ハーレム男子高校生の日常。
突然の来訪者。未知との遭遇である。いきなり雄叫びを上げる意図が全くわからない。
どうして叫んだんだ?
玄関先に現れた青年。一体どこの変人なんだとよーく刮目してやろうとして、ふと気が付く。重大な容姿の特徴に。
……うわ、本物のイケメンだ。
びっくらこいた。そう、彼はイケメンだった。イケてるメンツだった。彫りが深くて、鼻が高い美形。すなわち顔がとてもカッコいい系の男子だった!
童顔の宗をキュート系イケメンのニノだと例えるならば、彼はキムタクだ。まさにイケメンの代名詞。少女漫画に出てくる理想キャラがそのまま登場したようなものである。
無造作なウルフカット。スポーツマンには思えないラフな髪型なのに、とても輝いて映っている。
身長はバスケ部なだけあって、僕よりも高い。見下ろされるのなんて久しぶりだ。切れ長の瞳で上から見つめられると、なんかちょっとドキドキしてしまった。
「えっと、僕らと同じ班って事でいいんだよな? 新垣 善一だ、よろしく」
「おっ、お初絡み? 善ちゃんか。オレのことはレンって呼んでくれ! そんなワケでよろしくゥー!!! ほんじゃ、寝るッ!!」
「善ちゃん……?」
弱気な心を押し殺して、友好的に手を差し伸べたが、彼は見向きもしなかった。
握手を求む僕を押しのけてさっさと入室していく。荷物を玄関に置いたまま、靴下を乱雑に放り投げる始末。おいおい、Mr.やりたい放題か。
有言実行なのか、レンと名乗った彼は身体を大にして勢いよくふかふかの布団へと飛び込んだ。
僕のベッドだというのに気にすることなく、ヨダレを垂らして寝息まで立てている。
「ぐがぉー……ぐがぉー……」
「……」
のび太くんかな?
傍若無人を体現したかのような無茶苦茶な振る舞いである。全盛期のとんねるずかもしれない。
「か、彼はもしや……」
ヨッシーも驚いたのか、いつの間にやら例の《マル秘》と書かれたメモ帳を取り出していた。そこに情報をまとめていたのか、声に出して読み上げ始めた。
「『源 蓮十郎、通称レン。バスケ部所属。身長180センチ、ポジションはSF。中学時代は県大会の出場経験も有り。女性遍歴等は不明だが、持ち前のルックスや自分本位な振る舞いから、かなり異性から人気がある。カットのモデルの経験有り。手もすごく大きい。ついた異名は【自由自在の暴走黒王子】。イケイケ“三銃紳士”の一角としても有名』
……やはり、彼がそうでしたか」
一人で納得してヨッシーはメモを閉じた。幾つかツッコミどころはあるが、とりあえず手が大きいというのは分かった。あとまた出てきたな、イケイケ三銃紳士とやらが。
「なんかザ・自由人って感じだな」
「ですね……。玉櫛さん、彼をこの班に誘った理由はなんですか? 貴方の事ですから、何か考えがあるのでは?」
イケメンの寝顔を見つめる僕と井口君。名前は確かレンだっけ? 寝ていても格好良いのは羨ましいぞ。額に油性ペンで「肉」と書いてもサマになりそう。
「別にねーよ。こういうヤツが一人いるだけでも面白いだろ? それに、コイツはまだお前らが驚くような“本性”を見せてねーしな。ま、特にイッチーは警戒してろよ」
井口くんの質問を適当にヘラヘラと笑いながら受け流して、またスルメイカを食べている宗。ともかく面白半分で誘ったことに違いないようだ。
玄関に置いてあったスーツケースをベッドまで運んで、散らかってある靴下を折り畳む。我ながら息子を持った主婦みたいだが、細かいことがどうしても気になってしまう。
散々暴れ回っておいて、後片付けすらしないレンに内心呆れつつも、心地良さそうに眠る表情を見ていると次第に許せてくる。宗の語る“本性”とはなんなのだろう。どうしても僕には彼が、本能のまま全部を既に曝け出しているとしか思えなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
午後19時、みんな大好き食べ放題の時間がやって来た。ホットドッグとスルメイカしか口にしていなかった自分にとって、夕飯がバイキングというのは非常に嬉しい事である。
大きな皿に食材たちを載せていく。海鮮焼きそば、ビーフステーキ、ひじきの煮物、鰹のたたき、マカロニサラダ、ガーリックチャーハンと、目についた物を片っ端から取り寄せた。
え? こんなに食べれるかって? 安心してほしい。育ち盛りの思春期男子の食欲を舐めて貰っては困る。食べる、食べれないではない。食べるしかないのだ!
