僕は紳士的なハーレム高校生。
その日の放課後は少し用事があった。
とある人物との待ち合わせの為に僕は駅前にいた。場所はスタートバック走コーヒー店。通称スタバと呼ばれており、同年代のクラスメイトもよく「今日スタバる〜?」と謎の造語を開発するほど、都内でも人気のカフェテリアである。
ただ問題が一つあって、僕はこういった類のお店にはほとんど来たことがなかった。レベルが高いというか、意識が高いというのか、ともかく勇気を持てずにいた。噂によると特殊な注文体系になってるとのこと。
「いらっしゃいませ〜」
緑の制服に身を包んだ女性店員が早速声をかけてくる。店内は沢山のお客さんに溢れていた。愉快な洋楽が流れていることから、どこか日本離れした雰囲気も感じられる。
意外と若いお客さんだけでなく、スーツに身を纏ったサラリーマンらしき人も多い。ノートパソコンを広げてコーヒーを口にしている。
「……」
はて、と首を傾げる。いきなりの難題だ。
聞いてはいたのだが、ここまで商品名がわからないとは。“フラペチーノ” “エスプレッソ”と謎のカナ表記が続いている。うむ、困ったぞ。
正直に言うと、僕はこういった類のお店には行かないし、ほとんど興味もなかった。甘党なのでコーヒーも苦手なのである。
ブラックは言わずもがなだし、カフェラテやカフェオレの違いすらも分からない。マキアートなんて言われてもちんぷんかんぷんである。分かる範囲で選択するとしたら、ココアとほうじ茶になってしまうぞ。
更には問題はそれだけに収まらない。
サイズ表記も通常のS・M・Lなんてアメリカンな書き方はしておらず「ショート」「トール」「グランデ」「ベンティ」と謎の用語が用いられているのだ。
ショートやトールはなんとなくイメージは掴めるが、「グランデ」や「ベンティ」なんかは見当もつかない。むしろはじめて聞いた単語である。
華麗なるスタバデビュー。ビギナーズラックといきたい所だが、想像以上で舐めていた。予習はしっかりしておくべきだったか。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
追い討ちをかけるように笑顔でプレッシャーをかけてくる女性店員。レジの前で少し考えすぎていたらしい。参ったな、後ろにも既に列が出来ていた。
……しょうがない、とっておきの方法を使うか。
紳士的に振る舞うことを意識しつつ、僕は見栄を捨てて、正直な気持ちを伝える事にした。
「失礼ですが、あんまりコーヒーには詳しくないので、人気の商品をお勧めのサイズで頂けませんか? できればあまり苦くないモノでお願いします」
※ ※ ※ ※ ※
【スマートな注文に見惚れました。もし良ければお友達になってくれませんか? これが私の電話番号です♪(笑顔マーク)】
ほう、これがスタバのメッセージカップというやつか。
横面にはそのような落書きがしてあった。電話番号まで書かれてある。恐らくコレが本社と通じており、サービス向上の為のアンケートのような役割を担っているのだろう。
注文した商品は抹茶のなんたらフラペチーノという季節限定メニューであった。どことなくシェイクっぽい。甘くておいちい。
「どこだろ」
と、扉が開いてようやく彼女たちは姿を見せた。
制服を着た二人の美女。一人は肩まで黒髪を伸ばした女の子、どこにでもいそうでどこにもいない清楚な天使。もう一人はポニーテールが特徴的な釣り目の女性。ポケットに片手を突っ込んで、気怠そうに欠伸をしていた。
「よお」
僕は手を挙げて呼びかける。普段なら「おう」とか「やぁ」なのだが、スタバの雰囲気に呑まれて、少しシャレオツな感じに。
「あ、いたいた」
「一体誰なのよ……げっ」
海島は僕を見るなり、あからさまに嫌がった。店を出ようとしていたが、ガッチリ袖は握られているので逃げ場はない。
「ちょっと!? 聞いてないわよっ! アイツがいるなんて!」
「だって、なっちゃん新垣くんが居るって言ったら逃げるじゃん。話聞いて貰うだけだよ」
「離して! 袖伸びるからっ!」
なんか飼い慣らされたペットみたいになってた。
ここまでは作戦通り。
僕は昼休みに約束していた。安穏に海島を連れてきて貰うように頼んで、話をする機会を作るために。単体だと失敗の可能性が極めて高いので、安穏の助力が必要だったのである。
「のどか口裏合わせてあたしを嵌めたわねっ!? 大体、こんなマネ」
「違う、僕が頼んだんだ。とりあえず座ってくれよ、海島。みんなに見られているぞ」
その言葉に睨んでいた海島も席に着いた。僕の前には安穏が腰掛ける。あ、やばい。その距離はちょっと眩しくて失明しそう。
「……………」
誰も何も言いださない。緊張をほぐす為にフラペチーノを喉へとかき込む。口の中は柔らかな甘さでとろけそうになる。もう、溶けちゃうよぉ〜〜///
「えっと、注文してくるね……」
「う、うん。それが良いと思う!」
空気を読んだ安穏は立ち上がる。海島は動く気はないようで、ずっと窓の外を見つめていた。
「なっちゃん要らないの?」
「……お水でいい」
「何か奢ろうか!? 二人とも!」
両手を広げてアピールしたが、二人ともこちらには目もくれない。安穏なんかは「いや、平気」と普通に切り捨てていた。借りは作らないタイプか。
安穏が席を立ったので、海島と二人きりに。敢えてここでは何も言わないでおく。余計なことは話さないのが紳士の基本。
店内に流れる洋楽ポップスに必死で気持ちを浸らせる。目の前にあったフローズンの氷をストローで混ぜながら、吸い込む。さっきより溶けて、味は薄くなっていた。
×××
「……のどかを味方につけて、そんなにあたしに嫌がらせをしたいワケ?」
あちらから急に会話を切り出された。思ってもいない展開である。
冷たい視線に負けじと、僕も頭を下げる。
「別に嫌がらせをするつもりはないよ。ただ一言謝りたくて。……ごめん」
しっかりと謝罪をしておく。デリカシーのない行動で彼女を怒らせてしまったのは、紛れもなく僕の責任だ。
「海島が陸上を続けることが最善の選択だと勝手に勘違いしていた。自分でもデリカシーとか、配慮に欠けていたと思う。本当にごめんなさい」
安穏が戻ってくる前にしっかりと自らの非を認める。前回のいざこざとかを、あらかじめ解消しておかなくては踏み込んだ会話はできない。
海島に返事は無かった。
「ただいまー。ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
ここで安穏が戻ってくる。手には二つの商品を持ってきた。落書きはないようだ。
「これは?」
「えっと、ミルクティーとアイスティー。特別になっちゃんの分も買ってきたよ。お金は要らないからね」
安穏はそう言って、ミルクとシロップを取り出す。僕に借りを作らせず、代わって奢るなんて。あゝ女神様っ!
「……流石に悪いから。いくらよ?」
「いいよ。新垣くんいるって言ってなかったもんね。これで機嫌直してくれるなら嬉しいかな。はい、これミルクティーね」
「……ありがと」
ほう、色が付いてない方がアイスティー。色が付いてるのがミルクティーか。覚えとこう。
「で、アンタは結局なにが目的なのよ」
ここで僕はスマホを取り出す。
保存してあった画面を彼女たちの前に見せつける。それはコン研の井口くんから聞いたあの例の窃盗事件の記事。
「単刀直入に聞くぞ、海島。この事件とお前が昔部活を辞めた理由、なにか関係があるのか?」