彼は探求心溢れるヲタク高校生。
「失礼します。コンピューター研究会ってここですか?」
ノックをして挨拶をする。僕が訪れたのは部室棟の一室。コンピューター研究会、略して「コン研」だ。
正式な部活ではないがサークルとして受理されているコン研は、ハゲダニの中でも異質な所謂オタサーとして有名だった。
実際、僕が窓越しに中を拝見すると、甲高い女性の喘ぎ声が聞こえてきて、一瞬たじろいでしまった。
「ほんとSS当たらねーしw クソゲー乙だはww」
「こマ? さてはアンチだなオメー」
「あ^~ヴァイオレットたんhshs」
ほら、もはや何を話しているかすら分からない。異次元の領域である。
「すいませーん!」
少し大声を出してみると、会話が水を差すように一瞬で止まった。静まりかえる空間の中で言葉を紡ぐ。
「ちょっと活動に興味がありまして、少しお話なんかを伺ってもいいですか?」
丁寧に対応するとガチャリと扉が半開きで開かれる。中からバンダナを巻いた少し肌荒れのある男性が出てくる。太めのお腹をポリポリと掻きながら、いかにも面倒臭そうにジロジロと見つめてきた。
「……はい」
「はじめまして。新垣善一と言います。中に入っても?」
「……はぁ、いいですけど」
扉が完全に開くとようやく中に入れられた。部内はゲームやテレビなどの機器が大量に置かれていて、ゲームセンターのようなビートを刻む音がBGMとして流れていた。ポテチやピザなども揃っている。いつでも宴が出来そうだ。
湿気と熱気の中を見渡す。室内には数名いるようだが、あまり歓迎はされてないようで部外者へのアウェー感が凄い。
「……で、なんの用っすか。部員希望者じゃないですよね」
警戒の先には確実な根拠が見え隠れしていた。あぁ、やっぱりだ。彼らは僕の事を知っている。そりゃそうだ。新一年生サッカー部の新エースで、あの伝説のクールビューティーの弟だもんな。
「単刀直入にお聞きします。【ハゲダニ高校非公式学生新聞】を作っているのはあなた方ですか?」
ここへ来たのには一つの根拠があった。
あのサイトを更新している者はある程度ネットの知識を要しているのは確定事項だ。犯人は学校内にいることは間違いないし、十中八九生徒の仕業だろう。
学校内で一番ネットに長けている集団。ハゲダニに情報学科はないのだし、残るはこのコン研が一番可能性としては高い。
乙女ゲーム、音ゲー、ネトゲ、アニメ、漫画、同人誌、メイドカフェ、アイドル、動画配信、コスプレ、声優……etc.
あらゆるオタクコンテンツを知り尽くしているのだから、ブログの開設など容易いものであろう。
僕はトイレから剥がしてきたルーズリーフの切れ端を見せつける。と、コン研たちの様子が一変する。
焦ったように隣の者と小声で会話を始める者、イヤホンを外してPCから目を離す者。明らかな動揺で現場は騒然としていた。
……間違いない、やっぱり彼らか。
先ほどのバンダナ男は何やら奥まで誰かに声を掛けに行ってるようだった。一番後ろの大きなコンピューターでヘッドホンをしている男、彼がこの研究会の部長だろうか。
立ち上がってこちらに歩いてくる。身長は150センチほどの小柄な男。チェックの半袖Tシャツに身を包んでいる。制服脱いだな。
前髪は薄く、あとは無造作に耳を出す程度まで切り揃えられているキノコヘアー。あまりお洒落とは言えない。
肌は白いがニキビなどの吹き出物は一切ない。ただ寝不足なのか一重の瞼が余計にたるんで見える。金属系のメガネをしていてもだ。
彼は僕の頭の先から靴の付け根まで見つめて「ケッ」と嘲笑した。
「これはどうも。新垣善一くんではないですか。貴方のような陽キャラがどうしてこんな所に?」
薄っすらと張り付けたような笑みが微かに零れている。陽キャラというのがよく分からないが、コケにされているのは確かだろう。
「この紙を発見したんです」
「おーこれですか。確かに噂になっていますね。【非公式学生新聞】でしたっけ。これがどうかしましたか? あ、まさかこれを私たちが作っていると疑っているんじゃ……?」
わざとらしく大袈裟に両手を広げる少年。部員たちからも小さな笑い声がこぼれていた。
「イヤですね~。証拠がないのに疑うなんて。是非あるなら提示して欲しいですよ。何かありますか? 無いですよね? それでは潔くお引き取りを。出口はあちらですので」
早口でまくし立てて僕に話す時間すらも与えない。かなりのやり手である。他の部員たちと比べて、コミュニケーション能力が高いのであろう。
だが、勘違いして欲しくはない。
これは敵対しにきたのではなく、交渉に来ただけだと。
「もし”海島菜月”に関して知っている事があればなんでも教えて欲しいのです。代わりに”姉貴の重大な秘密”をお話致しますので」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「座らないのですか? というか同じクラスメイトだって気付いてないでしょ」
「え、そうだったのか。知らなかった……。ご、ごめん」
「全然構いませんよ。クラスでは誰とも会話してませんし」
大きなPCの前に座り込む彼こそ、このコン研の一年生代理部長である井口義雄くんであった。なんと同じ一年B組のクラスメイトらしい。本当に気付かなかった。
井口少年こそがあの裏サイトの管理者で設立者らしい。他の部員たちは知っているだけで、ほとんど彼が趣味でやっていたという。
「一年生なのにもう部長を任されているのか? すごいな」