丸テーブル席が幾つも並んだレストランホール。そこでは全クラスが班ごとに並んで食事を取っている。普段は会社の懇親会パーティなどが開かれる場所を、今回ハゲダニ一年生の為だけに特別で貸出してくれたとか。
オレンジジュースのコップを持ちながら、席へと戻る。と、そこで女子生徒たちが僕らの班テーブルに集まっているのを発見した。
「レンくんー! 一緒に食べない〜?」
「なに食べてるの?」
「部屋に遊びに行きたーい!」
見たところ、どうやらレンの囲いらしい。他クラスなのか見知らぬ顔ばかりである。モテるとは思っていたが……ここまでとは。
どうにも近づけない雰囲気だったので、遠目で観察していると、レンが足を組んだ。ワイングラスを片手に持ちながら、両手を交差させて肘をつく。その姿は玉座に座った皇帝のようだった。
「悪りィ、同時に喋られたから聞き取れなかったわ。もう一度言って?」
近くにいた女子の顎を乱暴に掴んで、意地悪な顔になるレン。グラスに入っていた紫のドリンクを口にしていた。ワインではないなアレ。ぶどうジュースだ。
「ふが……ふが……」
「てか、お前。ここプニプニしてて気持ち良いな。食べていい? ソテーにしてやるよ」
ひとりの女性をターゲットにしたのか、首元を触っている。上手く話せなかった女の子は赤面して小さく抵抗していたが、満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべていた。
……え、このヒト誰?
さっき部屋で会った人間とは思えない。別人格だ。なんかもう邪智暴虐の王ディオニスぐらいに怖い。メロスだと走って逃げているレベル。
あまりの豹変ぶりにオレンジジュースを落としてしまいそうになる。もしかしてこれが宗の言ってた“本性”ってヤツ?
「な? 言っただろ、厄介者だって。アイツは女の前になるとドSチックになる変身芸を身につけてんだよ。乙女ゲーのヒーローみたくな」
「……えぇ、なんだその特殊能力」
「上から目線で自信たっぷりのオレ様系キャラの方がモテるからな。無意識に演じてしまうんだろーよ」
僕の隣にはトレーを手に持った宗が立っていた。オレンジジュースも置かれてある。人気だな、オレンジ。行列出来ていたしな。
それにしてもハチャメチャである。横暴で自由気ままな振る舞いならまだしも、異性相手だと態度もまるっきり変わるって……。あんなのモテてモテて仕方ないんじゃないのか?
「あとレンくんじゃなくてレン様な。ご理解? わかったなら、30回まわってお手からワンだ」
「わ、わん……」
それは回しすぎ。
完全に相手を手懐けていた。なんだか、少女漫画の世界に迷い込んだ気分である。
×××
「やっぱオレ最強ッ!! 天孫降臨ッ!!!」
「……食事のときくらい静かにして下さい」
井口くんに咎められるものの、レンはパンに食いついていて全く聞く耳を持ってはいなかった。もうどっちのキャラが本物なのかわからない。僕は本物が知りたい。
結局、さっきの取り巻きたちはどこかに去っていったが、あの様子だと夜中に逢い引きなんて事もありそうだ。くれぐれも問題だけは起こさないでほしい。
軽快なBGMの流れるレストランホール。食事が終わればクラス毎のレクリエーション大会が開催される。その準備をしているのか、ステージ上ではなにやら動きがあった。
「『えー、お食事中の皆さまにご連絡致します。本日午後22時より生徒会が企画されました【ワクワク肝試し大会】を開催予定です。先着順でございますので、ご希望の方は受付までお越し下さい』」
生徒会の面々が集まって、そのようなアナウンスをした。【ワクワク肝試し大会】だって? なんだよそれ……。非リア充抹殺企画じゃないか。
コップに口をつけようとして、中身が空っぽなことに気付く。席を立っておかわりに行こうとしたら、ポンと肩を叩かれた。
「あ、イッチー。オレンジ入れに行くなら俺のも頼む」
「新垣くん、オレンジでお願いします」
「オレンジを頼むッ!! 善ちゃんーー!!」
三人から空のコップを手渡される。なんなんだこの空前絶後のみかんブームは。
パシリにされて少しムッときたが、ここは美味しさに免じて我慢しておく。オイラはオレンジ大好き少年だ。オレンジって最高だよねぇ~~!?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あ、善一くんだ」
「お、おう……安穏か」
ドリンクコーナーの行列で偶然にも彼女と再会した。甘いものがあまり好きじゃないと言っていた安穏でさえも魅了させるなんて、このホテルのオレンジジュースにはなんらかの魔法でも唱えてあるのだろうか。
「お世話好きなの?」
「へ? あぁ、これはまぁ、その。頼まれて断れなかっただけかな、はは……」
安穏が僕の持っていた空のコップを指差した。トレーかなにかを持ってくれば良かったと今更ながら後悔。情けない姿を見られてしまって悔しいので、アイツらのジュースは氷でカサ増しさせてやる! キンキンに冷えてやがればいいんだ!
