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僕は単純バカなハーレム高校生。



「どうして、それが関係あるって思うのよ?」



 質問に対して質問で返答してくる彼女。予想外の反応だった。もっとこう困惑して、挙動不審になったりすると思ってたしな。


 それに井口くんから聞いたなんて口が裂けても言えないだろう。


「勘だ。直感が働いたんだ」


「あっそ。全然関係ない、残念でした」


 海島はハッキリと否定する。顔が青ざめることもなく、逆に鼻で笑われたくらいだ。どうやら僕の読みは外れたらしい。


 代わりに安穏がスマホを見ながら「あ、これ」と呟いた。


「例の制服泥棒だ。一時期話題になったね。怖かったなー。凌中でも被害に遭った人いたね」


「一個上の先輩でしょ」


「あ、それそれ。陸上部だったっけ。そういえば顧問の先生も最初は疑われていた気がする」


「高橋先生のこと?」


 いつの間にか思い出話に華を咲かせ始めた二人。完全に蚊帳の外な僕。事態を勝手に重く受け止めて、また変な勘違いをしていたようだ。


 事件をきっかけに海島は心に傷を負った。今でもそれがトラウマになっていて陸上を辞めざるを得なかった、という僕の予想は大きくズレていたらしい。


 ……けど、被害に合ってないならそれはそれで安心か。


 

 「じゃあ、海島。なんで部活を途中で辞めたんだ。精神的に辛かったのか?」


 

 話の腰を折って僕は再び彼女に問いかける。安穏がこれまで聞きたくても聞けなかったことだ。話をはぐらかさせないし、追撃の手も緩めない。


 海島はシロップを入れながら、会話を止めた。スプーンで二回半ほどかき混ぜて、イライラしたように背もたれへともたれる。



「……いい加減にやめて。終わった事だし、色々と詮索されるのはウンザリ。そーいう行動がデリカシーがないって言ってんのよっ」



「そうやって嫌がるってことは、それなりに何か理由があるんだろ? じゃないと、そこまで感情的にならないしな。それとも本当に何でもないのか?」



 『そ』の接続詞を用いてなんだか挑発するような言い方になってしまった。


 海島の口元が見る見るうちに歪んでいく。激しい怒りに机を片手で叩きつけて、



 「あーーもうっ! アンタには関係ないでしょ!!」



 全ての怒りをブチ撒けた。


 勢いよく席を立った衝撃もあって、近くに置いてあったお冷がひっくり返る。幸い購入したドリンクは無事だったが、彼女の履いていたスカートが濡れてしまう。


「う、海島大丈夫か……?」


「平気そうに見える!? 中までビッチョビッチョ! ホント最悪!」


 バタバタとなびかせていたが、しばらくは乾きそうにない。あぁ……やってしまった。


「ジャージに履き替えないと……」


 安穏がハンカチを取り出して拭いている中、僕は椅子から動けなかった。


 店員さんが駆け寄ってきて、タオルを貸してくれたこと。二人がトイレに向かったこと。それら全てをまるで他人事のように、達観して見ていた自分がいた。


 彼女が帰ってきても謝罪の言葉すら言えない。


 鞄を肩に掛けて、飲みさしのドリンクを手にしながら、海島は僕に向けてこう告げる。



 「あたしは二度と陸上はしない。だから口出ししてこないで」

 


 部外者は黙っていろとでも言うように。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 「もう諦めろ、あの女はムリだ」



 彼女達が去った後、背中越しに宗が話しかけてきた。コイツは僕の後ろの席にずっと潜んでいて、ただ黙って話を聞いていたのである。ボイスレコーダー返却しとこ。


 振り向くとなにやら見たことのない色のドリンクを持っていた。


 「それはなんだ?」


 「あぁ、これはな。【ホワイトモカフラペチーノのグランテと、追加でキャラメルソース、ヘーゼルナッツシロップ、チョコレートチップエキストラホイップのエスプレッソショット一杯を加えたオリジナルカスタムメニュー】だぜ」


 「……魔術か?」


 「まぁ、今度注文してみ。マジで超絶☆旨いのん」


 とは言われたものの、全く暗記できなかった。呪文かと思ってしまったぞ……。


 「な、言っただろ。”単純バカ”なイッチーには不可能だって。お前は海島って女をわかってない。あぁいうやつは『人を助けようとはするが、自分の助けを求めない』タイプだ。俺にそっくり」


 「自分で言ったら痛いぞ、それ」


 しかしながら、ようやく痛感したのは事実である。


 僕には決して話をしてくれない。それどころか逆に全ての行動が裏目に出ている。これでは本当に嫌がらせに違いない。



 「それにしてもスカートの中までビッショリとは想像してしまうな。あんな美人が部活やってたとか、毎日でも見に行きたくなるレベル。海島ってスタイル良いし、そこそこ引き締まってる身体をしてそうだし、エロ可愛いよな。性格がキツいことを除けば、だが」


