一年B組ハーレム委員長 新垣善一。
「えー、それでは発表する。一年B組の委員長は新垣善一、そして副委員長は海島菜月だ。不服がある者はいないな、よし」
「不服しかないわよっ!」
ぼ、僕が委員長か……。
今日最後のホームルーム。委員長選抜大会で誰も手を挙げずに狸寝入りで逃避する者が多かったせいか、西田教員の独断と偏見によりこのような結末で終止符を打たれる事となった。
てっきり、柳葉さん辺りが挙手すると思っていたのだが、まさかあの神速の星とペアになるとは……。
「ちょっと待ちなさいよっ! なんで、よりにもよってこの生徒会長の弟と一緒なのよ!?」
異議を申し立てる海島さんを横目に先生は開いていた出席簿を閉じる。
「人望や実力から判断すりゃお前らが最適だろ。立候補者もいなかったしな。それにな、世の中には理不尽な事だって沢山ある。勉強になったな」
「いや! あたしは絶対やらないから」
海島さんが丸め込もうとする西田先生に噛み付いている。
確かに面倒くさいのは分かる。が、そんなにあからさまに態度で示さないでくれ。
「はい、異論はそこまでだ。じゃあ委員長と副委員長は教科書を取りに行ってくれ」
聞く耳をまるで持たない西田教員をよそに、僕らはしぶしぶ席を立つ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なんなのよっ! 西田の野郎! なんであたしがやらなきゃいけないの!?」
階段を降りながら、海島さんは一人で怒りをぶち撒けていた。
足音と怒声が響く。
「でもさ。委員長と副委員長って、結構内申書に響いたりするらしいよ。主にやる事は挨拶の号令くらいだしな」
「で? それをなんであたしがしなきゃいけないワケ? アンタ一人でやっていればいいでしょ。あの偉そうな生徒会長の弟なんだから」
……その生徒会長の弟ってのはいい加減やめてほしい。偉そうは同意だけど。
「わかったよ。なら主な仕事は僕に任せてくれ。海島さん……海島はサポートに徹してくれればいい。こういうのはお互い助け合わなきゃ成り立たないからな」
「はいはい。責任感が強いのね、委員長さんは」
皮肉を込めた言い方で彼女は一足先に進んでいく。あれ……? 教科書取りに行くの図書室だろ? なんで反対方向へ向かって行ってるんだ。しかも、お前方向音痴だろ!?
「お、おい。海島どこに行くんだ! 迷子になるぞ!?」
「うっさいわね! 迷子なんかになるワケないっての」
「で、でも図書室は」
「ト・イ・レ!」
あ、トイレね……。ヘイヘイ了解しやした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
図書室にて本を眺める。意外と量は少ないようだ。
そういや、各科目の教科書は授業中に配られるって言ってたっけ。
「……保険の歴史、か」
たまたま置いてあった本を手に取って中身を見てみる。これは別に興味があったとかそういうのじゃなくて、誤字脱字が無いかの確認だからな!
「あら、善一くんじゃない」
「ふぇ? だ、誰だ!?」
と、声が聞こえて一瞬腰を抜かしそうになる。ポルターガイスト? パラノーマル・アクティビティか!?
「忘れちゃったのかしら。昨日運命的な出逢いをしたというのに」
見ると図書室のカウンターに誰かが座っている。
ブックカバーの掛かった本を読みながら、机に肘を曲げて、黒のレギンスを履いた美脚を伸ばしている女性。あのミステリアスな雰囲気を醸し出してる人には見覚えがある。
「桜先輩ですか……?」
「そうよ、ちゃんと覚えているじゃない。嬉しいわ」
その女性は倒れた僕を看病してくれた例の桜先輩であった。そういや、あの太ももの感触は夢心地だったっけ……。
と、いうか何でこんな所にいるのだろうか。今は本来ならば授業中のハズ。
様子を見ていると夢中になっていた本から目を逸らし、こちらへと意味深な視線を向けてくる。
ジーッと見つめてくるものだから、つい手汗を滲ませてしまった。
「ぼ、僕の顔に何かついてます?」
「えぇ、付いているわ。涙袋のある大きな瞳とキリッと整えられた眉毛、それにスジの通った鼻にチャーミングな笑顔を見せてくれそうなキュートな口元がね。小顔ながら精悍な顔立ち、今日も素敵ね」
「き、急に何を言ってるんですか!?」
照れ臭くて思わずにやけてしまう。やめてください! 照れるんで!
