ハーレム高校生と愉快な仲間たち③
入場待ちの列に並んでエントランスゲートから中へと入った。チケットは財布の中に突っ込んで、パンフは畳んでポケットへとしまう。
門から正面を覗くと、ハリウッドの街並みを模したメインストリートが見えた。ここが”ハリウッドザワールド”エリアか。
USJのパーク内は全部で七つのエリアに分かれており、それぞれがアメリカ各地の街並みや映画の舞台となった場所の風景を忠実に再現している。どれも地域に因んだ名前が付けられていた。
1.ラスベガスタウン
2.デトロイトシティ
3.ロングビーチアイランド
4.マサチューセッツ州
5.ワシントンハイウェイ
6.ロサンゼルスエアポート
そして 7.ハリウッドザワールド。
「さて、なにから乗りましょうか?」
一番先頭を歩いていた桜先輩。振り返って僕らにそう尋ねてきた。すると、何故か菜月が小言を漏らす。
「……なんでアンタが仕切ってんのよ」
「あら、ご不満かしら。一応、皆の意見を伺った方が良いと思ったのだけれど」
舌打ちをしていたせいか、桜先輩もすぐに反応してくる。え、なんでいきなり喧嘩が始まってるの?
確かに二人ともお世辞などは言わないタイプだ。けれど、まだ入場して数十分しか経っていないんだぞ……。
「大体、一年生のオリエン合宿なのに先輩が同行する意味なんてないでしょ。こっちが気を遣わないといけないんだし」
それを直接言っちゃってる時点で、気を遣ってないんだけどな。
「……まぁまぁ、なっちゃん」
安穏が苦笑する。この子がいてくれるお陰で、なんとか大ごとにはならなさそうだが、二人の相性は最悪らしい。虎と龍? あ、それは並び立ってるか。
「あら、そう。では口出さないようにするわ。黙って付いていくだけ、それで満足かしら」
「好きにして」
喧嘩腰の菜月に反論する櫻木さん。おふたりさん、仲良くしてくださいな。これオリエン合宿ですよ。お互いの仲を深める行事ですよ。
……しょうがない、こういう時こそ僕の出番か。間を取り持てばいいんだよな。
「えっと、自分が考えるに……」
「はいはーい! あたし【ネバーマン】行きたいです!」
と、ここで空気を一変させようと手を挙げたのは柳葉であった。僕の言葉を上からかき消して、笑顔でそう告げる。
「【ネバーマン】?」
「全身赤タイツ男のアトラクションよ。身体から白濁した粘つく性質の体液を出すの。3Dで飛び出してくるわ」
聞き返した僕にサクラ先輩が補足を入れる。それだけ聞いていると、変な意味に捉えてしまうのは気のせいだろうか。
【ネバーマン】ね。マップを確認してみると、ハリウッドワールドエリア内で間違いない。
「じゃあ、その【ネバーマン】いこうか。菜月もそれでいいか?」
不機嫌な菜月に問いかけると、彼女は視線を逸らすだけで何も答えようとしなかった。ったく……なにを怒っているんだか。
※ ※ ※ ※ ※
【ネバーマン】は初めてながら、そこそこ楽しむことができた。眼前で繰り広げられるネバーマンとヴィランズ(敵)との戦いは、迫力ある映像と音がマッチしており、フィクションながらも興奮した。3D酔いも感じたけど、酔い止めを飲んだから今は平気だ。
席が無造作に動いたり、熱風を浴びせられたときは少し驚いて変な声を出してしまった。最近はVRなんてゲームも増えているし、3D業界の技術の進歩は著しい。
「あはは。善一くん、変なの」
出口のモニターに表示された盗撮画像を見ながら安穏が笑ってくれている。ありがとう、いい薬です。
画像の中で、僕はフラッシュ相手に目を瞑って、手で身体を覆い隠す仕草をしていた。言われてみれば変なの。
安穏と渚が写真を購入する為にお店へと向かう。桜さんと柳葉はマップを広げていた。
その隙に僕は菜月をトイレの前まで呼び出す。重要な話をする為である。
「菜月。なんでいきなり桜さんに喧嘩腰なんだ。そういうのはよくないよ」
壁際まで追い込んで、お説教タイム。言いたいことを言うのはいいけれど、この子の場合はそうした態度から敵を作りやすい。
これではまたかつてのように、先輩から反感を買ってしまう可能性がある。
「……別に、ただ気に入らなかっただけ」
菜月は目を逸らして、拗ねたように言う。今思ったがなんか壁ドンできそうなくらいの距離であった。気に入らないって……。
「気に入らないからって、すぐに文句を言うのはどうかと思うぞ……」
「うっさいわね! アイツの味方したいならそうすれば!? せっかく、こっちがのどかの事を協力してあげようって言ってるのに、一体どっちの味方なのよ!」
