僕はお祭り男なハーレム高校生。
渚と砂浜で話してから別荘に戻り、荷物の準備をしだしたあたりで皆が起き始めた。
パジャマ姿の安穏が寝惚け眼を擦りながら起きてきたので「おはよう」と声をかけると「おはよー」と返事をしてくれた。
そのあまりの可愛さに、妄想が膨らんでしまい、朝起きるときに彼女が「ムニャムニャ……。もうなにも食べれないよぉ……」みたいなことを呟いている姿を想像してしまって、キモい笑みが溢れてしまった。
それを明希に見られてしまって「なんでニヤついているんだろう……」みたいな目をされたが、数秒後には「楽しかったね」と笑いかけられた。
一応は楽しかったことになるのかもしれない。
楽しかったでいいか。
×××
桜さんは別荘に残って後片付けをするということで、僕と渚と安穏と菜月と明希は先に帰ることとなった。
帰りのバスの中では会話はなかった。
前方の先には渚と明希が隣同士に座っているのがみえた。頭をぶつけて眠っている。
後ろには安穏と菜月がいるのだが、隣同士にはならずに距離を空けて座っていた。
僕はあまりの会話のなさに「会話ないんかい」とついついセルフツッコミを入れてしまった。
昨夜のことはもう全部記憶から消すことにした。
どうしてだろう。
変なテンションになってきている。
ああ、そうだ。
今日は安穏と花火大会に行くんだった。
※ ※ ※
バスを降りて、駅の改札前で解散した。
僕はみんなと違う方向だったので、手を振って別れようとしたとき、安穏がこっちを振り向いた。
僕に駆け寄ってくる。
「善一くん、今日18時半に表裏参道駅前で待ち合わせしよっか! じゃあまたあとでね」
「お、おう」
彼女がそんなことを言ってくるのは珍しかった。
安穏は小さく手を振って愛想良く笑った。
僕もニヤつきながら手を振り返す。
もうなにも考えないことにした。
×××
家に着いた。
別に海外旅行に行っていたわけでもないのに、久しぶりに帰ってきた気がして、家の前で「ただいま」と格好をつけた発言をしてしまった。【新垣】の表札が僕を見ている。なに抜かしてんだコイツと思われているかもしれない。
おかえり、くらい言ってくれよ。
「はぁ〜あ……。あ、おかえり。クソおにぃー」
合鍵でドアを開くと、瑠美が玄関先にいた。
まだ夏休み期間中だというのに随分と早起きである。
「おっ、ただいま。愛すべき妹」
別にロリコンではないけれど、ロリコンみたいな挨拶をしたら、彼女はうげぇーと肩を落とした。
「うわキモッ。今世紀最大くらいキモッ。キモすぎて眠気がどこかへ飛んでいっちゃった。朝ごはん食べる?」
「いや、大丈夫。ありがとう。疲れた……。シャワー浴びて寝るよ」
「なーんか色々あったみたいだね。また話聞かせてー。おはよう&おやすみー」
「おはよう&おやすみ」
シャワーを浴びて、自室に戻り、カーテンを閉める。
朝帰りしたせいだろうか。
意識はすぐに落ちていった。
※ ※ ※
「クァンニチワァー!」
耳元でそんな音がした。
スマホが「クァンニチワァー!」を繰り返している。
何度も何度も「クァンニチワァー!」を連呼しているので、クソほどにイラついてしまって、スマホを布団の上に投げてしまった。ボスッという音と共に「……ン……ワァ……」と小さな断末魔が轟く。
なにがこんにちは、だよ。
もう夕方の16時じゃないか。
これは本当にどうでもいいこだわりではあるのだが、朝起きるアラームに好きな音楽を設定していると、徐々にその音楽を聴くたびに「朝起きなきゃ」という焦りが発生してきて、最初は好きだったその曲が嫌いになる可能性が出てくるのである。そうなると、その歌手のアンチになってしまう危険がある。
それを未然に防ぐために、別に興味はない流行っているだけの芸人さんのギャグがひたすら流れる音声をアラームにしてみたのだが、それはそれでやはり嫌いになってしまった。スマホの頭を叩きたくなるくらいである。本当にどうでもいい話。
さて、階段を降りてゆく。不健康な生活のせいで昼夜逆転してしまいそうだ。新学期が始まるというのにこのままで大丈夫かな。いいや、よくない。
「旅行は楽しかったか?」
「うげっ……」
リビングにいたのは新垣 奈々美だった。ソファーに寝転びながら、スマホを弄っている。珍しい。姉貴がダラダラしている。
「なんだ、珍妙な生き物を発見したみたいな顔をして。私が家にいたらおかしいか」
「うん、おかしい。どこにもいかないのか?」
「行かない。見ての通りだ」
「そうか……。姉貴も人間なんだな」
「なにを当たり前なことを」
