曇りのち、時々晴れ。
「おはようさん」
「おお、おはよう」
部室で着替えていると、安田くんが入ってきた。
相変わらず、小坊主頭がよく似合っている。
「今朝は早いんだな」
ソックスを履き変えながら、尋ねてみる。
彼は一つ、欠伸をした。
「せやねん。ウチで飼うてるニワトリがな。『コケッコッコー朝ですよー』と4時頃から喚きよるから、嫌でも目ぇ覚めてしまうんや」
「へー、ニワトリを飼っているんだな」
「おう。もしものときの為に、オカンが『非常食用や』言うて買ってきてくれたんや」
「缶詰みたいに言うんだな」
「命の大切さを学んどる」
食育ってやつだろうか。
人間のエゴだな。
「学びは大切だよな」
「ほんまそれ。どんなことでも、学んでいかないと人は退化する一方やしな。日々、学びあるのみや!」
LINEのプロフィール欄にある一言みたいなことを言って、安田くんが上着を脱いだ。
鍛えているらしく、腹筋が漢字の「井」っぽくなっていた。
着替えを終える。
服を鞄に詰めて、立て掛けておいたバケツと箒を手に取った。早く掃除を終わらせないと。
明希が休みを取っているので、マネージャー業務は僕が代わりを務めていた。
業務内容を知っているというのもある。
道具を持って部室を後にしようとすると、安田くんがひょいと腕を伸ばした。
「あ。ワイもなんか手伝おか?」
「いいのか?」
「ええに決まってるやん。逆になんでアカンねん」
「それもそうだな……。ありがとう!」
バケツを手渡す。
監督の言った通りなのかもしれない。
なにかが、少しずつ変わり始めてきていた。
※ ※ ※ ※ ※
「明日から、柳葉ちゃん復帰するんやて」
そう言って、安田くんはたまごサンドを口に運んだ。
汚れた指先を自身のユニフォームで拭き取る。
「新ちゃん的には嬉しいか? 最愛の彼女が戻ってきてくれて」
「もちろんだ。嬉しくて身震いが止まらない」
「今日はやけに素直やんか!」
「僕はいつも素直だぞ」
煎じすぎて出がらし状態になった恒例の弄りネタを、否定することもなく肯定する。
右から来たものを左へと受け流す。
完璧なスルースキルだ。
「驚くのはまだ早いで?」
今度はレタスとハムのサンドを飲み込んだ。
「聞いて驚くんや」
見て笑おう。
「なんと、千尋先輩も部活に戻ってくるそうや!!」
「おお」
パチパチパチパチパチパチ、と心中拍手。
どうやら斎藤二年マネージャーも部活に復帰するようだった。
熱中症で倒れた柳葉と違って、斎藤さんは西主将や荒木さんたちと色々あったと聞いている。
戻ってきて、気まずくならないのだろうか。
それだけが心配だ。
「なんでか知らんけど、戻ってこようってなったんやて。監督が自慢げに語ってはったわ!」
「そうなのか」
「……もうちょい、リアクションせぇや」
「おお! そうなのか!?」
「わざとらしっ。演技大根マンやん」
すまない……それは精励する。
「まあ、これで千尋マネが戻ってきはるんやったら、柳葉ちゃんの負担も少しは軽くなるな」
「そうだな」
「それに監督・マネージャーという西を見張る二大抑止力もできた! ええこっちゃ、ええこっちゃ」
「うん」
頷く、僕の隣で安田くんはまた指を拭いていた。
タオルを貸してやればよかった。
服で拭きすぎだ。
「さて、ぼちぼち飯も食うたし、行きましょか。北先輩と新しい練習メニューについての相談もしたいし」
モグモグしてから立ち上がる。
先輩らとのコミュニケーションは大事だ。
サッカーは個人種目ではない。集団競技だ。連携が必要不可欠である。パスを繋いで、相手のDFを崩し、FWがシュートを決める。
僕ばかりが自己中心的になって、プレイするのは良くない。
いくら点を決められてもだ。
全国、という夢を見るためにちゃんと心に留めておこう。
「よーーーし、新ちゃん!! あの夕陽までダッシュや!」
「まだお昼だから夕陽は出てないぞ」
「つべこべ言わんでええねん! そんなノリ悪いヤツやったか? ええから走るぞ! レギュラーのクセにバテてるとちゃうぞ! はようこんかい!!」
「やれやれ……」
スポ根のノリを押し付けてくる安田くんに苦笑しながら、僕も立ち上がる。
コンビニで購入した冷凍ざる蕎麦はとても美味しかった。
こんな暑い日には丁度いい。
「新ちゃん、覚えときや!? いつかアンタを蹴落として、レギュラーの座を奪ってやるからな! 覚悟しとき!!」
「わかった。楽しみにしているよ」
「よっしゃーーー!!」
ポジションは違うけどな。
「わしゃやったるでー! 今度は試合に出てやるでー! ワイはやれば出来る子! 頑張れる子! 目指せ甲子園やーーーーーー!!」
「よっ、元久! 応援しているぞ!」
「いや、だからなんで急に下の名前で呼ぶねん!! おまっ、お前、それ……照れるやろっ!?」
相変わらずいい反応を見せてくれる安田くん。
やっぱり好きだ。