「それ一人だとキツいよね。一つ貸して? テーブルまで運ぶの手伝うよ」
「え? いや、そんなの悪いよ! 安穏の手を煩わせる事になるし!」
「いいよ。私も案外世話焼きだから」
はぁ…やっぱ好きだぁ…。
自分の手にもコップを持っているのにも関わらず、この子は一つ手に取ってくれた。入れてくれるらしい。よし、絶対今持ったヤツは僕が飲む。
前に並んでいた彼女が金属の機械の前に立って、ボタンを押した。どうやら安穏自体はオレンジではなく、別のものを飲むらしい。もう一つのコップをテーブルに置いて、こちらを見る。
「氷はどのくらい入れる?」
「えっと……半分くらいで」
「おっけー。そっちの三つも貸して」
飲みさしのドリンクを捨てて、スコップで氷を流し込んでいく。そのままプラスチックの容器に入っていたオレンジを均等になるように注いだ。器用だ。カサ増しとか言ってた自分がとても恥ずかしい。
「はい、完成。テーブルはどっち?」
「あっちだよ。ほ、本当にありがとう!」
「いえいえ」
両手にコップを持ったまま、二人で並んで歩き出す。こんなの、もう心臓が壊れちゃいそうだよぉ…。
愛情不足で干からびるところだった僕の前に現れたオアシス。はぁ…いっそ大好きって叫んじゃいたい気分…。どうして好きって気持ちには、際限がないんだろ…。。。
安穏と連れ添ってテーブルまで戻ってきたからか、三人の表情は固まっていた。さっきまでふざけていたのに、急に真剣モードになっている。
「玉櫛くんは、最近話題になっている仮想通貨の問題に関してはどうお考えですか? 電子マネーと違って世界共通の通貨として利用できるらしいですよ」
「いや、井口氏。俺はそっちよりもベーシックインカムについて語りたいな。あれが将来的に導入可能なのか、政治的な観点で議論を交わしたい」
僕が女子を連れて来たからか、なんか賢さをアピールしたいのか時事問題とか取り上げ出したぞ、この二人。見栄を張ってもバカがバレるだけなんだからやめなさい。新聞とか読んでないだろ、君ら。
「善一くんのお友達さん? みんなオレンジ好きなんだね。仲良しだ」
笑いながら安穏はコップを配っていく。一人ずつ手渡していき、最後の彼に手渡したとき、事態は急変した。
「なあ、お前。名前なんて言うの?」
……あ、ヤバい!
彼女の手を乱暴に掴んで、あの男のスイッチが切り替わる。遅かれ早かれ気付くべきだったのだ。コイツの前でこの子を連れてくるなんて、絶対ダメだと分かっていたのに。
桜さんは言っていた。油断は禁物だと。
宗も口を酸っぱくして、警戒を怠るべきではないと語っていた。レンは厄介で相当危険な人物だと、あれほど言っていたのに。
だから、こうなってしまったんだ。
「え? い、痛い。離して……」
「いいから名前教えて。そしたら離すから」
「あ、安穏 のどかですけど……それが一体」
立ち上がって乱暴に腕を引っ張る。その衝撃でオレンジのグラスがひっくり返って、テーブルへと溢れてしまう。あまりの状況に混乱して、僕はレンを止めることすらままならなかった。
もっと早くに、気付いておくべきだった。
プレイヤーは僕だけではないことに。
「へえ、のどかって言うんだ。可愛い名前じゃん。善ちゃんの友達か? まーなんでもいいけどさ」
猛獣は“本性”を曝け出す。研ぎ澄ました牙を剥き出しにして。彼の異名は《自由自在の暴走黒王子》。一度走り出してしまえば、例え相手が『神速の星』であっても止めることは難しい暴走特急であるのに。
唇をペロリと舐めて、源 蓮十郎は言うのだった。
「お前───オレの女になれよ」