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【後編】ハーレム男子とツンデレ女子。



「えっと、さっきのは挨拶だ……! 初対面の人だから握手的な?」



 なんか怒っていたので、都合のいい言い訳をしてみる。勿論、彼女も『そりゃ悪手だろ、蟻ンコ』とでも言いたげだったが、幸いそこには触れてはこなかった。



「あっそ。あたしをすっぽかして、色んな女の子と仲睦まじく話すのはいいけど、それをのどかが見ていたらどう思うのかしらね」


 

 ……うっ、随分と痛い所を突くな。蜂なら腫れているレベル。安穏の名前を出されてしまってはどうしようもない。



「のどかは抜けたところもあるけど根は真面目だから、浮気性なのを知ったら見限られるかもね。理屈っぽいアンタと釣り合うかしら」



 精神攻撃を追加してくる菜月。これ以上はやめてほしい。僕のライオンハートが震えるから。



「な、なんだよ! 弱みを握ったとでも言いたいのか? 要求があるなら聞くぞ」



「……そんなことしないわよ。オリエン合宿の時に“協力”してあげようと思っただけ。アンタとのどかの仲が上手くいくようにね」



「ふぇ?」



 その発言にはここ一週間で一番驚いてしまった。ちなみに二番目は地元の美容院が潰れたことである。


 ※ ※ ※ ※ ※



「おいしー! あたしクレープ好きなのよねっー」



 菜月はイチゴジャム入りの贅沢フルーツ、僕は期間限定のメロン風味チョコレートを注文していた。結構お値段はしたが、モーマンタイ。



「ホントにいいの? 奢ってくれて」


「いえいえ……むしろ奢らせて下さいませ、菜月様。貴方様の喜ぶ顔が私めの至福の時間で御座います……」


「大袈裟ね。ま、ありがと」



 完全に自分は下僕と化していた。安穏と上手くいくように協力してくれるというのであれば、ここまで嬉しいことはない。最大にして最強の味方を手に入れたワケである。


 たまたま立ち寄ったクレープ屋の席に座りながら、期間限定の商品を口にする。……アレ、値段の割にあんまり美味しくないな。新作と期間限定は信用できない。



 水でなんとか流し込む僕と違って、菜月は嬉しそうに手を振って食べていた。珍しい。どれだけ好きなんだ。きっとこの子が犬なら尻尾を振っているに違いない。



「……こっち見すぎなんだけど」



 ジロジロと見過ぎたからか、阿修羅のような表情に戻っていく。戦闘の神、悪の化身。三つの顔と六本の腕を持つ阿修羅。でも、口にクリームが付いてるから全然怖くない。



「ぷっ、はは! 動くなよ、今拭くから」


「は、はぁっ!?」



 ポケットティッシュを取り出して菜月の口元を拭こうと前に乗り出す。ティッシュを常に持ち歩くのが紳士の嗜みだ。うん、これは駅前で配ってたやつな!



「ちょっ、触らないでよ! なにやってんの!?」


「えっ? クリームが付いてたから拭こうと思って」


「気色悪いのよっ! あたしは赤ちゃんか!」



 ところがどっこい、顔を真っ赤にしたままデコピンをされてしまった。屈辱的だったらしい。忠実なしもべ失格である。



「そんな優しさは余計だっての! そんな事したらのどかにドン引きされるわよ! わかった!?」


「ええ、そうなのか……。じゃあ、もうやらないでおくよ」


 

 あくまで女王の番犬。命令には大人しく従うしかない。てか、あれ? どっちも犬っぽいな? 僕は猫派だけど。


 菜月は警戒しつつ、口元を強めに何度も拭き取っていた。



 クレープを食べて休憩も済ませ、依頼されたお菓子も購入完了する。もうここでやるべきことは特に見当たらない。



「どうする、帰るか?」


「ちょっと待って。最後にあそこのお店だけ寄ってもいい?」



 何故かるんるん顔で向かい側の洋服屋さんを指差す彼女。そういえば、オリエン合宿では一部私服を認められていたっけ。



「ん、いいよ」


「なら、決まりねっ!」



 勢いよく腕を引っ張られる。強引なんだからっ。そんなに強く引かれたら……腕が吊るぞ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 どうやら今日はバーゲンセールをやっているらしかった。菜月の機嫌も最初に比べればかなり良くなっている。



「ねぇ、これ似合うと思う?」



 立ち寄った服屋で彼女は手に取った洋服をこちらに見せつけてきた。《アイスブルーのニット》と名札には書かれてある。ファッションについて詳しくは分からないが、この子のスタイルなら大邸のモノは着こなせるだろう。



