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僕は部活熱心なハーレム高校生。



「え。ど、どうしてここに……? 海島と一緒に帰ったんじゃ……」


「ちょっと部活見学したくてね。なっちゃんも誘ったんだけど、断られちゃった。今日は機嫌が悪かったのかな?」


「そ、そうだったのか。部活見学ね。へー……」



 夕陽をバックに現れたものだから、現世に降り立った女神と勘違いしてしまった。



 帰ろうと思ったけど……どうしよう。



 二人きりで一緒に居たい気持ちもある。ここで仲良くなっておいて、そのまま親密な関係になるパターンとか?



「帰るの?」


「え。い、いや! もう少しだけ見学して行くことにするよ! う、うん。それがいい」



 鞄を置いて真っすぐに背筋を伸ばしてベンチに座り直す。やっぱり気が変わった。



「隣、座っても?」


「はい! どうぞ!!」



 尋ねられたので、立って両手で着席を勧めた。これぞ紳士的振る舞い。


 現在、同じベンチに二人きりで座っている。傍から見るとカップルにしか思えない光景である。


 すぐにでも肩が触れ合えそうな距離に、好きな女子がいる。


 意識をしないように集中していると、鼻先からシャンプーの香りがした。


 これはリラックススーパーリッチシャイン詰め替え用だな? 女性が良い匂いなのは都市伝説ではなかったらしい。ーーいや、シャンプーの種類までは知らないけど。



「安穏……さんはなんの部活を見にきたんだ!?」

 


 ドギマギを誤魔化したくて、質問をする。テンパってしまって、声のボリュームを間違えてしまう。



「私はあれだよ」

 


 安穏さんはグラウンドの隅の方を指差す。そこで活動している部活と言えばーー。



「ブラスバンド部?」


「ぶっぶー、ハズレ。よく見て、あそこだよ?」



 じゃあ、あれかな。



「わかった。水泳部だな?」


「陸上部!」


「あ、そっちね……。難易度高いな」



 中々に難しいクイズだった。ヒトシくん人形ボッシュートらしい。というかハゲダニのグラウンドが広すぎるんだよなぁ。



「そんな新垣くんは? あ、言わないでね。当てるから」


「お、おう」



 なんだこの可愛いやり取り。



「サッカー部でしょ」


「せ、正解。すごいな」



 まるで僕の考えている事なんてまるっと全部お見通しだ! と言わんばかりである。


 彼女は満足げに笑う。

 その笑顔プライスレスです!



「やっぱりね。新垣くん、わかりやすいもん」


「あはは、どうもです……」



 恥ずかしいし、可愛いし、楽しいし、さっきから脇汗すごいし。呂律だって上手く回らないくらいに会話がグダグダだ。


 こんなのでよく友達になりたいだなんて言ったものである。



「で、でも陸上部か。意外だな。少しイメージと違う」


「私ってどんなイメージだと思ってた?」


「えっと……運動部というよりかは文化部系かな。茶道部でお茶菓子とか食べてるイメージ」


「あはは、なにそれ。私そんなに甘いもの好きじゃないよ?」



 というよりかは、名前だけで勝手に印象づけてしまったというのもあった。


 だって、ほら。【安穏 のどか】ってすごい素敵な名前に思えないか? 平和を愛してやまない、森で動物を愛でたりするのが好きな感じがするじゃないか。



「でも確かに新垣くんのイメージ通りで、最初はやるつもりはなかったよ。運動苦手だったからね」


「もしかして海島と仲良いのは、中学も同じ部活だったからか?」


「今度は正解。そうそう、なっちゃんに誘われて一緒に始めたんだ。……なっちゃんは途中で辞めちゃったんだけどね」



 ここではじめて彼女の表情が曇った。夕陽と共に照らされた横顔が少しブレる。


 直後、高い笛がまたしても鳴ったのでグラウンドを眺めた。


 どうやらインターバルは終了したらしく紅白戦再開のようだ。

 

 確か同様の話を宗も言っていた気がする。神速の星、忽然と姿を消した陸上界の新星エース。類稀なる才能と実力を兼ね備えていながら、彼女はそれを放棄したと。そこにどんな理由があったのかは分からない。