「教科書を取りに来たという事は、クラス委員長に抜擢されたの?」
「よくわかりましたね……。まぁ半分強制ですけど」
「毎年恒例なのよ」
へぇ、そうなのか。というか、この人本当になにしているんだろう。
「サクラさんはここで一体何を?」
「見ての通り、業務中よ」
「本を読んでいるようにしか見えないんですけど」
「失礼ね。息抜きくらい必要でしょ。これでも本の在庫の確認や補充を任されているのよ。それもあなたのお姉さんからね」
お姉さんから任されている? ということはこの人は生徒会役員なのだろうか。
ーーと、ここで扉が乱暴に開かれた。
中から殺意を剥き出しにした海島が現れて、僕と桜先輩を交互に見返す。
一度舌打ちをしてまた扉を閉める。
「彼女さん?」
「ち、違いますよ! ウチの副委員長です」
「あら、そう。可愛い女の子じゃない。お似合いだと思うわよ」
ニヤニヤとからかってくる先輩、この人は意地悪だ。どう見たって不仲だろうに。
「……それは無いですよ。なんか僕、嫌われてますし」
教科書を手に抱きながらそれを持ち上げる。ちょっとくらい手伝ってくれてもいいだろうに。
「そうかしら。興味がないよりはマシだと思うけれど。好きの反対は”無関心”というでしょ? なら、嫌いの反対は”興味津々”じゃないかしら」
ここで桜先輩が席を立った。
本を置いて机の上にある書類を片手に持つ。
「業務に戻るわね。あの子と仲良くしてあげるのよ、優しい男前くん」
笑いかけてそう目配せを飛ばしてくる。……全く、本当に食えない人だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なにサボってんのよ、アンタ。ちょっと綺麗な人がいたからってデレデレしちゃって」
「サボってないぞ。業務中だ。それにデレデレなんかしてない」
廊下に出ると腕組みしながら海島は待っててくれていた。
何も言わず片手を差し出してくる。え、なんだ。お金をよこせって?
「財布は持ってないぞ!」
「はぁ? 良いから早く渡して。教室の皆が待っているから」
なんだ、手伝ってくれるのか。てっきり、凶悪な悪徳闇金融屋のように恐喝されるのではないかと見構えてしまったぞ。闇金ウミシマちゃんである。
「おお、ありがとう」
「半分も持たないわよ。十分の一くらい」
「ほとんど持ってないじゃないか、それ!?」
「アンタ男でしょ! か弱い乙女に力仕事させるなっての」
どこがか弱いのかというツッコミはさておき、意外と優しい所はあるみたいだ。
荷物を少しだけ受け渡し僕らは教室への道筋を進んでゆく。
どこの教室もHRの真っ最中のようで、教卓に立った先生の話を黙って聞いている様子が窓ガラス越しに見て取れた。うっすらとした緊張感に溢れた空間。こういう初々しさは嫌いではない。
誰もが最初は距離感が掴めないものだ。けれど、徐々に打ち解けていくのだろう。さん付けから名前呼びになっていくように。
「アンタ、のどかの事好きなワケ?」
「え。いや、まぁアレは……その、単に仲良くなりたかっただけっていうか」
いきなり突拍子も無い質問をされたせいで戸惑ってしまう。
好きと言われれば好きかも知れないが、明確な好意があると言われればそれは分かりにくい。なんせまだ出逢って数日だ。
確かに彼女は可愛い。
けれど、まだ自分は安穏さんの事をよく知らない。なのでまだ確証は出来ない。
……それにハッキリと友達になることを拒否されたしな。あんまり話しかけられない。
「ふーん、あっそ。ま、ムリだと思うけど、あの子モテるし」
「い、いや、それはまだ分からないだろ!? それにモテるのなら海島だって!」
無理やり話を逸らしたせいか、彼女が怪訝そうに表情を変える。眉をひそめて少し不満面。
「は? なんであたし?」
「え、だって海島は陸上界の有名人じゃないか。皆から人気があって、今後も活躍が期待されているハゲダニ期待の新エースだろ?」
と、ここで僕は後悔する。容易に彼女の過去へと足を踏み入れてしまった事を。
「はぁ……」
立ち止まる海島。教科書を手に持ってそのまま動きを止める。
しばらく沈黙して、ゴシゴシと頭を掻きむしっていた。
「……アンタ、よくデリカシーないって言われるでしょ」
「デリカシー? なんだよ、それ」
知らない言葉である。商品の配達って意味かも。あ、それはデリバリーだ。
そして、この発言がきっかけで僕はますます彼女との溝を更に深めてしまう事となる。
「もういい。今後一切───あたしに話かけないで」