一人目、海島 菜月。
(side:海島 菜月)
あたしは春が好きじゃない。
ついでに言うと、学校も嫌い。
『春は出会いの季節。皆さん今日も元気にいってらっしゃい!』
ニュースキャスターがお決まりの台詞を告げている。毎年同じような言葉を何度も耳にしてる気もする。まぁ、別にどうでもいいけどね。
パンにジャムをつけてミルクで飲み込んだ。最近はコレがお気に入り。甘いのは嫌いじゃない。パンの耳はバターと砂糖を振りかけて食べるのが美味しいと思う。あとはピーナッツバターも。
新品の制服は可愛いデザインだから好きだった。ミニスカはあんまり履いたことなかったけど、似合っていたから良しとする。
ただ、ローファーのサイズを間違えた。どうしても親指の付け根が気になる。学校指定の靴だから仕方ないとは思うけど、これじゃ歩きにくいし、走れないわ。
……ローファーで走ろうとも思わないけどね。
入学式のその日は冬休みの疲れもあって、早起きに失敗してしまった。でも自分では気付けていなくて、ついクセで中学の時と同じ時間に出発してしまう。これがいけなかったのよ。
「……ここ、どこ?」
お陰で学校に行く途中で道を間違えた。地図を見ないで直感だけで歩いてたら、よくわからない場所に出てしまっていた。ほんとサイアク。
辺りは見覚えのない路地。受験の時に通った道とは大違い。しかも誰もいないし。
あー……やだやだ。めんどくさい。
早足で来た道を戻って、携帯で道を調べる。どうやら反対方向に来ているみたい。
結局、あたしはローファーで走ることを余儀なくされる。
足が痛いし、走りにくいし、汗は掻くし、良いところなし。朝の星座占いでは『ごめんなさ〜い』とかムカつく声で最下位を告げられるし、一体なんなの? 新手の嫌がらせ? というか、入学式なんて行く必要あるワケ!?
不幸は連鎖するみたいで、その後あたしはもっと大きな災厄に遭遇する事になる。
そう──アイツと曲がり角でぶつかる、という大きな失態を犯して。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あの男、新垣 善一。
あたしにとって一番の天敵。
最初の印象は『変なヤツ』だった。
というか、今でもそれは変わってない。
行動はストーカーみたいでキモかったし、とてもしつこいし、本当に嫌いで顔なんて見たくもなくて、話だって絶対したくなかった。喋り方も変だしっ。
アイツのせいで散々な目にあった。
あの偉そうな生徒会長の弟なだけあって、すごく鬱陶しい。あんな両者が人気があるだなんて理解ができないし、世も末よ。
本気で会いたくなかったのに、のどかを利用して会おうとする。しかもあたしが陸上部を辞めたことを知っていて、ほじくり返そうとする始末。人には触れられたくない過去ってのがあるのに、デリカシーないのかしら。
陸上は辞めた。もう一度入部しようとは思わない。
色んな人に止められた。ママにもおねぇーにも先生にだって。
でもあたしは逃げた。周囲の期待なんて必要ないと思ったから。
陸上を辞めて、スポーツ推薦で学校に入ることは叶わなくなった。けど、別にあたしにはどうでもいいこと。
ホコリを被ったスパイクを押入れにしまって、ちゃんと勉強をして、陸上とは縁もゆかりもないハゲダニに入学した。全てを忘れたくて。
でも、忘れさせてくれなかった。
「なんで、なっちゃんは陸上部を辞めたの?」
新垣のせいでのどかは触発された。
これはある意味チャンスでもあったけど、あたしには勇気が足りなかった。どうしてちゃんと答えてあげられなかったんだろうと今でも後悔してる。こんなの、友達失格じゃないのって。
だから、のどかが陸上部に入った時にあたしは思った。
……もう自分は“必要のない存在”なのかなって。
×
『神速の星ちゃんってただ脚が速いだけでしょ? 顧問の先生以外、誰も要らないと思ってるのになんで辞めないのかねぇ〜』
誰かの声が蘇る。もう消えたハズの過去。
ネットに書き込まれた悪口をまた読み返して、自分には何も残っていないと感じる。
陸上と友達。とても大切な二つを同時に失って、後に残ったのは忌々しい過去の経歴だけ。
……なにが神速の星よ、くっだらない!
足がちょっと速いだけ、まさにそう。自分でも自覚してるしっ。それ以外に自分は何もないって。
性格だって悪い。嘘もつく。ワガママと文句ばっかり言うし、友達に本音を言うこともできない弱虫。
春は嫌い。学校も嫌い。占いも嫌い。偉そうな生徒会長も嫌い。新垣は嫌い。先生だって嫌い。誰もわかってくれない。あたしの気持ちなんて。あたしの味方をしてくれない人はみんなみんな大嫌い!
そして、こんな自分が一番嫌いっ……!
だから学校を辞めてやろうと思った。
見捨てられるくらいなら、こっちから見捨ててやろうって。
……なのに、それなのにっ。
『───君の助けになりたいんだ』
アイツだけは、あたしを見捨ててくれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「新垣くんは優しいね。なっちゃんのことをすごく心配してくれて、私のお願いを聞いてくれた。いい人だ」
「……あり得ないし」
「あり得るよ。善一くんがいないと私はなっちゃんの本音を聞けなかったから」
夕暮れの野原で、のどかはそんなことを呟いていた。アイツが優しい? ……どこがよ。あんなの、アンタの為にやっただけじゃない。少し考えればわかること。
新垣がのどかの事を気になってるのは知ってる。だからきっとこの子が心配であたしを見捨てなかっただけ。単なるおまけ扱い。
それでも、悪い気はしなかった。あたしが何よりも気になったのは、この子が[新垣]を途中から名前で呼び始めた事だったけど。
陸上をまた始めたのはやることがなかっただけ。これまで通り。なにかを大きく変えるつもりだってない。
善一にも感謝なんてしてない。
……まぁ、でも、のどかの事を好きなら少しくらいはお返ししてあげる。あの子はいい子だしね。見る目あるじゃない。借りは返したげる。
ただ、逆に感謝してほしいわね。同じ班にしてフィールドを整えてあげたんだから。後は全力で走るだけ。振られようが、付き合おうが、結果はどうあれ
全ては協力したあたしのお陰なんだから!
……あの二人、帰ってこないわね。
【コーンポッター】でお土産を見ながら、一人そんな事を考える。辺り一面が魔法グッズだらけ。正直、闇の魔術の杖だとか、キテレツな味のするグミだとかに、これっぽっちも興味はなかった。
そんな事よりも、のどかと善一が今頃どうしてるか、それが妙に気になってしまう。
どうでもいいけど……こうあっさりと作戦が成功しちゃったら、味気ないじゃない。
近くにあった屋敷奴隷人形。シワシワのぬいぐるみは全然可愛くなくて、むしろ気持ち悪かった。あ、この憎たらしい顔アイツそっくり。
今日は感情的になって、ちょっと言い過ぎてしまった。でも反省はしてないしっ。こっちが手伝ってあげてるというのに、全然やる気ないから悪いのよ! ……既読無視とかするなっつーの。
アイツは全然分かってくれない。味方になってくれるは口ばっかりで、こっちの事はほったらし。ずっと「のどか」ばっかり。
呆気なく振られて、泣きついてくればいいのよ。ばーか!
ぬいぐるみを手で掴んで弄る。憎たらしいクセにどうしても憎めない表情に、思わず笑ってしまう。ほっぺを強くつねると、さっきまで可愛くないと思っていた人形が、どうしてか愛らしく思えた。