指を突き付けて負けじと反論してくる。僕が菜月の味方なのには変わりはない。
「前にも言ったように、僕はちゃんと味方だ。でもダメなところはダメだって言うぞ。今回は菜月が悪いからしっかり反省すること。もうしないようにしろよ。次からは我慢できるように頑張ろう」
肩を持ってきちんと注意しておいた。
菜月は良い所を沢山持っているのに、伝えなくてもいいことを伝えてしまうことで、他人から誤解を招いてしまう危険があるのだ。せっかく根は優しいのに、人から理解されたくないというのは非常に勿体無い。
少しだけでいいから相手を嫌いになるのをやめる。それがこの子にはしっかりと伝わっただろうか。
「がんばりたくないしっ」
あ、ダメだ。これ全然伝わってない。
菜月はそっぽを向いて、口を尖らせていた。どこまでも天邪鬼な女子である。やぁーね、もう。
「そんなことよりも、協力してほしいんでしょ? あたしを必要としてるクセに。素直になれってのよ」
……どっちがだ、イテッ。
鼻を摘ままれて思わず距離を取ってしまう。彼女は人目を気にせず、ゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。けっ、やっぱり僕の弱みを利用しようとしてるじゃないか。
二つ返事で頷くと、菜月がポケットからスマホを取り出す。
「それじゃ、そうね。とりあえずは」
見せつけたかったのかどうかは分からない。ただぶらぶらと携帯を揺らしながら、コイツはぶっきらぼうに笑うのであった。
「アンタの連絡先を教えて」
※ ※ ※ ※ ※
海島 菜月の連絡先が携帯へと保存される。LINEのアイコンは家で飼ってるであろう猫だった。
よし、また新たな友達が追加されたぞ! と喜ぶのも束の間、すぐにメッセージ受信の通知が届く。
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《あたしの指示通りに動いて》
《これはとっておきの作戦だから》
《確実にうまくいくわ》
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送られてきた三件の内容をホーム画面で確認しながら、彼女の方へと目をやる。目が合うと頷いてくれた。
ふむ、打ち合わせはバッチリだ。このように連絡をいつでも取り合える状態ならば、不測の事態にも即座に対応可能であろう。
「楽しみだねぇ~! 【あかんやないけ】」
「わ、私はちょっと怖いかもっ……です。【あかんやないけ】」
柳葉と渚の会話から印象的なフレーズが飛び出してくる。
【あかんやないけ】とはUSJの目玉アトラクションのことだ。国内最速のジェットコースターとも呼ばれている。
テレビなどでも何度も紹介されたことがあり、無類の絶叫好き専門家もこのように語っていた。
『あそこには魔物が住み着いている……。誰もが乗ってから後悔するのだ。“あかんやないけ”』と。
打ち立てた記録も計り知れず、怪物コースターとも名高い。
・世界恐怖マシン第二位。
・回転数がギネス認定。
・二度と乗りたくない絶叫マシン三位。
・思わずゲロを吐いてしまったジェットコースター第一位。
そんな国内最大級を相手に、菜月が立てたのが《吊り橋効果》作戦だった。
吊り橋効果とは……恐怖や不安を強く感じている際、近くにいた異性へ好意的な感情を持ちやすくなる現象のこと。
つまり安穏がとにかく怖がっている近くで、僕が優しく手をギュッと握ってあげたり、堂々とした素振りを見せていれば、彼女はイチコロというワケなのだろう。
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《これは二人席が並んでるコースターだから、ちゃんと隣の席を確保するのよ》
《周りにアンタしかいなかったら、必然的に頼りにされるわ》
《しっかり男らしさをアピールすること!》
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そう、簡単に上手くいくだろうか。物は試しだが。
前方に長蛇の列が見えてくる。やはり目玉アトラクションということで人気があるな。外国の方もいっぱい並んでいらっしゃるし。
ほっぺを叩いて気合いを入れる。無限の彼方へ、さぁ行くぞ!
《どっきどき☆気になる彼女と近づく距離…!? 恋のらんでぶー じぇっとこーすたー(はーと)作戦》
始動だ!!