僕はホットでクールなハーレム高校生。
「し、死ぬかと思った」
本日二度目の体調不良。もし酔い止めを飲んでいなかったら、僕は間違いなく嘔吐していただろう。吐瀉物を撒き散らして社会的に死亡だ。死に戻りたくなっていると思う。
「……なっさけない。あんなのでビビりすぎ」
ベンチに座って一休憩していた僕を小馬鹿にしてきたのは、トイレから出てきたばかりの菜月だった。水色ハンカチを手に余裕そうに澄ましているが、顔色はあまりよくない。あれれぇーおかしいぞぉ?
さっきまで生まれたての小鹿のように、両足をプルプルさせていたのはどこの誰だろう。最高速度160キロオーバーのモンスターマシンが相手だと、レベルが違うのは致し方無いとは思うけども。
「っていうか、あの子は一体なんなの?」
「あの子? どの子?」
たけの子? と聞き返すと顔を近付けられて睨まれた。きの子派だったっぽい。
「あ・お・いさん、葵さんよ! 随分と仲良いみたいだけど、どーいう関係よっ」
「あぁ、渚か。渚はただの幼なじみさ」
「ただのって……絶対なにかあるでしょ」
「なにもないよ。昔からの付き合いってだけだ」
むしろ『なにかある』という状態がよく分からない。ナニカってなんだよ。キルアの妹さんか?
「幼なじみねぇ……。なら、とりあえずは葵さんをどうにかしないと。作戦どころじゃないし」
「……どうにかしろって言われても」
「いーから。あたしの言う通りにしなさいっ。確実だって言ったでしょ!」
僕の眉間先に指を突き付けてくる。ツボでも押してくれるのなら是非お頼みしたい。印堂ってところを強めに押すとストレスがほぐれたり、疲れ目を癒してくれる効果があるとか。
ともあれ協力して貰っている以上、断るという選択肢はない。
そこまで言うのなら何かしらの根拠があるのだろう。菜月を信じて、僕は頷いた。
×××
時刻が12時半を過ぎたところで、一旦お昼にするという案が浮上した。ただフードコートは非常に混雑しており、席はほとんど既に埋まっていた。到底六人グループで座れる余裕はない。
「また後で空いてから来ます?」
「そうね、賛成。なら、近くのエリアを少し回らない? 私、気になるところが一つあるのだけれど」
櫻木先輩がパンフを開いた。私、気になります! と目を輝かせてある場所を指名する。そこは破壊と混沌の街『デトロイトシティ』エリアであった。
「この辺りは設定上すごく治安が悪いらしいわ。女性は乱暴されることが日常茶飯事で、男性は金銭をむしり取られるのが当たり前。ジャーキーやゴロツキが常に徘徊している【犯罪都市】として有名ね。違法ドラッグを真似た“MDMA風ラムネ”が流行ってるそうよ」
「……ここテーマパークですよね?」
設定がイカれている。犯罪都市って倫理的にオッケーなのだろうか……。一体どこのゴッサムシティだ。ヒャッハーな世紀末も真っ青だぞ。
「ポップコーン買ってきやしたー! みんなで食べませんー?」
と、ここで柳葉が首に大きなバケットを掛けて、はじめてのおつかいから戻ってきた。ウサギのキャラを模したパッケージのヤツだ。
手に抱いたまま、勢い良く走ってくる。もう抱きしめてあげたい。こんな愛らしい子を連れて危ない街にいくなんて、お父さんは断固として反対だ!!!!
「ありがとう、柳葉。それ幾らだった?」
「え、ガッキー払ってくれるの!?」
「うん、いいぞ」
財布を取り出すと聞き返された。当然だ。ちゃんと払うのが恩義だろう。みんなの分をわざわざ買ってきてくれたというのに、紳士アラガキが何もしないワケにはいかない。ビックサイズだし千円やそこらかな?
「いやいやいやいやいや! 大丈夫! それは流石に申し訳ねぇべさ! しかも、これ前々からチェックしてた可愛いヤツだし、お土産にしたかったってのもあるんよ!」
どこの方言?
「いいって、いいって」
千円札一枚。紙幣を手渡すと、柳葉は罰の悪そうにしぶしぶそれを受け取る。少し恩着せがましかったかもしれない。
彼女はしばらくお札を見つめた後、なぜかなにも持ってない掌をこちらに見せつけてきた。小さな声で呟く。
「ガッキー、あと五百円足りない……」
意外と高いなオイ!?
