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僕はハーレム高校生。  作者: 首領・アリマジュタローネ
【夏編─全高選(下)】
122/279

善一と明希⑧


 ブルルン ブルンッ キキィー

 車が停止する。


 柳葉宅へと到着した。

 エンジン音が消えたので、バックミラーを覗き込むと明希がぼっーと半目を開けているのが見えた。僕の存在に気が付いていないのか、まだ夢見心地だった。


 車を降りて、外に出る。

 

 向井監督がインターホンを鳴らすと「はーい!」と甲高い声と共に、栗色髪の女性が玄関から現れた。


 この人が、明希のお母さんだろう。



「こんにちは。先ほど、ご連絡させて頂きました柱劇第二高校サッカー部顧問の向井と申します。この度は本当にご心配をお掛けしまして、申し訳ございませんでした。ささやかですが、よろしかったら召し上がってください。お口に合えばいいのですが……」


「あ、向井先生ですねー! こんにちは。やっ、そんなのぜんぜんいいのに〜」



 監督が菓子折りを明希のお母さん(以下:(やな)ママ)に手渡した。

 こういう謝罪の場では「つまらないものですが」という謙譲用語は使わないらしい。

 だったら、さぞかし面白いのかな。



「すいませーん! ありがとうございまーす! ええっと、娘は?」


「それがまだ少し疲れているみたいでして。……新垣、ちょっと起こしてやれ」


「はい」



 指示通り、車へ戻る。



「立ち話もなんですから、どーぞどーぞ! 中へ!」



 柳ママと先生が家の中に入っていく。

 あの子はまだ眠っている。



 僕は一人、頭の中で『本当に貰ったらつまらないモノはなんなのか』大喜利をやっていた。


 一番つまらないのは、びっくり箱だった。



 びっくり箱だった。



 ※ ※ ※ ※ ※


 柳葉家の揃えられたインテリアを眺める。

 ikeya(イケヤ)NETORI(ネトリ)で買ったのだろうか。ヨーロピアンっぽい。

 戸棚には食器類が並べられていた。



「とても、味わい深いですねぇ~」


「わかりますか!? 私、いま紅茶にハマっていまして、色んな紅茶の“研究”をしているんです〜! んんんんんー? “研究”ってのは変かなー?」


「こちらは、なんという紅茶ですか?」


「あ、ダージリンティーですよ〜! ウイルス対策とか、疲労回復効果なんかもあるんですー!」


「ほおー」



 僕と監督は柳ママとアフタヌーンティーを楽しんでいる。

 別名、放課後ティータイムというやつである。



「ウチの妻も紅茶が好きでしてね。よく《フォートム・メイソン》で購入していますよ」


「ええっ!? 有名ブランドじゃないですか! お高いでしょうに」


「いえいえ、そんな〜」



 野生児溢れる向井監督には意外にも紅茶の知識があったようで、二人の会話はスーパーボールのように弾んでいた。

 紅茶に疎い僕は、黙って出されたものを飲んでいた。


 少なくとも、午前の紅茶よりは美味しかった。



「アップルパイとかビスケットとかあれば最高なんですけどね。和菓子だと合わないかぁ〜」


「ビスケットならありますよ! お代わりしますー?」


「いいですねぇ〜。そうしましたら、アールグレイを入れて頂けますか?」


「はい、喜んで!」



 柳ママも明希にクリソツで元気いっぱいだ。


 しかし、人妻が娘の心配をそっちのけに、部屋に男を連れて、共に紅茶を嗜んでもいいのだろうか。

 昼ドラの臭いがするぞ。




「すー……すー……」




 隣の明希は部屋に戻ろうともせずに、僕の肩に頭を預けている。

 部屋には、茶葉の香りが充満している。




「すー……すー……」



「……」




 寄りかかってきている。

 僕により一層身体を押し付けてきている。




「すー……すー……」



「…………」




 息を吹きかけられている。

 トリートメントの匂いもする。




「すー……すー……」



「………………」




 これダメだ! 無理ッ!! 身が持たない!



