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善一と菜月。




 「決めた。あたし、もう学校辞める」




 ある日の出来事。海島 菜月はいつもの調子で、まるで何か気に食わないものがあったかのようにそう告げた。



 僕は気づいていなかった。気づいていなかったのに知ったような口で、僕は安穏にあんな責任もないことを告げていたのであった。



 彼女の闇は僕らが知るより、もっと深くにあったのに。



 そして、僕は否応なしにでも知ることになる。




 ──彼女の抱える問題と、その原因を。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 海島、部活入らないってよ。


 そのような話がハゲダニ高校中では既に広まっていた。


 テレビ、メディアにも出演経験がある神速の星。誰もが今後の活躍を期待していたんだろう。



 そして噂はそれだけに留まらない。



「おい、イッチー。お前のファン急増中らしいな」


「どこソースなんだ、それ」


「強いて言うならウスターソースかな」


「ははは、いいなソレ」



 友人のくだらないジョークにも愛想笑いで対応。宗は眉間に皺を寄せながら、手に持っていた紙パックの牛乳を握り潰していた。プロレスラーがリンゴをよくパフォーマンスで粉々にするみたいな事をやって、彼のズボンには零れた汁が付着する。



 あの入学式からはや一週間が過ぎようとしていた。



 僕は以前と少し変わって、安穏とは挨拶を交わす仲にはなれていた。友達申告した事は無かったことになってるけど……。


 一方、海島の事に関しては停滞状態。安穏はつい一昨日陸上部に入部したらしいが、海島はそれについて何も言及してこなかったみたいだ。


 更には話しかけても答えようともしない。


謝ろうとしてもあからさまに避けてくる。これだとどうする事もできやしない。



情報源(ソース)はどこかって? ハゲダニ学生向けの非公式WEBサイトってのが存在していてな、こういうのがTwitterに貼ってあったんだよ。ほら、これ見ろ」



 宗が自らのスマホの画面を僕へと見せつけてくる。お気に入りに保存していたらしく、タッチペンで器用に操作していた。ネット慣れしてるな。



「なになに……『悶々巨乳お姉さんのセクシーむちむち画像100選』?」


「あ、いっけね。ミスった」



 ……おいおい、しっかりしてくれ。大体お前まだ高校一年生なんだから、ダメだぞ。



 どうやら素で間違えたようで、ボケることすらしなかった。言及はしないことにした。



「こっちだ」



 タイトルもない真っ白の背景。ダブルタッチで拡大していくと【入口】とだけ書かれてあるリンクが見えてくる。


 それも踏むと『男性用』『女性用』と大きな見出しと共に、新たなURLが貼られていた。宗は躊躇することなく、つかさず女性用をタッチする。え、性別女だったのか?



 しばらく待機。



 W-Fiが繋がりにくい。ここは屋上だしな。


 幾分か経過したのち、今度は【暗号ヲ入力セヨ】という欄が表示された。



「お、おい。これヤバイサイトじゃないのか? お金とか請求されないよな……?」


「ヤバいって言えばヤバいかもな。個人情報とか駄々洩れだし」



 淡々と答えて、一旦ブラウザバックする。暗号文の紙をスクショで保存しているようだった。



「三日毎にサイトのURLとパスワードが変わるんだよ。一日一回しかアクセス出来ないように規制してあるし、いつでもログイン可能ってワケでもねぇ。大ごとになったら、いつでも潰して逃げてやるって魂胆なんだろう」



 宗は保存してあった英数字の羅列をしっかり記憶するように、口で何度も呟いて、またあの画面へと戻ってくる。



「ええっと……『pptpkusoan2me.』頼む、合っててくれよ。アクセス禁止はご免だぜ」



 しばらく待っているとサイト全体が姿を見せてくる。誰かの個人ブログのようで【ハゲダニ高校非公式学生新聞】という見出しがデカデカと表示されていた。


 どうやら学校裏サイトの現代版らしい。『可愛い女子ランキング最新版』とか『イケメンOBご紹介』なんて記事も確認できる。


 ”本日の更新分”というページにアクセスすると、このような事が書き綴られていた。



「『【激震】あのクールビューティーの血筋が遂に現れる!』……へ?」



 僕の記事である。写真などは掲載されていないが、まるで週刊誌の一ページのようにつらつらと様々な情報が載せられていた。



「『今、サッカー部の期待の新エースとして名を馳せている彼。新入生代表の挨拶や高身長で超絶イケメンということで、生徒間の間でも噂が絶えない。陰ながら応援している女性たちも数多く存在してることから、夏までにはファンクラブも創設される可能性も……?』」



