合宿前夜(4)
───夜は好き。荒ぶった心が冷たくなるから。
「ええ、明日から二日間だけ借りたいの。あの別荘よ。お爺様が残してくれたお屋敷。大丈夫よね? もう誰も使っていないのだから」
「何の為かって? 学校の後輩たちと遊ぶ為だけよ。悪さなんてしないわ。ほんの些細な息抜き。海が近くにあって、潮の香りがするって言ったら、是非行きたいという話になったのよ」
「御父様から許可も頂いてます。勉強でも手を抜いてはいません。学年首位をずっと守っているのだから、少しくらい休んだっていいじゃない。……学生の本分は勉強ですって? 友達と遊ぶ事で学べる事だってあると思うのだけど」
……うるさい。うるさい。黙れ、黙れ、黙れ。あなたは黙って私の言う事だけを聞けばいいの。私はあなたの操り人形なんかじゃない。
何もかもわかった気で、全てを悟ったつもりで、私の事を語ろうとするのはやめて。無駄よ、無駄。あなたの事を認めるつもりなんて一切ない。
「生意気になったって? 私は元からこうだったと思うけれど。しばらく声を聞かなかっただけで、よくそんな事まで分かったつもりでいるわね。ほーんと笑える」
「偉そうな口を聞いているのはどっちかしら。私はお屋敷を自由に使わしてとは言ってない。二日間だけ借りると言ったのよ? 歳で耳も悪くなったんじゃない。病院に行く事をお勧めするわ」
全く持って無駄な時間。怒鳴り散らしてやろうと思うけれど、そんな事をするだけの意味もない。わからない人間には何を言ってもわからない。
きっと、どの人間も本質では分かり合えないの。
あの子とは両想いだから信じ合っているだとか、都合の良いように解釈して、本当の意味では何も見えていない。
目を瞑って、耳を塞いで、考えないようにするくらいなら、さっさと死んだ方がマシ。
「あら、そうやってまた黙り込むのね。まぁいいわ。とにかく、ほんの数日だけ貸して貰うから。決定事項よ。邪魔はさせない」
乱暴な口調で言いくるめて、最後にちゃんとお礼を告げる。
「そう。ありがとう。また会える日を楽しみにしているわ。じゃあね、ママ」
ーーほらね? 最後には結局、私が勝つの。
※ ※ ※
「ふふふ」
アロマを焚いた部屋の中。真ん中には大きなソファー。テレビには大好きな映画が流れている。
私の大好きな映画。
人間がムカデにされちゃうステキな映画。
これはね、実は二が一番面白いのよ。
「ふふふ、ふふふ、ふふふふふふふ」
ポップコーンを食べながら、笑みを抑える。
人が酷い拷問を受けて次々に殺されてゆく。悲鳴が心地良い。やっぱりこういうのがフィクションの醍醐味よね。
演技ってわかっていても、心が落ち着く。
監督はどういう意図でこんなに最悪な映画を撮ったのでしょう。考えただけで、楽しくなるわ。
「ひぃー……ぷふっ。んふふふふ。んふふふ。ぷっ、ふふふふふ。ふふふ、ふふふ、あは、あははっ、あっーはっはっ!!」
あまりにも悪趣味で、思わず腹の底から笑いが起きてしまう。
あらあら、あらあら。この俳優さんったら、殺されるために登場したの? 可哀想にね。
愚図な監督と馬鹿な観客の為に、残酷なシーンを演じなくちゃいけないなんて。
夢を叶えるために上京したのに、こんな非人道的な映画に出演して、惨めにならないのかしら。
一体、どういう気持ちで撮っているのでしょう?
「飽きた。所詮は駄作ね」
映画の終盤はあまりにもリアリティーがなくなってきて、ただただ不快なシーンを無理やり詰め合わせただけのつまらない糞映画と化していた。
フィクションって退屈。
やっぱりニはダメね。三が名作よ。
テレビを消すと、部屋は真っ暗闇に戻る。
アロマの香りだけが充満している。
「これも要らない。不味いわ」
食べかけのポップコーンを床にばら撒いて、素足で箱を蹴飛ばす。
どれだけ汚してもハウスクリーナーさんに頼めば解決する話。
彼等、彼女等は、私が面白半分で汚した部屋を喜んで掃除してくれるの。
まるで、犬。犬よ……ふふ。
世の中には絶対的な勝者と敗者が存在する。
私は常に前者。ハウスクリーナーは後者。というか、その他の人間みーんな後者よ。負け犬ばっかり。
搾取されて、奪われるだけの人間は生きていて楽しいのかしら。
楽しくないでしょうね。
でも、わかっているのでしょう。
最初から勝てない。私には負けてるって。
それって仕方のないことでしょ?
「ふーん、ふーん♪」
真っ暗の部屋の中、お気に入りのマニキュアを手探りで見つける。
真っ赤なマニキュアを足の親指に塗り付ける。
これは飾り。私という人間を強調する飾り。
グッと脚を伸ばして、親指を間近で見つめる。
私の脚は綺麗なの。
とても美しい。
皮膚を舌で愛でると、潮の香りがした。
頭の毛先から爪先に至るまで。
甘美な味に満ちている。
私に魅力されたオトコはね、皆ダラシなく口を開けて、恍惚とした表情で逝ってしまうのよ。
どれだけ我慢したって無駄。
私には勝てない。
オトコなんて単純よ。単純なバカばかり。
髪を靡かさせて、谷間を見せつけて、笑顔を貼り付けて、下心を刺激させるだけで、コロッと落ちる。骨抜きにされてく。
オトコなんてそんなモノ。
「……はやく見たいわ」
あの子たちが絶望する表情を。
ペタペタとコーンを踏みつけながら、カーテンまで向かう。
開いてみるも、外から見える景色は、月以外なにも映っていなかった。
窓ガラスに映っているのはいつも私。
全てのオトコを虜にする、美しき私。
欲しいモノを全て手にできる、可憐な私。
テレビで活躍する女優なんて目じゃない。
いい子ぶってる子は好きじゃないの。
むさ苦しいデブオトコの前で、甲高い声をあげてなさい。
自分たちが泳がされていることにも気付けていない愚かな猿ども。
夢見がちの色恋沙汰なんて
ぜーーんぶ、わたしが壊してあ・げ・る。
「……明日はきっと楽しい日になる。期待しているわね、新垣 善一くん」
───夜は好き。荒ぶった心が冷たくなるから。




