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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【春編ーオリエン合宿(上)】
31/279

僕は誰にでも優しいハーレム高校生。

 

 ブォンブォンと発進音を鳴らしてアトラクションが出発した。笑顔で手を振る乗客たちを乗せて、列車は山なりを昇っていく。最高到達点まで辿り着くと、車両は傾斜を一気に急降下した。当然ながらエンジンなんて付いていない。位置エネルギーを運動エネルギーに転換することで加速しているのだ。



 乗客(エキストラの皆さん)

「「「「ぎゃあああああああ!!!」」」」



 乗客から悲鳴が上がったとしても、列車は止まらない。風を切ってますます速度を上げている。容赦をしない辺り、国内最強クラスの名は伊達じゃない。



 ジェットコースター(副音声)

「まだだ、まだ終わらんよ。そして、なによりもォォォォ!! 速さが足りないッッ!!」



 天地逆転、ウルトラトリプルスピン。スケートの大会なら軽く優勝できそうなくらいの見事な回転だ。ただ、もし何かの不都合で走行中にベルトが外れて、地面に落下してしまったのならば、あっという間におじゃんだろう。考えただけで身震いする。



 ジェットコースター【あかんやないけ】。ここでの菜月からの指令は”毅然とした態度で振る舞うこと”。安穏にアピールする為にも、僕はこれから何があっても動じてはいけないのだ。絶対に驚いてはいけない絶叫マシン昼12時!である。



「ただ、これはあかんかもしれないなぁ……」



 頭上を滑走する暴走特急を眺めながら、エセ関西弁を呟く僕。一度言ってみたかった。


 ×××



「ディズ イズ ア “ビックサンダーマウンテン”?」


「ノー。ザットイズ アカンヤナイケェ」


「オー アカンヤナイケエェー! ベリーワンダフル!」



 インバウンド(外国人ツアー)集団のすぐ後ろに僕たち六人は並んでいる。列の先頭は桜さんと柳葉。二列目に安穏と菜月が。そして一番後ろが僕と渚だ。


 【あかんやないけ】は二人席。つまりこのままの流れだと渚が隣だ。本来ならばさりげなく安穏の隣を確保して、はい乗車!というのが理想的なのだが、怪しまれない為にもという菜月の指示からこうなった。



「あら、柳葉さん。身長制限あるんですって」


「え、もしかして弄ってます!? やだなぁ~桜パイセン。あたしもうピチピチのJKですよ? 確かに子供っぽいのは認めますけど!」



 女子同士は打ち解けるのも早い。先頭の桜さんが近くの看板を指差した。そこには『身長が125㎝以下の方は利用できません』と書いてあった。うん、小学生用だね。



「善一くんはこういうの平気?」


「え? あぁ、得意っちゃ得意かな」


「そうなんだ。すごいね! 私はちょっと苦手かも」



 安穏が急に振り返った。あまりに突然だったので、つい見栄を張ってしまう。正直に言うと遊園地自体来るのが久々である。



「安穏はUSJ何度か来たことあるのか?」


「うん、何回か小学生の頃に。でも、これに乗るのは初めてだから、少し緊張してるよ」



 話を振ると彼女は照れ臭そうに笑った。この子も初体験らしい。



「おぉ、奇遇だな! 安穏もお初か。僕もちょっと怖くてさ」



 共通点を見つけてテンションが上がったせいで、菜月に後ろからスネを蹴られてしまう。余計なことは言うな、という口封じだろう。痛いなチクショー。



 ……大体、冗談に決まっている。こんな子供のアトラクションに僕がビビるワケがないだろう。しかも好きな人が近くにいるんだぞ? 格好悪い所なんて、見せてやるものか。



「……っ……」



 と、ここで隣にいた渚が妙に落ち着きのない顔をしているのに気付く。真っ青になったまま、両手を震わせていた。



 思えばこの子は入園してからほとんど喋っていなかった。誰とも会話をすることなく、一人ひっそりと後ろを付いてきている。人見知りで、集団のコミュニケーションを取るのが苦手というのもあるのだろう。



 グループに誘ったであろう柳葉が、桜さんと仲良くなったせいで、必然的に余ってしまったのか。これではまるで仲間外れにしているようにも見える。



 しかも、渚ってジェットコースターとか絶叫マシンが苦手じゃなかったか? 昔、地元にあった小さな遊園地の時も泣きじゃくって、僕の背中に引っ付いていたのを覚えている。



 ……もしかして、皆に合わせてムリしているのかもな。



 心配になって、彼女の背中をポンポンと叩いた。誰にも気付かれないように、さりげなく声をかける。少しでも気持ちが楽になればと思って。



「大丈夫。怖くないよ、僕がついてるから」

 


 ×××



『次のお客様どうぞー!』



 しばしの待ち時間を経て、僕らの順番がようやくやってきた。無人のコースターのレバーを上げて、手招きをしている。さぁ、菜月! どう動く!?