「誰もやりたがらないだけです。それに君だってサッカー部の期待の新エースでしょう」
カチカチとクリックしながら彼はネットを開いていた。僕は隣に立ちながらその光景に見とれていた。なんというタイピングの早さか。
「それにしてもよくコン研の仕業だと見破りましたね。てっきり、サークルを潰されるんじゃないかと警戒してしまいましたよ」
にこやかに犯行を自供する井口くん。勿論、僕にそんな権限はない。
「で、神速の星こと海島さんのことでしたよね? ちょうど私も調査していたんですよ。SNSなどを通じて、過去の素性などを洗いざらい調査してみたんです。そしたらこのような記事が二年前に……」
リンク先には『都内の窃盗犯を逮捕』というニュースの一面が切り取られて貼ってあった。
数々の中学・高校に侵入して、女子生徒の制服や体操着を盗んだ犯人が自宅から犯行品を押収されたと写真付きで書かれてある。
「ここには書かれていませんが、恐らく凌空中もその一つとして間違いないでしょう。そして犯人逮捕のきっかけに繋がったのが、このフリーマーケットサイトです。どうやら盗んだ衣服をここで生写真付きで販売していたようですね」
「もしかして、海島もその被害に合っていたのか!?」
「可能性がゼロとは言い切れませんね」
淡々と答える井口くん。本当にそれが理由の一つとしたらまた話は変わってくる。
「彼女はメディア進出の経験もあるスーパースター。犯人がターゲットにしないワケがないでしょう。『可愛すぎる足の速いJC』と一時期ネットでも騒がれていましたからね。盗撮なんてこともあったのでは」
「そんなことが……」
つまり彼女はそれにより精神的なショックを受けたという事なのだろうか。そして、その心の傷はまだ癒えてないと。
犯人に対してふつふつと怒りが湧いてくる。一人の貴重な才能の芽を潰したも同然だ。
「まぁ人気と引き換えにプライベートが犠牲になるのは仕方ないことですよ。それに見てください。フルネームで検索したら中学時代の写真まで出てきましたよ。いやはや陸上部のユニフォームはセクシーですね。彼女、結構豊満な胸をしているみたいですし」
ニヤニヤと笑いながら画像フォルダに保存しているようだった。一体、彼は何をしているのだろう。
「それも記事にするのか?」
「ええ、まぁ、アクセスが増えるのであればやらない手はないでしょう。こういう同級生の写真なんて食いつき良いですからね。勿論、限られた人しか閲覧できないように制限はきっちりかけておきますよ」
なるほど、それが彼の手口らしい。ネタになるものは何でも利用するのか。
「さて」と呟きながら井口は回転椅子で回ってこちらへと身体を向ける。メガネをクイッと上げると、未だに口元はまだ微笑していた。
「ここまでが私の調査の結果です。ではお話して頂きましょうか? お姉さんの重大な秘密とやらを」
「あぁ、そうだったな」
僕も微笑する。ニッコリと微笑みながら後ろを向いて両手を広げる。
「姉貴はすごく正義感に溢れている人なんだ」
「はい。それで?」
興味深く相槌を打ってくる井口君。ごめん、一つ謝らなくちゃいけない。
「だから、人のプライバシーをおもちゃにする輩が一番嫌いなんだよ」
重大な秘密なんて教えるはずがないだろう。大切な家族なんだから。
「え? それってどういう……」
僕はポケットから借りていたボイスレコーダーを取り出す。そう、最初からあの大親友も協力していたのだ。なにせ、コン研のコイツに僕の情報をリークしたのは宗なのだから。
「音声は全部記録してある。姉貴が知ったらどう思うかな」
「は、はぁあああ!?」
絶叫に近い声で何度も目を擦る少年I。ホント騙してごめん。でも自業自得だよな。
「サークルを潰されたくなかったら、すぐにブログを閉鎖しろ。そして、協力するんだ。井口義雄!」
「ひ、卑怯者!」
井口くんが立ち上がって逃げようとするが、足を引っ掛けて転ばせる。立ち上がる前に僕は言い放つ。あぁ、もう完全に脅しだなコレ。
「僕のことを悪く言ったり面白がるのは別に構わない。けど、大切な友達や家族を傷つけるのは絶対に許さないからな!」
倒れるアイツを背に僕は出口まで歩き出す。部員の皆さん方は僕の方を見て、ポカンと口を開けていた。その後、すぐに井口くんの所に駆け寄っていく。
「井口氏!」
「リーダー!」
「ボス! 大丈夫でござるか!?」
それぞれ違う呼び名のオタクたちに抱擁されながら、彼は目を閉じていた。ただ静かに息を漏らし、今にも朽ち果てそうな言葉を漏らす。
「完敗……ですよ。流石はクールビューティーの血筋を受け継ぐだけのことはありますね……。正真正銘、貴方の”勝ち”です……」
勝ち負けとかあったっけ。
「分かりました……要求を呑みます。だからサークルだけは手を出さないでください……! ここは私たちの居場所……誰にも奪わせませんっ……!」
「キャプテン……あんたそこまでしなくても」
「師匠っ…………!」
「団長!」
「止まるんじゃねぇぞ…」
うん、茶番だな。
最後までクズでオタクな変人だった井口氏。けれど、彼のおかげでようやくなんとか一歩進める気がした。ありがとう、感謝している。
部室を出る。ちなみにだが、姉貴の重大な秘密というのは実在している。いや、本人はオープンにしているのだが周りの誰も気が付いていないだけだ。
彼女、新垣奈々美。完璧超人クールビューティーな僕の姉貴。
あの人は可愛い女の子を見たらハグしたくなるという性癖を持っている。
──所謂、レズである。