 

 席をこちらに移動してきた宗。相変わらず何を言ってるのか。



 「まー、でも中学生なんて思春期真っ盛りだしな。大人になっても体操着を盗んでしまうロリコン犯罪者もいるし、若いうちから注目されて、人の目に晒され続けたらそりゃ言動が強くなるのは仕方ねーか」



 オリジナルドリンクとやらを口にしながら大親友は持論を展開させていく。



 「なーんか、可哀想だな。差し伸べられた手を拒み続けてまで守りたいモノでもあるのかねぇ……」



 いつもの独り言、なんでもない雑談。友人の何気ない言葉。



 だが、少し引っ掛かる。



「……なにが言いたい。もしかして事情を知っているのか!?」



「いや、ただ思っただけ。なんもしらない」



 とぼけた顔でコイツは言うが、ここまで意味ありげに語るときは大体きっちりとした考えが頭に浮かんでいるときである。宗はいつも僕の上をいくのだ。



 「イッチーとは長い付き合いだからな。中学のときも一緒にサッカーできて本当に良かったぜ。俺だって不安だったしよ。お前がいてくれたお陰で頑張れた。感謝してる相棒」



 「な、なんだよ急に……。照れるぞ」



 そう言って貰えるのは嬉しい。だけど、それなら高校でも一緒にサッカー部に入って欲しかったものである。なんで事情を教えてくれないのか。



 「……ん?」


 

 あれ? なんだろう、この違和感は。節々が引っ掛かる。


 もしかして僕は大事なことを見落としているんじゃ……。



 「なぁ、兄弟。二人の関係に野暮な言葉なんていらねぇぜ……。盃を交わし、同じ釜の飯を食い、肩を抱き合った。あの頃のことをオレは……」


 「ちょっと静かにしてくれ。もう臭い演技は飽きたから」


 

 手をかざして少し思考する。ヒントは沢山あったのだ。


 海島は最初から本当のことなんて何一つ言ってなかった。全てを闇に葬るために。



 もしこれが真実だとしたら、大変なことだぞ……。



 「おっ、わかったのか? まぁ、今更ムダだ。もう海島の事に関わるのは辞めよう。彼女なりに知られたくないことだってあると思うしな。お前がアイツを助けたいのはわかるけど、これ以上どうする事もできない」



 宗は飲み終えたカップを乱暴に叩き付けて、冷たく吐き捨てるのであった。



「俺らにできる事なんて、何もないんだよ」


 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 「お願いだから“神速の星”と呼ばないで」



 ある日、皆の前で海島菜月は唐突にそんな言葉を漏らした。


 僕らは委員長と副委員長としての業務を全うしていた。目前に迫るオリエン合宿についてのスケジュールを、クラスメイトの前で発表している最中であった。


 大抵は僕一人が話をし、あの子は隣で立ってるだけの置き物と化す。面倒臭そうに髪を弄り欠伸をする。それこそが変わり映えしない、ありふれた日常だった。



 だが、この時ばかりはそうではない。


 

「部活には入らないって……何度も言ってるじゃない」


 

 黒板に文字を書いていた僕を背に、海島は一歩前に踏み出してクラスメイトたちに訴えかけた。あまりに突然の事で、説明の手を止めてしまう。


 なんだなんだと、クラス連中も彼女へと視線を変える。生憎こういう非常事態でも、あの担任教師は教室を留守にして仕事を放棄していた。お陰で咎める者は誰もいない。


 海島菜月、誰にでも突っかかっていく負け知らずの強気な女性。舐めてかかると、すぐにでも大火傷を負う事になるような、極めて横暴な狂犬。


 誰もがそのように、印象付けていた。



 「決めた。あたし、もう学校辞める」



 いつもの調子で海島は告げる。それはまるで何か気に食わないものがあったかのようなそんな言い方であった。


 クラスが騒然とする中で、それだけを言い残して教室を出ていく。鞄も友人も何もかも、置いてけぼりにして。


 誰も気付けていなかった。勿論、僕も。


 あの子の苦しみとか痛みとかを分かってもいないクセに、知ったような口で安穏にあんな責任もないことを告げていたのだ。





 「なっちゃん……?」




 誰かがそう呟いた。誰の言葉なんて、そんなもの分かりきっている事であった。



 最初に理解したのは僕だった。彼女がこれほどまでに思い悩んでいながら、そこを誰よりも見落としていた無能な僕であった。



 何もできない。まさにその通りである。



 無力でちっぽけな一人の高校生。



 けれど、今はそんな後悔よりも、彼女を連れ戻すことが重要だと悟る。




 気がつけば僕は教室を飛び出していた。




 誰の声も耳に入らない。



 追うのはただ一人。副委員長、海島菜月。



 彼女を逃すワケには行かない。だって、今は授業中なのだから。




 僕は新垣善一。





 ”単純バカ”な──このクラスの委員長だ。





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