てへぺろと笑う柳葉ちゃん。うん、訂正しよう。この子は愛らしいさを武器にした、ただの小悪魔だ。
※ ※ ※ ※ ※
「おいしっ! なにこのキャラメル味! のどか、ほら食べてみてっ」
隣を歩く菜月が興奮したようにポップコーンを安穏へと勧めている。正直に言うと、僕はあんまりあの食べ物は歯にくっつくから好きじゃない。全く……お子様だな。
「あっ、ほんとだ。美味しいね、これ」
う、うん。……やっぱり食わず嫌いは良くないか。あとで少し分けて貰おうキャラメル味。
ハリウッドザワールドを出て、デトロイトシティを歩く僕たち。まだ入り口ではあるが、街の雰囲気は大違いだ。さっきから刺青のシールを貼っている人も多い。
辺り一面が昼間なのにほんの少し薄暗い。疎外された貧困街を忠実に再現しているのか、模型で作られたマンションはスプレーで落書きがなされてあった。
「おい、そこのスラッカー共。いいブツが揃ってるぞ。今なら安価で提供してやる」
先頭を歩いていると、突然声を掛けられた。顔をやるとスキンヘッドの男が仁王立ちして、こっちを見つめていた。家の前に立っている彼の頭には、髑髏の刺青が掘られてある。子供だったら泣いてるぞ。
「あれはギャングのお店ね。あぁやって客引きして私たちをカモにする腹づもりよ。勿論、設定だから中身はただのお土産屋さん。今はちょうど暇な時間帯なんでしょう」
後ろから桜さんが補足説明をしてくれた。ほー、ここまでくると面白いな。家の窓に釘で板を貼り付けて、店内を見せないように工夫もしてあるし。あぁいう小さなこだわりが、リピーター率の向上に繋がるのだろう。
「せっかくだから、寄っていきましょうか」
桜さんの言葉に同意して、お店へと向かう。
×××
「とっとと、入れ。変な真似をしたら容赦しないからな?」
スキンヘッドの男に案内されるまま、店内に足を踏み入れる。どうやら一風変わったお土産屋さんで間違いないらしい。
一番はじめに見えたのは変な薬品が置かれてある棚だった。英語のラベルで赤いシールなどが貼られてある。取り扱い危険、というフダも。何が入ってるんだろう。好奇心をくすぐられるな。
「あぁ、なるほど……。盗難品って設定か」
つい感心させられてしまう。入り口近くのショーケースの中には時計やら、モデルガンが販売されてあったのだ。飾りかと思ったが、六千円と値札もついてある。高いけど欲しくなってしまうのは、テーマパークマジックかな。
瑠美へのお土産を購入するのもアリかもしれない。意外とあの子はビジュアル系バンドとか好きだしな。刺青シールとか買ったら喜ぶかも。あ、このネックレスとか超絶COOLだ。
夢中で眺めていると、袖を引っ張られた。見ると安穏がなにかを手に持って、こちらを見つめている。小さな袋のようなものを手渡してきた。
「え、なに?」
安穏のどかは答えない。黙ってそれを差し出してくる。後ろで菜月が苦笑していたのがちょっぴり気になるけど、まぁいいか……。
渡された袋には緑色のクリスタルらしき物が入っていた。これも麻薬なのかな? 嗅いでみるか。
袋を開けて臭いを確認してみる。ん、よくわからないな。もっと鼻を近付けてみないと……。
「──って、くっさ!!! なんだこれ!?」
「あはは!」
「……バッカじゃないの」
鼻先を刺激する玉ねぎ臭に思わず顔を逸らしてしまう。涙も出てきた。なんだよコレ、ドッキリアイテムか!?
嗚咽をこぼして、咳払いも出てくる。くそぅ……ハメられた。安穏め、可愛い悪戯を仕掛けてきよってからにぃ〜! 悔しいっ……でも許せちゃう///
「おーおー、大丈夫か? フローターちゃんダメだゼ。そのオニオンは失敗作だ、返せ。今、一番ホットなのはこっちさ。不純物一切ナシ、純度百パーセントの“ブルーメス”!!」
さりげなく安穏の手からさっきの商品を取り上げて、違う物を手渡してくる店員さん。優しいなこの人。悪戯で使わないように取り上げだぞ。
今度は無色透明のクリスタルストーンが入っていた。開封しておそるおそる臭いを嗅いでみる。どことなくスッキリとしそうなミントの香りがした。
「な? 最高に“ハイ”ってヤツだろぉ? メキシコから取り寄せた“クリスタルメス”なんだが、ここだけの話……市場ではほとんど出回っちゃいねぇ。なのに、こんなチンケな店で買えるだなんて、ラッキーだとは思わないか?」
「え、そうなんですか? 確かにそれはラッキーだ」
「だろぉ!?」
耳元で囁いてきたと思ったら、今度は肩を組んで話しかけてくる店員さん。あれ、安穏たちどこ行った?
「じゃあ、買うしかないよなぁ!? 安心しろ、そんなに高くはねぇ。料金は日本円にして千二十円だ。二つ買えばもっと安くするゼ?」
お、おや……これちょっとマズい方向に進んでるよな。心を開いてしまったからか、完全にセールストークに入ってる。というかグイグイ来るんだけどこの人!
強気な態度で迫られると困惑してしまう。こういうのには弱いと自覚している。私、断れない性格。えいえい! 断った? 断ってないよ!
結局、解放されるまでかなり時間を割いてしまった。
デトロイトシティ、やはり恐ろしい街だ……。