風呂! お風呂! お風呂!
よ ろ し い
な ら ば 銭 湯 だ。
×××
時刻が21時半を過ぎたので、このまま温泉へと向かうことにした。
人には各自、自分のストレス発散方法があると聞く。大声を出して歌ったり、食べたり、ラジバンダリと、三者三様だ。
僕にとってそれがお風呂だった。
お風呂というのは素晴らしい。日頃何かを抱えて生きている現代人が、一糸纏わぬ姿と成り、己を解放できる空間である。ストレスをお湯と一緒に洗い流すことも出来ちゃう。まさにエデンの園だ。
瑠美や母さんには『長風呂だから最後に入って!』と叱られる事も多いが、ここなら気にする必要もなし。就寝するまで入浴可能なのだから、長居しても咎められない。のぼせないようにだけ気を付けないとだけど。
「レンとは会えたか?」
「いいや、会えてないな」
のれんをくぐって更衣室に足を進めると、上半身裸の宗が鏡の前に突っ立っていた。マッスルポーズを決めて、こちらに話しかけてくる。
「最近、筋トレ始めたんだ。部活辞めてから身体が訛ってしょーがねえし。どう?」
「いいんじゃないのか」
「もっとよく見ろよ。特にココ! すごくね?」
「いいんじゃないのか」
力こぶを作って、上腕二頭筋を見せつけてくる。あぁ、すごい。すっごくイイ感じだ。アームレスリングとかチョー強そう。パねえ。マジ卍。
「なんだよ。俺の大胸筋に恐れ慄いて、語彙が乏しくなったか? んん?」
「恐れ慄くか。そんなので」
「へっ、どうだか。ま、イッチーならギリ抱いてやってもいいぜ」
「こっちから願い下げだよ」
挑発的な宗を尻目に僕は荷物をロッカーに入れて、上着を脱いだ。すると、ジロジロと視線を送ってくる。……ちょっと、そんなに見ないでくれる!? キモチワルイ!
「……へぇ、お兄さんも良い身体してるじゃん。夏に備えて鍛えてるって魂胆かい?」
「うるさい気持ち悪いこっち見るなあっちいけ!」
「腹筋も割れてるし。おっ? ズボンに手をかけた。お披露目会しちゃいます?」
「もういいから! 見るなって!」
タオルを振ってヘラヘラ笑う友人を撃退する。本当に悪ノリの帝王だな……。
いつまでも注目されて迷惑だったので、ズボンを脱いだ後はバスタオルを巻くことにした。腰で巻いて局部を見せないようにさっさと着替えを済ませてしまう。プール授業でよくやるヤツな。
「おい、コラ。お前なに男の象徴隠してんだよ! 見せろよ、オラ!」
すると宗はそれが気に入らなかったのか、下着を脱ぐと同時に手を伸ばしてきた。バスタオルをめくろうとする。明らかなセクハラ行為。おまわりさーん変質者です!
「バカなのか宗!? 男同士だぞ!!」
「だから恥じらいもへったくれもねーんだろうが!」
「それはお前の勝手な価値観だろ!?」
抵抗する僕に強制わいせつをしようとする玉櫛メンバー。白熱する攻防戦が続く。
いい加減に腹が立ってきたので、蹴飛ばしてやろうかと考え始めた時、乱暴に入口の扉が開かれた。
「ガッハッハッ!! 肝試し楽しみだぜー!! ガオーーーーー!!!」
発狂する獣が現れて、不意に僕の動きが硬直する。
と、その一瞬の隙をついて、宗はバスタオルを剥ぎ取った。
「ははぁん……これは“ビック”だな。良いバズーカ砲をお持ちのようで」
マジマジとソレを見つめながら感想を呟く宗。抵抗を諦めて全裸のまま立ち竦む自分がそこにはいた。ナニソレ イミワカンナイ!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
床石を滑らないように奥へと進んでゆく。湯気で曇った視界を抜けると、中は広々とした木材造りの空間が広がっていた。
壁画に富士山などは書かれておらず、レンガのような石が積まれてあった。ホテル名は忘れたが、ここは風情ある大浴場が魅力的だそう。しかも露天風呂もあるって、宣伝文句に噓はナシだな。スーパー銭湯ばりに豊富な湯船の種類に思わず舌を巻く。
「ところで、ヨッシーはどうした?」
「あぁ。アイツなら『息子の見せ合いっこをしよう』って言ったら、ガチギレして部屋に戻って行った」
……このヒトはアホ過ぎやしないかい?
「しっかし、あのキレ具合は異常だったな。俺の予想じゃ、よっぽど自信がないか、薄毛もしくは無毛だ」
「ちゃんと後で謝るんだぞ」
こんな調子の宗はさておき、僕らの班にはもう一人問題児がいた。背後からのそのそと巨体を現して「うひょー!」とどこかのサイヤ人みたいな声を出している。
「広いなぁーー。叫んだら響きそう」
何故すぐに叫ぼうとする。高校生なんだからやめなさい。
そう。この男、源 蓮十郎。どこをさっきまでほっつき歩いていたのかは知らないが、偶然にもお風呂に入るタイミングが一致してしまった。別に嫌とかではない。むしろ良かった。
丁度、腹を割って話をしたかった所だ。
タオルを腰に巻いた僕と違って、全てを曝け出しているレン。よっぽど自信があるのか、ブラブラと下半身を振り回していた。視界の隅に黒い巨大な物体が見えて、思わず目を逸らす。
「レンも色々とでかいな。特に太股と肩の筋肉がやべぇ」
「んーー? 触ってもいいぜ。ほれ」
「こりゃすげぇ」
宗はこの中で一番小柄なので、レンとの身長差は約15センチ程はある。つまり、超高身長な上にこのムキムキっぷりなんだ。高一でこれは反則ではないだろうか。チート過ぎる。異世界で無双しそう。
筋肉を触らせ終わって、レンはさっさと先に進もうとする。え、なにやってるんだ?
「お、おい! レン。かけ湯は?」
「かけ湯? 今までやった事ないから別に要らなくねーー? 善ちゃんはめんどっちぃな」
「それが必要なんだって! 湯船に浸かる前に、身体を芯から温めておかないと突発的に脳出血を起こしてしまう可能性だってあるんだぞ!? 死にたくはないだろ?」
あまりの行動につい口を出してしまう。
自分はこれでも結構温泉に五月蝿い方だ。鍋奉行なんかがあるように、僕は温泉奉行である。かけ湯の推進や、お風呂内での小便行為への厳しい注意、浴槽内に浮いた毛を桶で取るボランティアなどを行なっている。
言うなれば《温泉を清潔に保ちましょう委員会 議長》なのだ。
「へいきーへいきー。オレ、今まで死んだことないから!」
なのに、この男は全く言うことを聞かなかった。細かいことを言うが、かけ湯には身体を事前に流すというマナーの意味合いも含まれている。それを破るなんて考えられない。
「……僕だってないよ」
呆れながら、かけ湯を実行する。こうやって、水を掬って身体にかけることで、全身がすぐに暖かくなって……。
「ひゃうっ!?」
途端に強烈な寒さが襲いかかってきた。
変な声を上げて、飛び跳ねてしまう。
───……つ、冷たい!? なんで!?
よく自分の掬ったお湯の辺りを見てみると《かけ湯故障中ー水しか出ません》と注意書きが貼ってあるのを発見した。し、死ぬかと思ったぞ……。
「イッチー、カッコ悪っ」
一連の流れに宗が憐れむ目を向けてくる。僕もつられて自虐的に笑ってしまった。