僕は友達想いなハーレム高校生。
廊下からエレベーターに乗りこんで下の階へと向かう。しばらく扉上の数字が点滅するのを眺めていた。
一階に到着して、扉が開く。
ホテルのロビーには女子生徒達が集まっていた。
ソファーで談笑する者、お土産屋に入っていく者。みんなそれぞれ自由だ。風呂上がりなのか、ジャージに身を包んでいる。
お土産か……。そういや、瑠美の分をまだ買っていなかったな。
予定もなかったので、立ち寄ることにした。一応レンがいないか確認してみたが、姿は発見できない。
お土産屋さんに入って商品を物色する。妹に頼まれていたのは食料以外。定番のご当地お菓子を購入出来ないとなると、僕自身のセンスが問われる事となる。
ちなみに瑠美が好きなのは『メロンパン』と『きらきらコスメ』と『流行りのバンド』だ。売っているだろうか。
「ガッキーだ! おつかれ〜」
「ん? 柳葉か。お疲れさま」
棚に掛かった靴下を手に取ると、不意に柳葉が現れた。首にタオルを巻いた赤いジャージ姿。部活でも同じような格好していたっけ。干物女っぽい。
「ミームン好きなのー? 意外な趣味だねぇ」
「え? えっと、これは」
たまたま手に取ったのがキャラ物の靴下だったからか、興味を示したように顔を覗かせてくる。そうそう、実はこういうのをコレクションしていて……って違うだろぉーーー! このハゲーー!!
「……妹のお土産にと思って」
「へー、妹さんもいるんだ! 中学生?」
「うん。来年受験だから、今は中二だな」
「そーなのかー。じゃあ、あたしの弟と一緒だね!」
柳葉はそう言って、棚に手を伸ばす。身長が足りていなかったのか「うーん」と背伸びをした。こらこら、取ってあげるから。君の前にいるのは紳士アラガキだぞ?
「これ?」
「おー! サンクス。さっすがガッキーさん。よっ! おっとこまえっ」
ブツを手渡すと何度も腰の辺りを叩かれる。ボディータッチが激しいな。
「スケジュール帳か?」
「そそ! 新しいの欲しくてさー」
柳葉が最初のページを開く。そこには今年一年のカレンダーが載せられていた。オラ、知ってっゾ! 女子高生はこれに付箋やプリクラなどのシールを貼って、カラーペンで落書きするんだゾ!
「誕生日とかを記録しておかないと忘れちゃうのだよー。ちなみにガッキーは誕生日いつ?」
「誕生日? 僕は四月十一日だけど」
「えー!? ついこの間じゃん! 言ってくれたらお祝いしてたのにー」
柳葉が残念そうに手帳を閉じた。うむ。そういや、先々週だったな。オリエンの準備だったり、菜月の件だったりで忙しくて、普通に忘れていた。
「そういう柳葉はいつなんだ?」
「えー、興味あるー? 教えよっかなー。どうしよっかなー。祝ってくれるなら教えてあげてもいいけど、何かく・れ・る・の?」
「いや、別に」
「なんじゃい! じゃあ言わないよバカ!!」
身体をクネクネさせていたのが面白かったので、つい意地悪なことを言ってしまう。ちなみに後から十月三一日だと教えてくれた。ハロウィン誕生日って……素敵やん。
※※※
遅めのバースデー祝いとして、柳葉がジュースを奢ってくれる事となった。ロビーの一角にあったソファーに並んで座る。
「はい。ハッピーバースデー!」
「おう、かたじけない。いただきます」
缶を受け取る。彼女が購入してくれたのはナタデココジュースだった。ヨーグルト味のやつね。乾杯して蓋を開けて流し込む。このプルンプルンが喉越しにいいんだよなぁ。
当然ながら、飲み物をご馳走になったのだから誕生日プレゼントのお返しをしなくてはならない。ハロウィンか。よし、覚えておこう。
「ガッキーは、肝試し誰かと行かないの?」
唐突にそんなことを尋ねられた。思わずナタデココを吹き出しそうになる。肝試しか……。肝試しね。
「い、行く予定はないかな。柳葉は?」
「うーん。行きたいけど、行く相手いないし。それに、あたしはちょっぴり眠いよ……」
「確かに! 体力的にキツいよなぁ」
その話題はあまりしたくはなかった。もし行ったところで、安穏とレンが一緒に歩いてる姿なんて見てしまったら嫉妬で悶え苦しみそうだ。……体力的にキツいと言い訳でもしておかないと、やっていけない。
「……ところでさ、ガッキー」
と、ここで缶を足元に置いて柳葉が耳元で囁いてきた。
「のどちゃんを誘ったあの男子って、同じ班なんだよね? ねぇねぇ、どんな人なの?」
チラチラと周りを見渡して、一番触れて欲しくない話題へと踏み込んで来る。どんな人かって。見ての通りだ。
「僕もよく知らない。今日、初対面だしな」
「そっか〜。ちなみにガッキー的には二人はお似合いだと思う?」
柳葉はどこか楽しげに顔を覗かせてくる。距離が近い。あと、その話はもういいだろ。恋バナが好きなのかも知れないけれど、今はやめてくれ。
「うーん、安穏次第じゃないのか」
「やっぱそーだよね。急にあぁやって誘われたら、あたしなら困っちゃうかも。なんか皆の前で言うのって、堂々としてて良いとは思うけど、ちょっぴりズルいよね。だって、断れないよ! あんなの!」
僕も缶を飲み干して、足元に置く。その意見には同意だ。ただ恋愛において、ズルをしてはいけないなんてルールは存在しない。
そういや、柳葉とは普段からこうやって話ができている。部活の休憩時間も冗談を言い合う仲だ。こんな彼女に悩みを相談するのも、良いかもしれない。
「ところで、柳葉は好きな人とかいないのか? 気になっている男子とか」
「えっ? 急になにさ!? もしや感化されて、あたしを口説く気なんじゃ……? ちょっと待った! 心の準備がまだ!!」
何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしてあたふたとし始めた。両手を小刻みに振って、距離を取ろうとしている。少しアホっぽいところが、なんとも可愛らしい。
「違うんだけどさ」
「ですよねー……」
即答で拒否すると、彼女がジト目になる。キズナアイだ。キズナアイ。ふぁっきゅーー!
