彼は超イケメンのオレ様系男子。
数秒、何を言ったのか理解するのに時間が掛かってしまった。
嫌がる彼女の腕を無理矢理掴んで、上から目線の口調で要求するレン。今、なんて言った? 『俺の女になれ』って? 俺のってなんだ。所有物かよ。安穏は特別天然記念物だ。人間様が気軽に触れて良しとはならない。
「急にそんなことっ……」
「いいから聞けよ。返事はYES以外認めねえから。とりあえずさ、一緒に肝試しに行くのは確定な」
「いかないから!」
安穏がハッキリとした態度で拒否していた。乱暴に掴まれた腕を振り払おうとするものの、力が強いのか押し戻されている。
椅子に座ったままの状態で、男女の力関係が明確に表れている。丸テーブルが揺れ動く。たまらず井口くんも席を立った。
「ちょっと、ちょっと! なにを暴れているんですか!?」
オレンジがテーブルクロスに零れて次第にシミになり始めていた。
宗は一連の事態を観察しているのか、席を立たずに入れてきたばかりのジュースをすすっている。目が合った。まるで全てを予測していたかのように微笑を浮かべて、小鼻を動かす。「お前が止めろ」ということらしい。
……あぁ、わかってるよ。こんなピンチなんて、脳内妄想で攻略済みだ。
安穏が不良に襲われる。そこに僕が颯爽と登場して、彼女を救うのだ。もう百回はプレイした。レンが不良なのか、悪党なのか、今は気にしないでおくけど。
好きな女性を守る。それこそが男の宿命だろう。世界が平和になったとしても、その役割は揺るがない。愛すべき人が傷つけられて黙って見ているだなんて、オス失格だぞ。
「レン、離せ。嫌がっているだろ」
アイツの手首を掴んでそう言った。腕を離すように静かに諭す。声は少し震えていた。あまり慣れていないことはするものではない。
反応が無かったので、力を強める。ただ中々離さなかったので、右ストレートでぶっ飛ばしたくなった。あ、今の冗談な。僕は喧嘩が嫌いだ。
「この子に手を出すな」
言うと、レンはようやく腕を離した。いつもの調子で席に座り直す。その態度にますます怒りが渦巻く。つい左フックでブチのめしたくなった。あ、今の言葉の綾な。僕は非暴力主義者だ。
解放された安穏が素早くテーブルから離れる。そしてそのまま、レンを一瞥して逃げるように去って行った。おこらしい。ホントに申し訳ない。
「ちぇ〜、マジでタイプだったのにー」
自班に戻っていく背中を目で追うレン。もう既にオレ様状態とやらは解けたのかヘラヘラと笑っていた。ここまで変化が激しいと、二重人格とも疑いたくなる。
「ガッハッハ!! やり過ぎた!! しっかし、断られたら俄然やる気が湧いてくんなーー!! ゼッテー落としてやるよッッ!!!」
指で銃のようなポーズを作って、弾丸を撃つ素振りを見せる。その先にいるターゲットが誰なのか、今は考えたくもない。
次なる獲物でも発見したのか、ギラギラとした眼光で皿に置かれていたビーフに噛み付く。まさしく獣。暴れ喰らい、貪り尽くす。ヤツが通った後には何も残らない。飢えた野獣。
椅子を引いて、僕もレンの正面に座る。雰囲気も気分も最低だ。ファニーゲームやミスト鑑賞後ぐらいの胸糞の悪さ。せっかくの晩餐会が台無しである。
こちらの迷惑を他所に、張本人は何食わぬ顔で食事を再開させていた。僕らのことなど眼中にもないような黒王子の様子に怒りを感じてくる。
そこに含まれるは彼への敵意か。それとも底知れぬ恐怖に対して、声が震えてしまった己への不甲斐なさか。どちらにせよ、ドス黒くて卑しい感情が沈殿したのだけは確かだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……見ましたか。なんですか! アレは!? 世界が自分中心に回ってるとでも勘違いしているのでしょうか? さそがし素晴らしい頭脳をお持ちのようだ。人に迷惑をかける悪い男に、惹かれる間抜け女がいるというのがそもそもの問題なんですよ。残念で仕方ないですね。あんなのは将来的にDV男にしかならない事故物件です! よくいますよね。不良が雨に濡れてる猫を助けて、ギャップ萌え〜とか興奮する恋愛脳が(苦笑)常識的に考えてみれば、真面目にコツコツと頑張って皆に優しい人の方がイイでしょうよ!! 悪さをすることがカッコいい? はぁ〜〜!??! ……到底理解が出来ませんね。その点を含めて、私は断然新垣くん派ですよ! あーあ。同じ空間で寝泊まりするのも嫌になってきました。栞には一人部屋を貸してくれると書いてありましたよね。もしかしたら利用するかもしれません」
