僕は強靭なメンタルを持つ鋼鉄系ハーレム高校生。
「「「「覚えていやがれよっ!?」」」」
はいせーので、息を合わせていたように、定番の負け犬セリフを吐き捨てながら、骸骨ナンパ集団は蜘蛛の子を散らして、何処かへ去ってゆく。
完全にッーー僕の勝利であった。
×××
「……」
潮の香りがする。三人の女性と、僕が向かい合っている。
二人の少女が僕を心配そうに眺めている。
僕は視界に入らないように、顔を背けている。
もう一人の女の小さな笑い声が聞こえる。
古垣 眞礼。僕の中学時代の知り合い。
僕に告白してきてくれて、でもその想いに応えられなかったーーかつての友人。
「……怪我はなかったか」
渚にそう問うと、彼女は「う、うんっ」と小さく頷いた。
隣にいた安穏は白いパックに入った焼きそばを持ちながら、視線を左右に揺らしている。
もう一人の奴が気になるのだろう。
アレは別に放置プレーでも構わない。
無視すべき存在だ。
「あはは! 相変わらず、君はカッコいいなぁ」
古垣 眞礼が僕に相手をして欲しそうな声を上げて、はしゃいでいる。
彼女は寂しがり屋の構ってちゃんなのだ。
悪い言い方をすれば、タチの悪い“メンヘラ”である。
「ねぇ、新垣くん。もしかして今のってさ、私を守ってくれたのかな? か弱き乙女が暴漢に襲われそうになったのをついつい見ていられなくなってしまって、ヒーローさながらの正義感を発揮し、お助けしちゃったって感じなのかな? 言うなればーー私はーー君の、庇護欲をビンビンに刺激しちゃったの?」
僕は無視する。
「刺激しちゃったかー。庇護欲を。私自身はその子たちを助けるというよりかは、アイツらがムカついたというストレス発散で煽っていたんだけど、君はそれを見越した上で、私を助けてしまったんだね。いやー、嬉しいよ。君にも庇護欲があるんだね。確かに私、か弱き乙女だしさっ」
メンヘラは相手にしないに越したことはない。
「それにしたって、君のお友達さんたちは無礼だと思うんだけど、そこのところはどう思う? だって助けたんだよ。ふつうはお礼を言うよね。ずっと黙ってばっかりだし、無礼だと思うんだ。ふつうなら、私たちにお礼を言うんだよ。それが、常識だもん」
お前が常識を語るな。
「僕はいいから……頼む」
安穏と渚にお願いする。彼女らが困惑しているのは見て取れたが、こうしないと厄介なのも肌で感じ取れた。
安穏がムッとしたように、前に出ていく。
「……ありがとうございます」
「いやー、それほどでもー。褒められるようなことはしてないし、全部新垣くんのお陰なんだけどねー」
「善一くんとお知り合いなんですか?」
「ん?」
安穏が胸を張っている。意外に度胸があるのか、焼きそばのパックを持ちながら、古垣に尋ねている。
「えー、気になる?」
古垣が自身のボブヘアーを親指でくるくると回した。
黒のパーカーにジーパン。
完全なる私服だ。
泳ぐ気はないのだろうか。
というより、誰と来たのだろう。
「あ、ありがとうございますっ……!」
遅れて、渚もお礼を言う。
が、古垣はそれを無視した。
「私と“善一くん”の関係が、そんなに君は気になるの? それって、なんだか、おかしいね」
「……おかしいですか?」
安穏が目を伏せる。様子が変だ。
「君の名前は?」
「安穏……のどかです」
「へ〜可愛い名前。のどかちゃんって言うんだぁ。覚えておくねっ」
ロボットのような塩対応で古垣がうなずく。
わざとらしく目をパッと見開いて、スッと真顔に戻る。
僕の方をチラリと見る。
「この子も君の“お友達”?」
「……ああ」
「ふーん」
古垣がまた安穏へと向き直る。二人の身長は同じくらいだ。体格も声の出し方も似ている。
違うのは安穏がロングヘアー、古垣がボブヘアーという点だろうか。
古垣のほうが色白だし、安穏は部活も入っているのでやや茶色気味だ。
安穏は無表情に関わらず、古垣は気持ちが顔に現れやすい。
言葉数も真逆である。
あとは性格も全然違う。
それに安穏のほうが可愛い。
やっぱり全然違う。
「……それで、新垣くん。なんで君がここにいるのかな、って改めて聞いてもいーい?」
古垣が話を逸らして、僕を見た。
無視をやめて、言葉を交わす。
「こっちの台詞だ」
「質問に対しての回答じゃないよね、それ。ちゃんと話を聞いてる?」
「黙秘権を行使すると言ったら」
「まあ、大体の察しはつくけどね。どーせ君のことだからこの子たちと海に遊びにきたって感じでしょ。君自身はそこまでアクティブな人間ではないから、恐らく誘われたからしぶしぶ付いてきたってオチでしょ」