「ただ、柳葉も恋愛で悩んだりするのかなって。好きな異性にアプローチできなくてモヤモヤしたり、振り向いてくれない相手に嫉妬して、落ち込んだりするのか気になって」
質問の背景には、この子が落ち込む姿を想像できないというのがあった。常日頃から太陽のように明るい彼女。なんでも笑い飛せるくらいエネルギッシュな人にも、枕を濡らす日があるのだろうか。
聞くと、柳葉が「なにそれー」と笑う。
「あたしだって人間なんだから悩むことぐらいはありますよー? いいなぁと思ってる人に相手にされないなんて、もう酷いくらいに落ち込むね! ……だけど、それも仕方ないと思うかなぁ」
「仕方ない、のか?」
お互いに目を合わせる。柳葉 明希はなにを思ったか、ジャージの袖で手を隠していた。拳で掴んでぶらぶらと上下に振っている。
「うん、だってそうじゃん? みんなが平等に幸せにはなれないよ。好きな人と結ばれるって言うのは、その人を好きになっていた他の誰かを傷つけるってことだもん。自分はあんまり恋愛経験が豊富でないから……これは理想論かもしれないけど」
彼女は袖から手を出す。一度目を逸らして、真剣な表情になって続ける。
「あたしは誰よりも相手の幸せを願いたいって思うかな。叶わない恋なら心の中で留めておく。例えばもし友達が同じ人を好きってなったら、それが原因でお互いの関係が壊れちゃうかもしれないじゃん。それなら潔く自分から身を引くよ!」
「身を引く……」
柳葉の出した答えは至ってシンプルだった。
例えば誰かと争うことになるならば、自らを犠牲にしてまで関係を継続させる。愛情よりも、仲間を大切にしている証拠だ。
彼氏彼女の関係だけが、愛の形ではない。きっとそう言いたいのであろう。
「うんうん! みんな仲良しが一番! ……って、我ながら何を熱く語っているんだか」
急に恥ずかしくなったのか、照れたように顔を背ける柳葉 明希。熱くてもいい。その言葉がなによりも、今の僕には温かったから。
「ううん、貴重な話だったよ。柳葉は良いヤツだな」
「またまた〜。褒め殺しにする気?」
「ん? そうかもな」
「なんだよそれ〜」
通常運転に戻り始めたので、そろそろ会話もここらで打ち止めておこう。ともあれ、話を聞いてて気持ちがスッキリした。僕は一体なにをアレコレ悩んでいたのだろうか。
「今度はまたこっちから奢らせてくれ。じゃ、用事を思い出したから行くな。色々とありがとう!」
足元に置いてある二つの缶を手に持って、ソファーを立ち上がる。柳葉は「あ」と口を開いて何か言いたそうにしていたが、すぐにそれを押し殺した。頷いて、手を振ってくれる。
「……ガッキーが喜んでくれて、あたしはそれで嬉しいです。元気だしてね! じゃ、また明日ーー!!」
「おう! おやすみ」
僕も手を振り返して、すぐに歩き出す。近くにあった自動販売機のゴミ箱に缶を入れて、エレベーターまで向かった。やっとやるべきことが決まった。なんだ、簡単なことだった。
仲間と同じ人を好きになる。そうなった時、どちらを選択するのが最善策か。
利己的な欲求を優先して、相手の邪魔をするのか。
もしくは、仲間の幸せを願って自ら身を引くのか。
僕が運命石の扉の選択をしたのは───。