 ※ ※ ※ ※ ※



「えっと、すいません。明希さんがまだちょっと体調が悪いみたいなんで、部屋へ連れて行っても大丈夫ですか?」



 明希は僕のほっぺにチューするくらい顔を近づけていた。

 払いのけるのも悪かったので、されるがままである。

 お母さんの前で、不埒な行いをしようとしてる。



「あ〜! ごめんなさい! もー、明希ったら甘えん坊なんだから! いつまで経っても、子供で」


「あ、いや……そんな」



 明希の瞼は接着剤を貼り付けられたかのように、閉じられてる。

 相当疲れが溜まっていたのだろう。



「それにしても、もしかして、あなたがガッキーくんだったりする?」


「え? は、はい。新垣 善一と言います。明希さんとは普段から仲良くさせていただいておりまして」


「やっぱりそうだ〜♪ 明希がね、同級生ですごくカッコいい子がいるって、あなたの話をよくするのよ。一緒のクラスになれて嬉しかったんですって!!」


「は、はぁ」



 この子にもそんな一面があるようだ。



「どんな人かなぁって、ずっと気になっていたんだけど、本当にカッコいいんだー! すっごーい! 握手してもいいー? お願いー!」


「え、ええ」


「きゃーっ! 嬉しいー ♡」



 握手をせがまれたので渋々応じると、柳ママは手を叩いてはしゃいでいた。

 血圧がグングン上昇している。



「ありがとー! やったー! ガッキーくんと握手しちゃった〜♪」


「……喜んでくださり、ありがとうございます。それで、お部屋の場所は」


「ガッキーくんは彼女とかいないのー? 好きな女の子とかいないのー? 正直なところ、明希のことどう思っていたりするのー? 仲良しさんのお友達止まりー? ちょっと、気になっていたりはするー?」


「……」



 全然、話を聞いてくれていない。



「この子ね。マイペースだけど、とっても優しい子だから、これからも仲良くしてあげてね! あ、そうそう。そういえば祐希もあなたの妹さんととっても仲良しさんなのよね? うわ〜、お世話になりっぱなしだ! 今度、妹さんとウチに遊びにこないー?」


「そ、そうですね。妹とちょっと相談してみます」


「来てよー? 必ず来てねー! 明希も絶っっ対喜ぶと思うから!! じゃあ、あの子の誕生日にお祝いしない? 実は明希の誕生日ってハロウィンなの〜。みんなでハロウィーンパーティとかどうー?」


「い、いいですね」


「なら、決定ぃーー!!」



 伊達に、柳葉家のお母さんをしてはいない。



 愛想笑いを浮かべながら、助け舟を出してくれないかと向井監督のほうを向く。


 監督は「ふっはっはっは!」とたぬきみたいにお腹を叩きながら、他人事のように紅茶を飲んでいた。



「ははは、若いっていいですな」



 ……この人は、なにしにきたんだ。



 ※ ※ ※ ※ ※



『ガッキーくん、泊まっていったらー? 明希もきっと喜ぶと思うからー!』


『え、遠慮しておきます』


『いいじゃないかぁ〜。新垣! 泊まらせてもらえよ! 明日は部活休みにするぞぉ〜』


『遠慮しておきますって!』



 先の会話を思い出しながら、ため息をつく。

 もう少しでお泊りさせられるところであった。


 柳ママの攻撃から逃れるため、リビングを出る。寝ている明希を腋で抱えて、階段を登る。

 二階に彼女の部屋があるらしい。


 絵画が飾られてある階段を抜けると、明希の部屋は上がってすぐのところにあった。

 扉は閉まっており、小さな板がチェーンでぶら下げられていた。


 マジックでこのように書かれている。




『おとめの部屋 ※きょかなく入っちゃダメ※』




 小学生の頃に作られたものだろうか。

 板にもやや年季が感じられる。



「『乙女の部屋、許可なく入っちゃダメ』か……」



 読み上げる。

 勝手に侵入するのは禁止されているようだ。



「なぁ、明希。僕は入ってもいい?」


「すー……すー……」


「入ってもいい、よな?」


「すー……すー……」



 起きない。

 こんなことで起こすわけにもいかない。



 寝息で返答されたので、仕方なくーー




『いえすー……いえすー……』




 と言ってるように解釈して、部屋に入った。


 ×××



「失礼します」



 ノックをして、明希の自室へと一歩踏み出す。


 僕は人のプライバシーを遵守するタイプの人間であったので、あまり私物を視界には入れないように最大限の警戒はした。

 とは言えど、僕だって純粋な男子高校生なのだ。

 クラスの女子がどんな部屋で生活しているのか、気になってしょうがない。

 勿論、変態行為をするわけではない。

 ちょっと見るだけだ。

 ちょっとだけ。

 ほんの、少し、だけ。


 彼女をベッドに寝かせてから、周りを見渡す。


 まず目に入ったのは勉強机だった。


 机の上には教科書が乱雑に置かれていた。あまり整理はされていないようだ。彼女は勉強が苦手なので、教科書を広げるだけ広げて、結局は手付かずのまま放置しているのだろう。

 広げられた英語の教科書には、落書きもあった。


 机の上には変な顔の貯金箱があった。その横には写真立てが置かれてある。

 写真立てを手に取る。


 中学時代の明希だろうか。体育祭時に撮影されたもののようで、他にも数名の少女たちが写っていた。その中で、半袖半ズボンの明希が微笑んでいた。髪が長い。そういえば短くしたのは高校からだったっけ。


 髪の長い明希が、隅っこのほうで小さくピースをしていた。あまり目立たないタイプというのは、本当だったらしい。


 写真立てを元の場所に戻す。

 机の上には他にも誰かと撮ったであろうプリクラなどが貼られていた。

 可愛らしいペンギンのキャラクターのペン立てに、ストライプ柄の筆箱。閉じられたスケジュール帳もある。これはオリエン合宿のときに、一緒に買ったやつだっけ。


 机から離れる。

 次に目に入ったのは本棚だった。


 本棚の中には少女漫画が巻数毎に並べられていた。


「白崎くんの奴隷になんかなりたくない」「あなたに届け」「好きっていってよ。」「となりの妖怪くん」「オオカミ少女と偽王子」「フルーツソフトボール」「アノハナライド」「HACHI」「ちやはぶる」「のだめカンターレ」……etc.


