ハーレム高校生と愉快な仲間たち④
気が付くと僕らは光の中に立っていた。
暗い場所にずっと閉じ込められていたせいか、視界がぼやけて映る。
「長旅お疲れ様でした。当館をお楽しみ頂けましたか」
微かに目を細めると、タキシードを身に纏った老紳士が深々と頭を下げていた。この人は誰なのだろう。片眼鏡を付けて手に杖を持っているので、執事かマジシャンなのかも。
「どうか”彼ら”のご無礼をお許し下さいませ。そして、もう二度とこの地に足を踏み入れませぬように。それでは」
ダンディな声でそう言って、光の中に消えてゆく。今度こそはっきりと視界が広がったと思ったら、もうそこは出口であった。
「終わったのか……?」
「そうみたいだね」
目の前にいた安穏が首をかしげている。一体どうなってるんだ? 疑問に思い振り向くが、背後にはコンクリートで作られた壁が塞がっていた。手に触れても動く事はない。えぇ、なんだこの仕様……。
少し歩くと順番待ちをしている列が見えてくる。間違いない。ここは入口付近である。出口から脱出したと思ったら反対方向って、一周したのかな。
「あのさ、安穏。気になることがあるんだが、僕らって一体どこから出てきたんだ?」
「……わかんない。色々と不思議だよね。扉も閉まっていたし」
「閉まっていた?」
つ、つまりどういうことだってばよ……。
謎が謎を呼んでいる。まさかのミステリーだな。と、ここでようやく列に並んでいたお客さんたちの不審そうな視線に気付く。
「ねー、あの人たち見て……」
「ホントだ。怪我でもしたのかな……。スタッフさん呼んでくる?」
あ、いっけない。渚をおぶったままだった。
「ぜ、善一くん……」
「あ! す、すまん。もう立てるか?」
「う、うん。ありがと」
恥ずかしそうに俯いた彼女が背中から下車する。降りたばかりの渚は顔を真っ赤にして、指をもじもじさせていた。
もし漫画的表現を用いるのであれば、頭から湯気が出たり、頬全体に斜めの効果線が引かれているに違いない。
「あ、あのっ、善一くん……!」
小さく手招きをされる。身体を傾けて耳を差し出すと、両手で包み込まれながら、周囲に声が漏れないようにヒソヒソと囁かれた。
「わ、わたしっ……重かったから……! ごめんっ……」
なんだ、そんな事を気にしていたのか。
「全然軽かったよ。むしろ超巨漢でなければドーンと来いさ。実際、安穏と二人で乗っても僕は平気だったかな」
新垣の背中は二十四時間、無料運行中。困った時はいつでも借りていいのだ。さりげなくアピールする意味合いで、堂々とそう言うと安穏は苦笑した。あれ、僕またなんかやっちゃいました?
「あはは、私は遠慮しとこうかな」
すごくあっさりと断られてしまう。実際無理して軽いと嘘をついたのが、バレていたのかもしれない。
×××
「あっ、きた! こっちーこっちー!」
出口付近を彷徨っていると、柳葉たちを発見した。タオルを顔にかけてベンチにうなだれている菜月と、誰かと立ち話をしている桜さんもいる。おや、話しているのはもしかして……?
「なんだ、善一か」
姉貴である。頭にネズミのカチューシャをつけていたので、一瞬誰か判別できなかった。すごい楽しんでるな。もう既にお土産買ってるし。
「お前もお化け屋敷に入っていたんだな。しかしその様子だと、途中棄権ってところか」
「バカを言え。ちゃんと最後まで行ったぞ。最終フロアの大広間なんて大変だったんだからな」
振り向いて渚たちに同意を求めると二人とも「うんうん」と頷いてくれた。ったく、僕らを単なるチキンだと見くびって貰っては困る。チキンとしてるぞ。
「大広間? そんな物あったか?」
が、姉貴の答えは予想外のものであった。
「最終フロアはガラス張りの通路だろう。【最恐戦慄迷館】ではお馴染みの場所じゃないか。後にも先にも出口はあそこしかない。見栄を張るな」
え? いや、でも大広間があったし……。
「見たんだよ! 本当に。最後に老紳士が挨拶してくれたし。もしかしたら、秘密の部屋とか、そういう隠しゴールの可能性だって」
「ガッキーなに言ってるのー? そんなのは無いよー?」
言い分に即座に否定する柳葉。へ、なら僕らが見たのは一体なんだったんだ?
「勘違い? それとも、本物の幽霊に遭遇したのかもね。ここは”出る”って噂もあるから」
誰もが嘘を言ってるとは思えない。桜さんの言葉にまたしても戦慄しながら、思考が停止する。じゃあ、まさかアレは……。
「本物、だったのか……?」
渚が真っ青になり、あの安穏ですら口をぽっかりと開いていた。
常識では考えられない出来事、アンビリバボー。貴方の身に起こるのは、明日かもしれない。
※ ※ ※ ※ ※
「もしかして渚ちゃんか……!? なんだ! 久しぶりじゃないか!」
「お、お久しぶりです……奈々美さん」
姉貴と渚がこうやって会うのはどのくらいぶりなのだろうか。あの完璧超人があからさまにテンションを上げて、デレデレしている。クールビューティな生徒会長とか言われているが、本来は可愛い女子に目がない人なのだ。
「相変わらず、お人形さんみたいで可愛いなぁ。家に持って帰りたいくらいだ。また遊びにきてくれ。一応、善一もいるぞ」
「え、えっと……」
人をおまけ扱いするな。
ほら、いつもは色んな人に持ち上げられて、ハゲダニの頂点として調子づいているが、本性はこんな感じだ。クールさの欠片もない。
「ツッキー体調大丈夫? ガッキーたち帰ってきたよ」
「……そしてなにやってんだ、菜月は」
渚が姉貴に絡まれている中、あの神速の星は未だにベンチにうなだれていた。柳葉にも心配されている。なんだよ、貧血か?
