僕は勇敢なるハーレム高校生。
突然ではあるが、安穏のどかという女性の話をしよう。
彼女は僕の最愛の人であり、桜の下で出逢った時から自分はそれとなく好意を寄せている。単に可愛いとかそういう事ではなくて、上手く説明は難しいのだがとにかく『人間として好き』なのだ。
多分、僕は彼女がミミズだったとしても好きになっているに違いない。いや、待て。ミミズだったとしたらそもそも「あぁ……安穏がミミズになってる……」って気付かないかもな。カフカの変身みたいな事を言ってるから、もうこの仮説を唱えるのは辞めておく。ともかく、僕はこの子を好き好き大好き超愛してるバンザーイ! しているのだ。
だから、菜月と協力して「どうすれば距離を縮めることが出来るのか」を作戦立てている。念入りとは言わないけど、なんとか二人きりになろうとして。
しかし、正直ほとんど上手くいく気がしていない。
大きな理由として、さっきから彼女はお化け相手でも全く動じていないからだ。
「本物の血糊だ。すごいよ」
と、壁に飛び散っている血しぶきを褒めていたり。
「あそこから出て来たりして。ほらね!」
と、隠れている人の場所を察知したり。
「おじさん、その衣装は会社支給なの?」
と、終いには幽霊役の人に話し掛ける始末である。おじさんの方が驚いていたぞ。
完全に安穏を見くびっていた。なんという肝の座りっぷりなのだろうか。内心ビクビクだった僕と渚も、怖いもの知らずと一緒にいるだけで、もうただのお化け屋敷観光ツアーとなってしまっている。世界最恐ですら霞む勢い。なんなの、恐ろしい子……!
赤ちゃんの泣き声がする書斎も、本棚を叩くうめき声も、暗闇通路や監禁部屋、藤原竜也ボイスが響く廊下ですら全く怖くなかった。これはもはや作戦失敗どころの問題ではない。最初から破綻している。吊り橋効果作戦? なにそれおいしいの?
結局の所、何一つとして良いところを見せられないまま、最終フロアまで到達してしまう。スイスイと来てしまった。40分とは一体なんだったのか。
「あれ、もう最後かな? なんだか時間が早く感じたね」
安穏の言葉に僕は苦笑する。
ここは屋敷の最終部、大広間である。部屋の左右に置かれたテーブル、天井には黄金のシャンデリア。その真ん中にはレッドカーペットが引かれており、奥には巨大な扉があった。あれが出口のようだ。
注目すべきは壁に飾られた絵画。初老の男性たちが社交パーティーを開いている。そこにはこの屋敷の主の姿も写っていることであろう。
「……」
違和感を覚える。明らかに今までのソレとはワケが違う。どうしてか近くにはリタイア専用の出口だってあるし。……この距離で?
まさかこの最恐戦慄迷館ではクリアさせないように、極悪の仕掛けをラストステージで仕掛けているんじゃなかろうな……。ルールではお化けに捕まえられてもアウトだったハズ。それなら安穏がいたとしても、どうにかなるとは限らない。
と、目を凝らして見ると何かがうごめいているのが分かった。いる、間違いなくそこにいるぞ。とんでもない数だ……。恐らくは数十体以上。
左右に置かれたテーブルには”骸骨”が座っていた。黒いパーカーを纏った白塗りの軍団。まるでレヌール城の最深部で食事を待っているかのように、僕らの命を食らおうと待機していたのだろう。
「……ショクジハ……マダカァ……」
「ハラ……ヘッタ……」
「カユ……ウマ……」
出口に辿り着く為には、ここを乗り越えていかなければならない。
……よし、今こそ僕の番だ。安穏に任せきりというのは格好が付かない。さーて、そろそろ本気、出しちゃいますかっ。
いつの間にか先頭を歩いている安穏の肩にそっと触れて、一歩前に踏み出す。そして、こんな言葉を彼女たちに投げかけた。
「ここは任せてくれ。僕が先に行く」
今は興味を示すとか、そんなのはどうだっていい。ともかく屋敷を脱出するのが先だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「僕が囮になるから、その隙に出口へと向かってくれ」
状況は絶望的。相手の軍勢に対して、こちらはたったの三人。誰かが犠牲にならなくては、きっと食い止めることは難しい。
勇者アラガキ、最大のピンチである。
「で、でもっ……それだと善一くんがっ……!」
袖を掴んで渚が訴えてくる。意外とノリがいい。
……ったく、ウチの幼なじみはホントに心配性だな。そんな泣きそうな顔すんなよ。大袈裟なんだから。
「大丈夫だよ、渚。僕は必ず戻ってくる」
I'll be back. 私は戻ってくるだ。一度、この台詞を言ってみたかった。もし生きて帰って来たら、結婚しような。約束していたし。
「約束だよっ……?」
「あぁ、約束は守るさ。この命に代えても」
渚に向けてそのようなキザな台詞を吐いていると、ふと安穏に肩を叩かれた。
「善一くんと渚ちゃん、お取込み中に悪いんだけど」
ん? どうかしたのか?
「もう集まってきてるよ」
へ?
「メシダァァァァ……!」
「ショクジノ ジカンダァァァァ……!」
「カユ……ウマ……!」
見ると骸骨たちが一目散にこちらに走って来ているのが見えた。早っ! 全然待ってくれないじゃないか!? 待つ訳ない? そりゃそうだ!