「あたし後ろの席がいいかも。善一、先に乗って」



 おぉー! キタキタキタ!! これぞ土壇場順番チェンジ作戦か!



 やはりギリギリの所で勝負を仕掛けてきたか。ふむ、ここで僕が菜月と交代すれば、必然的に安穏と隣にはなれる。神速の星……策士だな。



「え? いいのか?」



 僕も白々しく聞き返す。あまりにも自然な演技。月9のオファーですら勝ち取れそうだ。


 と、ここまでは順調だった。


 しかし、些細な歯車の食い違いはやがて全体を大きく狂わせていく。



「そ、それはダメっ……!」



 ……おっふ。



 参戦して来たのは渚であった。何故か僕の腕をギュッと脇に抱いて、菜月の提案を拒否している。



 予想外の行動に困惑したのは僕だけじゃなかったようで、菜月は口をあんぐり開けていた。安穏も空気を読んだのか、菜月の裾を引いて引っ張っていこうとしている。



「えっと……渚さん?」


「……」



 無☆言。悟れと? そんな読心術機能はついてない。どこの超能力者だ。



 う、うむ。つまりこれは怖くて離れてほしくないってヤツか。言ったもんな、僕がついてるって。言ったけど、言ったけど! そういう意味じゃなくてだな……。



「ちょ、ちょっと! 葵さん!」


「なっちゃん、行くよ」



 菜月はほとんど抵抗する事なく、ジェットコースターに乗車していく。安穏にすら気を遣わせてしまっていた。



 えっと、つまりアレか。



 これは作戦失敗って事になるのかな……?



 ※ ※ ※ ※ ※



『間も無く【あかんやないけ】号が発車致します。シートベルトをよく締めて、安全レバーを握ってください』



 アナウンスが流れてくる。僕の隣には安穏……ではなくて、渚がいた。今にも泣きそうな顔になって、僕の腕を掴んでいる。前のレバーの方が安全だぞ。



 そんな僕も《らんでぷー じぇっとこーすたー作戦》が失敗に終わって失意のどん底であった。


 最悪のコンディションから始まる、地獄の旅路の幕開けである。ーー死後の世界へいざ参りましょう!


 ベルが鳴って車体がゆっくりと前進していく。最初はゆるかな滑り出しだ。でも既に充分な高さはあったので、若干足が震えていた。



「やっほー!」



 前の方で柳葉が下の人たちに手を振っていた。桜さんも便乗して、笑みを浮かべたのが見える。二人とも随分と落ち着いているな。まるでこれから待ち構える悲劇を知らないかのように……。



 先頭組は余裕綽々。一方、前の菜月と安穏はやけに大人しかった。ジッと動かずにただ黙っている。



 車両が徐々に徐々に坂道を登っていく。一応念の為にシートベルトを確認しておいた。少し緩いけど、大丈夫なのかな? てか、想像以上に……高いんだけど。



 僕と渚がいるのは後ろの席。つまり落下の時に一番重力を感じてしまう場所だ。体感だと速度が最速になるとかなんとか。靴飛ばされないよな。大事なマイ紐靴。



「……ひっ」


「だ、大丈夫。きっとそこまで怖くないから!」



 渚が掌を重ねてきた。僕ももうなんだか分からなくなってきて、彼女の手を握る。幼なじみは手汗でビッチョリと濡れていた。苦手なことはするもんじゃない。



 と、ここで頂上に達したのか車体が止まった。目を瞑ろうかと悩んだ結果、諦めて空を見た。あ、お空綺麗。まさしく青天の霹靂だったね。



 ……あの大空を自由に羽ばたく鳥になりたい。この世で最も一番自由な奴が海賊王らしいしな。



 コースターが傾斜を降りる為に、ガタリと回転する。あー、なるほど。これ後ろから落ちるパターンなのね。へぇ……。



 その瞬間、ふわっと内臓が持ち上げられてコースターは爆進を始めた。無重力の「ファ」って感じから「ズドーン」と。もう擬音語で話したくなるくらい頭がいっぱいいっぱいになってる。



 渚の手を強く掴む。風を切って列車は進んでいく。TMRくらいの風圧に思わず目を閉じる。ハッキリと申し上げよう。




「ぶぁああ゛ああぁぁぁああ゛!!!! し、しぬぅぅぅうううっっっ〜〜!!!」




 不安と絶望。そして、死にそうなくらいの恐怖からーーそのうちゼンイチは、考えるのをやめた。



 ある意味、これは作戦失敗で良かったのかもしれない。




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