「……実はね、まだ迷っているんだ。なっちゃんはもう陸上どころか部活もやらないんだって。だから私もやめようかなって思ってるの。友達がいないなら、意味ないかなって」

 


 その寂しそうな言葉に僕も同じだ、と思ってしまった。

 


 僕もまたそうである。宗に誘われて始めた部活動。サッカーなんてこれっぽっちも興味はなかったけれど、アイツがいてくれたお陰で続けられた。競い合えた。


 でも、彼も捨てた。自らの道筋の為に前を見据えて。



 僕らは声には出さない。



 けど、お互い腹の底では分かりあっている。本当は同じ部活でバカ騒ぎしたいけど、それは出来ないって。


 宗は言ってくれない。でも言って欲しかった。一緒にまたサッカーやろうぜ、と誘って欲しかった。



「気持ちはすごくわかるよ。僕も同じだから」



 誰かが放ったシュートが枠を飛び越えてゆく。得点には至らずだ。



「どうかしたのかなぁ。あんなに楽しそうにしてたのに。陸上が嫌いになったのかな?」



「いや、それは違う。海島は陸上を嫌いになってないと思うぞ」



 膝に肘を置いて胸の前で手を組む。


 自分でも驚くほど冷静に彼女の言葉を否定していた。


 今なら気持ちが落ち着いてごく普通に会話ができる。



「ほんと?」



 彼女が不思議そうに顔を覗かせてきたので僕は目を伏せる。シャイボーイなんだよ。目すら合わせられない。これくらい許してくれ。



「確証はないけど、僕はそう思う。そんな簡単に嫌いになれないさ。きっと何か理由があったんだろう」



 でなければ、友人まで切り捨てたりなんかしない。安穏さんに僕が近付いただけで警戒するようなやつだ。口は悪いけれど、友達想いの優しいヤツなのだろう。



「辞めた理由教えてくれたか?」


「ううん。でも、すごく謝ってた。『ごめん』って。怪我でもしてたのかな」



 ……やっぱりな。海島は何かを隠している。じゃないとあそこまで怒るハズがない。



 恐らく止む負えない事情があって、辞めなければいけなかった。そしてその罪悪感を必死で埋めようとしているのかもしれない。



「もう一度海島と部活を続けたい?」


「うん。出来ることなら」



 彼女の言葉を聞いて僕は立ち上げる。何が出来るかは分からない。だが必死で足掻いてみよう。デリカシーの無さを最大限に利用して、原因を特定してやる。


 充分嫌われているのだから、これ以上嫌われることはないだろう。


 


「わかった。じゃあ、僕に任せてくれ」




 指をポキポキと鳴らす。あぁ、そうさ。カッコつけている。惚れた女の前でキザな台詞を言ってしまうのは男の(さが)だ。



「全部僕がなんとかしてやる。だから、安穏さーー安穏も、もう一度だけ頑張ってみないか? 海島も安穏が陸上部に入ってる姿を見たらまた陸上をしたくなるかもしれないだろ? あいつが戻ってくるのを信じて待てばいい」



 しっかりと彼女と目を合わせる。

 遊びはここまでだ。



 先ほどの部員が放ったシュートが今度は鋭い弧を描いて、ゴールへと吸い込まれていく。試合終了の合図が響いた。


 ーーうん、丁度いい。



「僕もサッカー部に入るか躊躇してたよ。でも、今決めた。入部するって」



 いつまでもクヨクヨして、宗を言い訳にするのはもう辞めた。サッカー部に入部したら恋人が出来るんだろ。その公約を忘れていないからな?



