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善一と菜月②



「二週間後にオリエン合宿があるのは知っているよな? それの幹事を務めて欲しいんだ」


「オリエン合宿ですか?」



 海島のヤツが全然帰ってきやしないので、僕は一人で西田先生の話を聞いている。


 横槍もヤジも飛ばされない空間は平和でいい。政権握っちゃうよ。



「うむ。詳しいことはコレを読んでくれ。ところで海島は来てないのか?」


「いやぁ……さっきまで居たんですけどね」


「なんだ痴情のもつれか。若いな」


「違いますって!」



 先生は一瞬ニヤリと笑ったが、急に真顔になってプリントを手渡してくる。配布された用紙は生徒会が自作したモノらしく、でかでかと[生徒会より通達]と書かれてある。何とも物騒だ。そこには主なスケジュール内容や合宿の概要などが記されてあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  【生徒会より通達】


オリエンテーション合宿の実施について


日程:四月二十五日~二十六日の二日間。

対象:新一年生


[合宿の目的]


 新入生が柱劇第二高校の生徒としての自覚や態度を強固にする為。研修やグループワークなどを通して、協調性・責任感・自主性を高め、二日間という短いスケジュールの中で学校生活の在り方や集団行動の重要性などを学ぶ。またクラスメイトや同学年の仲間達と交流を重ねる事により、コミュニケーション等の最低限度のスキルを身に付ける。友人たちと親睦を深める事で絆が産まれ、その経験こそが将来への大きな糧となる。そこで出会った友が、かけがえのない財産となり……


 (中略)


 [主な日程内容]


 【初日】


 7時半:学校集合。

 8時半:バス出発。

 10時:遊園地到着。行き先はUSJ。

 11時:各自班にて行動開始(昼食も)。

 17時:バス移動。

 18時半:ホテル到着。

 19時:晩ご飯、クラス毎のレクリエーション体験。

 21時:入浴。

 22時:※未定※

 24時:就寝。

 

 ※生徒会が現在バラエティに富んだ企画を考案中。参加希望者のみ。

 

 【二日目】


 7時:起床。

 7時半~8時半:朝食。

 9時:移動。行先は熊ヶ谷山(須賀原町)。

 12時:山頂でキャンプ体験。昼食はBBQ又は飯盒炊爨(はんごうすいさん)

 16時半:バス到着、解散予定。


 【この書類は生徒会書記:櫻木晴香(さくらぎはるか)により制作されました】


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 イベントがギッシリ詰まったスケジュール表に目を通してもう一度読み返す。最後の一文が妙に気になってしまったからだ。


 生徒会書記、櫻木晴香。これはもしかしたらサクラ先輩じゃないか? 書記とすると学園では実質ナンバーⅢの権力を握っている事となる。あの人そんなに偉かったのか。


 と、ここで海島がハンカチを手に戻ってきた。僕らに遅れて申し訳ないという反省の意志は一切無いようで、何事もなかったように席につく。先生がプリントを手渡しても、肘をついてずっとそっぽを向いていた。



「まぁ、詳しいことは新垣に聞いておいてくれ。あんまり喧嘩するなよ。みっともないから」



 苦言を呈して先生は教室から去っていく。



 え、終わり? ほとんどプリント渡されただけなんだけど……。なんて適当な人なのか。



 西田教員が姿を消して、来たばかりの海島菜月も立ち上がる。



 鞄を背に掛けて脇目も振らずに出ていこうとしていた。待て待て、お前も帰るのか。帰宅スピードもまさに神速だな。



「おい、待てよ。海島」



 強引ではあるが、僕は咄嗟に彼女の腕を掴んでいた。嫌われているのは分かっている。怒らせてしまったのも自覚していた。だからこそ余計に必死になってしまう。



「ちょっとでいいから話をしよう。不本意な発言に怒っているんだろ?」


「……ッ」



 海島は何も言い返すことなく舌打ちをしながら、手を振り切ろうとする。抵抗が徐々に強くなってきた。



「離して!」


「あぁ、ちゃんと話すから!」



「いいから───離せっ!!」



「うおっ!? ……ゴフッ………」



 海島の長く伸びた脚が僕の股下を蹴り上げた。あまりにも突然の衝撃により、僕の身体はくの字に折り曲がる。


 全身の力が抜けて、立っている事も困難になり、地面になだれ落ちる。



「ウザいのよ、アンタ」



 見下したような視線。


 まるでゴミムシを見ているかのようだ。ドスの効いた声からは殺意が滲み出ている。流石は陸上界のエース……強靭な脚力だ。今のは中々に……応えたぜ……ゲフッ……!



 生後間もない赤ん坊のように地面に寝転がっている僕に、躊躇することなく暴言を浴びせて去って行く彼女。



 もう少し手加減──否──足加減をして欲しいモノだ。ウチの妹でも直接攻撃はしないぞ。



「や、やってくれよったな……海島め」



 男にとって金的へのダメージがどれほど大きいのか知らんだろう……こんちくしょうめ!