「う、うおっ……!」
「ひっ……!」
ウォーキングデッドばりに集まってくるお化け達。マズい、めちゃくちゃ足が速いぞ……。ゆ、油断した。
「逃げろっ! 二人とも!」
大声で指示を出す。こういう時は逃げるが勝ちだ。逃げるは恥じゃない。役に立つこともある。
安穏と渚が出口まで走ったのを確認して、僕は骸骨たちも前に一人飛び出す。ひーふーみーん……やけに多いな。こっちはブランク明けだってのに……!
一応ではあるが、姉貴に体術を教えて貰ったことがある。これでも新垣流北斗神拳伝承者なのだ。舞ってみせようっ……! 修羅の門が開く刻までッッ!!
「来いっ! 僕が相手だ!!」
挑発して相手をおびき寄せる。ほらほら、おいで。可愛い喰種たち。グルメ好きにはたまらないだろ?
「オマエ……イラナイ……」
「オトコ……キョウミナイ……」
「……クサソウ……」
ところがどっこい、骸骨たちは僕に見向きもしなかった。渚たちを追って走り出す。臭さそうは酷いんじゃないか……臭そうって。
そうこうしている内に彼らは今にも二人に追いつきそうだ。あ、いや待て。安穏速い。安穏スピード上げてる。安穏流石は陸上部。
ならばと標的を渚に絞る骸骨軍団。うわ、汚い! 死人らしい穢さ!
「きゃっ……」
と、ここで渚の鈍臭さが出てしまう。
僕を心配して前を見ずに走っていたせいか、その場に勢い良く転倒した。
×××
「っ……!」
怪我でもしたのか、幼なじみはその場にうずくまっていた。すってんころりんと転んだせいもあるのだろう。
「チャンスダァァ……!」
隙を見て、何匹かの骸骨たちが彼女に襲いかかってくる。動けない相手に卑怯にも程がある。
───ミギー、防御を頼む。
「渚ァ!!」
無意識に身体は動いていた。ヒーローの大前提。彼女の名前を叫んで、走り出す。
……おいおい、何をしようとしているんだ。手を出すんじゃない。僕の大切な幼なじみだぞ。
「どけ! お前らァ!!」
思わず覇王色の覇気でも覚醒しそうなほどに大声を出して、骸骨たちに向かって思いっきりタックルをかます。怪物は不意をつかれたようによろめいた。今がチャンスである。
「立てるか?」
「う、うんっ……平気だよ!」
渚が薄暗闇の中で頷いた。しきりに膝の辺りを触ってるのは、そこを強打したからであろう。激しく打ったのか? ……それなら、大丈夫じゃないだろう。
「無理はしなくていいから。乗れよ」
「えっ……?」
背中を差し出す。こうでもしないと怪我の痛みで走れないかもしれない。しかも、骸骨たちはまたしても攻撃しようと企んでいるかもだしな。
「で、でもっ……」
渚は遠慮したように両手をギュッと握っている。緊張の合図。恥ずかしいという感情もあるのだろうが、今はそれどころじゃない。
「いいから。早くしないと食べられてしまうぞ?」
その言葉通りに、既に飢えた奴らはすぐ側まで来ていた。今度は一斉攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。この距離なら、まだ間に合う。
「え、えっと……の、のるよ?」
最初は遠慮していた彼女も、覚悟を決めたように僕の肩に手をかけた。両手を伸ばして胸の辺りを掴んでくる。
「お、お邪魔します……」
何故かそんな事を言われた。いえいえ、どうぞごゆっくり。
渚のお尻辺りを持ち上げて、背中に乗せる。言うなればおんぶだ。おんぶ。
安穏の方を見ると、既に扉に手をかけて必死に手招きしていた。よし、あそこなら安全だ。後はこちらが逃走するだけ。
「少し揺れるぞ」
「は、はい……!」
なんで敬語になっているのかは分からない。渚らしいや。思わず笑みをこぼしてしまう。
よし、行こう。耐えてくれよっ……我が両足ッッ!!
渚を背中に乗せて、僕は出口まで全力疾走する。新垣バス、只今無料運行中であります。
…………むにゅっ。
「!?」
走っている時、背中に変な感覚がした。なにやら柔らかい物が接触している。こんにゃくやマシュマロのようなモノが当たっている。ま、まさか、コレは……!
ち、違うよ! 不可抗力だ! 仕方ないだろ! 安穏が見てるというのに、一体なにを戸惑っているんだ! こんなもの、ただの脂肪の塊。そうだろ!?
背中を布が擦っている。その上から、ぱつんぱつんとした果実が触れていた。も、もしかして渚って意外と豊満……。
って、バカなのか僕はっ!!
「うおおおおおっっ!!」
一人悶々と葛藤を繰り広げながら、おんぶしながら出口まで走った。人を乗せながら走るなんて、結構体力を使うな、くそぅ。
追いかけてくる骸骨たちから逃げ切って、出口までたどり着いた。安穏が門に触れた。いよいよ、脱出成功だ。
そう思ったのも、束の間。
不意に頭上の絵画が「ケタケタ」と笑い始めて───
瞬間、目の前が真っ暗になった。