僕はどんな服でも着こなしてしまうハーレム高校生。
「それは“偏見”だ」
「ああ偏見に違いねぇ。目の前にいるお前が見事なまでに定説をブチ壊してくれている時点でな」
「なんだヒマ人なのか?」
「ヒマ人じゃねぇよ。予定たくさん人間だ。てか、いいもん持ってんじゃん」
仮面を脱ぎ捨てた玉櫛宗は、僕の持っていたハンドスピナーを指さした。
子供のように興味を示している。
「……あげるよ」
「やったぜ!」
玉櫛宗はハンドスピナーをGETした!
指でクルクル回している。たのしそうだ。
彼はこうやって人生を無駄に過ごしていくのだろうか。
「唐揚げ一個いるか?」
「じゃあ、もらう。……いただきます」
爪楊枝を使って、唐揚げを口に含んだが、すぐに吐き出しそうになった。
あまりにも不味い。
てか、生焼き状態だ。こんなの食えるか!
「最悪だろ? でもさ、こういうクレームを入れたとて『いやいや夏祭りの屋台だとそういうことあるだろ』って野暮なんだよな。別に返金してもらおうとか、新しいのが欲しいとかじゃなくて、こういうのを含めて“祭り”って感じ……。いや、別にいいんだぜ。いいんだけどよぉ、この800円でなにか別の自分のためになることが出来たんじゃないかって。物価高騰のこの時代にさ。なんていうか、定期網とでもいうのか、俺らってこういうのに騙されて生きてるよなぁって」
「……ぼったくりだな」
「んー、まぁぼったくりというよりかは【祭り魔法】にかかってるとでも言うべきか……。みーんな雰囲気に呑まれているだけ。人多いし、蚊もでるし、屋台は高い上に不味いし、それなのに夏祭りで花火を見たいから人が集まってくる。人が集まるところに人は寄りつくから。屋台なんて、原価とか計算しだすと買ったら損なレベルなのに、雰囲気で買っちまう」
宗はいつもみたく『俺は他とは違う。社会のことなんでもわかってますよ』ヅラで、ベラベラとネガティブなことを言い始めた。
頭が良いってのは必ずしもプラスには働かないらしい。
賢いバカにはなりたくないものだ。
「そんで、安穏とは付き合えそうか?」
「それが……ドタキャンされたっぽい」
「草」
「草生やすな。ネットの人か!」
宗は持っていた唐揚げの袋をゴミ箱に叩き込みながら、ヘラヘラと笑っている。
「……ぷぷっ、安穏きてねぇの?」
「安穏きてない。連絡もきてない」
「木」
「木!? 植林活動中なのか!?」
人の不幸を楽しむ玉櫛くんは嫌なカブトムシである。
「……あーやっぱりイッチーはおもしれぇーなー。漫画みたいな人生過ごしてて、ちょっぴり羨ましいわ。なりたくはねぇけど。合宿の話も聞いたけど、なーんか色々大変だったらしいな。いやーほんと森だわ」
植林成功してる!
「イキって絣縞模様の着物なんて着てさ」
絣縞知ってるの!?