「わかるなら聞くな」
「コミュニケーションを取りたいだけじゃん。そんなに敵対心を剥き出しにしないでくれるかな? せっかくの楽しい“サマーヴァケーション”だってのにさ!」
古垣がわざとらしく頬を膨らませた。
安穏が顎を掻く。
「私がなんでここにいるのか、当ててみて」
古垣がわざとらしく自分を指差した。
渚の目が泳いでいる。
周りの人達は海で泳いでいる。
「お前の考えていることなんて、僕にはさっぱりわからないな」
「あらあら……」
よく喋る彼女の求めている答えを言わずに、拒否を続ける。
自分でも最低なことをしているのは理解していた。
「正解は、たまたま♡」
古垣が肩を曲げて、首を斜めに出す仕草を見せた。
僕がもしも彼女のことをまるで知らない人間だったとしたら、きっと「可愛い」や「あざとい」などといった感情を持っていたことだろう。
全ては計算に違いないのだろうけれど。
「びっくりしちゃった? もしかして、今まで会わなかったのに近頃二度もエンカウントしちゃってるから『つ、付けられてるのでは……!?』とか被害妄想じみたことを考えてしまったんじゃない? ないない。偶然だよ」
疑う目を向けていたからか、古垣が弁明を行いだした。
「おばあちゃんの家が近くにあってね、最近はこのあたりに住んでいるから、この海にはよく来るんだよ。言うなれば、新垣くんらのほうが私の縄張りに入ってきているってことだね。塾を卒業してから地元で会わなかったでしょ? こっちにきてたんだよ、私」
なるほど、と納得してしまう自分がどこかにいた。
嘘かもしれないというのに。
「そんなに警戒しないで。これは本当のことだからさ。ね、偶然だって言ったじゃん。全てのことに必然なんてありえないんだよ。まあ、場合によっては偶然が運命を凌駕するケースもなきにしもあらずだけどね。結局は仕組まれた、でっち上げられた、計算された出会いも、見る人によってはロマンティックな再会に見えてしまいがちだ。信じたくないものから目を背けたほうが感動を覚えるけどね。一目惚れとかってそういう原理じゃん? 脳の誤解、だし」
安穏がロングヘアーを揺らした。
古垣は安穏の質問にまだ答えていない。
「君と出会ったことに運命だなんて私は感じていない。これは単なる“偶然”だ。そして、私がこの子たちを助けたのも、ただの気まぐれから発生した“偶然”。運命ではない。ーーでも、ある意味それは運命なのかもしれないね。あそこで御別れした私たちがこうやってまた会えるのは、完全なる“運命”だよ。神様がくれたご褒美かもね」
「……お前は、何を言ってるんだ?」
古垣が服を掴んで「あつ〜い」とこぼした。
脱げよと言いたくなったが、静かにしておいた。
手首の傷を見られたくなくて、長袖を着ているだけかもしれない。
「つまり、私がここにいる理由を簡単に説明すると『散歩』ってことになるね。あるよね? ビーチを一人で歩きたくなる気分。『散歩』ってすごい素敵な行為だと思うんだ。ブラブラと『散歩』して、街を歩く。そうだよ。あの日も『散歩』をしていたんだ」
安穏がピクリと肩を動かした。
半口にして、なにかを伝えようとしている。
「ーーさて、前置きはここまでにしておこう。せっかくの機会だ。私も君たちのグループに混じって、一緒に海で遊びたいんだけど、どう?」
「いや、やめたほうがいいと思うぞ。お前は馴染めない」
古垣の提案は首を振って、否定した。
彼女は「あっそ」と気にも留めていない。
「ここでも仲間外れにされるのかぁー。まあ、いいよ。慣れっこだ。なら、さ」
「あの……!」
安穏が声をだす。さっきの質問の答えをやはり、欲しているのだろう。
「ん? そんなに気になるの? お友達の“善一くん”に聞いたらいいじゃん」
「……」
「彼だと教えてくれない? 彼のことをそんなに信頼していない? わかった。それなら、言うね。後悔しないでね」
古垣がハッと息を吸う。渚がギュッと両手を握った。
僕はなぜか、静観していた。
「私はそこの、新垣くんの元カノ。中学時代に、付き合って、いっぱい愛し合った元彼女。彼のことならなんでも知っているし、彼も私のことをなんでも知っている。お友達なんかとは比べ物にならない、特別な関係を築いた元カノだよー」
古垣が、悪魔のような微笑を浮かべている。
安穏に向かって手を伸ばし、握手を求めている。
「のどかちゃん、しっかりと覚えていてねっ! 私はそこの新垣くんに捨てられた女、古垣 眞礼です。よろしくねっ♡」




