【前編】ハーレム男子とツンデレ女子。
「別にあたしはアンタとなんか行きたくなかったのよ? 西田のヤツが頼んだから仕方なくやっているだけであって」
僕らは今、駅前の大型百貨店の中を歩いている。付き合ってと言うのは放課後のショッピングだった。オリエン合宿の買い出しを任されたから、荷物持ちなんかを手伝ってとの事らしい。
エスカレーターを昇りながら、ブツブツと文句を言っている彼女をよそに、先生に手渡されたというメモを拝見する。
【皆で遊べるヤツ。トランプとかスゴロクとかそんなの】
……説明ざっくりしてんな。
「てか、アンタさっきのヒトとやたら仲良いのね。図書館でも話してたし」
「あぁ、あの先輩は知り合いなんだ。姉貴と同じ生徒会の人で、スピーチ中に貧血で倒れた時も看病してくれたりしてさ」
「ふーん。どうでもいいけど、あたしに気付いたのかすぐ逃げていったわよアイツ。なんか誤解されてない?」
エスカレーターを降りて、四階を真っすぐに歩いていく。アイツという言い方は先輩に対してどうなんだろう、という疑問はさておき、だから桜さんは会話を打ち切ったのかと妙に合点がいってしまった。
「誤解って?」
「わかるでしょ!」
ローファーで地面を叩いて音を鳴らす。ストッキングの食い込みが気になるのか、親指の付け根辺りを押さえている。
「カップルに誤解されて恥ずかしいとか、嫌だとかそんなのか? というかそこまで気にする必要はないと思うが」
「アンタは気にならなくてもあたしは気になるの! ほら、着いたわ」
辿り着いたのは多くの玩具が立ち並ぶホビーコーナーだった。話題のゲーム機種やミニカー、リカちゃん人形などが揃う子供に大人気のお店。ガラスのドアを押し、いざ入店。
入るや否や、でっでれででっでれででーでーとどこかで聴いたことのBGMが響いていた。近くにはデカデカと新作発売!と大きな広告が掲げられており、モンスターを武器でやっつける系のアクションゲームが目玉商品らしくて至る所で宣伝されていた。
男心をくすぐる大迫力の映像に見惚れている隙に、菜月はすたこらさっさのさと先に歩いてゆく。女の子は興味惹かれないか。
パーティーグッズが並ぶブースにやってくる。菜月が[誰でも簡単に出来るマジックアイテム30選]とやらに夢中になっていたので、僕も近くにあった大富豪を手に取る。
これよく小学生の頃、宗と渚の三人で僕の家でやったなぁ。
ウチの大親友は大貧民になった時にはよくマジギレしてたっけ。「金があるからって幸せになれるとは限らない」って負け惜しみが妙に印象に残ってる。
そんな時でも、渚はよく笑って「楽しいね」って言ってくれていた。お陰で喧嘩したりはすることなく、晩ご飯まで一緒に食べていたっけ。あの頃母さんが作ってくれたパスタが旨いのなんの。
……懐かしい。
物思いにふけながら棚に戻す。目を離したからか、菜月は罰ゲーム付きウノなんてモノに興味を示しているようだった。
※ ※ ※ ※ ※
お店にはしばらくしてから出た。それにしてもまさか先生から頂いたという封筒に、諭吉さんが三人もいるとは思わなかった。僕の財布にも一人くらい遊びに来て欲しいものだ。
「ちょっとトイレ」
と、ここで菜月が単独行動を行う。あ、ダメだ。勝手に行動したら! 迷子になるじゃないか。
「大丈夫? 場所わかるか? 方向音痴なんだからあまり動くと……」
「あたしは子供かっての。てか、方向音痴じゃないしっ。ついてこないで!」
……ヘイヘイ了解しやした。
言われてみたら方向音痴じゃないような気もしてくる。僕の勘違いだったのかも。
ベンチに座りながら彼女の帰りを待つ。時間的にまだ夕方17時過ぎなのに、眠くなってきてしまった。ふぁーあ、眠い。
……少し仮眠を取るか。
腕を組んで目を閉じる。と、唐突に正面から声をかけられた。
「ぜ、善一くんっ……?」
……ん、渚?
※ ※ ※ ※ ※
寝ぼけ眼を擦って重い瞼を開けると、目の前には二人の女性。渚ともう一人は誰だ? 見覚えのないパーマの女性。ハゲダニの制服を着ていることから、友達なのだろう。
「……渚」
「ごめん、起こしちゃった……?」
「いや、大丈夫。えっと」
「だぁれ?」
渚が手に持っていた袋を後ろに隠したことよりも、隣に立っていた女の子の方が気になってしまう。呂律の回ってない話し方をする、肌が少し黒くて、眉は細い。目力も強めだ。
「友達の茜ちゃん。中学が一緒だったんだ……!」
中学の友達と言えば、転校した後の話だろうか。
「どうも、新垣 善一です。よろしく」
手を差し伸べて握手をしようとすると、急に距離を詰められた。顔を近づけて、両手をギュッと握りしめられる。
え、なんだこの人!?
「あぁ〜! 君が新垣くんだ! スピーチで倒れて話題になったイケメンの」
どうやら名前を覚えられているようで、茜さんはニヤニヤと笑いながら、僕の隣に座ってくる。……近いな、さっきから。かつてないほどにグイグイ来てるぞ。
「渚からよく話は聞いてるよっ。すっごく優しくてカッコいいって。確かに岡田純一に似てるね。よく言われない?」
「い、言われたことはないかもです……」
優しいとかイケメンだとか、初対面の人に言われると反応に困ってしまう。完全にたじろいでしまった。
「ちょっと……茜ちゃんっ……!」
「いや〜、噂に聞いた通りだね。イケイケ“三銃紳士”ってだけあるよ。やるねー、渚! 見直しちゃった」
ポンポンとなぜか僕の肩を叩いてくる茜さん。リアクションが大きい。てか、イケイケ“三銃紳士”ってなに? なんか最近もそんな感じの事を聞いたことあったけども。
「あーあ、渚たちとクラス一緒になりたかったなぁ。そしたら新垣くんと同じ班になれたのにー。明後日は頑張るんだよ! 渚! 協力してあげるから!」
「もうっ! 余計なこと言わなくていいよぉっ……!」
腕を引っ張られて、茜さんはようやく立ち上がる。
「ごめんねっ……! 誰か待っていたよね? な、なんでもないから! じゃあ、わたしたちはいくね……!」
「えー、もう行っちゃうのー? せっかくのイケメンを拝ませてよー! イーケーメーン」
引きずられながら、茜さんと渚は去っていく。別れ際に手を振っていた。僕も笑みを浮かべながら振り返す。風のような人だな、眠気がどこかに吹っ飛んでしまったぞ。
背筋をピンと伸ばして「うー!」と声を上げる。肩の筋肉がコリコリと音を立てて、伸び切った。快感のあまりに声が出る。この表現は少しいやらしかったかもしれない。
「だから、アンタはなにをやってんの?」
「げっ……」
またしても菜月が目の前に立っていた。いつの間にやらトイレから帰ってきており、先ほどの様子を見ていたのか、今度は金剛力士像のような形相で僕を見つめていた。
……もう、二番煎じは懲り懲りだぞ。