「ともかく、安穏に告んだろ? ま、頑張れよ」
「その安穏が来てないんだって!!」
宗は僕を散々バカにするだけバカにして、捨て台詞を吐き捨てたかと思えば、背を向けて手をあげて、どこかに去っていった。
去り方まで鼻につく。
なに漫画の強キャラみたいな雰囲気醸し出しているんだよ、腹が立つ。
「……はぁ」
人混みに消えてゆく宗を眺めながら、僕は息を吐く。息を吐いたら、ため息がでた。
そのときーー遠花火が、河沿いで鳴った。
※ ※ ※
駅に戻ってきたが、相変わらず安穏からLINEの返事はない。
到着してからそろそろ一時間が経過しそうになっている。
別に帰ってもいいかもしれない。
期待はしていなかった。
だけど、こんな結末になるなんて予想外だ。
安穏は優しくて、性格の良い女神みたいな女の子だと思っていた。
でも彼女は人間でーー気分屋で、女性の嫌なところもちゃんと持っている普通の人間だった。
僕は彼女を愛玩動物のように「かわいい」と愛でたいだけで、彼女の人間らしい部分を排除してしまっていたのかもしれない。
もっと向き合うべきだった。
自分のことに精一杯で、全然気が付けていなかった。
「……終わった」
花火が鳴っている。きっとカップルたちはアレを見ながら愛を語り合ったりするのだろう。
戻ってゆく。徐々に、徐々に。
昔の自分へと。
古垣眞礼と社会に文句を吐き捨てていた新垣 悪一に戻ってゆく。
せっかく、ちゃんとやり直そうと思ったのにな。
「……最悪な人生だ。死んでしまいたい」
消えてなくなりたい。今すぐここから。
電車のホームから飛び降りて、電車を遅延させたい。
でも、さっき遅延してたし、また遅延させるのは本当に最悪最低な行為だ。
いいよなぁ、好きな女の子と花火を見れるなんてさ。
なにが楽しくて生きているのがわからない。
美味しいご飯を食べること?
好きなアニメや漫画や映画を見ること?
勉強をして良い大学に入って、良い就職先を見つけて、それなりに良い生活をすること?
期待通りに人生が進むとは限らない。
だけど、あまりにも期待値を下回りすぎていて、どうしても明るい気持ちになれやしない。
恋は人を憂鬱にさせるというが、本当にその通りだ。
好きな人の行動に一喜一憂して、心が病んでしまう。
古垣眞礼をメンヘラだと内心では罵っていたクセに、僕だって他人のことを言えなかった。
別にいいっちゃ良い。恋愛なんてせずに人生を全うしても、それなりに不自由なく生きていけるかもしれない。
自らが愛を欲しているのは、この心の奥にぽっかり空いた穴を埋めてほしいというだけの、一方的な願望の押し付けに過ぎないのだから。
こんなのは自慰行為と同じだ。
自分を満足させるためだけの行動だ。
彼女を幸せにしたいとか、そんなのは薄っぺらい欺瞞に過ぎなくて、僕はただ己の欲を満たすためだけに、彼女を利用しているだけである。
もういい、わかっていた。
諦めればいいんだろ? 最初から期待をドブに捨てて、幸せな恋愛をしている奴らをコケにして、玉櫛 宗のように悟った雰囲気だけをだして、社会のすべてを見下し、自分のプライドだけを守って、いつか歳を重ねたときに寂しさに耐えきれなくなって、若い女の子に人生経験を説くような痛いジジイになっていけばいいんだろう?
それが僕の人生ならば潔く受け入れるよ。
わかっていたよ、どうせ上手くいかないだなんて。
「……帰るか」
ベンチから立ち上がって、僕は彼女にLINEを送ることにした。
せっかく浴衣まで借りたのにな。
調子に乗って本当に愚かだな、僕は。
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無理やり誘ってしまってごめん。
安穏の迷惑だと知らずに、一方的に自分勝手に行動してしまった。
本当にごめんなさい。
嫌だと思うので、今後は関わりません。
駅にいるけど、もう帰ります。
そういえば、この前はありがとう。
一緒に遊べて、本当に楽しかった!
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文面を見直して、本当にこれでいいのかと思ってしまった。
これを送ってしまうと、すべてが終わってしまう気がする。
勢いで送ってしまって、後から後悔するのは自分である。
もしかしたらまだ来るかもしれない。
「……」
しばらくの間、頭を悩ませた結果、文面はシンプルにして、これだけを送ることにした。
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駅にいるけどもう帰るな
ごめん
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LINEを送った瞬間、すぐに既読がついた。
直後、電話がかかってくる。
「……はい」
低い声で返事をすると、なぜか別の女の子が喋っていた。
電話してきたのは別の子だった。
「『善一? すぐ薄雪草公園まで来て。のどかと一緒にいるから』」