明確な敵意を向けられてようやく気が付いた。

 


 其れは、少女の皮を被った──化け物だ。



 ※ ※ ※ ※ ※



「『ふはははは! それで金的キックされたと』」


「……そうだよ。激痛で死ぬかと思った」


「『バカだ! ふはははは! バカがここにいる!』」



 電話越しに大爆笑している宗。笑顔を届けられたらしい。僕が身体を張ったお陰だな。



「『あのさ、考えてもみろよ。安穏という親友にすら自分の悩みを話そうともしない海島が、出会ったばかりのクラスメイトに全部包み隠さず打ち明けると思うか? お前はカウンセラーでもねぇだろ』」


「分かってはいるけど、それでもなんとかしたいんだ。……現状維持はイヤだから」



 歩きながら路地の電柱を見上げる。ライトは点滅していて、今にも切れかかっていた。どうにかしたい、その気持ちは揺るがない。



「『はぁ……。海島菜月がどうして部活に入らないのか、原因を調べたい。これがお前からの相談内容だったな』」



 詳細を知っている宗は呆れた声で現状を一つ一つ整理していく。



「『解決策を提示するとしたら【んなもん知るか!】だ。アイツの心境なんてググって出てくるわけねーだろ。学校一の情報通にでも聞いてこい! 大体、猪突猛進に突っ走る”単純バカ”なイッチーには不可能だろ。よし、この件は終わりな』」


「い、いや、ちょっと待ってくれ!? そんな! だったら、安穏はもう海島と陸上が出来ないってことか?」



 僕は約束したのだ。きっとなんとかすると。あの子が辛そうな顔をしているのは見たくない。どうにかして助けたい。彼女の為にも。



「『あぁ、そうなるな。けど、それが海島菜月が決断したことなら部外者が口を挟むことでもねーよ。惚れた女の友人を助けて、彼女ともっとお近づきになりたい気持ちは分かるが、これ以上は無謀だ』」



 その言葉に少し引っ掛かる。確かに動機としてはそうかも知れない。けど、困っている人がいたら助けるのは当たり前の事だろう。


 新垣家では「困っている人を見捨てたらいけない」とそのように幼少期から教わってきた。


 だから何があっても見て見ぬ振りだけはしない。不純な気持ちがあったとしても、これは鉄の掟である。


 警察官の父さん。弁護士という業務を捨ててまで僕らを育ててくれた心優しい母さん。そしてどちらも学校で生徒会に務めている二人の姉妹。


 敬愛する家族の長男として、僕は挫けない。


 姉貴もきっと同じことをするに違いないから。



「わかった。ありがとう、宗。後は一人でなんとかしてみるよ」


「『は? いや、だからやめと』」



 電話を切って強制的に会話を断ち切る。やはり、自分で考えなきゃいけないんだ。


 街灯が照らす誰もいない道を一人で歩き続ける。



 たった一人で、僕は足搔き続ける。



 ※ ※ ※ ※ ※



 海島菜月に関して自分なりに考察してみる事にした。



 肝心なのは過去に何があったかである。


 思わず僕が口走ってしまった発言。


『よくモテるし、人気があって、活躍を期待される期待の新エース』


 この言葉に彼女は『デリカシーがない』と切り捨て感情的になった。恐らくここになんらかのヒントが隠されているのだろう。


 もしかして【中学時代はモテていなくて、人気もなくて、活躍も期待されてなかった!】とか。だから、腹が立って金的キックをしたパターン?


 ……ないな。大体”神速の星”などというあだ名を付けられている時点で、人気があるのは間違いないだろう。


 脚の怪我ってのも……あんな蹴りを放った時点でないかな。


 では、あまりの活躍っぷりにプレッシャーを感じた、とか? 周りの過大な期待と反響に耐えられず、精神的にキツくなった。これが妥当な線か。


 女子中学生の時から期待の新星と持て囃され、周囲から孤立し徐々にやる気を失ってきた。自らの持つ大きすぎる才能に振り回されて、どうしようもなくなったとか。


 つまりはスランプの可能性。個人的には違う気もするけどな。


 陸上をもう一度始めるには気楽にできる環境が必要だ。あいにくハゲダニはそこまで陸上部が活躍している学校ではない。結果を考慮しないなら、勝負よりエンジョイを優先して部活に復帰できるだろう。


  ただ、問題はそうでない時。



 家庭の事情などプライベートなことが絡んでくる場合だ。



 その場合は親友が言ったように……本当に打つ手がない。



「安穏に聞いて……いや、海島に警戒されるだけか。一体どうやって彼女の本心を……ん?」


 

 男子トイレの個室にあるチラシが貼ってある事に気付く。それは『学年の可愛い女子などを紹介するブログを開設した』というルーズリーフの切れ端だった。この前、宗が言っていた例の裏サイト。ご丁寧にURLが記載されてある。



 必要なのは情報。海島菜月の過去を探るための鍵。



「学校一の……情報通……?」


 

 僕は(ケツ)を強くペーパーで拭いて、便器から立ち上がる。トイレのレバーを引く。



 ───よし、少しすっきりした。


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