「うん、とっても似合うと思うぞ」


「でも、デザインがイマイチなのねー」



 そ、そうか。そこはよくわからない。



「なら、他のヤツはどうだ? あそこのとか」



 僕のお気に入りは店内のど真ん中に飾ってあったピンクのミニスカート。安穏に是非着てほしいとマークしていたが、菜月だって悪くはないと思う。



「……あれはナシでしょ、短すぎ。アンタのセンスはドスケベ親父かっての」



 即答で否定されたけどな。オシャレ番長はかなりツボではなかったようだ。



「そうだな。確かに短すぎると言われればそうだな」



 やっぱり僕にはファッションなんて理解できなかった。今着ているのだって、ウチの妹がコーディネートしてくれたヤツだしな。



 せっかくなので夏用のシャツを何枚か購入して、僕らは店を出る。ちなみに菜月は『デザインがイマイチ』と言っていた服も、あの後ちゃっかり購入していた。女の子って変だなぁ……。


 ※ ※ ※ ※ ※


 日は既にすっかり暮れていて、駅内は沢山の人で溢れていた。列に並びながら、電車を待っていると、隣にいた菜月が急にこんなことを尋ねてきた。



「ごめんね、付き合わせちゃったのに文句ばっかり言って。退屈だったでしょ?」



 急にしおらしくなっていたが、そんなの気にする必要なんてないのに。



「いいんだ、僕も予定はなかったし。それに菜月のことが心配だったしな。今は一人にはさせられないよ」



 もし、またあの先輩たちがストーカー紛いの誹謗中傷を行なってきたのなら、身の毛もよだつ思いだろう。ならば、彼女の傍に付き添って、傷が癒えるのに努めよう。



「……ほんとムダに優しいわね、アンタって」


「無駄じゃない。僕の身体の半分は優しさで構成されているんだぞ?」


「はいはい」



 渾身のボケも適当に流されてしまう。優しさだけが取り柄なのに。



「じゃあ、あたしが仮に変なヤツに襲われたとして、助けてくれるの? 逃げたりするんでしょ、どーせ」



 軽くはにかんで冗談を言われる。全く心外だな。僕が菜月を置いて逃げるだって?


 電車がホームに到着する。急行御幣町島行きだった。



「聞き捨てならないな。逃げる時は一緒だろ? 菜月とならちょっとやそっとじゃ、捕まらないしな」



 逆に置いていかれるのは僕の方であろう。本気を出した神速の星を相手に、逆に捕まえる方が困難だ。



「はは、アンタらしいわねっ」



 ビーとドアが開く。大量に下車する方と乗車する人でもう電車はごったがいだ。サラリーマンに強く押されて、僕と菜月は列へと弾き出されそうになる。



 「よし、いこう」



 菜月の手を握って、電車の中へ進んでいく。中はギュウギュウ詰めの超満員。げふぅ……前の人のリュックが腹にめり込んでるぅ……。



 ドアが閉まって隔離された空間。彼女とは距離が空いてしまったが、お互いに手だけは繋がっている。今度は差し伸べた手を、あの子はちゃんと握り返してくれていた。


 もう離さない。逃しはしない。



 逃げる時は一緒にと決めたのだから。



 ※ ※ ※ ※ ※



 宗から連絡があったのは、その日の夜であった。デートについて根掘り葉掘り聞かれると思ったのだが、少し事情が違うらしい。



「『明後日のオリエン合宿。宿泊メンバーの男子を一人誘っておいたぞ。その報告がしたくてな。また後日紹介する。バスケ部の次期エースとして名を馳せてる厄介者だ。一応注意はしとけ』」



 またしても次期エースの登場らしい……。サッカー部の僕が言うのもアレだが、陸上部・コンピューター研究部ときて次はバスケか。



「『まぁ、それはともかくとして、重要なのはココからな。お前明日の行動メンバーなんで俺とヨッシーを誘わなかったんだ? 海島に頼んでくれりゃ、一緒になれたのによ』」



「……あー、それはすっかり忘れていたよ。ごめん」



 宗が言っているのは宿泊メンバーではなく、行動メンバー。すなわち遊園地や肝試しなどを共にする男女混合のグループのことである。人数制限は五名だったかな?



「『いや、俺はいいんだけどさ。西田から貰ったプリントにゃ、お前の班たぶん男子一人だぜ? こっちばかり気にして、疎かにしてたろ。海島に全部任せきりにして』」



「どういうことだ?」



 よく意味がわからない。男子一人って? 行動班は男女均等じゃないのか?



「『要は海島が勝手にメンバーを決めたんだよ。男女比は考えずにな。でも、良かったじゃねーか。安穏さんも一緒だぜ。後は渚ちゃんに柳葉さん。更には付き添いで生徒会書記の櫻木さんってのも同行するらしい。羨ましいこった』」



「待て待て。バランスおかしくないか? 安穏と一緒なのは嬉しいけど!」



「『いいじゃねーか。可愛い女子に囲まれてよ。まー、楽しめよ。俺とヨッシーは違う班でグループ内の女子と仲良くしてるから、邪魔するんじゃねーぞ。じゃあな』」



「は? え、ちょっと──」



 言い返す間も与えず電話は切れる。宿泊メンバーは男子四人のみなので問題はなかったが、行動班は女子が五人と僕が男子一人って。



 ベッドに倒れ込みながら、しおりをめくる。まずい、非常にまずい。




 ……こんなの、僕がまるでハーレムしてるみたいじゃないか。




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