呆れられる。
彼女は素足をパタパタしながら、はぁ〜とあくびをした。
「お前はどこかにいくのか?」
「まぁ……ちょっと」
「先程、瑠美は彼氏と夏祭りに行くと言って出ていったぞ。お前もか?」
「いや……まぁ」
「図星か。単純なヤツめ」
全てお見通しのようだ。
席に座り、ボーッと時計を眺める。
「彼女か?」
「いや……付き合っていない。でも、付き合いたい」
「ああ、一番楽しい時期だな。青春を謳歌しろよ」
「姉貴は恋人いないのか?」
「いないし、作る気はない」
「どうして」
「私は“異性に”興味はない」
姉貴がスマホを机に置いて、ハッキリとそう答えた。
流石、姉弟といったところだ。
感覚は似るもんだな。
とはいえど、姉貴の場合は少し特殊である。
せっかくなので長年抱いていた疑問を形にすべく、勇気を出して切り出してみた。
「えっと……なんていうか、気にはなっていたんだが、姉貴のその、異性に興味がないっていうのは」
「ああ。同性に関心があるということだ」
「それってつまり……」
「簡潔にいえば、同性愛者だな」
「なるほど」
一応、確認しておきたかった。
でもセンシティブな問題ではあるので、そこまで掘り下げる気はない。
気を悪くするかもしれない。
「嫌か? 血の繋がった実の姉が、そういう性質を持っているというのは」
「……嫌なわけがない。そんな偏見を抱いたりはしない」
「うむ」
ほら、みろ。気を遣わせてしまった。
姉貴は言葉を選んでいるようで、ソファーの上で脚を組んだ。僕は机の上で指を組む。
「んー、まぁ色々ある。ずっと自分をLesbianだと思っていたが、Transgenderのような気もする。まだまだわからないことばかりだ」
「姉貴でもわからないことがあるんだな」
「人間だと言っているだろう。なんだと思っている」
彼女は自身の足の裏を汚れを手ではらった。
「こういう話は長引くからまた今度にしよう。急いでいるんだろう?」
「いやぁ、別に。待ち合わせは18時半だし」
「2時弱はあるのか。浴衣は着ていかないのか?」
「浴衣……?」
目を見開く。
ユカタってナニソレ。タベラレルノ?
「付き合ってもないんだし、浴衣を着ていくのは変じゃないか? 気合いを入れすぎっていうか……」
「善一、考えてもみろ。夏祭りに行くんだろう? しかも二人でいくことをオッケーしている。それはつまり、脈があるにしろ無いにしろ、ある程度の好意はあるということだ。しかもお前は先程『付き合いたい』と言ってたな。だったら相手もそれなりの覚悟を決めているはず。関係性については知らんが、シチュエーション的に浴衣を着ていってもおかしくないぞ。恋愛に疎い私ですらこれくらいの事は分かる」
「待て待て……。じゃあ、相手が浴衣を着てくる可能性もあるのか? 逆に僕が私服で行って浮く可能性もあると?」
「そう言っている」
「いやいや、でもさ。僕が気合いを入れて浴衣を着て、相手が私服だったらどうするんだよ? 相手が気を悪くするかもしれないし……」
「マイナス方向に考えすぎだ。そうなれば、堂々と笑い話にすれば良いだろう。あのな、私は同性愛者であり、Transgenderの可能性もあるので正しいかは不明だが、女性ならSNS映え(?)とやらを考えて、浴衣は着ていくものだと思うぞ。可愛く映りたいだろうしな。それに当日に約束したわけじゃないんだろう?」
「うん」
「じゃあ確実だ。賭けてもいい。お前を喜ばせるためにサプライズで着てくれるという思惑もあるかもしれない。だから連絡する必要もない。逆にお前が浴衣を着て驚かせてやれ。それにな、善一」
姉貴は立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。
中から牛乳を取り出してきて、腰に手を当てながら飲む。口に付着した液体を拭き取りながら、僕を見る。
「浴衣を着ていったほうが普段とのギャップも相まって、数段見栄えが良く映ると思うぞ」
姉貴が後ろ髪をくくった。
スマホを取り出してくる。
「そ、そうか。じゃあ着ていくのもいいかもしれない。いや待て! 時間はないし、大体浴衣なんてすぐに準備なんて──」
と、すぐにどこかへ電話をかけ始めた。
「え、まさかツテがあるのか……?」
「当然だ。私を誰だと思っている。時間もない。デザインはなんでもいいな?」
呆気に取られる暇もなく、彼女は動き出す。
頼りになる姉貴だとはわかっていたが、頼ることをダサいと思っていた。そんなプライドを持っていた自分がバカバカしくなるほどに、姉貴は優しかった。