「な? 人気者だろ」



 いや、褒められているのは嬉しい。が、問題は次の内容だ。



「『しかし、一部生徒からはヤラセだという指摘を受けているのは確かだ。スピーチ中に貧血で倒れるなどあり得るの? と疑問視する声も。心配して貰うためのパフォーマンスや、女子生徒に対しての過剰なアピールじゃないかという疑惑が後を絶たない』……なんだよコレ」



 続きは読み進める気にはならなかった。バカバカしい。芸能人がマスコミとトラブルが絶えない理由が少しわかったぞ。



「それだけじゃねぇ。お前の交友関係にも触れている部分もあるぞ。『とある女子生徒にトンデモ告白ドッキリ!? あの陸上界のエースと熱愛説!』まで浮上中だ。今回の記事はお前のことで持ち切り。A氏って名前は伏せられているけどな」



 面白がる親友を傍目に、携帯から目を外す。


 ……もういい。こんなの見ていると気持ちが落ち込む。アクセス目当てでの悪ふざけは止めて欲しいものだ。ネットリテラシー守ろうよ。ただでさえ、近頃はすぐに炎上するんだから。



「こんなサイトどこで見つけたんだ」


「色々とツテがあんの。フォロワーが何千人もいるから」



 意外と彼は交友が広いようだ。



「それで、大きなヤマってのは? 海島菜月だろ?」



携帯から目を離し、宗は僕へと本題を持ち掛ける。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「はい、今日は解散。あぁ、そうだ。委員長と副委員長は残ってくれ、以上」

 


 ホームルーム中、海島が先生の言葉に声を張り上げる。



「はぁっ!? なんで残らなきゃいけないのよっ!」



 このやり取りもすっかり定番となってきたので、西田教員もそれを流して僕に号令を呼びかける。「起立、礼!」と教室を出ていく生徒たち。



「じゃあ、先生はちょっと職員室戻るから待っていてくれ」



 ぼさぼさ髪を掻きむしりながら、僕たちを委員長に推薦した担任教師は去っていく。柳葉に「後で遅れて部活に行くよ」とだけ伝えると、偶然そこに安穏が通りかかった。



「なっちゃん、またね」


「うん、また明日」



 軽い挨拶だけして彼女と目が合った。後は頼んだという事なのだろう。


 安穏が出ていったのを確認してから、僕は海島の席の前に立つ。



「……」



 海島は完全無視を貫いたまま、僕をすっかり「いないもの」扱いしているようで、目の前に立ったとしても表情を一変させないまま携帯を触っている。誰もいない空間で無言の重圧をかけ続けた。Anotherならきっと死んでた。



「…………」



 しばらく黙って様子を確認していた。携帯の方に意識を集中させているみたいだが、わざとらしく髪を耳にかけたり、肘を付いたりして、苛立ちと動揺を隠そうと必死になっているのが伺える。


 彼女は強情なタイプなので、絶対に視線だけは動かない。けど、身体の他の部分にはハッキリと現れている。メンタリズムのDaikonが言ってた通りだ。


 遂に耐えきれなくなったのか彼女は席を立った。このタイミングでトイレに逃げるつもりなんだろう。先生が帰ってくるタイミングを見計らおうとしてもムダだ。



「もう先生、来るぞ。いい加減無視はやめてくれよ」



「……」



「おい、海島! 不快な思いにさせたのなら謝る。だから会話くらいしてくれよ」



 話かけないで、とハッキリと言われた。しかし僕らは委員長同士。会話がなくては成り立たない。



 ピクリとも動かず、彼女は廊下へと歩いてゆく。



 鞄は置いて行ってるので帰る線は低いのだろう。


 何故ここまで嫌われているのか、何だか無性に悲しくなってくる。


 よくよく思い返してみると、海島とは出会い方も最悪だった。曲がり角でぶつかり、慰謝料を請求された。


 その件については謝罪したのだが、いつの間にか僕はとても嫌われていた。馴れ馴れしくし過ぎたせいだろうか。


 委員長仲間として、親しい友人として仲良くなりたかった。けれど、彼女は僕を受け入れてはくれなかった。


 人付き合いというのはとても難しい。


 

「後で声をかけてみる、か……」



 取り残された僕が最後に聞いたのは、彼女の小さな舌打ちの音だけだった。

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