 少女漫画に疎い僕でも、聞いたことのあるタイトルの本ばかりだった。

 他にも、CDだったりドラマのDVDなどもあった。


 なんのドラマなんだろうと、好奇心からチェックしようとして、たまたまそれを発見した。

 一番上の棚にあったクマのぬいぐるみ。

 これには見覚えがある。


 そう、これは二人でデートをしたときに僕がゲーセンで取ったものだ。大切に持っててくれたんだ。



「……」



 軽く口元が綻ぶが、すぐにそれは消えてしまう。


 勉強机の上に貼られてあるルーズリーフの存在に気付いたからだ。



『全高選まであと少し! みんなが活躍できますよーに! (`・v・´)v』



 黒い文字で大きく書かれたそれは、僕らサッカー部メンバーに対してのエールであった。

 赤い丸で囲んで、本気で応援してくれていたのだろう。


 よくみると、ゴミ箱にはリストバンドの残骸も捨てられてあった。

 リストバンドも、彼女が全高選当日に僕らに手渡したものだ。

 確か、裁縫は千斗さんに教えてもらったって言ってたっけ。


 僕らのために、せめてもの支えになるために、それだけ熱心に応援してくれて、結果はあのザマ。

 笑っちゃうほどの惨敗だった。


 彼女に顔見せできないほど、情けないくらい、惨めな負け方をしてしまった。



「……」




 ずっと一番近くで応援してくれていたのに、僕らはその期待に応えられなかった。

 

 しかも、いつも助けてくれていることを当たり前のように捉えて、誰も彼女たちに感謝の言葉をかけようともしなかった。


 言わなきゃ伝わらないのに。

 言葉にしなくちゃ、想いは届かないのに。


 誰も口にしようともしなかった。



 マネージャーがいるから、僕らが頑張れる。

 そんな大切な事に、気付こうともしないで。


 で、内輪で揉めて、明希を馬車馬のように働かせて、熱中症で倒れさせた。

 最悪だ。

 最低だ。


 僕らはなんて、身勝手な集団なのか。




『──()()()()



 キャプテンは彼女の頑張りを理解するどころか、自己責任だと切り捨てて。



『ボール拾いなんて選手のやることちゃうやん! マネージャーにでもやらせておけや』



 チームメイトはやってもらうのを当たり前だと感じ、仕事を押し付けて、自分は逃げ出した。



 どいつもこいつも、本当に身勝手な連中だ。



 明希がそんなことを望んでいるハズがないのに。

 彼女はただ、僕たちのことを純粋に応援していただけだ。

 なのに、なんだ。


 ーーこの、体たらくは。




『ムリしなくちゃだめなの。あたしがいないとさ、みんなピリピリして楽しくなさそうだから、頑張らないとだめなの』




 もっと、早くに気付いてあげるべきだった。

 もっと、彼女のことを気にかければよかった。



 そしたら、こんな辛い思いを、させずに済んだのに。




「すー……すー……」




 枕に頭を預けている彼女の元に近づく。



 ジャージ姿の明希。


 喉仏が小刻みに震えている。

 浅い呼吸を繰り返している。

 長い睫毛が揺れて、表情の筋肉が緩んでいる。



「……」



 ベッドの端っこに座って、彼女の顔を見下ろす。


 眠っている少女のおでこに触れる。

 触れると、明希は一瞬ピクリと動いた。だが、瞼は重いままだった。


 毒林檎を食べてしまった白雪姫のように、眠り続けている。



「……明希、ごめんな」



 髪を耳に掻き分ける。

 聴こえているかもわからない言葉を述べる。



「ごめん、せっかく応援してくれていたのに、結果を出せなくて。優勝をプレゼントするって言ったのに、できなかったな」



 眠っている彼女へと述べる。

 まだおでこが熱い。



「ごめん、ごめんよ……ムリさせちゃって」



 彼女に無理をさせてしまったのは、僕らの責任だ。

 呆気なく負けたーー僕らのせいだ。



「もう絶対、明希を悲しませたりなんかしないから」



 届いているかはわからない。

 だけど、伝えたかった。



「いつも支えてくれて、ありがとな」



 せめてもの謝罪とお礼を。

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