「安穏も一緒に頑張ろうよ。部活は違うけれど、共に三年間過ごす仲間として」



 僕は励ましたかった。落ち込んでいる君の姿を見たくなかった。



 友達になりたいのも全部ーーこの子に振り向いて欲しいからなのに。



「あ、ほんの少しだけ待ってて。まだ帰らないよな? ちょっとだけ見ててよ」


「え?」



 矢継ぎ早に言葉を並べて、僕は階段を駆け下りていく。真っすぐに手を挙げて、サッカー部の先輩たちが並ぶ前でこう宣言する。



「はじめまして! サッカー部入部希望者の朝日坂(あさひざか)中学出身、新垣善一です! 突然ですが、一度だけ紅白戦に参加させて頂けないでしょうか?」



 ※ ※ ※ ※ ※



「アラガキ弟! 走りこめ!」


「はい!」



 東キャプテンの指示通りに赤のビブスを着た僕は勢いよく前へと走り出す。先輩は二つのマークを難なくドリブルで突破して、ゴール前へと長距離のパスが出された。


 借り物のスパイクとユニフォームだと違和感しかないが仕方ない。せっかくの機会だ。あの子も見ているのだし、恰好悪い所は見せられない。


 先ほどファールを取って転倒した先輩の代わりに出場することが許された。


 得意ポジションであること、同級生であるクールビューティーの弟であることもあってか、先輩たちは特別参加させてくれた。



 左脚を伸ばして弾道を読んでボールをキャッチする。軽い衝撃で一瞬姿勢が歪んだがなんとか立て直す。と、眼前には目つきが悪いあの先輩が立っているのが分かった。たった一人なのになんてプレッシャーなのだろうか。



「アラガキ弟ー! 西は手加減知らずだから怪我させられないようにな!」



 ベンチでそんな声が聞こえた。相手はディフェンダーの要センターバック。白組リーダーでありながら、このチームの現役レギュラーの副キャプテンだ。



「おい、一年生坊主。チョーシに乗るなよ? 潰されたくなかったらな」


「なら、やってみてくださいよ」


「生意気なクソガキがァ……!」



 先輩の目の色が変わる。あれは海王類がブチ切れた時に見せる目と同じだ!


 本気で潰されるかもしれない。だが、この人を抜かなければゴール前は辿り着かない。


 僕はあまり身体が強くなかった。しかし、その代わりフットワークには自信があった。

 


 足先でフェイントを掛ける。先輩はほとんど動揺することなく、蛇のように睨んできた。蛇っ……! 人を騙し食らう蛇っ……! こちらが動くまで決して勝負をしない狡猾な蛇っ……!



 緊迫の一瞬、僕はわざとよそ見をした。誰かパスを出せる人がいないか確認するフリをして。



「オラァアアアアア」



 と、ここで副キャプテンが隙を付いたように突っ込んできた。悪手っ……! それは圧倒的悪手っ……!


 勢いをつけて、僕は抜き去る。



「ぬ、抜きよったで!?」



 ベンチからそんな声が挙がったが、いやまだだ。タックルをギリギリで避けて前へと走り出すものの、すぐにまた追いかけてくる。反応速度が凄まじい。神速のインパルスだ。



「終わりだァ!!」



「終わりません!」



 瞬間のスライディング。当たれば怪我間違いなしだろう。



 ──しかし、僕はそれも読んでいた。



 足先でボールを上げてキックを跳ねて躱す。そのまま胸で球を受け止めて、ゴール目掛けて足を振りかざす。何分何秒、思考が停止するかの如く、僕はただ足を振り抜いた。



「な、なんやて!?」



 ベンチの感嘆の声と共に蹴ったボールは、ゴールポストの斜め上へと抉るように突き刺さった。そのまま網へとダイブされた白と黒の球は地面へと落ちていく。


 キーパーも反応に遅れていた。無理もない。なぜか運良く無回転のブレ球になっていたしな。



「……ちっ」



 副キャプテンが肩を落とし、舌打ちをした瞬間に僕は己の勝利を実感した。




「SUGEEEEE!! 流石はあの怪物の弟だー!」



「ナイスロングシュート! お前のトコ、遺伝子どうなってるんだぁー!?」



「ガッキー、かっけぇ……」




 敵味方関係なく拍手喝采。だが、これでもまだ本調子ではない。反応遅れたし、シュートも一か八かだったし、部品でプレイしていたし。


 右腕を振り上げる。同時に鳴り響く試合終了の笛の音。



 決まった! これは完全に決まった! 好きな人の前で良い所を見せられたぞ!!



 急いで彼女の方へと目を向ける。



 しかし、安穏は既に帰宅したようで、もう彼女の姿は見えなかった。ベンチには誰も座っていない。




「えぇ……帰っちゃったの」



 

 周囲が盛り上がる中、僕は一人ため息をつく。



 夕焼けが僕の背中に頑張れとエールを送っているかのように、ほんの少しだけ温もりを感じた。



 ……どうやら、戦いはまだまだこれかららしい。



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