僕は賢く見せてるだけのハーレム高校生。
「はぁ……はぁ……ゼェ……はぁっ」
体調がよくない。
いつもならDFをドリブルですんなりと抜けることができるのに、今日はてんでダメであった。
なればと無謀なミドルシュートを放ってみたものの、そのボールは見事なまでにゴールポスト上空を通過してゆき、向かい側で練習していた陸上部の生徒にもう少しでぶつかるところであった。
陸上部。そう、彼女たちがいる陸上部にだ。
最近は心が揺さぶられることが多くあって、練習を疎かにしていた。そのせいか身体が鈍っている。
頭も回らない。集中ができない。
髪を切ったあの子はいないかな?と自然と目で追ってしまっている。
向井監督が笛を鳴らす。
今日の練習はここまでのようだ。
「──オイ、新垣ィ……。テメェ、やる気あんのかァ……? お前が【全国に行く】とほざいたんだぞォ……? あの言葉をオレは忘れてねェからなァ……?」
「……んなことわかってますよ。じゃあ、お先に失礼します」
「あァ!? なんだその態度はァ!? 副キャプテンになったからって調子に乗ってんじゃねェぞゴラァ!! てかよォ……生徒会長になるだなんてほさぎやがって! 最悪、ココを辞めて生徒会に入ろうだなんて、そんな無責任なことを考えんなよォ!!!??」
「こーら!西!一年生をイジメるなってあれほど言ったじゃないか! アタイたちは信じるだけでいいんだよ! 他人に期待を押し付けるんじゃなくて、アンタが頑張りなっ!」
「…………チッ、クソがァ」
地面の砂を蹴り飛ばしている西主将は相変わらず、僕に当たりが強かった。
ただ今のこのチームには斎藤二年マネージャーがいるので、以前に比べるとまだマシな状態にはなっている。
「新ちゃんさ、何回も聞かれて鬱陶しい質問やとは思うけれども、一個聞いてもええ? ずばり生徒会長なったらこんな【校則】作りたいとかあんの?」
「誰からも聞かれてないし、そんなのない」
「ほんまかいな〜。ほな、ワイのお願いきてくれへん? もし新ちゃんが生徒会長になったら作って欲しい【校則】があるんよ」
「なに?」
僕は着替えながら坊主頭のチームメイトの話を聞いている。
ええっと、こいつの名前はなんだったかな?
ああ、そうだ。安田くんだ。安田元久くんだ。
名モブキャラの。
「えっとな! 女子の制服を廃止にして、裸エプロンの着用を義務付けて欲しいねん!!!!!!!」
「できるワケないだろ!? どこかの人権団体に訴えられるぞ!!」
性的消費が過ぎる。
どこの球磨川禊なんだよ。元ネタが古いんだよ。
「ええっ!? そんな……。そういうのダメな時代になったってことなん……? “文化体育祭”でのミスコンやメイド喫茶とかもできへん感じ……?」
「昔でもダメだっての。後者に関しては実行委員会や生徒会を交えて相談中だ」
「ほんまかいな。なんや息苦しい時代になったのうー。ルッキズムて。なんやルッキズムて。野菜か?」
ルッコラ+ズッキーニ+マッシュルームではない。
確かに野菜っぽいけど。
「あっ」
着替えを終えて、部室から出ると柳葉明希が立っていた。
僕を見るなり、気まずそうに微笑んでいる。
夏フェスでも行ったのか、腕がリストバンド焼けしている。
「生徒会長さんだー! 学校を頼みましたよ、えっへん!」
「立候補をすると宣言しただけで、まだしてないし、当選もしてない」
「あ、そうだ!がっきー。たぶんみんなに聞かれてイヤだな〜と思ってるかもしれないけど、一個だけ質問していい? ズバリ!生徒会長になったらこんな【校則】を作りたいとかありますか!」
「ないって! それ流行ってるのか!? てか、生徒会長になったからって自由に校則を作れるわけないだろ! ここは民主主義の国だぞ!」
「みんちゅちゅぎ……? むずかしいこと言わないでよー!あたしはただ《おもしろ校則大喜利》をしたかっただけなのに……」
なんで高校生なのに民主主義わからないんだよ!
公民で習ったろ!
「多数決取ってみんなで決めるんだよ。総理大臣になったからといって、勝手に法案は作れないだろ。生徒会の面々で話し合って、先生たちに承認を貰いにいくんだ。先生らが『いいよ』と言ったら、そのときに初めて【校則】ができる。たぶん。ハゲダニはそうなっていたハズ」
「うわぁ、学校も小さな社会みたい!」
「……ちなみに明希はどんな【校則】を作りたかったんだ?」
「えっとねー」
一応、フってみる。
今日の明希はモンブラン色のリボンをしていた。
どことなく季節感がある。
「学校内にコンカフェ作ってほしいなぁぁ!!イケメンとおしゃべりしながらお茶したぃぃぃぃ!!」
だーかーら、ダメだって!!!!!!!!!!!!
