僕はビビリでヘタレなハーレム高校生。
「ふふふ、善一くんはつくづく滑稽よね」
「からかわないで下さいよ……」
セールストークから解放されて店外に出ると、早速桜さんから弄られてしまう。コケコッケイー。
結局さっきのお店では何も購入しなかった。ただ『せっかく来たんだから持っていけ!』と芳香剤を無理矢理プレゼントされた。無料お試しセットとかなのかな。
「何か買ったの……?」
「ううん、貰ったんだ。渚は?」
「わ、わたしは怖くて買えなかった……」
袋を持っていたからか渚が尋ねてきた。首を横に振って否定している。そりゃあんなマフィアの資金源みたいな場所、怖いよな。アウトでレイジな抗争とか起こりそう。
と、人気が少ない道路へと差し掛かった。マップによるとここはデトロイトシティの”ゴーストリート”らしい。
「あら、この辺りには有名なアトラクションがあるらしいわよ。せっかくだから入っていかない? 善一くんも気に入ると思うのだけれど」
「僕ですか? どこでしょうかね。楽しみだ」
「ほら、あそこよ」
桜さんが指差した方向には大きな洋館がそびえ立っていた。ルイージマンションっぽい雰囲気の建物。近くの看板には血のような文字でこう書かれてある。
【コノサキ 最 恐 戦 慄 迷 館 】
……この人はさっきから何なんだろう。
口元を抑えながら笑っている桜さんに、少し戦慄する僕だった。
×××
「【最恐戦慄迷館】って一度入ったら40分は出られないらしいよー。あまりにも中が広いから、途中棄権をする人が後を絶たないんだって!」
なんか柳葉が余計な説明をしている。これには渚の顔も曇っていた。ジェットコースターに引き続き、今度はお化け屋敷て。どこのスリル大好きっ子だよ。
しかし、40分はとんでもないな……。
次なる目的地の【最恐戦慄迷館】。日本のお化け屋敷No.1として名高い場所。名前くらいなら僕だって聞いたことはある。確か『世界一歩行距離が長いお化け屋敷』としてギネスには記録されていたような……。そんなのばっかり!
「ホラー系苦手な人いるかしら?」
周りを見渡して桜さんが尋ねるが、みんな特に反応はない。菜月だけが渚の方に目を向けている。
「渚は平気?」
グループの中では自己の意見を主張しない彼女。聞くと小さく苦笑しているが、無理して笑っているのが見え見えだった。……ダメそうですね。
「えっと、先輩。渚がちょっと苦手みたいで」
「ひゃれかと一緒ならっ……! え、えっと。誰かと……なら」
上ずった声を出して渚が縮こまる。両手をギュッと握りしめて、なんとか今度は意見を言えたみたいだ。その声に素早く櫻木さんが反応する。
「あら、そう。なら善一くん宜しくね。葵さんの面倒を見てあげて」
即決らしい。反論する余地も与えられない。お世話係認定だ。
ふと隣を見ると菜月がまたしても睨んでいる。こればかりは……しょうがないだろう。
×××
「なんとかしなさいよっ!」
「無茶を言うな」
「今度こそ“吊り橋効果作戦”絶好の機会じゃない!」
「だからって、外で待っていてくれとは言えないだろ」
なにせ40分だ。そんな長時間を一人で放置させるなんて拷問じゃないか。
菜月の言い分もわかる。確かに世界最恐のお化け屋敷で二人きりなど、滅多にないチャンスではある。
だけど、渚がいる時点で《どっきどき☆気になるあの子を守ってあげて…!? 恋のらんでぶーおばけやしき(きらきら)作戦》は不成立だ。どうあがいても三人が限界。
「だから三人ずつに分かれて行けばいいじゃないか。僕と渚と安穏、これなら一応は問題解決だろう」
つまり、僕が二人を守る”騎士”になればいいのだ。
「……ま、アンタがいいならそれでいいわ。とりあえず後でまた連絡して。不測の事態もあるかもだし」
「アイアイサー」
作戦会議終了。やはり会議は密度を濃く、端的に行うのがベストだな。
列の最後尾に並んでいると、ふと知り合いの顔を発見した。前の方に並んでいたのは威風堂々と構えている姉貴。なんでこんなところに?
僕にとってはお化けよりも怖い存在である。ある意味では。
最恐お化け屋敷、果たしてどんな困難が待ち受けているのか。勿論、僕はビビったりなんかしていない。怖がってもいない。イエスキリストに誓ってもいい。断じて悲鳴をあげたりなどしないと。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「う、うわっ!」
物陰で何かが動いた気がした。ちなみにこれは単なる威嚇である。ミイラ取りがミイラになるように、お化けを逆に驚かせてやるのだ。そうだ、幽霊バスターズしてくれる。
赤紫色に照明が光っている。頬を撫でる生暖かな風が気持ち悪い。奇妙な効果音の響く部屋の中を、僕ら三人は探索していた。
入り口で支給された懐中電灯だけが、先の見えない道を照らしている。足元は暗くて歩きずらい。視界が真っ暗闇に包まれているせいで、今にも何か飛び出してきそうな不安に駆られている。
上手くグループ分けは出来たが、僕が先頭を歩かなきゃならないのは中々辛い。せめて他のお客さんの後ろを付いて怖さを軽減させたい。
よくあるじゃないか。お化け屋敷あるあるだ。道中で出会ったお客さんと一緒に探索して、なんか仲良くなる現象。ないか。
ここは古びた屋敷。一家惨殺事件が立て続けに起きた呪われし洋館だ。管理人である夫が何故か急に気が狂ってしまって、家族である双子の娘と奥さんを斧で惨殺して、最終的に自殺した場所……だとか。
と、そんなこんなで真っ正面に姿鏡が現れる。近付きたくない。絶対潜んでるパターンでしょ……。
幽霊なんかよりも危害を加えてくる人間の方がよっぽど怖い、と僕は思う。つまり、驚かせてくるタイプのお化け屋敷が一番タチが悪いのだ。あれはズルい。あんなのは卑怯だ。お化け役という立場を利用して人を怖がらせるなんて、とんだ大悪党じゃないか。
足が震えるのをなんとか我慢する。幼なじみの渚と肩を合わせて、鏡の前へと向かう。
このくらいの距離感だと体温が伝わってきて安心する。大丈夫だ、お化けなんていない。怪奇現象とか色々とあるけど、大体ほとんどは妖怪のせいなのだから。
「…………」
頭の中で楽しい事を思い浮かべながら、全力で恐怖と戦った。
姿鏡の前を通り過ぎると、幸運なことに何も出てきやしなかった。近くで見ると鏡は割れていて、ガラスの破片がそこら中にまき散らされている。危ないな、怪我でもしたらどうするんだ。
よく辺りを見渡す。今更ながら、意外と内部が汚れている事に気が付いたからだ。天井にはクモの巣が張られているし、おまけにどこか埃っぽい。これは何年も掃除してないな? 買い手が付かないで、空き家になった理由も分かる。
「……ったく、だから幽霊がでるんだよ」
最恐お化け屋敷、ハウスダストにご用心と。