僕は祭り屋台を楽しむハーレム高校生。
どうしてだろう。
恐ろしいほどに自分の心は冷静であった。
安穏はLINEを未読スルーしているし、電話にすら出る気配はない。
即ち、予定をバックれられたという状況なのだが、僕はそんなことはどうでもいいと思っているのか、リュックサックからの本を取り出して、おもむろに読書を開始させていた。
今、読んでいるのは芥川龍ノ介『あわわわわ』である。
僕の気持ち的にも『あわわわわ』しているのだが、浴衣を身に纏っているせいか『あわわわわ』していなかった。
紙のページの一文一文から作者の伝えたい意志を読み取ろうと指を沿わせて、声を聞いている。
文章の““声””を捉えている。
ふと、祭囃子が聞こえてきた。
遠くの方でどんちゃん騒ぎが起こっている。
どうやら祭りが始まったようだ。
じきに花火も上がるかもしれない。
僕は安穏にブッチされたことを記憶から消すために、ベンチから立ち上がった。
※ ※ ※
手荷物をコインロッカーに預けて、人混みのほうに向かってゆく。
河川敷で開かれるこのお祭りは「大祭り」と呼ばれており、一年に一回しか開催されない大イベントとなっていた。
万博でも開いたんじゃないかと思うくらいに人で賑わっている。
屋台も勢ぞろいだ。
駅からあまり離れないように入り口近くの屋台を見に行く。
じゃがバター、りんご飴、アメリカンドック、イカ焼き、射的などが並んである。
うーん、この中だとりんご飴かもしれない。列ができていないのはアメリカンドックだけど……時代錯誤だしなぁ。
せっかくの機会だしとりんご飴を購入した。
次はどうしようと周りを見渡しているとーー。
「男前のにいちゃん! 記念に一発どうだい?」
ぼんやりと考えていると、背後からガタイの大きいおじさんに話しかけられた。
屋台の看板には『くじ引き』とある。
「今だったらね、任天丼スティッチが当たるよ!」
「いや〜……。あんまりゲームやらなくて」
「任天丼スティッチいらないのかい!?」
「任天丼スティッチいらないです」
「たった500円のクジで当たるかもしれないのに!」
僕はジーッとくじ引きの箱を見つめる。
一等には確かに「任天丼スティッチ」と書いてあった。
いやでもあまりにも……安すぎる。
「……転売したやつとかじゃないですよね?」
「転売したやつとかじゃないよ!」
「……当たりくじが入ってない可能性は?」
「いやいや、にいちゃん。それは人を疑いすぎだよ! そもそもね、当たりくじが入っていようといなくても、わしらは少なくなったらこれを継ぎ足すだけよ!」
「ええっ……怪しすぎる」
古怪しいことをしている店主に疑いの目を向けながらも、サムライたるもの挑戦しなくては意味がないと思い、500円を支払うことにした。
おじさんから手渡された箱に手を突っ込んで、くじを一枚引く。
引いて数字を確認するとーー
「すごいぞ、にいちゃん! 2等だ! 2等が当たったね!」
「えっ、ほんとですか」
まさかまさかの2等が当たった。
おじさんが景品の準備をする。
2等はなんと──。
「はい、ハンドスピナー」
「……」
※ ※ ※
絶滅危惧種を押し付けられたことに不快感を覚えつつも、この謎のスピナーは意外にも楽しかった。
ハンドスピナーをくるくる回している。
僕はこの現代で、いまだに、ハンドスピナーをくるくる回している。
安穏が来ない中、僕はおもしろグッズであるハンドスピナーとイチャイチャしている。
「あれ、新ちゃんやんけ。こんなところでなにしてるんや?」
「……誰ですか?」
「ワイやん!ワイやて! え、ワイの顔忘れてしもうたん!?」
僕がハンドスピナーを回しながら屋台を観ていると、変な関西弁のやつが馴れ馴れしく話しかけてきた。
本当に誰だコイツ。
「ごめんなさい、存じ上げなくて……」
「いやいや、安田やん! 安田元久やん! 同じ部活入ってるやん! え、なんでちょっとの部活休み期間でワイくんの顔を忘れてしもうたん!?」
「あー……安田くんか。久しぶり」
「テンションあげぇえや!? せっかくの大祭りやのに!」
現れたのは安田元久くんだった。
頭にタオルを巻いて、屋台の中で働いていた。
「バイト中なのか?」
「そそ! やっぱり小遣いだけやとあんまやりくりでけへんやん? やから、おじさんの手伝いをしてるんや! ほれ、関西風たこ焼き! 食うていくか?」
「要らない」
「遠慮すんなや! サービスでお金はとらへんで!」
「結構です!」
「なんでぇ!?」
うるさい関西人である。関西人は自分たちのお笑いが正義だという凝り固まった考えをこちらに押し付けてくるので苦手である。
「今、デート中なんだ。それなのに青のりが入ったものを食べてみろ。フラれるだろ?」
「デート中って。ええっ!? 柳葉ちゃんと付き合うことにしたん!?」
「いや……相手は明希じゃない」
「ふぇ? ほな、誰や? 見えへんぞ? 透明人間か?」
「透明人間じゃない。てか、なんでそれをいちいち言わなきゃいけないんだよ。お前、仕事中だろ。黙ってたこ焼き焼けよ」
「冷たいこと言いなさんな! ワイの作るたこ焼きは不味いからあんま人気ないねん。ほんでほんで、誰なん?」
「不味いものを食わそうとするな! なんだよさっきから!」
ハンドスピナーとかハンドスピナーとかハンドスピナーとか。なんで、そんな売れ残りを僕が引き取らなきゃいけないんだよ。
「青のり抜いとくから持っていきーや」
「えぇ……わかったよ。じゃあ、もらう」
「800円ね」
「はいはい、えーっと千円札から──ってこら!」
無料じゃないのかよ! いいって、そのノリツッコミを僕にやらすな!
僕はそんなお調子者キャラじゃない!!
「まぁ、今回は無料にしたるがな。焦げてるやつやしな。しっかし、羨ましいのーー。デートて。夏祭りデートて。しかもオシャンティーな浴衣まで着て、普段より男前にあがっとるし、はーーーー!? なんなんお前!! 随分と人生楽しそうやなぁ!??」
急にキレだす安田元久くん。
彼は気が付いていないようだが、僕と喋っているせいでお客さんが入りづらい空気になっている。
早く立ち去るべきだろう。
「顔がええやつは何しても似合うからええのう! なんや、呑気にハンドスピナーなんてくるくる回しよってさかい! いつの時代やねん! 何年前のおもちゃやねん! なんやお前アレか? 休日には縄文土器とか拵えているタイプか? ハンドスピナー回している暇あったら、ワイにも可愛い女紹介せぇ!ボケェ!!!」
飛沫を吐き散らしながら、喚き散らしている安田くんに「じゃあまた」と手を振って、僕はそそくさとその場を去ってゆく。
だからモテないんだよ、元久。
だけど、ありがとうな。お陰で少し元気出た。
※ ※ ※
安穏からの連絡は来ていない。
もうすぐで花火が始まってしまう。
急いで駅に戻ろうとしたときだった。
狐の仮面を被った変な男が、僕の行手を阻んでいる。
「どうも、祭りで浴衣着てくるやつは大体ヤリチン」
仮面をつけたまま悪ノリ男は生意気にも舌を出して、僕を嘲笑っていた。