※ ※ ※ ※
「そだそだ。聞いた? 来週、転校生がくるんだって!」
「え、本当か? それは初耳だな」
さらりと梅酒のように明希が言って、彼女はパンケーキを頬張った。
おいし〜と身体を揺らしている。
僕はジッとその様子から目を逸らしている。
『……元気でた?』
あの日のパンケーキは甘かった。
カフェに行くなんて、あの時ぶりだ。
『寄り道しない?』と急に明希に誘われたので、いま僕らは【カメダ珈琲】にいた。
店内はお客さんでいっぱいで活気づいていた。
店員さんがあくせく働いている。
水の入ったガラスの結露によって、メニュー表がテーブルに張り付いている。
手をおしぼりで拭きながら、彼女をみる。
「どんな人がくるのかなー?楽しみだなぁ〜♩
+(0゜・∀・) + wktk+ o(●´ω`●)o wktk」
明希は顔文字みたいにわかりやすい表情を見せてから、テーブルにスマホを置いた。
「もーー。なんで、マチアプは18歳からじゃないとダメなの? 16歳も18歳もあんまり変わらないじゃん! 出会いがほしいのに〜」
「未成年は色々と危険が伴うからな」
僕は彼女をみる。明希はストローでちゅーとアイスミルクを吸っている。
「彼氏ほしいよーー。これから寒くなってくるのに独り身はやだ! さびしい!」
「……」
僕は膝の上で指を組んでジッと黙っている。
どうしてだろう。以前は明希と一緒にいたとき、あんなにも楽しかったのに、まったく楽しめなくなっていた。僕が恋愛ごとに興味をなくしたかからなのか、もしくはこの会話が原因だからなのか。
どっちにしろ酷くつまらなかった。
喫茶店なのにWi-Fiがないのも意味わからなくてムカつく。
マンションの前で「ポイ捨てしないで!」って張り紙があるのに、平気でカップ麺のゴミとかを捨てていく輩くらいムカつく。
「……少し思ったんだが」
「んん」
「──マッチングアプリをしてまで、恋人って欲しいもんなのか?」
心が荒れてくると新垣 悪一が出てきてしまう。
煽るような口調で明希に言う。
「僕にとって“ソレ”は大企業が仕組んだ新手のビジネスモデルにしか思えない。恋愛というものをさぞかし高尚に見せて、寂しさに飢えたものたちに餌を撒き、欲を駆らせて、相思相愛という成功例を作り上げる。彼らはプレイヤーからお金を毟り取ることしか考えてないだろ。機械的に作り上げられた運命なんて、本物だって言えるのか? ……僕は、そんなものが良い出逢いを生むだなんて思えない」
また難しい言葉を使用して、浅い知識マウントを取ってしまった。
こんなものはただの逆張りに過ぎない。
世間を斜に見て構えてるだけの、捻くれ者だ。
「……ごめん、がっきー。ちがうの。えっと、本気ではやらないよ? ごめんね……」
明希が小さく謝罪して、誤魔化すように壁を見た。
僕は小さく息を吐いて、メロンソーダを飲む。
炭酸が抜けて味が薄く感じられた。
「がっきーってば、ロマンチストだよね」
※ ※ ※
帰宅した。
足首をぐるぐると回しながらリビングに向かうと、瑠美が皿洗いをしていた。
「あっ……」
僕が何を言おうとしたのか、言葉は出てこなかったが、何かを言おうとしたとき、瑠美はタオルで手を拭いて、さっさとリビングから出て行った。
睨みつけるその横顔に正気はない。
階段をドタバタと大きな音を立てて上がってゆく。
「ま、別に……どうでもいいか」
いつまでも妹とべったり仲良くするというのも気持ち悪いものだろう。
このくらいの距離感がちょうどいいかもしれない。
「おっ、帰ってきてたか。おかえり」
リビングにもう一人入ってくる。
ただいまは言わない。
風呂上がりなのか、バスタオルを巻いてはいるが、もう半分胸の形が見えちゃっている。
こう見るとかなりデカい。着痩せするタイプなんだろうか。
半裸の女性が髪を拭きながら、冷蔵庫に牛乳を取りに行っていた。
腰に手を当てて、ごくごくと飲んでいる。
「私の完成された完璧な半裸を見てもなんら反応も示さないというのは、今の時代的に見て正しいかもな、善一」
「実の姉に発情するのは流石にキモいからな」
「不倫や浮気が無くならない時代だぞ。妹や姉に興奮する人間などいて当然だ。何もおかしくない」
「性的消費だと罵らないのか? 目を逸らさずにじっくり見てたぞ」
「ふふ、実の弟に視姦されてたわけか。訴えれば勝てそうだ。少し待っとけ。着替えてくる。話がある」
「ああ、僕もだ」
テーブルに着く。僕ら兄姉妹は順番交代でご飯を作る。
今日は瑠美の番だったのだが、僕の分の晩ご飯もきちんと用意されていた。
「さて、と。何が聞きたい?」
「ふざけるなよ。今日のアレはなんのつもりだ? 僕を傀儡にして、まだ実権を握りたいのか。目的は一体なんだ」
姉貴がTシャツを着たまま、ソファーで靴下を履いている。
こっちを見ようともしない。
僕はテーブルがけの椅子を少し動かして、姉貴のほうに身体を向けている。
肘を付いたまま、追求している。
「いや、そんなつもりは毛頭ない。ただ、先手を打ちたかっただけだ。その為にお前を利用させてもらった。不審な動きを発見してね」
「……不審な動き?」
聞くと「ああ、そうだ」と即答される。
彼女はソファーの上で指の先と指の先をくっつけて座り直した。
「善一、ひとつ頼みがある。
──櫻木 晴香を救ってやってくれないか」