レンが食べ物を取りにテーブルから離れた頃、隣のヨッシーが罵詈雑言の陰口を叩いていた。流れるような早口芸は上手く聞き取れなかったが、ともかく何故か物凄くキレているのだけは理解した。
「まー、落ち着けよ。ヨッシー。別にそこまで悪さをしてるワケでもねーだろうよ。単なる女好きってだけだ。せっかくの宿泊メンバーだし、仲良くやっていこうぜ。なぁ、イッチー?」
「……あぁ、そうだな」
宗に肩を抱かれるが、さっさと振り解く。まだ気持ちはモヤモヤしていた。遠目にさっきからレンの様子を見ているが、安穏たちのテーブルの方へは動いてないみたいだ。それどころか他の女の子と話をしている始末。
こんな感情になったのははじめてだ。これが俗に言う「嫉妬」というヤツなのだろう。
……なんと汚くて醜いモノなのか。反吐が出る。
言っておくが、僕は別にレンが嫌いなワケじゃない。安穏に近付いて欲しくないだけだ。先に好きになったのはこっちだから、なんて負け惜しみを言うつもりもない。
ただ、ほんの少し、彼女をこっちまで連れて来たことを後悔しただけ。
「恋愛は早いモン勝ちだからな。先手を打った方が強いのは道理だ。だから最初に言ったろ。突撃しとけって。想い人がライバルに奪われちまう前に、行動しなかったのが悪い」
席を立つ直前、宗は小声で呟きながら背中を叩いてきた。僕は答えない。
そんなもの結果論に過ぎないからだ。別に最初に突撃したからと言って、物事が思った通りに転がるとも限らない。
入れてきたばかりのオレンジを口にする。相変わらず美味しかったけれど、もう一度お代わりしようとは、どうしても思わなかった。
×××
突然、フロア内の照明が一斉に消えた。
停電だとパニックになると思いきや、壇上の電気がつく。と、誰かがステージに現れた。黒いハットとマントを着た背丈の高い女性。手には棒切れとマイクを持っている。あれはもしや……。
「諸君、パーティを愉しんでいるか?」
姉貴だった。ウチの姉が魔女の格好をしていた。アレは【コーンポッター】の魔法学園制服だな。遊園地で買っていたのだろうか。コスプレガチ勢かよ。
バイキングも終盤に差し掛かっていたときだったので、生徒会長のサプライズ登場には生徒たちからも「キャーキャー」と黄色い声援が上がる。毎度のことだけれど、人気がすごい。衣装は似合ってないけどな!
姉貴がステージに立ったということは、これからレクリエーションが始まるらしい。20時前。お風呂が21時だっけ?
「ハードスケジュールにも関わらず、元気そうで何よりだ。食事は重要だぞ。栄養補給を得て、良い肉体が形成される。若者は食い飽きるまで食べ尽した方が良い。つまらぬ食事制限など以ての外だ。必要ない。食え」
持論を武器に話を展開させる。前列の人たちはなんか「うんうん!」と大きく首を縦に振っていた。サクラっぽい。そこまで大したこと言ってないのにな。どこの宗教徒だ。
「さて、まだ食べ足りない方もいると思うが、そろそろ次の予定に移らせて貰おうか。賢明な諸君らなら、既にお気付きだろう。そう! レクリエーションゲームだ!」
姉貴が持っていた杖を真上に高く掲げた。瞬間、ホール内の電気が再び点灯する。なんだその無駄にカッコいい演出。
「優勝者には景品を差し上げよう。私自らが選抜した一級品だ。必ずや皆の役に立つであろう。大いに期待してくれたまえ」
ザワザワと騒ぎ出すギャラリー達。なにやら生徒会メンバーが袖から現れだした。そこには桜先輩もいる。青いTシャツを着た屈強な男たちが、なにやらゴールを担いで入ってきた。なんだあれ? サッカーゴールっぽいけど……。
「───さぁ、ゲームを始めようか」
手を真っすぐと突き出して締めの台詞を吐き捨てる姉貴。盟約に誓ったりなどはしていないけれど、どうやらこれからバトルロイヤルが始まるらしい。
こうして、僕らのレクリエーション大会が開催された。