「海島さんね、怖いの苦手なのに我慢していたそうよ。あんまりにも怖がるものだから、私たちは途中でリタイアせざるを得なかったってワケ」
「……違うわよっ! 途中で飽きて、つまんなかっただけだし!!」
ほー、なるほど。また見栄を張っていたのか。
余計なことを言うな、と言わんばかりにタオルを払いのけて桜さんに突っかかていく菜月。なんだよ、元気そうじゃないか。
「見苦しいぞ、菜月。怖いものは怖いと認めたらどうなんだ。僕もすごく怖かったしな」
「うっさい! アンタと一緒にするなっての!」
必死には反論してくる菜月。本当に手のかかる。でも、悪い子じゃないから許してあげてほしい。
「うん、私は信じるよ。なっちゃんは怖がってないもんね。もう大丈夫だよ、よしよし」
「のどか……」
安穏が菜月に寄り添いながら、優しく声をかけていた。母性本能満載。こういう状況を何て言うのかな。井口くんにある言葉を教えて貰ったんだけど……なんだっけ。『バブみ』がある? 使い方違うかな……。
「へっ、アンタとは大違いね」
舌を出して小馬鹿にしてくる菜月。なんで勝ち誇っているのかは疑問だ。……はいはい、大違いですよーだ。子供かっての。
×××
時刻は14時前。もう入園してから4時間が経過していた。バスの待ち合わせ時刻は17時前。そろそろ余裕が無くなってきた。全部のアトラクションを回りきるのは、やはり不可能か。
ここで僕らは姉貴率いる[生徒会特別陣営]とお昼休憩を共にする事にした。
先ほどのフードコートは思惑通りに席は空いており、各自が好きな食べ物を購入し、自席へと持って来ることが出来る。
桜さんが生徒会の方々のテーブルに座ったので、残された僕と四人は(菜月、渚、柳葉、安穏)別れて食事を取る。
皆が皆好きなモノを注文できるが、自分はそこまでお腹は減っていなかったので、有名なファーストフード店『マックドナッルド(通称マックド)』で、山盛りポッテトフライを頼んだ。これなら分け合うことも可能。先見の明があるだろ?
マックドの列に並んでから、しばらくして注文の品を受け取る。出来立てほやほやのポッテトを一口味見。おぉ、塩たっぷりかかってる。あまりの旨さに服が弾け飛びそうになった。後はケチャップで召し上がろう。
トレーを手に持ちながら、少し思考する。しかしながら、午前中は良いところ無しだったなぁ。ダメよダメダメだ。
現状、遊んでばかり。行動が中途半端なのだ。これなら細かい作戦等んて気にせずに、楽しい思い出を作った方が大いに価値がある。
……ちょっと、肩に力を入れすぎていたのかもな。
山盛りポッテトフライを運びながら、みんなのところへと戻る。テーブルに帰ってきたものの、個人個人が料理を取りに行ってる最中なのか、菜月しかその場には居なかった。
「何も頼まないのか? ポッテト買ってきたから、食べなよ」
「いらない。今食べたらお腹膨れるでしょ。どーせ、夜はホテルでバイキングだし。それなら我慢した方がマシ」
「そういや、バイキングだったな」
しおりの第17部には記入されていなかったが、言われてみれば西田先生がそのような事を言っていた気もする。彼女の隣に座って、トレーを真ん中に置く。みんなが食べれるようにね!
「で、アンタ作戦はどうなったのよ。てか、LINE送ったのに、なんで見てくれなかったの?」
「え、連絡してくれていたのか?」
「言ったじゃないのよっ!」
スマホのアプリを開くと、確かに菜月から何件かLINEが来ていた。しまった、見てなかったな。どうせ宗からの悪戯だろうと流してたけど、アイツは通知オフにしていたんだった。
「まー、別になにもないよ。作戦は失敗だ。安穏のメンタルが強すぎた」
適当にポッテトを食べながら返答する。これにて『らんでぶーおばけやしき(きらきら)作戦』も敗北と。というか、今更だけどなんだこの作戦名。そろそろ飽きたな。
「はぁ……情けない。やる気あるわけ?」
「そりゃあるよ。やる気満々マングローブだ」
「ふざけないで。この調子だと、絶対上手くいかないわね」
そう言って彼女は乱暴にポッテトを摘んだ。食べないと言いつつも、結局食べるのか。
「……確実だとか言ってたクセに」
それは何の気なしに出てきた本心だった。ポッテトにケチャップを付けて、いつものような軽い言葉のツッコミをしたつもりである。嫌味とか皮肉とかではなくて、ただの指摘として。
だけど、コレがマズかった。いや、ポッテトが不味いとかそんなダブルミーニング的な意味合いではなくて……ともかく体調が悪い上に、機嫌を損ねている彼女の前で、呆れて苦笑した姿を見せたのがいけなかった。
「は? あたしのせいだって言いたいワケ?」